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小説
その16
 家族連れやカップルに紛れて、平日の夕方のバイキングレストランに来ていた。
 更に盛られた沢山のおかずやらデザートやらを美味しそうに平らげてゆく幸村を、三成は傍らで楽しげに見守っている。
「マネージャーの仕事って、どんな感じなんですか?」
 ケチャップ味のスパゲティを、四苦八苦しつつナイフでくるくる巻き取りながら、幸村は何気無く問うた。カッターシャツの袖に少しケチャップが飛び散ってしまって、佐助に口うるさく怒られるなあと、内心げんなりする。
「え?」
 水を口に含んだ三成は、下を向いてがっつきながら話している幸村の声がよく聞き取れなくて、首を微かに傾げて聞き返す。
「えっと、毎日、お仕事忙しそうだなと、思って。」
「うーん…、まあ、深夜まで仕事は続くことが多いけど…、でも、自分の担当している子に、大きな仕事がとれたりすると、やっぱり我が事のように嬉しいし。やりがいがあってなかなか楽しいよ。」
 幸村は、スパゲティの後に、チョコレートケーキを頬張る。色んな味が混じってくるが、食べ合わせとかお構いなしだ。
「芸能人って美人な人が多いですよね…。マネージャーさんも男前だし、すごく、美人な女性にモテるんでは…。」
 もぐもぐと甘く黒い塊を咀嚼しながら、そんなことを言ってしまって、ハッとする。何故、自分はそんなことを言ってしまったのだと後悔しても、後の祭り。
「ええ?」
やっぱり、引っかかった三成は、若干驚いて、眼鏡の奥で眼を見開く。
「それ、地味に傷つくんだが。」
 君は、無意識にそういう酷いことを言うんだな、と、恨めし気に呟いた三成は苦笑を零す。
「ええッ、そ、そんなつもりは…。」
「モテない、全然。それに担当のアイドルやモデルに対しては、可愛いなとか綺麗だなとは思っても、恋愛感情には発展しない…。」
 それに何より、と、言って、コホンとわざとらしく咳払いする。
「私は君が好きだと言っただろ。その答えが全てだ。」
「マネージャーさん…。」
 ストレートにそんなことを言われて、胸がじんわりと熱くなる。ドキドキ高鳴る心臓を抑えようとしてか、幸村は橙の液体をストローでズズッと啜った。
 そうだ、と、三成は何かを思い出したのか、薄手なコットン素材のジャケットの内ポケットを探る。
「あの、これ…、良かったら。」
「え?」
 オレンジジュースを飲んでいたのを止めて、差し出された物を受け取ろうと両手を伸ばした幸村は、三成の体温で若干温められていたその掌大のそれを確認して、恐縮しまくる。
「こ、これはっ…。」
「携帯、持ってないって言っていたから、一台使ってないのがあったんで…。」
 斜め上の方を向いてポリポリと頭をかいている三成だったが、それは明らかに新品で、しかも最新機種のスマートフォンだ。
「あのッ…。」
 申し訳なさげに眉毛をハノ字にする幸村の表情を、三成は違う方向に解釈してしまった。
「ごめん。やっぱりなんか、気持ち悪いよな、ここまでしちゃうと。ストーカーっぽいかな。」
 三成は自虐的に笑うと、携帯を引っ込めようとしたので、フルフルッと幸村は首を振って、三成の手ごとぎゅっと力強く両手で握ってしまう。
「そんなッ!気持ち悪くないでござる。嬉しいから…、ありがとうございます。」
 三成はそのまま手を握られたまま、照れ臭げに微笑んだ。
「本当か?…じゃあ、良かったら使ってくれ。たまに、電話かけるかもしれないけど、ほっといてもらっても良いから。」
「何故、でござるか?無視なんて、しないでござるよ…。」
 じっとしばらく考え込んだ三成は、眼を伏せて、戸惑いがちに言葉を漏らす。
