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小説
その1
―――えっと、今の状況は、どうなっているので?
 慣れないというか、実際は初めてのアルコールで、脳の血管が膨張しているのか、ガンガンと脈打っていて、その歯痛よりも強い激しい痛みに幸村はきつく眉をしかめる。熱く火照る脳みそをフル回転させて、幸村は思い出す。
 時期は夏休み。場所は海の近くの民宿、そして、畳敷きの10条の部屋。状況は、大学の剣道サークルの合宿中で、皆で畳の上で雑魚寝。まあ、その前に、実際は宴会が行われていて、そこらにビールの缶やらつまみの袋の残骸やらが転がっていて、おまけに酔っ払いに出来上がってしまった人間までゴロゴロ転がっていて、男所帯だからか片づけることも無く悲惨な汚部屋な感じ。それまでは、良くは無いが、まあ良かった。始まった時から、想像がついていたから。
―――でも、これはどういうことなので?
 自分の身体は、いつのまにか、見た目よりも逞しい筋肉質な腕に巻き込まれていて。背中と腰に当たっている手で、ぎゅぎゅっと胸同士が密着するほどに抱き閉められていて。しかも、端正すぎる顔が近くにあって、さらさらの前髪が頬に当たってくすぐったい。すーすーと規則的な寝息が聞こえてきて、幸村はどうしたものかと途方に暮れる。
 相手は、一学年上の政宗先輩だ。万越えの全学部の生徒の中でも一、二を争うほどのイケメンで人気者。女の子にもモテモテすぎて、彼女もより取り見取りの先輩に、何故か、羽交い絞めみたく体温を感じるほどに密着されている。
―――ああ、酔っぱらって、俺を女の子と間違われておるので…。
 ただの事故みたいなものだ。それでも何故か表皮を破りそうなほどに勝手にドキドキする心臓を諌めながら、幸村はフウと溜息をついて、眼を閉じる。回っている腕が強すぎて離れられそうにないと諦めて、寝てしまおうと考えたのだ。
「…ッッ!」
 すると今度は、唇全体を何か柔らかいものに包まれた。生まれて18年。初めての感触。生温かくて、心地良い。
―――えええええええッ!
 これは、これは、まさかッ。
 幸村は思わず眼を見開く。顔同士が近すぎてぼやけている。でも、政宗の眼の縁を隙間無く覆う睫毛は、驚くほどに長い。
歯を食い縛っていた幸村の上下の歯を、下顎を掴むことで開けさせて、熱く熱を持った舌をぬるりと差し入れてきた。舌同士がくちゅりと唾液纏って絡んで、幸村はヒクッと敏感に体を震わせる。
「んんんーッ!」
 意思を持ったかのごとく、政宗の舌が、幸村の口内で動き回る。
 こ、これは、これはヤバイッ!酔っぱらって間違って、では、片づけられない。でも、完全に慣れていて、巧みすぎるキスに、幸村は翻弄されていってしまう。
「んん…、ふッ…。」
――――き、気持ちが良いなんて…。
 駄目だ、このまま、流されると…、俺ッ、俺ッツ。
 顔を横に背けて、唇を甘いキスから開放すると、幸村は慌てふためいた感じで、政宗に訴える。
「ふああッ、せんぱいッ、な、なにをされているのでっ!お、おれでござるよっ!女の子じゃないでござるッ…。」
 皆を起こさないように小声で、でも必死に捲し立てる。
 豆電球の仄かな灯りに照らされた、それでも、カッコ良すぎる先輩は、少し息を上げながらも、しれっと言ってくる。
「知ってるけど。間違えようも無く、幸村だろ。」
「えええッ!」
 幸村はかなり驚いて、思わず仰け反った。
「じゃあ、なんでッ!手っ取り早く、俺を女の子の代わりに…。」
 ううううう、と、幸村は、泣きそうに顔を崩す。何だろう、何故か自分の言葉に傷ついてしまったみたいだ。
「ばーか、そんなつもりじゃねえよ。あんたが女の代わりなんかのわけねえだろ。」
 政宗は酷く優しい声で、幸村の髪をこれまた優しすぎる仕草で撫でながら、言ってくる。
「ではでは、な、なにゆえッ…。」
 心臓が、全速力で走ったほどにバクバクする。駄目だ、アルコールとは違う意味で吐きそう。
「傍にあんたが寝ていたら、我慢出来なくなった。あんたと初めて会って、5か月間、必死に抑えてきたから。」
 悪びれることなく、思いの外真剣な顔、真剣な声色でそんなことを告げられて、幸村はますます狼狽える。
「え、えええ、ど、どういうことで?」
 こんな唾液で湿った唇同士が触れ合いそうなくらい、近すぎる距離で、しかも体を未だきつく抱き閉められて、しかもしかも、実は、気付きたくなかったが股間あたりに固い何か当たっていて。
「…なあ、言わねえと、駄目か?」
 こんな状況じゃ言いたくなかったんだけど。政宗は、幸村の頬をゆるゆると摩りながら、ぼそぼそ呟く。
―――なんだろう、この先ほどから、政宗先輩が醸し出す、甘い雰囲気。まるで、恋人に対するみたいな…、こ、こ、こ、こ、恋人ッッ?
