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小説
その3
 小十郎を突如襲ったストレス性胃痛をよそに、熱気立ち込める密封された室内で、2人は固まった状態で、見つめ合っている。見つめ合うと言っても、決して甘い雰囲気では無い。息を詰めて互いを探り合っている状況だ。シャンプーの途中だったのか、頭が泡だらけの政宗は顔を真っ赤にして、壁に背を預けた状態で固まっている。そして、政宗は、その喉も詰まりそうな息苦しい感じに、たまらず怒気交じりに声を発する。
「で、何なんだよ、あんたはっ。さっきから突拍子もねえな。」
「ご、ごめんなさいっっ!今すぐ俺、ここからっっ。」
 出るっ!と言いながらすでに体が風呂場から半分出ている幸村の後ろ手を、またもや政宗は慌てた感じで掴む。何だか、この引き留めパターン多すぎだろ、と、政宗は内心思っていたが。
「待てっ、待てって…。」
 出ていた幸村の体を思い切り反動を付けて引き戻して、あんた、考えるより先に行動なんだな、と、政宗は至極呆れたように呟いた。
「悪かったよ、怒鳴って…、入れよ。」
「なら、背中、洗わせてもらえるのでっ。」
 寂しそうなものから一点、嬉しそうに表情をガラッと変える幸村に、政宗は、ガキかよ、と、苦笑を零す。あまりにも喜怒哀楽が激しすぎるだろうと。
「でも俺、洗ってもらうより、身体、洗ってやる方が好きなんだけど。」
 と、政宗は言葉に含みを持たせて告げながら、何かを思いついたのか、口の端を上げてニヤリと笑う。
「じゃあ、俺があんたを洗うから、脱げ。その着てる服、全部。」
「ええっ。そんなっ、俺が洗うでござるよっ!」
 幸村は、瞬間、狼狽えるようにブルブルと風を切って首を横に何度も振って拒絶する。
「俺が洗うって、言ってんだろーが。」
「それにっ、服を脱ぐなどと…、は、恥ずかしいのでっ!」
 HA?と政宗は眉間に皺を寄せる。俺の裸は良くてあんたは駄目なのか、と、今も尚丸裸の政宗は、眼を眇めて、呆れたように声を零した。
「男同士だから、恥ずかしくねえよ。しかも俺、今、裸眼だから、何も見えねえしな。」
 政宗は気が短いのかじれったげに、少々乱暴な口調で言い放つ。
「ええっ。」
「実際視力、0.5もねえの。」
「そうだったので…。」
「だから普段はコンタクトで、家では眼鏡なんだよ。」
「なら何故に今日は学校でも眼鏡だったので?」
 不思議そうに首を傾げた幸村は、馬鹿正直に政宗に問う。
実際はそんな政宗の眼鏡姿も、新な一面を見れたと、女子にはなかなか好評だったのだが。
「…そ、それは…。」
 コンタクトじゃなかった理由を問われ、痛いところを突かれたのか、目元を若干赤らめた政宗は、うっと息を詰まらせるみたく口を噤んだかと思えば。
「そんなの、あんたには、関係ねーだろっっ。」
取りつく島も無い、つれない感じで、一刀両断する。
「それは…、そうでござるが…。」
 しゅんとした幸村は、肩を落として項垂れてしまう。それが、昔飼っていた子犬が耳を垂れてしまったのと似過ぎていて、政宗は心を鷲掴みされた。低いテンションのまま、ハーッと溜息を1つついて、語り始める。
「…ちょっと考え事しててさ。最近、悩んでんの。悩みすぎて、昨日寝てなくて、遅刻しそうになったんだよ。それで、コンタクト入れてる時間も無かったからさ…。」
 シャンプーの木目細かい泡が、つつーと鼻筋へ落ちてきた。目に沁みる、と、政宗は長い前髪を邪魔っ気にかき上げた。
「悩み事で?…俺では…。」
「あんたに相談しても、こんなん解決できねえーよ。」
