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小説
その15
 誰もいない、少し寂れた公園のブランコに座り、緩やかに揺られていると。
「久しぶり。」 
 泣きすぎて、頭が微熱を出したときのように、ぼんやりとしていた幸村は、ふいに声を投げかけられて、ハッとして身じろぐ。屈むように俯いていた幸村の視線の先、足元には、黒いプーマのスニーカー。
 目の前に現れた、少しはにかんだ笑顔の背の高い三成を見上げ、幸村は涙で潤んだ目を眩しげに細めた。
「マネージャーさん…、こ、こんにちは…。」
 お邪魔します、と、律儀に声を掛けた三成は、幸村の隣のブランコに腰をかける。支える大きな鎖を指で触りながら、三成は懐かしげに声を漏らす。
「ブランコか、久しぶりだな…、小学校以来か…。」
 まだ電話を切って30分もかかっていない。急いで駆け付けたのだろう、オフということで、家でゴロゴロしていたのか、髪の毛も眼鏡も服装も、この前カフェで会った普段着より、より一段階ラフな感じだった。何より支度時間の速さを最優先したのだろう。
「良かったら、これ…。」
 言いながらポッケから出されたのは缶コーヒーだった。幸村の嗜好を考慮してか、甘いミルクたっぷりと表示されたそれを、そっと掌の上に乗せられる。
「うう…ッ。」
 その優しさに、また何かが込み上げてきて、しゃくりあげた幸村は肩を小刻みに震わせる。憂いを体外に押し出すように、ぽろぽろ零れる涙が、止まらなくなる。
 内心少し驚いた三成だったが、何も言わず、眼鏡の奥の瞳を優し気に細め、そっと寄り添っている。ただただ泣いている幸村の傍で、見守っていた。躊躇いがちに伸ばされた右手で、丸まった背中を規則的にゆっくりと摩られて、やがて、幸村の、止め処なかった涙の流れが治まってくる。
「これ、洗濯したばかりだから、使ってくれ。」
 渡された几帳面に四角にアイロンがかったハンカチを、赤らんだ鼻に押し付けると、柔軟剤の良い匂いで、また緊張が解きほぐされるほどに癒された。
「マネージャーさん…、ごめんなさい。俺…、突然、電話したりして。」
 喉が熱い何かで塞がれているのか、幸村は掠れ声をなんとか押し出す。
「なんでそんなことを言う?電話してくれて、嬉しいって、言っただろ。」
 頭をよしよしと宥めるように撫でられながら、初対面の時の絶対零度な声とは正反対と言っても良いほどの穏やかな声色でそんなことを言われて、幸村は心が震えてしまう。
「こうやって、ゆっくり2人きりで幸村に会えるだけで、嬉しいよ。」
「え?」
「誰よりも、会いたかった。会えなかった間、ずっと幸村のことを、忘れたことは無かった。」
 アイドルを管理するマネージャーとしては、プライベート優先で失格だけど、と、付け加えて。
 そこで三成は、自分で言った事に自分で恥ずかしくなったのか、ボッと発火したかのごとく赤くなった頬を右手で隠しながら、わざとらしく声を張る。
「あー、なんか腹減ったな。食べたいものとかあるか?前回の挽回をしたいし、奮発して奢るよ。」
 その言葉に反応するように、くーっと腹の虫が鳴ってしまって、幸村は酷く慌てる。
「幸村も、腹が減っているみたいだな。」
 からかうみたく言って、ブランコを少し揺らしている三成は、クスッと小さく笑みを零した。
「うううーっ、恥ずかしいでござる。」
 幸村は頬を染めると、お腹を両手で押さえて肩を丸める。
「なんで?正直で、可愛いが。」
 間髪入れずに幸村は声を大きく発してしまう。
「俺なんかッ、可愛くないでござるよッッ。俺なんて、女の子みたいに…、可愛くないでござる…。」
 でも、意気消沈して、語尾は徐々に尻すぼみになった。
 また、嫌なことを思い出してしまったからだ。心が抉られるみたいに、心臓が一回り小さくなる錯覚に陥る。
―――政宗先輩は、男の俺じゃ無くて、女の子の、俺が好きなんだ…。だから、俺は失恋したことになる。男なんて好きなわけない。でも、なんで、本当の俺とマネージャーさんが一緒にいることが駄目なんだろ…、何故…何故…。
「すまない。気を悪くしたら申し訳ないが…私は、幸村のこと、女々しいって言ってるわけでは無くて…、でも、何事にも一生懸命なところも、まっすぐに素直なところも、…また怒られそうが、その…、顔も凄く可愛いと思う。」
「え?」
「そういうところが、私は、好きだが…。」
「ええ?」
 三成から発せられた言葉が信じられなくて、幸村は綿のハンカチを両手で掴みながら、涙で濡れた長い睫毛を何度も瞬かせる。
「…あーっと、今のは…、友達という、意味、というか…いや、違うというか…何と言うか。」
 慌てた感じで斜め上を見た三成は、何とか場を取り繕うとするけれど、逆にほつれは大きくなっていって、どうしようもなくなって。