「実は、どうしていいか、分からないんだ。」
「え?」
「自分の行動が正解か不正解か、全然分からない。どこまで、踏み込んでいいか分からない。距離感がさっぱりなんだ。ほっといたら、すごく近くに行こうとする。」
 とつとつと言ってきた三成は、フウと小さく溜息を零した。
「ま、マネージャーさん…。」
「自分から人を好きになったの、初めてだから。ごめん、この年で、おかしいだろ?」
「おっ、おかしくないでござるよッツ!俺なんか…、俺なんか、人とつきあったことさえ無いでござる。」
 幸村は、三成の手を、もう一度、温もりを伝えようとしてか、ぎゅぎゅっと握った。
「ええ?そんな可愛くて、モテそうなのに?」
「モテないでござるよッ!」
「それは気付いて無いだけだよ。君は、すごく魅力的だと思う。」
 そんな見とれるほどに綺麗な顔で、そんな甘い声で囁かれて、幸村は、心が蕩けそうになってしまう。
「お…俺…。マネージャーさんの方こそ、カッコ良いと思うので…。」
「ありがとう。君から言われたら、凄く嬉しいよ。一番嬉しい。」
 こんなに大勢いる人がいる中で、皆が見えない角度で、三成は幸村の頬に自分の唇を押し付けてきた。
「ええッツ!」
 狼狽える幸村をほったらかしに、三成は赤くなった顔を誤魔化そうとしてか、鼻の辺りに手をやりながら、そっぽを向いた。
「ああ、もうこんな時間だ。そろそろ高校生は帰んないとな。家族が心配するよな。」
 そして三成は、時間を確認するのが職業病的な癖なのか、腕時計を一瞥して、残念そうに眼を伏せる。
「どこに送ろうか?とりあえず、この前、会ったカフェの近くの駐車場で良い?」
 そう言いつつ、レシートをスマートにとりながら、荷物を持って立ち上がる。
「は、はい…。」
 慌てた幸村も、ガタガタッと騒がしく椅子を音を立てながら引いて、後を追うように、席を立った。

★★★★
「じゃ、ありがとうございました。」
 助手席のドアを開けて降りようとした瞬間、背中から引き戻されるみたくグッと抱き閉められる。
「すまない…、このまま、しばらく…。」
「えッツ?」
 幸村はそのままグリンと180度、三成の方へ向きを変えると、切なげに眉根を顰める三成の表情と克ち合う。
「マネージャーさん…。」
「本当は、帰したくない。」
 掠れ声で、切なげに三成は言って、顔をぼやけるほどにすぐ近くまで寄せてきた。
―――やっぱり、綺麗な、整った顔だ。
 頭の中に霞がかかったように、幸村はぼんやりと考えてしまう。
「好きだよ、大好きだ…。」
 吐息交じりに熱っぽく囁かれる。そして、すぐ傍にある唇は、自然に重ねられた。触れ合った瞬間、柔らかくて温かくて。
「ふ…、んん…。」
 幸村は鼻から抜けるような息を出しながら、ぎゅぎゅっと三成の腕に縋りつく。
「口、開けてくれ、お願い。」
 幸村は身じろぎながらも、躊躇いがちに、唇を小さく開いた。瞬間、舌が入ってきて、自分の舌に絡んできて、息苦しくなる。
「んん…はあ…、ぁ…、ん…。」
 くちゅり、と、水音を立てながら、何度も何度も舌が擦り合わされる。
 口の中を隅々まで緩やかに舐められて、気持ち良い、と、幸村は背筋を震わせる。
 お互いの息が上がって、唇が離れても、何度も何度も再び合わさって、舌は痺れるほどに絡まり合った。
 やっと唇と顔が完全に離れた時、三成はクスッと悪戯っぽく笑って、小さく呟いた。
「甘いな、チョコレートの味。」
「や…ッ、恥ずかしいでござる…。」
「可愛いよ、そんな戸惑いがちな表情も…声も…。」
 うっとりするような声で三成はそう言うと、チュッと唇をもう一度啄んだ。

★★★★
「じゃあ…。」
「ああ、気を付けて、な。」