 政宗は憂いを含んだ苦笑を滲ませて、幸村の言葉尻に被せるみたく間髪入れずに遮る。
 でも、本当は、幸村に直接言ったら一発で解決出来るんだけどな、と、ボソッと幸村に聞こえないよう、無常の想いを吐露するかのように政宗は付け加えた。
「おら、さっさと脱げ。そして、戸を閉めろ。俺が風邪ひくだろうが。」
 幸村の学校指定のシャツを引っ張りながら、もどかしそうに政宗は言う。
「は、はあ…。じゃあ、先輩はあっち向いてて下されっ。」
「…、はいはい。」
―――何だよ、恥じらって、可愛すぎるじゃねーか。
一応政宗は背を向けるポーズをとるが、振り返って自分の肩越しに密かに見ていた。こんなチャンス、見ないわけがねーだろ、と、言いたげに。視姦するみたくじっとりと熱心に眺めているが、残念ながら、視力が悪い上に、蒸気のせいで靄がかかってちっとも見えない。クソ、眼鏡しときゃ良かったと思っても後の祭りだ。
 幸村も政宗とは逆、摩りガラスの戸を見ながら、そろそろと躊躇しつつも脱ぎ始めている。
 白シャツを脱いだ途端表れた、くびれた腰とか、ほんのちょっと立っている可愛い桃色の乳首とか、本当は鮮明に脳裏に焼き付けておきたいのに。思春期真っ只中で、下世話な話だけど、夜のおかずとかにさせて欲しいのに、と、そこまで考えて、政宗はハッと我に返る。
―――やっべ、これじゃあ、ド変態じゃね?俺。
 完全に服を脱いだ幸村は、長い後ろ髪を馴れた手つきで頭の上で束ねながら、振り返る。
「あれ、先輩、シャンプー途中だったので?俺が、続き洗います。」
「サンキュ。」
 俺、最初から泡だらけなんだけど、今更気付いたの?とか思いつつも、もう何だか抗うのも疲れたのか、政宗は椅子にドッカリ座って、幸村に背を預ける。
「いくでござるよっ!」
わしゃわしゃと力を込めた10本の指を駆使し、全力で洗い始めた幸村に、髪の毛を盛大に引っ張られた政宗は、立ち上って非難の声を上げる。
「いたいっ!いたいって、あんた力入れすぎなんだよっ!」
「えええ?」
「髪がごっそり抜けっだろっ!」
 この若さでかつらとか嫌だからな、と、不貞腐れたみたく唇を突出し、ぶちぶち文句を言う。
「もう俺がしてやるから、あんたは座りな。」
 選手交代、と、政宗はシャワーヘッドを細かく動かして自らの髪を流し、頭を振って水滴を飛ばした。その仕草も様になっていて、幸村は、先輩が女子に絶大な人気なのも頷けるな、と、内心ぼんやり考えていた。
「おら、さっさと座れよ。」
「はっ、はいっ。」
 再度促されて、幸村は背を丸めて椅子に座る。
「あーっと、シャンプーは確かこっちだったよな。」
 政宗が手に持ったものを、振り返って確認した幸村は、睫毛を何度も瞬かせた。
「そ、それはっっ、お風呂用洗剤でござるよっ!シャンプーは、これでっ。」
 慌てた幸村は政宗の両手をとると、洗剤を奪って代わりに正解のシャンプーを持たせる。
「…わりいな。」
 シャンプーのとろみがついた液を適量掌にとって、手の中で揉んで泡立てると、そのまま、幸村の束ねていた髪を解いて、優しく指の腹で地肌をマッサージするように洗ってゆくゆく。
 細やかな指先が奏でる、その程よい力加減が、美容師のシャンプー並みに心地良かった。
「あー、でも気持ち良いでござるよー。」
 幸村は自分の両膝を抱いて、その膝の谷間に頬を乗せている。
「そっか。」
 もっともっと気持ち良くさせたい、とか、思ってしまった。そして、その先に進んで、もっと、乱れる幸村が見たいと。
 息を密かに上げた政宗は、魅入られるように体を寄せて、幸村の肩に零れ落ちたシャンプーの泡を、広げた両掌でそのまま無防備だった上半身に塗り付けてゆく。