 そこまで思い立った幸村は、瞬時にそんなわけないと自分の考えを否定する。でも、その後の、政宗の言葉が決定づけた。
「あんたが、好きだ。すっげえ、好き。やばいくらいに。」
「えええええッ!」
「馬鹿、声でかすぎッ!皆、起きるじゃねえか。」
 起きられたら困る。俺、こんぐらいのキスだけじゃ、満足してねえし、と、政宗は、物騒なことを1人ごちる。
「ななな、これから何をするつもりで?」
 幸村は、ますます固くなった政宗のモノをぐいぐい腹部に押し付けられて、涙目になる。
「せっかくだから、この先もここでやっちまおうと思って。」
 フウウと幸村の耳元にわざとらしく息を吹きかけながら、いやらしく言ってきた。
「なッ!」
 カッと幸村は火が噴きそうなほどに顔を赤らめる。顔だけじゃない、出ている肌と言う肌が火照ってきていた。
―――こ、この人、顔には出ないけど、実際は酔ってるッ!
 しーっと、政宗は立てた人差し指を、形が良い幸村の唇にフニッと押し付けてくる。
「大丈夫、あんたもちゃんと、腰砕けになるほど気持ち良くしてやるし。」
「そ、そんな問題じゃないでござるよッ!ま、周りに先輩達が…、寝ていてッ。」
 何度も頭を振った幸村はしゃくりあげながら、必死に訴える。
 一番近い所で、一升瓶抱えて大きないびきをかきながら寝転がっている元親がいる。こちらに顔向けているし、あの瞼が開いて眼を覚まして、この自分達のただ事じゃない状況を見てしまったらどんな行動をとるんだろうか。考えるだけで恐ろしい。それに、この八畳の空間には他にも、三成も家康も慶次も元就もいるのだ。
「だって、あんたさ…この前…。」
 そこまで何かを言いかけて、ツキンと何か痛みを感じたのか眉根を顰めた政宗は口ごもり、唇を横一文字に引き結ぶ。
「ふえ?」
「だーかーらー、あんたが俺以外の誰かのものになるくらいなら、嫌われてもいいから、あんたが欲しい。すっげえ欲しいんだよ、幸村。」
 政宗は、幸村の瞼や強張る頬に柔らかく口づけながら、これ以上も無く真剣すぎる声色で、そんなことを言ってきた。
「俺が欲しいのは、あんだだけだ、幸村。それぐらい、好きなんだよ。」
 鼓膜に直接美声で、艶を含んだ声で囁いてくる。ヒクンッと幸村の身体が揺れた。政宗は赤らんだ耳たぶを、ちゅぷと口に含んでしまう。
「まっ、まさむね、せんぱい…、お、おれ…。」
 幸村は泣きそうな、か細い声を上げる。
―――そんなこと言われてしまって、抵抗出来なくなる自分。何故なんだろう。
 くたんと体が骨抜きになったのごとく、力が抜けて、そのまま、体制を変えて上に圧し掛かってきた政宗を、無抵抗で受け入れてしまう。
「幸村、好きだ。大好き。もう、俺、止まんねえ…。」
「んッ…。」
 その言霊だけで、幸村はゾクゾクッと背筋を震わせた。
 唇を深く呼吸が止まりそうなほどに塞がれて、そして、口開けてと熱っぽく言われて、幸村はおずおずと躊躇いがちに開くと、政宗の舌がぬるりと入り込んできた。喉の奥まで届きそうなほどに舌を差し込まれて、んんッと幸村は泣きそうに顔を崩すと、思わず政宗の腕辺りに縋った。



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