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小説
その18
 剥き出しの肩辺りに感じた冷蔵庫の中のごとき冷気に身震いし、身近にある熱の発生元へほぼ本能的に身を寄せていた。その感触が滑らかで柔らかくて、政宗は、え、と、思わず眼を開く。寝起きの不明瞭な視界の中、そこには幸せそうなあどけない寝顔で、健やかに眠る幸村がいて。
 そっか、生徒会でこき使われて疲れてたのか、あのまま寝てしまったんだ、と、政宗は1人納得する。視線を自分の部屋全体に流すと、最近では砂嵐がお目にかかることは無くなったらしく、未だテレビは通販番組を垂れ流している。そして、煌々と点けっぱなしになっている蛍光灯の光に、何度も瞬きしながら、気怠さを感じつつも体制を変える。
 あのまま、というのは、エッチして裸の状態のまま、ということで。
 1人用の布団のせいか、幸村の投げ出された腕やら、丸みを帯びた臀部やらが、そこから食み出しているのに気づき、幸村の身体を抱き寄せ、自分の方へとますます密着させて、布団の中へと回収する。すっかり夢の中の住人の幸村は、少しだけむずかりながらも、政宗の懐に無防備に入ってくる。
―――だめだ、すっげえ、幸せすぎ。
 大好きな人に、好きと想われる。そんな幸福なことがあっても良いんだろうか。幸せすぎて、少しだけ怖いと思った。幸せが大きすぎる分、無くしてしまったらどうしよう、と、何故だか不安になる。真夜中だからか、弱気な自分がしゃしゃりでてくる。
 その切ない想いの強さの分だけ、大好きな人をぎゅぎゅっと強く抱き閉めて、その肩辺りに顔を埋めて、フウと呼吸をする。幸村愛用の柑橘系のシャンプーの香りが鼻腔をくすぐり、それだけで、何度も繰り返すようで恐縮だが思春期真っ只中の自分は、昂ぶりが抑えられなくなってしまうのを、何とか自身を宥めすかせて堪えるのだ。
 寝ている幸村の顔は、普段の彼よりも、また一段と子供っぽくて幼く見える。おでこ全開で、自分と同じ高校生、否、中学生と言っても通りそうだ。
「かーわいいの。」
 元親がいたら残念な男前と言われそうな、きっと、自分は人様に見せられない顔になっていると自覚はある。されど、大好きなものを愛でて何が悪い、とか、開き直ってしまう。時間が許されるならば、もっともっと、ずっとずっと眺めていたい。
そして、見ている内に、悪戯心がムクムクと沸いて来てしまった。いや、エロイ気持ちも無きにしも非ず、それは一先ず置いといて。
「確か…あいつ、忘れて行かなかったっけ。」
 政宗は、幸村を起こさないよう、細心の注意を払いつつベッドから降りると、自分の机に向かって直行する。道すがら、下着を履いたり、眼鏡を掛けたりはしたが。
「明日、持ってかないとなあと、思ってたんだっけ。」
 ガサゴソと二段目の引き出しを差し入れた右手で漁って、掴み取ったのはピンク色のリップ。元親が面白がって、家康が明日のロミオとジュリエットで使う化粧道具を一本拝借してきたんだった。その場の成り行きで元親が塗ってみた姿…、うん…、まあ…。
生温い視線でリップを眺めつつ、あの時の思い出に浸る。家康はなんだかんだ言っても、意外に女装、似合うんだよなあ。目が大きくて化粧映えする顔というか。まあ、あの芸術的な肉体美を何とか隠したらな。自分は全力拒否で免れて、そんで元親は…、うん、…やっぱり、あれは置いといて。
あーさぶッ、と、凍えてきた政宗は、幸村が眠るベッドに戻ってくると、まず一度幸村を抱っこして、温もりを分け与えて貰って、至福のひと時を味わって。
 ゴクンと、息を飲みつつ、リップをぷっくりとした幸村の唇に押し当てて、おそるおそる塗ってみる。リップを扱う右手が微妙に震えている。馴れないことをすると、少し緊張してしまうのだろうか。人のに塗るのはおろか、自分の唇さえも塗ったこと無いので(当たり前だが女装趣味は無い)、意外に難しいんだな、これ、とか思いつつ、時間を掛けて、上唇、下唇、と、幸村の唇を、今流行のふっくらもちもちピンク色にしてしまう。
「…ヤバイ、これは、反則っしょ。」
 やっぱり可愛すぎ。唇に色がついた、ただそれだけなのに、なんで、ますます、こうも可愛くなっちゃうんだろうか。
 駄目だ、なりふり構わず、貪りつきたくなる。
 怒涛のごとく込み上げる願望のまま、幸村の方へ屈みこんだ政宗は、その半開きの唇を、チュッと音を立てて啄んだ。
「ふぅ…ッ。」
 その刺激に、幸村が身じろぐ。その漏れ出た掠れ声がいやらしくて、政宗の何かにスイッチが入る。手に持っていたリップをシーツの上に転がして、政宗は、幸村の両手に指を絡ませると、そのまま、唇をぴったりと塞いで、フレンチキスを大人のキスに変貌させてゆく。上から舌を指し込んで、無意識に逃げる幸村の舌を絡め取って唾液を絡めながらしつこく擦り合わせる。ちゅくちゅくと水音を立てながら、幸村の口内を思う存分味わう。
 幸村の唇から舌を抜き取った途端、透明な液が、下になっている幸村の頬にポタポタと落ちた。
「ふああ…、ま、まさむねどの?」
 眠気が一気に覚めたのか、驚きの表情でこちらを見てくる幸村の髪をゆるやかに撫でながら、政宗は平謝る。