「えええっ!」
 幸村はいきなり肌を撫でられて、素っ頓狂な声を上げる。
「このまま、身体も洗ってやるよ。」
 ペロッと舌舐めずりした政宗は、低く官能的に呟いた。
「そっ、そんな…っ。」
 肩から、二の腕、細いけれど筋肉質な腹部、そして、微妙に震える指先で乳首をツンと突く。
 途端、んんっ、と幸村は眉間に皺を寄せて息を飲んだ。
「せんぱっ…。」
 拒否されない事に調子に乗った政宗は、そのひらべったい胸全体を包み込むようにして、揉み上げる。
「ふっ…、んぁッ…ッ。」
「なあ、気持ち良いのか?」
 吐息交じりの熱っぽい声で、幸村の鼓膜を響かせるように耳元で囁くと、幸村は耳朶まで真っ赤にして、ビクンッと体を揺らして身じろいだ。
「ふッ…、くっ…んんッ…ぁ…。」
 幸村の気持ち良さそうな、可愛くて蕩ける表情と、小さく遠慮がちに吐き出される甘ったるい声でやられてしまった政宗の、その鳩尾下辺りに急速に熱が集まってくる。
「なんだよ、その可愛い声。」
―――ヤバイ、もう止まんねえ。
 ゴクリと息を飲んだ政宗は、幸村の背中を抱くように両腕を廻すと、泡をまとった指で、少し硬さをもってきている幸村の前部分に触れた。
「はっ、破廉恥っっ!!!」
 その今までとは段違いの強い刺激に、幸村は我に返って、すぐ近くにあった政宗の右頬を、ほぼ条件反射で振りかぶって平手打ちする。バンッと重く鈍い音を立てて頬を張られたその衝撃に、眼の奥で星が煌めいた。
「何をするのでっ!」
 キッと涙目で睨んで、非難するみたく言ってくる幸村に。
「…やっぱ、こうなるか…。」
 と、政宗は殴られた右頬を抑えながら、溜息を濃くするしか出来なかった。

★★★★

「もう遅いから、泊まって帰れよ。明日、土曜日だし。」
 熱いコーヒーを啜りながら政宗は、またもやデザートのメロンを食べてお腹いっぱいだーと満面の笑みを浮かべる、すぐ隣の幸村に、顔を向けずボソッと呟くように言った。
「ええっ?」
 ピクッと眉尻を動かした小十郎は、デザート皿をお盆に片づけながら、口を挟む。
「政宗様、彼は俺が送って行きますから。」
「良いって、泊まれよ、幸村。」
「は、はあ…。」
 今夜は佐助もいないので断る理由は無く、コクンと頷く幸村に、更に政宗は続ける。
「寝るのは…、俺と一緒で良いな?幸村。」
 先ほどから表情を見せたくないのか、バイク雑誌をパラパラ捲りながら下を向いたままの政宗は、有無を言わさない感じで言ってくる。
「はあ。」
 これはまずい、政宗様は何か企んでいると悟った小十郎は、小姑みたく再び会話に割入ってくる。
「俺が無理やり連れてきたんです、政宗様にご迷惑をかけるわけには…。俺の部屋で良いだろ?なあ真田。」
「え、はあ。」
 小十郎を見上げながら、政宗達の密かな攻防に気付いて無い幸村は、カラクリ人形のことく縦に首を振る。
「俺の部屋で良いって言ってんだろ、小十郎っ!」
「そんな悪いですっ!政宗様。」
 言い合いになりそうな2人に、おそるおそると言う感じで幸村は発言する。
「俺、ここでも良いでござるが。」
「それは駄目だ、真田。風邪ひくだろうが。」
 即却下だった。小十郎の刻まれた皺がより一層深くなる。
「じゃあ、3人で寝ればいいだろ。あったけえだろ?」
 それなら文句ねえな、小十郎、と、本気の眼をして凄みをかけてくる政宗に、しょうがないな、と小十郎は当てつけみたく深々と溜息をつく。絶対幸村と寝ることを譲ろうとしない政宗に、その意図が見えてきた小十郎は、ますます胃痛を強めていた。
「もう、なんでそうなるんですか…。」
