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小説
その4
 携帯の液晶画面を確認すると、現在AM7:00。
 小十郎が朝御飯を作っている隙に、政宗は自分の部屋に戻ってきた。そっと息を殺して素早く部屋に入ると、後ろ手に戸をしっかりと閉める。
 視覚から入った情報を述べると、ベッドと机のみの、普段は生活感の無い10条の部屋。しんと静まり返った空間。自分の部屋のはずなのに、何故こんな泥棒紛いに、抜き足差し足でフローリングに足を滑らしているのか。その理由は、こうやってみても大きすぎるベッドの上に、今現在、大の字になってすやすや寝ている後輩。
 その健やかな眠りを妨げないように、ベッドに気配を極力無くして寄ると、政宗は未だに寝入っている幸村の、その高校生らしからぬ幼い寝顔を眺める。このまま起こさないとずっと寝ているんじゃないかと思うほどに、安らかで幸せそうなその表情に、政宗の顔も穏やかに崩される。今の政宗の表情を見たら、普段の彼を知っている人間は、驚きまくるだろう。それぐらいに、優しい顔をしていた。
 ギシッとベッドマットを軋ませて、ベッドに乗り上げると、政宗は幸村の隣に身を滑り込ませた。
「…幸村…。」
 小声で名を読んでみる。その瞬間、何故かそれだけで胸がキュンと縮こまって、切なくなった。
 そうだ、昨夜はあえなく小十郎の鉄壁ディフェンスに邪魔されたから、目標のキスを達成せねば。
 今までなら、好きな女の子相手でも、甘いムードを作れば、簡単にキスくらい出来たのに。でも、恋人で無く、部活の先輩後輩の関係の幸村には、そんな常套手段は使えない。
 息を詰まらせながら、微妙に震える掌で、幸村の髪の毛を撫でるようにして頬から避ける。幸村の方へ折り重なる、屈みこむ姿勢で、顔を近づけると、チュッと軽い音を立てて、唇を押し付ける感じで触れ合わせた。
―――や、ヤバッ。
 その思いの外柔らかな感触に、心臓がますます不規則に蠢いて、苦しくなるくらいに高鳴る。温かい温度を持った無上の幸せが、心の中をじわじわと侵食していく。
「んん、政宗先輩…。」
 その優しい接吻の刺激に、幸村の瞼が動いて、うっすら眼が開かれた。
「おっっ、おはよっ…。」
―――キスしてんの、バレたっ??
 朝だけど、夜這いもどきをしてしまった。最近本当に、幸村を好きすぎて、我を忘れてしまっている。カッコ悪すぎるというのも、自覚はしている。でも、自分でもどうしようもない、手に余る感情なのだ。
「さっ、さむいでござる…。」
 されど、ピシッと固まる政宗を余所に幸村は、まだ意識は夢の中なのか、はてまた寝ぼけているのか、ぎゅぎゅっと首元に両腕で巻きついてきた。その全力に近い力加減に、政宗は二重に驚いて、眼を丸くする。
「おい幸村、寒いのか、もっとこっちに寄れよ。」
「…ん。」
 と、返事なのか、ただ息を飲んだだけなのか、声を漏らす幸村に、手を回して背中を支えると、素直にしっかりと身を寄せてきた。
 幸村の、普通の人より高そうな体温を布越しに感じて、政宗は愛しい幸村を抱っこしてるんだと、しみじみ実感する。
―――今、俺、超幸せだ…。生まれて17年間で一番の喜びかも…。
「せんぱ…い…。」
 むにゃむにゃと口元を動かす幸村に、愛しさが爆発しそうになって、政宗は上半身を密着するように強くかき抱く。
―――ちゃんと俺だと気付いた上で抱きついてくれているなんて、何なんだ、誤解するぞ、おいっ。
「幸村。」
 肩口に顔を埋めて呼吸をすると、幸村の匂いがして、ドクンッとまた一段と大きく鼓動が鳴った。生理的な本能なのか、下半身に血が集まる錯覚に陥る。
―――ヤバイ、何だか、暴走、止まんねえし。
こんなに好きな相手と、ベッドなんかで抱きついていたら、ヤバイだろう。どんなに強靭な鋼の理性を持ってしても、たとえ聖職者だとしても、簡単に負けてしまうだろう。
