[携帯モード] [URL送信]

小説
記憶の欠片。
「俺と、どっかで会ってる?」
 その問いかけを受けた幸村は、目の前に立つ政宗を上目遣いに、食い入るようにじっと大きな目で見つめたが。
 程なくして、返ってきた返事は。
「いや。誰かと間違われているんでは。」
「そうだよな。すまない。」
 そう言った政宗は、素直に引くと、しきりに不思議そうな顔をする幸村を置いて、今度こそ商談室から出てゆく。
―――会ってるわけねえよな。
 政宗自身も同じことを思った。今まで、生まれてから26年間の歩みの中で、幸村と会った記憶は皆目無い。
けれど、衝動的に聞かずに入られなかったのだ。
勝手に口から言葉が零れてきたみたいに。

****

 二人は、商談室から社員用の談話室へ移動してきた。そこは広いスペースに、何組かのテーブルと椅子が置いてあり、社員なら誰でも自由に休憩できるようになっている。コーヒーの自動販売機の前で、案の定想像通りの反応で、茶化し口調で半笑いな元親が言ってくる。
「俺と、どっかで会ってる?な〜んて、最後の台詞は何だったんだあ?ああいうのは、女性対しての常套手段だろ?」
「・・・どっかで会ったかと、本気で思ったんだよ。」
 ベンチに座った政宗は咥えたタバコに火をつけながら、この話題から逃げたいのか、投げやり気味に言い捨てる。
 元親は、奢りのカップ入りのブラックコーヒーを政宗に手渡すと、天井を仰いで、盛大にぼやく。
「ああ〜しんどかった!さっきのあいつ、いい子なんだけど、ちょっと熱血過ぎてなあ。もう何度も懲りずに提案書を持ってくるんだけど、もうすでに店頭に並んでるやつと似てるのが多くてさ〜。」
「それで俺をだしに使ったのか。」
 少し不機嫌そうな表情の政宗は、ふーっとニコチンたっぷりの煙草の煙を足元に向けて体外に吐き出した。
「ああ、助かったよお。もう三十分以上も粘られてて断りきれなかったの。」
「はっきりいらねえって、言ってやればいいんじゃねえの。」
「それが、言えたら世話無いわよお。お前みたいにクールにはいけないの。だってかわいそうじゃない。あの子、大きなわんこみたいでさ〜。犬種でいえば柴犬みたいな感じかしら??」
 何故かオネエ口調で言った元親は、熱々のブラックのコーヒーをズズッとすすりながら政宗の隣にどっかりと腰を下ろし、またボヤキを再開する。
「ああ〜俺も政宗みたいに女性服のバイヤーに転向したいよお・・・。取引先も女性ばっかだろ?美人に会えて、毎日ウハウハだぜ。玩具担当の俺なんか、むさい男ばっか・・・。」
「・・・そんな下心持ってっと、仕事になんねえよ。」
 眼鏡の奥で眉根をひそめた政宗は、備え付けの灰皿にぐいぐいタバコを押し当て火を消している。
「相手は下心ばっかじゃんかよ。みんな政宗に対して熱〜い視線送ってるぜ。社内からも社外からもっ。」
 ヒューヒューと元親は冷やかす。
 本人は知ってか知らずか、政宗に出会った女性は8割の確立くらいで彼のファンになっている。けれど、あまりに高嶺の花というか、皆がけん制し合っているのか、行動に移す女性はいない。
「そんなの、俺には全然関係ねえし、興味ねえよ。」
 コーヒーをぐいっとあおり、取り付く島も無くぶっきらぼうに呟く政宗に、元親はわざとらしく大きく溜息。
「仕事も大事だけどさ〜。もっとプライベートも大事にした方がいいんじゃないの?」
「そんなの、大きなお世話だ。」
 空になった紙コップを手の中でひしゃげゴミ箱に投げ捨てながら、捨て台詞を吐いた政宗は、さっさと仕事場に戻ってゆく。
「・・・可愛くないヤツ。」
 その徐々に小さくなる背中に、元親はボソッと囁いた。


****

 いつも、いつも同じ夢を見る。
 誰かの名前を呼びたいのに、大声で泣き出したいのに、自分は何も出来なくて、何も言えなくて。
 ふかんする状態で、それを見届ける傍観者のように、ただそこにいるのだ。
 夢から覚めた自分は、うなされたように全身に嫌な脂汗をかいていて。
 けれどその夢の内容も、それがどんな色かも、何も思い出せない。
 俺は、どんな夢を見ていて、どんな想いを感じているのか。
 けれど、それがいつも同じ夢だということだけが、分かる。
 印象的に、酷く、胸に刻まれていて。
 夢が、何かを、俺に訴えかけている。


[*前へ][次へ#]

3/18ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!