 と、言わざるを得なかった。


★★★★

 3人で寝ても十分に余裕がある、政宗のキングサイズのベッドに入って、1時間程度過ぎた頃。
 喉の渇きと、体を覆う茹だるような熱さを覚えて、小十郎はパチッと眼を覚ます。
 隣からは規則正しい安らかな呼吸音が聞こえてきた。その音の発信源、真ん中に寝ている幸村に、しっかりと両腕で抱きつかれていて、小十郎は、なんとも言えない表情で幸村を眺める。仄かな間接照明で見える、高校生らしくないあどけない表情で熟睡中の幸村を眺めて、これは、嬉しいんだが、政宗様のことを考えると哀しいんだか。そう思いながらも小十郎は眼を閉じて、そのまま抱きつかれた状態でほっておくことに決めた。
―――熱さの原因は、これか。 
「なんで、小十郎の方へ抱きついてるわけ。」
 そんな折、暗闇の中、やるせない感じを滲ませた声が届いてきた。
 政宗は小十郎へへばりつく幸村の体を、自分の方へ向けて抱き寄せている。熟睡中の幸村も抗うことなく、そのまま政宗にぎゅっと甘えるみたく首元に素直に巻き付いてくる。政宗は、鼓動を速めながらも、ますます幸村を抱く力を強めて、その肩口に顔を埋める。柔らかな幸村の髪の毛が頬にあたって、至福を感じた。少し熱い体温に包まれて、政宗は安心したように瞼を下ろす。
―――本当に、今、幸村に触れている。
こんなに近くに彼がいる。それだけで、こんなに心が満たされる。ドキドキしすぎて目が冴えまくって全然眠れそうにないけれど。
 スースーと幸村の半開きの口元から寝息が漏れている。
―――やばい、この甘そうで、触れると気持ち良さそうな唇にすっげえ、キスしたい。
 軽く触れ合わせるだけなら、良いよな。
 政宗が幸村の頬に、温度差があるひんやりとした手を添えて、顔を近づけ、互いの唇の先端がふに、と触れた瞬間。
「政宗様。」
「こっ、小十郎っっ。」
 後ろめたい行為が見つかって、政宗は、暗闇の中、飛び上がりそうに驚く。横を向くと、寝ていたはずの小十郎が起き上がって、こちらを咎めるように見ている。
「もしやと思ったら、やはり…、寄り添って寝るくらいなら何も言いませんが…、間違いは起こさないで下さいっ。」
「…間違いって何だよ。」
 タンクトップ姿の政宗は、幸村を抱いた状態で、少し体を起こすと、小声ながらも、捲し立てるみたく言ってくる。
「さっきからずっと言いたかったんだけど。お前こそ、幸村に対して甘すぎだぜ。」
「甘やかしてなど…。」
 そうやって話を逸らせる、と、小十郎は一層表情を険しくする。
「俺に対する態度の100倍は甘いぜ。」
 政宗は自分のものだと表すように、幸村に回した腕に力を込めた。
「政宗様も真田も、極力、同じ態度で接しております。真田を特別扱いなどしていません。」
「嘘つけ。俺にアーンなんてしないだろうが。なんだよ、あの新婚さんみたいな甘い雰囲気はっ!」
 やっぱりあの時しっかりと見ていたんだな、と、小十郎はガックリと肩を落とす。
「政宗様もして欲しいのですか?」
「して欲しいわけねえだろうがっ!気色のわりい。」
 そして、政宗は一息ついて、釘を刺すみたく、声色を変えて言ってくる。
「お前さ、まじで、必要以上に幸村にかまうなよ。」
 それが今一番言いたかったことのようだった。
「…そうは言われても、変に態度を変えると、真田を傷つけますぞ。政宗様は、真田を悲しませるのをお望みで?」
「…この野郎…。」
 痛いとこ、突いてきやがって。 
 政宗は、ギリリと歯ぎしりした。


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