 少し表情を曇りがちにしている三成は、名残惜しげにしながらも、ハンドルから軽く手を上げて見送る。
 幸村が助手席から降り立ち、顔を帰る方向に上げると、そこに薄暗い暗闇の中、人影があった。視線を感じて何だろうと、何気なくそちらを見ると。
「え…。」
「幸、村…。」
 そのこちらを凝視する人影は、見知った、いや、いつも心に住みついている相手、政宗だった。自転車を押した姿勢で、彼も微動だに出来ないようだった。
 息をヒュッと飲んだ幸村は、頭から冷水を掛けられたかのごとく、瞬時に、固まる。
しまった、と、幸村は脳の片隅でそう思った。そうだ、この駐車場は、政宗が働くカフェの眼と鼻の先。しかも、三成の車種を覚えていた政宗は、幸村が降りるのを待っていたのだ。
「せ、せんぱいッ…。」
「幸村、おい、どうした?」
 車から降りたすぐ傍で、身動き出来ずに立ち尽くす幸村に、不審に思った三成も車から降りて、パタンとドアを閉めた。
「あんた…。」
 そんな三成を確認して、政宗の表情が、言いようも無いほどに一層険しくなる。
「…君…、確か…。」
 突然、敵意剥き出しに睨みつけられて、三成は眼を瞬かせる。
「政宗先輩…。」
「幸村…、あんた…。」
 低く唸るように声を喉から絞り出して何かを言いかけて、されど政宗は全てを飲み込むと、チッと舌打ちして、身を翻して去ってゆく。
「せ、先輩…ッツ。」
 政宗を見送った幸村の顔は、今にも泣き出しそうになっている。下唇を噛み締めて、肩を小刻みに震わせている。
「幸村…。」
 いつの間にか幸村の傍に来て、それを見てしまった三成は、傷ついたみたく眉間に皺を寄せてグッと息を飲むけれど。
「追いかけた方が、良いんじゃないか?」
 小さくなってゆく政宗の背を目に映しながら、儚く呟くように言っていた。
「え?」
 弾かれたかのごとく、幸村は肩を揺らして、背の高い三成を見上げる。
「君が好きな人って、彼だろう?」
「え。」
 幸村は、驚きを隠せないように、零れ落ちそうなほどに目を見開いた。
「だから、行った方が良い。」
「で、でもッ…、俺は…、俺はッ、マネージャーさんのことも…す、好きで…、だから…ッ。」
 拒絶するみたくフルフルと頭を振って、幸村は、声を上ずらせた。
「え…。」
 ふわりと心が鷲掴みされそうなほどに綺麗に、三成は薄く微笑んで、幸村の肩をそっと抱き寄せて、一度だけキュッと抱き閉める。そして、そのまま肩口に額を埋めた状態で、三成は幸村の耳元に囁く。
「有難う。でも、今は、彼を追いかけた方が良い。」
「マネージャーさん…。」
 顔を上げた三成も、どこか痛そうな表情で、それでも、微笑みを崩さない。
「誤解しないでくれ。私は、君を諦めたわけじゃないから。」
「俺…。」
「いつでも、連絡、待ってる。」
 幸村は泣くのを我慢するように下唇を噛み締めると、大きく一礼して、踵を返して走り去ってゆく。
 そんな彼を、どこか眩しげに三成は、目を眇めて眺めて。
―――大人になるって、なんだか、世知辛いよな。
「なんか…、やばいな、泣きたくなった…。」
 されど三成は、自嘲的に喉の奥で笑う。
―――俺だって、本当は、幸村を離したくなかったのに。
 先ほどまで幸村の熱い体温に触れていた掌を、力無く見る。
―――でも、幸村のあんな顔を見てしまったら、ダメだろ?
 三成は幸村の小さくなってゆく背を見送りながら、年甲斐も無く、大泣きしたくなったのを、天を仰いで必死で我慢した。
「なんで、こんなに、彼を、好きなんだろ…。」
―――分からないけれど、それは、必然で絶対で、そして、運命だったのだろうな。


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