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小説
ホワイトクリスマス-後編-
「伊達先輩?」
 しばし想いに耽っていた政宗は、突然に声をかけられて、体が自然に椅子から1cmほど飛び上がってしまった。
「な、何?」
 電気が点いておらず暗がりのフロアの出入り口を見ると、信じられない相手が立っていて、幻を見たように政宗は、眼鏡越しに目を瞬かせる。
「まだ、仕事されていたのでござるか?」
 そこには、コンビニ袋を両手に携えて、自分の想い人である幸村が立っていた。
 口から心臓が飛び出しそうになる。
「あんたこそ、なんで、ここにいんの?」
 驚きすぎて、どっかの古いコントみたく椅子から転げ落ちそうになった政宗は、椅子に深くかけ直しながら、とりあえず聞き返す。
 ―――これは、俺へのサンタからのプレゼントか?
 なんて、柄にも無く脳裏で思ってしまう。
 一番会いたかった相手が、今、目の前にいるなんて、自分にとっては奇跡に近い。
「年末恒例の野得意先への挨拶周りが、さっき終わったので。それで下を通ったら、まだ6階に灯りが点いていたんで、誰かいるのかと…。」
「クリスマスだってのに仕事だったのかよ。あんた、彼女との約束は?」
「かっ彼女???そんなのいないでござるっっ。」
 どもりながら、幸村はぶんぶんと首がもげ落ちそうなほど激しく頭を振った。
「またまたご冗談を。毎年、クリスマスとか誕生日には定刻に帰ってんだろ。今年もそうかと思ってたぜ。」
 茶化すように、されど平然とした口調で言いながら、内心、不自然な感じになっていないか、政宗は心配していた。緊張しまくりで、口の中は変にカラカラ状態だ。
「いつもは家族と過ごしていたんですが、今年は彼女が出来たらしくて、ふられちゃいまして。」
「そっか・・・。」
 顎を忙しなく摩りながら、政宗は曖昧に返事する。
 語尾に滲み出そうな嬉しさを、必死にひた隠しにする。顔が緩みそうになるのも堪える。
「伊達先輩こそ、クリスマスに、残業なんていいんですか?」
 シャカシャカとポリ袋が触れ合う音を立てつつ、幸村はこちらに近づいてくる。
「残念ながら、そんな色っぽい相手、いねーよ。」
へえと幸村は自ら持ってきたコンビニ袋を覗き込みながら、ボソリ相槌を打つ。その表情は見えないが、きっと彼にとって無関心な話題なんだろうと、またネガティブになった政宗は小さく肩を落としていた。
 幸村は政宗の隣の席に居座ると、ごそごそと袋から何かを取り出す。
「先輩、ケーキ、食べませんか?」
 現れたのは近くのコンビニで買ってきたであろう小さな一人分のケーキ。そして、缶ビールが二本。
「クリスマスなんですから、寂しい者同士、ぜひ一緒に乾杯するでござるよっ。」
 缶ビールを両手に持った幸村はニッコリ満面の笑みで、片方を差し出してくる。
 ―――嗚呼、信じられない。こんな幸せなクリスマス、いいのだろうか?
「サンキュ。」
 少しはにかんだ政宗はまだ冷たいそれを受け取りながら、幸せを噛み締めている。
「はい、かんぱーいっ。」
 コツンと軽く缶を触れ合わせて、プシュッとプルトップを開けた途端、持ってくる最中にどうやら振ったらしく、泡が勢いよく溢れてきて慌てて啜った。
 横の幸村はというと、まるでミネラルウォーターを飲み下すように、一気にグビグビ音を立てて勢いよく飲み干してゆく。 
―――ピッチ、早過ぎねえか?
まだ政宗は唇を湿らす程度に口をつけた状態なのに。
程なくして、幸村の様子が徐々に変化してくる。
 そして、こちらを向いた幸村は。
「どうして、伊達せんぱいは、彼女作んないんれすかあ?」
 甘い生クリームたっぷりのケーキをおかずに缶ビールを一本空けてしまったらしく、下戸なのか、もうすでに出来上がっていた。
「作ろうとして作れるもんじゃねえだろ。」
 頬を真っ赤に染めた幸村を見て、やべえマジ可愛いと内心思いながら、政宗は涼しい顔で、至極もっともな事をのたまう。
「伊達せんぱいを好きっていう女子社員は沢山いるでござるよお。俺もお、沢山、手紙頼まれますもんれえ。」
 それは、初耳だった。
「え、あんた、一度も手紙なんか、俺に持ってきてねえじゃんか。」
 生クリームで甘ったるくなった口内を中和するように苦いビールに口つけながら、政宗は訝しげな表情で告げる。
―――持ってきたら持ってきたで、その時点でまた打ちのめされるんだろうけど。好きな相手に、そんなキューピット役された時には、俺、立ち直れないかも。
 幸村は同僚の机に突っ伏して、上目遣いで熱っぽくこちらを見つめる。
「断ってるでござる。そういうのは、人の手を借りずに、自分で渡すもんだって思うので。」
 フンと鼻息荒く、舌足らずに呟く幸村。そんな大の大人のクセに可愛い仕草を見せる彼を、思わず衝動的に、なし崩しにぎゅっと両腕で抱きしめたくなる自分を、なんとか理性総動員でいさめていた。そんな後ろめたさもあってか、返事が何故か敬語になってしまう。
「そう、です、よね〜。」
「そうですよ!傷つくのを怖がっていたら、駄目でござるッ。恋なんて、あたって砕けろでござるよ…。」
 睡魔が襲ってきたのか、幸村の綺麗な黒目がちな両目を、ふっさりと長い睫毛が隠す。
「真田も好きな相手、いんの?」
