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小説
笑顔の名前。
「ホントにッ申し訳ございません!!」
 お昼時の和やかな雰囲気のデパート内で、買い物客の品の良いマダム達が騒然となるほどの、切羽詰った声が広い店内を無駄に響いた。
「あなた、謝ってすむ問題じゃないでしょうっ。お客様に本日納品しないといけない商品なのに手違いで欠品なんて、どうしてくれるのっっ!!」
 それに畳み掛けるように女性の凶弾する金切り声が続く。
 そこへ、昼下がり、取引先との商談が一段落ついたところで手が空いた隙に売り場をチェックしておこうとデパート内に来ていた政宗がやってきて、尋常じゃないその声に何事かと思わず振り返ると、案の定というかやっぱりというか、見慣れた顔がそこにあって、ガックリと肩を落とすしかない。その当事者である幸村は、新人らしく今にも泣きそうな顔で、必死に何度も何度も、それはもう、まるで倍速で動くししおどしみたいに頭を下げていた。
「幼稚園のお遊戯会で明日使うものなのよっ。どうしてくれるのよっ。」
 眉間にしわを寄せた政宗は一旦そのまま見なかったふりを決め込んで、婦人服売り場へ向かおうと足を向けたが、数歩進んだところで立ち止まって、ふうと腹の底からため息をついて。
「本当にご迷惑をおかけして申し訳ございませんっ。今から、工場とかけあって・・・え。」
頭を下げっぱなしの幸村だった幸村は、いきなり自らの前に影が出来た事に驚き、顔をガバッと上げると、背の高い政宗が自分を庇うように、そこに立ちふさがっていた。
「町村さん、欠品ですか?」
「だっ、伊達さんっ。あの、実は、この<フェアリーにゃんこ みゅうみゅうちゃん>を20個注文入れていて今日入荷予定だったのですが、運送会社の手違いで明日しか入ってこないという事で。お客様はあと3時間後には、ここへ受け取りに来られるんです。もう間に合わなくて、どうすれば良いか。」
 町村と呼ばれた女性は、語尾のところで、チラッと咎めるように幸村を横目で見た。
 40代半ばの玩具売り場担当者の女性は、幸村に向けていた先ほどの鬼のごとき形相から、憧れの政宗に同情を請うように困り顔の表情に変貌していて、今までの成り行きを身振り手振り話して聞かせる。その横で、幸村は大変恐縮して縮こまっているしか出来ない。
 腕を組み、それを頷きつつ聞きながら、政宗は思案するように視線を高い天井に泳がせたが、売り場担当者の女性に抱き抱えられそこにいたネコ型のぬいぐるみに、視線の焦点を合わせる。
「あ、これ・・・、確か。」
 政宗は、僅かに驚いたような表情を零したが、すぐ真剣な顔に戻って、政宗をうっとりと羨望のまなざしで熱く見つめる女性へと的確に説明する。
「横浜店に在庫があったはずですよ。20個でいいんですよね。仕入れ担当に在庫を確認してみますよ。そして、支店間の定期便が確か、14時に来るはずなんで、それに乗っけてもらうように手はずしておきます。それでいいですか?」
「は、はいっ、お客様は15時に来られるので間に合います。助かりました、ありがとうございます。」
 ますます政宗の株が上がったみたいだ。
「ごっ、ご迷惑おかけしましたっ。」
 嘘みたいに満面の笑顔で売り場に戻ってゆく女性の後姿へと、律儀にいつまでもお辞儀をしている幸村に、政宗は不機嫌顔で向き直る。
「あんたは、明日到着の荷物、この銀座店じゃなくて横浜店に納品してくれればいいから。」
「あ・・・っ。」
「おいっ。」
 瞬間、幸村は体の力が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。慌てた政宗はその右腕を取り、真上にグイッと引き上げる。
「何から何まで、本当に申し訳ないです。ホント、変なところばかりお見せしてしまって。」
 安心からか腰が抜けてしまった幸村は、政宗に向かって苦笑いする。
「あのミュウミュウ、あんたのとこだったのか。」
「え。」
 政宗の力を借りて立ち上がりながら、幸村が目を丸くした。
「ミュウミュウを、知ってらっしゃるのですか。」
「俺の姪っ子が、これ、すっげえ気に入ってる。今度のクリスマスプレゼント、これにしてくれってせがまれてたから、システムで在庫を確認してたんだよ。確か横浜店に50個はあったはずだから、20個抜いても足りるだろ。」
「有難うございますっ。なんとお礼をして良いのやら。」
 また頭を下げる幸村の頭をくしゃりと一度乱雑に撫でて、政宗はぶっきらぼうに言った。
「じゃあ、今度、缶ジュース。」
「え。」 
 声が聞き取れなくて、髪を乱れさせたままの幸村が顔を上げた、
「缶ジュース1本で手を打ってやるよ。」
 ミュウミュウからのくだりで照れくさいのか、政宗は明後日の方向を見たままだ。
「わっ、わかりましたっ。」
 幸村は顔を綻ばせて、ひどく嬉しそうに声を弾ませた。
「ジュースの1本、2本、何本でも俺、奢りますっ。」
「そんなに飲んだら腹壊すだろ、1本でいいよ。」
 そんな朗らかに笑う幸村につられて、政宗まで笑顔になる。
―――こんな感じ、久々だ。
 初めて会った幸村。初めて交わした会話。何もかも初めての、雰囲気のはず。
 なのに、酷く懐かしく感じるのは何故だろう。
 政宗は、心の奥の氷が解けるみたく、ぽかぽかと温かくなってゆくのを感じていた。


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あきゅろす。
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