 政宗は幸村の耳元で、直接その美声を滑り込ませるように、低く囁く。
「なあ幸村、お願い。舌、出して。」
「んんっ?した?」
 幸村は不思議そうにぼんやりした眼でこちらを見つつも、されど素直にべーっとあかんべをするように、赤い舌を出してきた。
「ちょっと力抜いてろよ。」
 その唾液交じりの舌を絡め取って、吸い上げて、自分の口の中へ誘った。上から体重を掛けて、ベッドシーツに深く押し倒した姿勢で、唇を深く合わせる。
「んっ…、あ…、…ふッ…んん…。」
 呼吸がままならない幸村が、切なげに眉間に皺を寄せている。
 政宗は、夢中になって甘く感じる唇を、貪り続けた。くちゅ、ちゅ、と水音を立てながら角度を変えつつ、舌同士を絡ませ摩り合わせて、その柔らかさを堪能してゆく。丹念に口内を舌で嬲られて、目元を真っ赤にした幸村は、泣きそうに顔を歪ませている。そんな幸村を気遣ってか、政宗の右手はしっかりと指を絡ませ繋いで、左手で幸村の頭を撫でている。
 脳の芯が、微熱の時みたくジンジンと痺れてきた。
 名残惜しいと思いながらも、政宗はその唇から自分の唇を離す。プハと、幸村は、途端、大きく喘ぐように呼吸した。
「ああ、口元、ベタベタ…。」
 深すぎるキスで、息の上がってしまった政宗はそう掠れた声で呟きながら、幸村の唾液だらけになってしまっている口を甲斐甲斐しく親指の腹で拭う。
「ん…、せんぱ…い…。」
 瞬間、2人の間に、くーと、気が抜ける音で幸村の腹の虫が鳴った。
「…お腹、空いたでござる…。」
 たどたどしい口調で、目元を赤らめ、恥ずかしそうに言ってくる幸村に、ええっ?と政宗は少し驚いてしまう。 せっかく築き上げた甘い雰囲気が台無しだ。
「色気より食い気かよ…。」
 そんなつれない幸村に、思わず、苦笑が自然に零れる。
 分かった、と、政宗は幸村の頭を甘やかす感じで一撫でして、酷く優しい声色で告げる。
「朝飯作ってる小十郎を急かしてくるから、あんたもさっさと起きろよな。今日土曜日だし、映画でも行こうぜ。」
 俺は勝手にデートに脳内変換するけどな、と、政宗は心の中で思いながら、幸村を残して部屋から出てゆく。
 またもや、パタンと、戸をしっかりと閉めて。
―――あいつ、寝ぼけていたとしても、俺とのキス、嫌がらなかったな。
 未だ体全体を包み込む幸せな余韻に浸るように、ハアアと大きく息を吐いた政宗は、戸に背中を預け、自分の、未だ熱を持った唇にそっと指を置いて、じっと考え込む。
―――やべ、癖になりそう。
「政宗様、そこで何をされているので?」
 ベランダで干そうと、零れ落ちそうな洗濯物を洗濯カゴごと両腕に抱えながら、不審そうな目で見てくる小十郎に、政宗は、ビクンと大きく身じろいで驚く。またもや、絶妙なタイミングでお出ましかよ、と、密かに毒突く。
「別に、何でもねえ。」
「そうですか?」
 重そうなカゴを一度抱え直して、探るみたく見てくる小十郎に、政宗は話を変えようと思い付いたことを口にする。
「あーっと、それより、朝飯、まだかよ。」
「え?」
「…あいつ…、いや、なんか、俺っ、腹減っちまったから。」
 ポリと、後頭部辺りをかきながら、眼を小十郎と合わし切れない政宗は、斜め上辺りを見つつとつとつと告げる。
「へえ、政宗様、珍しいですね。」
 いつもはコーヒー一杯だけなのに、と、心持ち首を傾げた小十郎だったが。
「じゃあ、すぐ支度します。」
 と、普段から渋い顔をますます渋くさせて、縦に頷いた。


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あきゅろす。
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