 平然を装って見事に失敗して、声が微妙に震えた。静寂の中、よく通る政宗の声が二人ぼっちのフロアに少しだけ響く。
「い…います。」
 酔いが完全に回っているのか、普段の朴訥とした幸村からは考えられないほど素直だ。
「え、それは、俺の知ってる人?」
 聴きたくない、聴きたくない、耳を塞ぎたい。鼓動が鼓膜を破きそうなほど、ドクンドクンと大きな音を立てて早鐘のように鳴っている。このままショックで倒れてしまいそうだ。
「当ててみて?」
 少し甘えるような口調で、幸村は笑って囁いた。
「・・・受付のめぐみさんか?」
 閃いたのは、社内で一番の美人と誉れ高い彼女。
「ブー。」
 即答で否定。
「庶務の真紀ちゃん?それとも、企画の綾ちゃんか?」
「ブー。」
「・・・ヒント、くれねえの?」
「もっともっと、俺に近い人で…。」
「もしや・・・もしやと思うけど、同じ営業二課の事務の美香さん?」
「ブブー。ハズレ。」
 幸村はとうとうアルコールに伴う眠気に耐え切れず、机に置いた両手に顔を埋めて、その惚けたような表情を隠してしまった。
「もう、内緒でござるよ。」
「・・・誰にも言わないからさ、俺に教えてくんない?」
 幸村の背広の肩に手を置いて、答えを急かすように摩った。
 ここまで知ってしまったら、傷つくとは分かっていても聞かずにはいられなかった。こんなの眠れなくなる。
「・・・・・・言えません。」
「なんで?」
「きっと、こんなこと言ったらせんぱいに失望されるし、きっと嫌われるでござるから…。」
 くぐもって届いた声は、少し憂いを帯びていた。
「・・・ということは、既婚者?」
「もっと世間的にヤバイでござる…。」
 幸村の好きな相手を想像して、政宗は何とも言えぬ苦々しい気分になる。
「・・・・もしかして、男なのか?」
「そうだと言ったら、伊達せんぱい、俺の事、気持ち悪いって、思いますか?」
 やっと顔を上げてこちらを仰ぎ見た幸村は、どこか辛そうな、少し泣きそうな顔になっていた。
「・・・思う、わけ、ねえよ。」
 信じられない政宗は、その表情に目を向けたまま、言葉を区切り区切り落とす。
 思うわけない。だってだって自分も一緒なのだから。
「なあ、誰?営業二課って、俺とあんたと、他には吉田・・・。」
 政宗の言葉を遮って、スッと幸村が指をまっすぐ指し示した。
「へ。」
 豆鉄砲でもくらったかの表情で、政宗はその男性にしては綺麗で長い指をじっと見つめて。
「まさか、まさか・・・俺?」
 都合よく解釈しているだけだろうか、けれど指先は自分へときっちり向いている。
「・・・。」
 幸村が酒のせいなのか、なんなのか、顔を真っ赤にして、コクリと深く頷いた。
「ホントに、いいのか?俺で。」
 信じられなくて、頭が靄がかかったかのごとく真っ白になった。嬉しいという感情よりも前に、これは夢なのかと半信半疑になってしまう。
「何で?せんぱいじゃないと、駄目なのに。」
「だってさ、俺、男だから。」
「俺だって男でござる。」
「・・・信じられねえ。」
 自然に感情が言葉になって口から漏れた。
 こんなの、こんな幸せ、いいのだろうか。
 辛抱たまらず、政宗は目の前の無防備な幸村を手繰り寄せ、両腕できゅっと抱きしめていた。温かい体温が彼からじんわりと伝わってきて、少しづつ実感に変わってゆく。
「だって、あんた、いつも誕生日もクリスマスも我先に早く帰っていたから。だから他に相手がいるんだろうって思ってた。」
「先輩、もてるでござるから、きっと彼女がいるんだろうなって思ったので。誰かと一緒に過ごしているのを見たくなくて、噂も聞きたくなくて、早く家に帰っていたんです。それを、家族に・・・佐助に知られちゃって、今年は一緒にすごしてやらないって。あたって砕けて来いって言われて・・・でも、やっぱり当日になると怖くて逃げちゃって・・・駄目元で会社戻ってきたら、先輩がまだいて・・・。」
「俺だって同じだよ。あんたが、誰かとすごすのを見たくなくて・・・想像したくなくて、いつまでも現実逃避してた。」
 幸村もきゅっと政宗の背に両腕を回して、胸元に頬を埋める。
「すっげえ好きだ、あんたのこと。男だろうが、なんだろうが、関係ねえよ。」
「俺も、俺も、大好きでござる・・・。」
 政宗は焦がれるように、幸村の頬に両手を添えると、震えるその唇に、自分のそれを優しく触れ合わせた。初めてのキスは、少し苦いビールの味がした。それから、ちゅっちゅっと啄ばむキスを繰り返す。
 少し気恥ずかしくなって、大きな窓に目線を泳がすと、都会のビル群にキラキラと降り注ぐ光の結晶。
「あ、雪だ・・・。」
「寒い寒いと思ったら、ホワイトクリスマスだな。」
 幸村の体をその懐に収めたまま、目を細めて政宗が呟く。
「なあ良かったら、これから、俺の家で二次会する?」
「・・・はい。」
 一瞬考えるフリをした幸村だったけれど、勿論、微笑んで頷いた。
「今年は、一生忘れないクリスマスになりそうでござる…。」
「俺も。」
 サンタさんは、本当にいるんだな。
 もう一度、幸村を抱く腕に力を込めて、政宗は心の中でそっと嘯いた。


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あきゅろす。
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