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小説
<1>
「・・・むら・・・、ゆきむら・・・・おい、幸村っ。」
「はっ、はいいいっ。」
 驚いた瞬間、素っ頓狂な声を上げた幸村は、顎を乗せた状態で、テーブルについていた両肘を滑らせていた。顔の側面をピカピカに磨かれたテーブルに打ちそうになる寸前で止まった。
「ああ、政宗どの。」
 目線の先にいた、仁王立ちの青いエプロン姿の政宗は、ふうと大げさにため息。
「政宗どの、じゃねえだろ。何回も呼んだのに上の空だったな。あんた、なんだか最近、疲れてるのか?高校生になって、部活がハードだからとか?生活に支障が来てんなら、少しセーブしたらどうだ?」
 政宗は、そんな少し不甲斐ない状態の幸村の目の前に、湯気が立ち上る、大皿にてんこ盛りの唐揚げを置く。そして、心ここにあらずの彼の顔を覗き込む。
幸村は、至近距離にある端正な顔を、ぼーっと目に映していた。しばらくして、抑揚のない声で。
「俺、全然、疲れてないでござるよ。」
と、告げる。
「ほら、ちょっと頭かせ。」
 自らの前髪を掌でかき上げた政宗は、上体を屈め、椅子に座っている幸村のおでこに、自分のおでこを押し付けた。
「ひえええっ。」
「ふ-ん、熱は無いようだな。」
「熱などありませぬっ。」
 たった今、体温が急上昇した気がするけれど。
落ち着かない幸村は、身を後ろに引くことで、政宗から数センチの距離をとる。
「あんたが元気ないと俺も張り合いが無いからな。沢山食えよ。今日は午後の講習が終わった後、まっすぐ帰って準備したんだぜ。本日のメニューは、ミモザサラダに唐揚げ、豆腐の煮びたし、そして、デザートにあんたの好きなずんだもちまで作ったぞ。」
「ありがとう。」
 嬉し気に声を弾ませ礼を言う幸村の顔を一目見て、政宗は安心したのか少しはにかんでみせる。幸村の頭をわしわしと無骨なしぐさで撫でると、いったんその場から離れてゆく。
 幸村は、頬を掌で押さえ、思う。
 大丈夫だったかな。
 ちゃんと、いつもどおり普通に笑えていたかな。
 幸村は、自分の笑顔が変に強張ってしまった気がしたからだ。
 幸村は他の料理を取りに台所へ戻った政宗の均整の取れた後姿を見つめながら、自分に強く言い聞かせる。
「これは全て、政宗どのの、ためなのだ。」
 自分を納得させるため、何度もうんうんと頷く。
 膝の上に握られた拳は、力がこもりすぎて青筋が立ち震えていて、なんだか滑稽だった。
 こうなったら恥じも外聞も無い。
何もない自分は、こんなことぐらいでしか役に立てない。俺のために、政宗どのの未来が変わってしまうのは、それは、それだけは、耐え切れないのだから。


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