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小説
その4
「では、政宗どの、おやすみなさい。」
 寝室のドアの隙間から顔半分だけを出して、バスタオルを両手に抱いた幸村が声をかけてくる。風呂上りなのか、長い後ろ髪を解いた状態で、しかもその髪の毛先から滴が滴り落ちている。そして格好は、家から持ってきたらしいスウェット姿。
就寝の挨拶だけのために、寝室でベッドの上にうつ伏せに寝転がり雑誌を読んでいた政宗のところへ来たらしい。一方的にそれだけを言うと、そのまま去っていこうとするその背に、政宗は慌てて声を投げかける。
「おい、幸村。」
「はい?」
「なあ、あんた、どこで寝るつもりなんだよ。」
 パタンと雑誌を閉じて、政宗は上体を起しつつ呆れ交じりに問いかけてくる。
「居間のソファ、ですが。明日にでも実家から布団を持ってきますゆえ。」
「おいおい、もう冬だぜ。ソファなんかで寝たら風邪ひくだろうが。しかもあんたの持ってるそのタオルは毛布の代わりにはならねえし。ほら、ここで寝ろよ。」
 政宗はキングサイズのベッドの端によると、空いた場所をポンポンと叩き示す。
「で、でも。」
「安心しろ。何もしねえよ。」
 有無を言わさず政宗は、掛け布団を毛布ごと捲り上げて、入るように促した。
 幸村は遠慮がちにそこに滑り込んでくる。
「あ、温かい。」
 すぐ近くにある幸村の顔。眼が大きくて、何より黒目勝ちなところが印象的で、高校三年生にしては、幼い顔つき。そして、ぷくぷくとした柔らかそうな頬に触れてみたくなる。
 仄暗い間接照明の中、幸村だけをそっと視界に収めながら、政宗は何気ない口調で問いかける。
「なあ、あんた、好きな人とかいなかったのか?」
「好きな人、ですか・・・。」
 羽毛布団を被り、目から上だけ出した幸村は、少し黙り込くってしまう。
「俺は、いたんだけどな。」
「え。」
 遠くを見つめるように目線を天井に移し、政宗は話を続ける。
「小学校の低学年の頃の話だ。よく親に連れられて、その子の家に遊びに行っていたんだが。今はどこにいるのか分からない。そういや確か、俺の許婚って聞いていたはずなんだけどな〜。」
 あの話はどうなったんだ、と、今となっては思う。
 断片的な記憶を手繰り合わせて、政宗は懐かしげな表情で、感慨深げに言葉を紡ぐ。
「髪の短い女の子で、笑顔がすっげ可愛くて・・・名前は確かそう・・・さあちゃん、だったような・・・。」
 小さい頃の、儚く消えてしまいそうな、おぼろげな思い出に浸っていたが。
 途端、現実に凄く強い力で引き戻された。
「・・・っ。」
 ぎゅっといきなり幸村が、政宗の胸に抱きついてきたのだ。喉元に額を押しつけているせいで、その表情が見えない。
「おいっ、幸村。」
 少し驚いて、政宗はその名を呼ぶ。
 そして、次の瞬間には、思いかけない幸村の告白。
「俺は、ずっとずっと、政宗どのが好きですっ。」
「幸?」
「俺・・・俺っ・・・。」
 政宗は少し苦笑すると、幸村のまだ生乾きの髪を、くしゃりと優しく撫でる。
「馬鹿、それは、小さい頃の話だ。今は、好きなやつなんかいねえよ。」
 政宗は腕の中の彼を安心させるかのようにぎゅっと抱き返す。自分より少し熱い体温が布越しに伝わってきて、何だか心地良い。
「政宗どの・・・。お願いです。俺に、キスして下され。」
「へ?」
 政宗の懐に顔を埋めたままで、幸村はくぐもった声で消え入りそうに囁く。幸村を覗き見ると耳まで赤くなっていた。政宗は自分にまでその赤が移ってきた気がした。
「じゃあ、顔を上げろよ。」
「・・・っ。」
 眉間にしわを寄せて、幸村は両目をぎゅっと瞑り、おそるおそる、気持ち顔を上げた。
「幸村。」
 その小刻みに震える弾力のある唇に、自分のそれを押し当てた。
 ゆっくりと触れ合うだけの、優しい羽根みたいなキス。
 胸がなんだか苦しくなって、熱の塊みたいなものが胃の中に留まっているような、言い表せない気持ちになった。
「あんた、そんなに俺が好きなのか?」
 逃げ場を与えないかのごとく幸村の両頬を掌で包み込み、熱っぽい吐息を吐きながら、政宗は問いかける。
 少し潤んだ瞳の幸村は、泣きそうに切ない表情を浮かべ、小さく頷いた。
「全部、俺にくれてもいいくらいに?」
「はい。」
 今度は、はっきりと声に出した肯定の言葉が耳に、脳にしっかり届いてきて。
 雪崩れ込むように、もう一度、その唇に口づけていた。


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