[携帯モード] [URL送信]

小説
それは、突然に。
 「じゃ、これで行きますか。」
 政宗は、黒いビジネス手帳を閉じながら、そう一言告げた。目の前に緊張気味に座る商談相手の女性は、ホッとしたような表情を思わず漏らす。そして、テーブルに額を付けそうなほど大げさに頭を下げる。
「あ、ありがとうございますっ。」
 10月初旬。今年の年末商戦が始まっている百貨店業界。
政宗の勤務する老舗百貨店ではもうすでに、新年恒例の福袋に入れる商品について、服飾メーカーの営業と打ち合わせが始まっていた。婦人服売り場のバイヤーである政宗が、メーカーの提案をもうすでに三回ほど蹴っているため、相手も商品が決まった事で心底安堵した様子だった。
「来週頭には発注書をFAXにて送りますので、欠品が無いように準備の程よろしくお願いします。」
 政宗は、少しずれたメガネの角度を直しながら、低いけれど良く通る声で言う。
「はい、よく工場とも打ち合わせしておきます。」
 一時間ほど前に入ってきたときとは全く逆の嬉々とした表情で、女性は黒いビジネス鞄を胸の前で大切そうに持ちつつ、また頭を下げて「失礼します」と商談室から出てゆく。
 一人部屋に残された政宗は、テーブルの上の企画書を目線の高さまで持ち上げ、再び目を通す。
―――婚活福袋、か。
 政宗はその企画書にでかでかと躍る字を、表情の無い冷め切った顔でつらつらと視線で追った。 
―――婚活、ねえ。
 バンと企画書をテーブルに音を立てて乱雑に置くと、政宗は部屋から出ようと椅子から立ち上がった。
「そこを何とか、よろしくお願いしますっっ」
 この部屋にはパーテンションで囲いされただけの商談スペースが5個ある。政宗のところまで届いてしまったという事は、部屋中に響き渡っている必死な声。声だけ聞いたら土下座しそうな勢いだ。
「おいおい、真田君、落ち着いて。ちょっとこれじゃ、うちでは扱えないんだ。ごめんね。」
 それをなだめすかす、苦笑交じりの、政宗にとって聞きなれた声。玩具担当のバイヤーで、自分と同期の元親だろう。
「また、頑張ってよ、ね。」
「どこが、駄目なんでしょうかっっ。」
 なかなか食い下がらない相手に、優しい元親は何とか事を穏便に済まそうと、言葉を選んでいる様子だ。
「・・・真田君が自社商品に愛着があるのは分かるんだけどね。これじゃあ、二番煎じだからなあ。ようするに、もうすでに他の大手メーカーから同じようなのが出てるでしょ。やっぱりお客様は、ブランドも重んじるからね。大手と同じものじゃ太刀打ちできないでしょ。もっと斬新な、個性的な商品を持ってきてもらわないと、さ。」
「それはっ、うちが、中小企業だから駄目なのですか?」
「まあまあ、そんな熱くなりなさんな。」
 足を止めて聞き入ってしまっていた政宗は、我に帰ると、商談室から出る動きを再開し書類を持ち直して扉に向かう。
「ああ、政宗、政宗ってばっ。」
 天の助けと言わんばかりに、目線に入った、通りすがりの政宗を呼び止める。振り返ると、元親がオーバーリアクションで政宗に向かってSOSと両手を振っている。
「ああ?何だよ。」
「俺、政宗に用事があったんだよ〜。じゃ、真田君、ごめんね。また今度聞くから。」
 見るからにシュンと項垂れる真田と呼ばれた彼の肩を励ますようにポンポンと叩きつつ、元親は肩をむりやり組んだ政宗と一緒にここから出てゆこうとする。 
「あのっ。」
 切羽詰った表情で振り返った彼と、瞬間目線がバッチリ合ってしまった。
 まだ大学を卒業したばかりみたいな、初々しいスーツ姿の彼。大きな吸い込まれそうな目が印象的で、政宗は彼から視線が離せなくなっていた。
 金縛りのように、その場から動けない。
 何故だろう。
 相手が女性ならば、運命の出会いなのだろが、男だから有り得ないはず。
 そんな政宗に、首を心もち傾げた幸村は不思議そうな表情を見せたが、彼は政宗達に立ち上がって、ほぼ直角に頭を下げる。
「あんた、なんて名前?」
 そのとき、政宗は無意識に問いかけていた。
 面食らった顔をしたけれど、幸村は、面接のときみたいにはっきりと自身の名前を告げる。
「真田幸村です。」
「なあなあ、あんた、俺と。」
 その後の自分の口から出た台詞は、政宗自身にとっても不思議でたまらなかったのだが。 
「俺と、どっかで、会ってる?」


[*前へ][次へ#]

2/18ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!