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小説
セツナレンサ。−前編−Xmasダテサナ現代モノ

<12月24日PM6:45 都内某所->
 ふわりふわり。
 綿毛みたいな生まれたての粉雪が、どす黒い曇天から生まれでて、地上に舞い降りてくる。それはもれなく、寒空の下、北風が吹き荒む高層ビルの狭間に佇む幸村のところにも。
『キャ、雪よ、ロマンティック。ホワイトクリスマスだわ』なんて悠長な事を言っていられる状況じゃない。寒くて寒くて、やがて寒さは痺れを通り越して、最終的には痛くて適わない。屋根の無いふきっさらしの場所に、もうかれこれ3時間は立っているのだ。都会では珍しい雪を目の当たりにして、これほど気が滅入ったことは無いだろう。
「お土産に、クリスマスケーキは、いかがですかあー?」
 幸村は、寒さを少しでも紛らわそうと、必要以上に大きな声を出して呼び込みをする。
 ビジネス街の駅前で、家路を急ぐサラリーマンやOLさんを相手に、ファミリーサイズのケーキを売るバイト。貧乏大学生の自分が、時給の高さに眼がくらんでバイト情報誌の中から選んだのだが、数日前の自分の浅はかさを恨んでしまう。こんな過酷なものだとは知らなかったのだ。
「ク〜マさん、このマロンケーキ下さい。」
「はい、有難うございます!!」
 わざわざ足を止めて声をかけてくれたお客さんへ、代金と引き換えに、包装された箱一つと、相手には見えないが、スマイルも一つ。
 そう実は、幸村はリラ○クマ風の熊さんの愛らしい着ぐるみを着ているから、他のサンタさんの格好の二人に比べたら断然温かい。それでも温度計で零下を下回り、アスファルトの地面からじわじわ這い上がってくる寒さが身にしみる。
「わあ、クマさんだあ。可愛いっ。」
「!?」
 突然不意打ちに、甲高い声と共にガバッとタックルするみたく抱きつかれて、驚きのあまり両手を上下に振り、アタフタしてしまった。小さな穴越しによく確認したら、すごく綺麗な女性だということが分かり、二度吃驚だ。
「おいおい、子供みたいに着ぐるみに抱きついてんじゃねえよ。」
「うわわわっ。」
「ほら、クマも驚いてんだろーが。」
 その女性の同伴の男性の、苦笑混じりの声に、さらに三度目の驚愕。
もしかしたら、その男性に対して一番驚いてしまったかもしれない。
「伊達先輩も可愛いものが大〜好きなくせして。ほら、せっかくだから、リラ○クマを抱っこさせてもらいなさいよ。」
 クマに抱きついたままだった女性は少しいじけた風にぷうーっと頬を膨らませて、口をとんがらしてそう言うと、後ろにいた背広姿の男性の背を押して、幸村のほうへぐいぐい押しつけてくる。
「ちょ、おいっ。」
 クマになりきった幸村は、着ぐるみのおかげで大体同じくらいの身長になった彼の体に手を回すと、先が丸いふかふかの手で、その広い背中をぽんぽんと叩いた。
「メリークリスマス。」
 少し調子に乗って、着ぐるみ越しに、くぐもった声をかけてみた。
 それに対して、彼は照れてしまったのか、すぐさま自分と距離を置き、何も言わず顔を背けていたけれど。
「クマさん、私も、ケーキ買うね。」
 その声に畳み掛けるように、ファミリーサイズの生クリームケーキを指差し、彼も一言。
「じゃ、俺もこれ一個。」
「えっ、伊達先輩、確か甘いもの嫌いじゃあ・・・。」
「俺も甘いもの食べたいときがあんだよ、悪いかよっ。お前も甘いもの食いすぎてそれ以上太んなよ。」
「あ〜ら、伊達先輩のお腹も出てきたんじゃあ〜りませんこと。」
 二人は掛け合い漫才のごとく言い合うと、競うようにケーキを買い、それでもひどく嬉しげに雑踏の中に戻ってゆく。複雑な心境で、クマは手を振りつつそれを見届けて、持ち場に戻ろうとしたとき。
「ほら、伊達先輩!こっちこっち。素敵な結婚指輪を買いに行くんでしょ。」
「馬鹿っ、声がでけえよ。」
いろんな雑音から聞き分け、その声に敏感に反応した幸村の耳は、次に来た子供の相手をしながら、彼らの消えた方を重い頭で振り返る。
 先ほどの女性は政宗の腕を持ち、彼はずるずると引きずられるようにして、駅前のデパートの一階に入っている、カップルで溢れかえっているティファニーに入ってゆく。
「あ。」
 呆然と突っ立ったままの幸村は、その光景から眼が離せなくなって、二人が吸い込まれていったお店の玄関を、まだしつこく眼に映している。
「ちょっとちょっと真田君っ。」