 仕事場での完璧な三成とは正反対の三成を知ってしまい、幸村は驚く。でもそんな三成が、全然嫌では無くて、幻滅したりもしなくて、逆に、微笑ましいとさえ思ってしまった。
「あの、マネージャーさん…。」
 ジッと大きな幸村の黒目勝ちの瞳に射抜くように見つめられて、どうにも逃げられないと悟った三成は、観念したかのごとく、肩の力を抜いて、フウと細く長く息を吐いた。
「こんな、幸村が弱っている時に言うのは卑怯だと思うけど…、私は、私は幸村のこと、好きなんだよ。」
 真剣な声、より真剣な表情で、三成は言葉を発する。眼鏡の奥の瞳は、不安や緊張が入り混じっているのか、仄かに揺れている。
 えッ、と、幸村は、信じられず、声を漏らした。
「勿論、すぐどうにかしたいとか、そういうつもりは無くて…、ただ、幸村の笑顔が見たくて、もっともっと話をしてみたいだけ、なんだ…。」
 こうやって、ただ傍にいられるだけで、幸せなんだよ、と、三成は切なげに小さく笑みを零す。それは、見ると、心が縮まるほどの威力を持ち合わせていた。
「男同士で好きなんて、おかしいと思うかもしれないけど。初めて会った時から、どうしても、君を忘れられなくて。この想いを止められなかった。そして、この気持ちを欺きたくないと思った。」
 三成は、誠実に、ゆっくりと言葉を選びながら、言葉を発する。
「私のこと、気持ち悪くなかったら…、このまま、好きでいさせて欲しい。」
「お、俺…。」
 俯いて、眉毛をハノ字にしてしまった幸村を見て、三成は、困らせてごめん、と、小さく呟いて。
「無理に答えを貰いたいとか思っていないから。」
 大人なのか、やせ我慢をしているのか、三成はそんなことを言ってくる。
「でも、良いかな。幸村。まだ、このまま好きでいて…。」
 ぐるぐる考え込んでいる幸村は、どう答えたらいいのか、分からなかった。
本当はこの場は、断る方が賢明なのかもしれない。女に変身した自分は、政宗とつきあっていて、こんなの駄目だ、浮気じゃないかと、もう一人の自分が糾弾する。
―――でも、政宗先輩が好きなのは、俺じゃない。男の、本当の、俺じゃないから…。
 思わず、自分を、卑怯で、酷い人間だと自己嫌悪に陥りながらも。
こんな完璧そうなのに、実際は不器用な感じの三成のことを、決して嫌いになれない幸村は、コクンと縦に頷いてしまった。
 あのさ、と、三成はおずおずと聞いてくる。
「手とか、繋いでも、大丈夫か?」
「は、はい…。」
「そっか。」
 まるで中学生みたいに、おそるおそると言う感じで、男性にしては長い指で、幸村の右手の爪先あたりが包まれる。仄かな温かさが、じんわり指先から伝わってきて、なんだか幸せな気分になった。大好きな幸村と、手が触れ合って、どうしても止まらなくなったのか、更に三成は、緊張気味にこんなことを言ってくる。
「あの…、ついでと言っては何だけど…、キスとかも、して大丈夫か?」
「えええッ…。」
 思い切り素っ頓狂な声で驚いてしまうけれど、幸村には拒否が出来なかった。
「は、はい。」
 消え入りそうな声で幸村は告げると、両目を、注射を待つ子供みたいに、ぎゅっときつく瞑った。
「幸村…。」
 うっとりとした掠れ声で、三成が名前を呼ぶ。
 ブランコから腰をあげて、覆い被さるみたく姿勢を変えた三成は、顔を近づけて、その待っている幸村の唇に、そっと唇を押し付けた。柔らかくて、弾力があるそれに、三成は少し感激してしまう。焦がれ、もっともっと触れ合いたいと思うけれど、これ以上して怖がらせたくないと、名残惜しげに、三成は唇を離した。
 フウと息を吐きながら、そっと幸村が眼を開くと、眼を充血させた三成の眼と克ち合う。
「…マネージャーさん。」
 幸村は肩を震わせて、ううッと、しゃくりあげるように息を詰まらせる。
「なんか、ちょっと気恥ずかしいな。」
「は、はい…、俺も何だかっ…恥ずかしいでござるッ。」
 顔を真っ赤にした幸村は俯いて、
「えーっと、そろそろ車に行こうか。」
 と、言いながら、手を繋いだままの状態で、三成はそっと立ち上がる。
「そうだ、バイキングに行こうか。それなら、ケーキもピザも食べ放題だからな。」
「は、はいッ。」
 その魅力的なラインナップに惹かれた幸村は、嬉しげに腰を上げた。
「ああ、やっと笑ってくれた。」
 良かったよ、と、三成は優しい声で囁いて、薄く微笑む。
「…でも、良かったので?せっかくのオフなのに…。」
 なんで、と、三成は微笑みを苦笑に変えて、クシャリと左手で幸村の頭を撫でる。
「今、すごく幸せだから。本当は、もっともっと、一緒にいたいくらいだよ。」
 そんなことをさらりと告げられて、幸村は、心が躍ってしまう。何だろう、この気持ち。ふわふわと落ち着かない。
 先導されるみたく三成に引っ張られながら、幸村は、ざわめく胸の辺りをそっと左手で抑えていた。


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