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小説
思い出せない欠片。
「あれ、真田?」
 侘しいコンビニ弁当を片手に会社に戻ろうと、足早に師走の街を横切るように急いでいると、ふと偶然目に入った公園のベンチに、見慣れた背広の後姿。それに投げかけるように声をかける。
「また会ったな。」
「だ、伊達バイヤー。こんにちはっっ。」
 声に気づいた彼は、慌てて読んでいた本を閉じて鞄に放り込むと、弁当片手に立ち上がって元気良く挨拶する。
 近づいた政宗は、迷い無くその傍らにどっかりと腰を降ろした。
 お昼休み。オフィス街の狭間にある緑の多い公園は、12月には珍しく天気が良く温かい日差しが心地良いためか、お弁当を広げているサラリーマンやOLが多い。自分たちももれなくその内の一人になった。
 政宗は幸村の手元を何気に覗き込む。
 キャラクターのお弁当箱に、タコさんウィンナーと玉子焼きとから揚げというお子様メニューが可愛らしく盛られている。別容器にプチトマトと食後のデザートのオレンジまであって、栄養も考えられているようだ。
 自分の冷め切った栄養の偏ったそれと比べて、政宗は少しひがみも込めて言葉を投げる。
「なんだよ、彼女お手製の弁当か?あんたも隅に置けねえな。」
「ち、違いますっ。これは、さっ・・・いや、家族が・・・。」
「さ?彼女の名前が「さ」がつくのか?」
「違いますってばっっ。佐助は、俺の従兄弟です!!」
 最後とうとう立ち上がって叫んでしまった幸村の顔は、耳まで真っ赤だ。
 打ったら返ってくる反応が面白くて、思わずからかってしまった事を政宗は素直に詫びて、周囲の好奇の目から避けるよう、手を引っ張って再び座るよう幸村を促す。
「すまんすまん、冗談だって。それよりずっと聞きたかったんだけど、あんたさ、なんで玩具メーカーの営業やろうと思ったの?」
 政宗は口に咥えた割り箸を二つに割りながら、何となく聞いてみた。
 幸村は少し考えるように冬特有の高い空を仰いで、それから言葉をボソリボソリと発した。その答えは、実に意外なものだった。
「実は、なんとなく営業職を選んだのが事実です。大学三年生のときまでに、なりたいものが見つからなかった。それで、先生の勧めで応募した会社に運良く合格できて・・・。今も、仕事は元より、何故自分が生きているのか、なんのために生まれてきたのか、分からないときが、あるんです。なにをしたいのか分からなくて、もがいている・・・。」
―――営業になりかったから。
―――オモチャが好きだから。
―――今の会社が好きで。
 そんな答えが返ってくると思っていた。
 少し憂いを帯びた表情で、まっすぐ前を向いて応えた幸村に、何故か政宗はチクリと、どこか締め付ける胸の痛みを覚える。
「そっか。」
「変な事言ってすみません。」
「別に、変じゃねえよ。誰だって思うことだろ。」
 落ち込んだ風に俯いてしまった幸村の頭を、くしゃりと政宗は乱雑に撫でる。
「俺、なんか、大切な事、忘れている気がするんです。」
 切なげに声を零した幸村は、顔を僅かに上げて、大きな黒目勝ちの目で政宗をじっと見つめた。
「でも、何も思い出せないんです。」
「・・・真田。」
「何も、思い出せない。」
 もう一度絞り出すように発した幸村の言葉は、空しく空気を彷徨い消えた。
 




 何を思い出したいのか。
 何を忘れてしまったのか。
 それが大切なことだけは、分かるのに。


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