「は、はいっ。」突然の怒りの声に、ぬいぐるみごと肩を震わせる。
「さっきから遊んでないで、ちゃんと仕事してよ!」
 おそるおそる振り返ると、サンタ姿の女の子が、怒り狂った顔をして、仁王立ちで立っていた。
「ご、ごめんなさいいっ。」
 幸村はそそくさと、客引きに戻った。
―――政宗殿と自分が付き合いだして、長いもので、もう6年も経つ。出会ったのは、親同士が知り合いという事で、記憶も断片的な物心付いた頃。その後、自分が政宗殿を好きだと気づいたのは、高校生になった彼が女の子から告白されているところを、街中で偶然目撃したときだっけ。あの時、すごく心が引き裂かれそうに、悲しかったのを思い出す。他の人に、彼を渡したくないと、自分の中にある黒い感情に気づいたと同時だった。
両想いだったとしても、どんなに強く惹かれあっていたとしても、男同士だからという理由で、日本では結婚なんて、願っても出来るわけがない。
いつかはこんな時が来るのは分かっていたけれど、まさか、クリスマスイブになんて。
 神様は、どんだけ残酷なんだろう。
 自分は、プレゼントもいらない。何も、何もいらない。
 彼さえ、傍にいてくれたなら、それだけで、幸せだったのに。
「もう、潮時か。」
 可愛くて楽しげな表情のクマらしからぬ重く暗い声を、ぽつりと吐き出して。
「美味しいケーキ、いかがですか?」
 その体を纏う憂いを吹き飛ばそうと、わざとはしゃいだ声を、腹の底から絞り出した。
「ケーキ、お子さんにどうですか?美味しいですよ。」
「あら、じゃ、それもらおうかしら。」
「毎度ありがとうございますっ。」
 重く重力に負けそうな頭を右手で支えつつ、大きく振りかぶってお辞儀をした。
 着ぐるみをこの身にまとっていて、本当に良かったと心底思った。
 ぐしゃぐしゃの涙まみれの顔を隠せたから。
子供みたいに、中で泣いていても、誰にもばれないから。
 ますます天から舞い降りる粉雪の量が増えてきて、コンクリートと鉄の塊のビルの群れを凍てつかせてゆく。
 そして、壊れかけの幸村の心まで、それが侵食してきて、心が程なく軋んでゆくのだった。



<12月24日PM8:05 >
 幸村は、八時までのバイトを終えて、一息ついていた。
 よく暖房が効いているケーキ屋の中にある更衣室に入ると、思わず幸せを感じて自然に笑みがこぼれる。じんじんと体の末端である手足にも血液が行き渡りだした感じで、足の指がむずむずと痒い。
 着ぐるみを脱ぐと、あてがわれているロッカーへ行き、中からズボンを取り出す。すると、後ろポケットから勢いよく携帯が滑り出た。落ちそうになるそれを反射的に手にとってチェックすると、メールが一通届いていた。
「・・・。」
<大事な話があるから、今日、うちに来てくれないか?遅くなってもいい。待ってる。>
 絵文字も何もない、愛想のかけらも無い、政宗からのメール。
―――大事な話って、なに。結婚するって、やっと俺に教えてくれるのか?
 幸村は、持った携帯を、やりきれない感情をこめて握り締める。
 程なくして、また再び壊れそうになった涙腺に負けまいと、下唇を噛み締めるけれど、無駄な足掻きで。
わんわん声に出して泣きじゃくりながら、自分が着ていた、魂の抜けたリラ○クマの抜け殻をきちんとダンボールへ、パーツ一つ一つを入れなおしていた。


<12月24日PM9:45 >
「ああ、雪、また酷くなってんだな。」
玄関先で出迎えた政宗は、雪を肩や髪の毛に積もらせた幸村を見るなり、そう呟いた。そう言う彼はかっちりとした背広姿から、シャツとジャージというラフな格好になっている。
「ほら、風邪ひくだろ。中に入れよ。」
 促された幸村は俯き加減の無言のまま、居心地の良い温度に設定された、自分の1Kアパートよりも入り浸っている慣れ親しんだ政宗の住居に足を踏み入れる。
「・・・これ。」
 食卓テーブルの上に鎮座する箱入りケーキ。22日から今日までずっとバイトとはいえ長い時間触れ合ってきたせいで、とうとう見飽きてしまった赤と緑の派手なパッケージ。
「幸村、甘いもん好きだろ?ほら、ワンホールだぞ。」
 幸村の肩に留まる雪を手の甲でサッサと払うと、「こんな寒くなって」とボヤキつつ、政宗は幸村の体を後ろから、体温を与えるように、ふわり優しく抱きしめた。
「これは、嫌いです。」
「え、そう、なのか?」
 心底意外そうな顔をして、政宗は言葉を漏らした。幸村の口から甘いものが嫌いなどと、今の今まで聞いた事が無かったからだ。