「ごめん、申し訳ない。起こしちゃった…。」
 案の定、丁寧に塗ったリップは自分の唇に移ったのか、互いの唾液で流れてしまったのか分からないが、幸村の唇からは消えてしまった。それを心の中で勿体無いなと思いつつ、互いの唾液で濡れる幸村の唇や頬を、指先で拭う。
「政宗殿…。おれを、ぎゅっとしてほし…。」
 寝ぼけているのか、素直に甘えてくる幸村に、政宗も隣に滑り込んで、筋肉質な両腕でその体を抱きこむ。
「寒いのか?」
 寒いなら暖房つける?と、甘やかす感じで、ぴったりと耳たぶに唇を付けて耳元で囁く政宗に、両目を閉じたままの幸村はフルフルと首を横に振ると。
「ぎゅっとしてくれてるなら、このままでいいでござる。」
 と、夢心地の表情で、舌足らずな感じで答えてきた。
 もう、何なんスかね、この可愛い生き物。
 政宗はそう思わずにはいられなかった。いい子いい子と、幸村の後頭部を、まるで子犬にするみたく、全力で撫でまくりながら、赤らんでいる幸村の頬とか鼻の頭とかを、ちゅっちゅと忙しなく啄んだ。
「んんッ…、あれ…。」
 ふと、シーツの上に無造作に転がっていたリップを見つけてしまった幸村は、それを自分の目元まで持ち上げて。
「こっ、この口紅は…、誰のでござるか?」
 女性物の口紅が何故ここにッと、眉毛をハノ字にして、至極、不安げに黒目を揺らして問うてきた。
「こっ、これは、今日の劇に使う家康の。元親の馬鹿が面白がって持って帰って来ちゃったんだよ。」
 嘘偽りない、100%混じり気無しの本当の話なのに、自分で言いながらも、何だか嘘くさく感じてしまう。自分の声に、言い訳じみた必死さが滲んでいるからだろうか。
「じゃあ、なにゆえ、ベッドの上にあるので?」
 そう質問を重ねて、ムーッと、子供っぽく口を尖らせて聞いてくる幸村に。
「あー…。」
 失敗した、と、政宗は右手で自分の額を覆う。
「これは…、ちょっとした出来心で、家康の使う口紅を幸村の唇に塗ってみたら、どうかって…。」
 じいーと目力全開で見てくる幸村の猜疑心を解くには、洗い浚いしゃべってしまうしかない。
「で、あまりに幸村が可愛かったから、調子に乗ってキスしちゃって…。」
 ホント、まじごめんなさい、と、政宗は頭を下げる。
「ええええええッ!」
 自分の知らない所でそんなことにッ、と、幸村は顔を真っ赤にして全力で恥ずかしがる。
「そっ、それに、俺っ、かっ、かわいくないでござるよッ!」
「なんで、可愛いってば。もう一度、リップ、塗らせて欲しいし。」
「そんなの、絶対に無理ッ。」
 軽反発枕に顔を埋めてくぐもった声で、幸村は泣きそうに言ってくる。
「なあ、お願いって、ゆきむら。」
 枕を抱く幸村ごと抱き閉めて、政宗は、自分でもこれはどうかと思うほどに、全力の良い声で耳元に囁く。
「ううううう。」
 その枕から上げた幸村の顔は、火が噴きそうなほどに赤くて。
「もう、一度だけでござるよ。」
 あんなに首がもげるかと心配するほどに頭を振って拒否していたのに、幸村は今にも崩れそうな泣きそうな表情で躊躇いがちに言ってくる。政宗の声に弱いという事実がまた証明されてしまった。
「うん。」
 全裸の状態で、シーツの上にぺたんと座り込んだ幸村は、恥じらった様子で、両目をぎゅっと閉じて、んーッと唇を突き出す姿勢を取った。まるでそれがキスを待つ仕草みたいで、政宗のボルテージは最高潮まで達しそうだった。
―――やっべ、俺、本格的に立ってきたかも。
 そう内心下品なことを思いながらも、リップの蓋を開けた政宗は、先ほどと同じ行動をとる。でもドキドキ具合は比べようの無いほどに、今の方が高い。高すぎる。
「も、くすぐったいでござるッ…。」
 唇を撫でられて、そのむず痒さに身じろぎしてしまう幸村に。
「我慢して。もう少しだから…。」
 何だか、変なことをしている(十二分に変なことなのだが)、ヤバい気分になってくる。
「出来た。やっぱり可愛いよ。」
「う、うれしくないでござる…。」
 その初心な感じで恥ずかしそうに俯く態度が、ますます政宗の鼓動を速めていることに、勿論幸村が気付くはずも無く。
「やっぱり、明日っていうか、もう今日?ホストとかよりメイド服の方が似合いそうだな。」
「…いっ、いやでござるよッ。」
「今度、隣のBから、メイド服一着借りてこようかな…。」
 でもやっぱりこんな可愛い幸村を、人に見せるなんて勿体無さすぎ。家で、俺だけのために着て欲しい。政宗の独占欲は、かなりのものだ。
「ええええッッ。」
「なあ、俺だけのメイドさんになって。」
 政宗はねだるみたく告げながら、幸村の身体を造作も無くシーツに押し倒す。
「え、ちょッ…。」
 この展開は、と、焦る幸村の鎖骨辺りに唇を寄せながら、同時進行で政宗の掌は幸村の平たい胸をいやらしい動きで撫で擦っている。
「んんッ、だめでッ…朝からッ…。」
「学校行く前に、幸村欲しくなったから。」
「もお…、あ…ッ。」
 とうとう幸村が折れる形で、政宗の首に両手を回す。実際に甘えたがりは政宗の方だったりすることに、政宗自身は気付くはずも無かった。


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