「こんなの、大嫌い。」
 苦虫を潰した表情をして、幸村は二度噛み締めるかのごとく言った。
 本当は嫌いなのは、ケーキじゃない。このパッケージで、さっき見てしまった、政宗と女性のただならぬ光景が、まざまざと鮮明に思い出されてしまうからだった。
「話って、何ですか?」
 抱きしめられた状態のまま、幸村は身動き一つせず、幸村らしからぬ突き放す感じで淡々と抑揚無く続けた。
「もしかして、政宗殿が、結婚するって話?」
「え。」
 政宗が、動揺からか、ピクリと体を振るわせたのが布越しにはっきりと伝わってくる。それが真実という証だ。
「・・・なんでそれを・・・、って、あー!やっぱりあの駅前でケーキを売っていたクマは幸村だったわけ?」
 そうかそうかと、一人政宗は納得して頷いている。
「結婚するなら、わざわざ、俺に報告なんてしなくていいじゃないですか?」
 珍しく苛立ちを隠さず捲くし立てる幸村に、政宗は目を丸くした。
「何でだよ。」
 政宗は幸村の肩を持ち、その体を半回転させて、自分のほうへ無理やり向かせる。幸村が心もち顔を上げると、真剣でかつ真摯な政宗の顔と克ち合った。
「あんたに、一番に話さないと、いけねえじゃんか。」
「俺は、政宗殿が結婚するなんて、知りたくなかったです。そんなのっ、俺の知らないところで、結婚でも何でもすれば良かったじゃないですかっ。」
 とうとう感情を抑えきれなくなった幸村は、眼をきつく閉じて、泣き出しそうに声を張り上げた。
「俺は、俺はっ、本当に、政宗殿のこと、好きなのに・・・なのに、そんなことっわざわざ俺に教えてくれなくてもっっ。」
「・・・おい幸村、何、言ってんだよ。何で、あんたと結婚するのに、あんたの知らないところで、しかも一人で結婚しないといけないわけ?俺は、あんたと結婚するって決めたんだぞ。」
 幸村に何とか伝えようと、幸村の声よりさらに大きな声で、政宗は懸命に言葉を発した。
「え?」
 眼の端に溜めていた涙の玉が、瞬きをした瞬間に、ぽろぽろと真珠玉のごとく零れ出た。
「だから、結婚するのは、あんたと以外とは、ありえねえって言ってんだよ。俺が好きなのは、あんただけなんだよ。」
「・・・じゃあ、あの女性は?あの・・・女性と、仲良くティファニーに入っていったのは・・・。」
 ひっくひっくとしゃくり上げながら、言葉切れ切れに、幸村は鼻水をすすり、問う。 
 ああ、あれか、と政宗はふうとため息をついた。
「あいつは会社の同僚。昼休み、何気ない会話の中で、結婚指輪を恋人に買いに行くってポロっと言っちまったら、付いてくるってきかなかったんだ。」
 涙でびしょびしょの幸村の両頬に温かい手を添えて、政宗はしっかりと愛しい人の眼を見て潔く謝罪する。
「でも、悪かったよ。ホント俺が軽率だった。傷つけて悪かったよ。」
 そのまま体を倒すと、焦がれるように、幸村の涙の筋が幾重にも流れる頬に、柔らかい唇を落とし、何回も音を立ててちゅっちゅと啄ばむ。
「俺は、あんただけを好きだ。だから、結婚してくれないか?」
 政宗はそう言うと、本当に綺麗に、胸を焦がすほど切なく微笑した。
 誰よりも大好きで、そしてこの感情が恋だと気づいた時、あの時に誰にも渡したくないと願った笑顔だ。
 この状況が未だに信じられず、幸村は、すうっと密かに息を呑んだ。
「俺じゃ、いやか?」
「いや、なんかじゃない。」
 幸村は震える唇で、たどたどしく言葉を紡ぐ。
「俺も、政宗殿のことだけをずっとずっと大好きですっっ。」
 滝のように流れ出る激しい感情と共に、幸村は言った。
「一生、大好きだからっ。」
「俺も、幸村だけを、死ぬまで愛してる。」
 うやうやしく幸村の手を取った政宗は、ズボンのポケットから、無造作に入れてあった生身の指輪を取り出すと、幸村の左手薬指に、そっとはめる。その小さな指輪が、何故かずっしりと重みを持ってそこに存在する。
「なあ、俺と、じいさんになるまで、一緒にいてくれるか?」
「はい。」
 幸村は、大きく縦に首を振って。
 そして、たまらなくなって、幸村は政宗の胸に顔を埋め、また再び盛大に泣き出した。
「もう、おっきくなっても、泣き虫だな、俺の幸は。」
 ぎゅっと愛しげに幸村を懐に抱きしめた政宗は、子供にする仕草で幸村の頭を撫でながら、幸せを噛み締めるかのごとくそう言って、ひどく満足そうにくしゃりと破顔した。


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