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小説
その2
「俺もお手伝いしますっ。」
 そんなに広くないキッチンで、こんなに近い場所にいるのに、無駄に元気な声で幸村が言ってくる。
「じゃあ、そこの戸棚から取り皿、出してくれるか?」
「そのつくね…、すごくおいしそうでござるなあ…。」
 キッチンのテーブルの上、性格が伺えるくらいに几帳面に並んだ、大皿の上の鍋の食材へ、ホウと感嘆の声を上げた幸村は目を奪われる。佐助のお手製御飯もほっぺが落ちるほどに美味しいのだが、小十郎のTHE男の料理も凄く心を惹かれる。料理は一切出来ないのだが、普段美味しいものを食べ慣れているせいか、舌だけは肥えてしまったらしい。
 おいおい、よだれっ、と、小十郎は笑いを含んだ声でそう告げると、幸村へ甲斐甲斐しくそこらにあったキッチンタオルを一枚渡す。
「このつくねは、出汁に入れる前にじっくりオーブンで焼いたんだ。このままでも食える。一口味見するか。」
「えっ、そんなっ、良いので?」
 そう遠慮がちに言いながらも、幸村は目を見るからに爛々と輝かせる。その表情の素直さに、小十郎は苦笑する。どこかの誰かさんとは違いすぎるな、と。
 菜箸で1つ摘まむと、期待に震える幸村の口元まで運ぶ。あー、と、口を開けて待っている様が、巣で餌を待つ雛鳥みたいで可愛かった。ハムッと食べると、口いっぱいにジューシーに広がった幸せに幸村の顔が自然に綻ぶ。
「美味しいっ!これ、凄く美味しいでござるよっ。」
「そりゃ良かったな。」
 その打っては響く幸村の無邪気な反応に、胸の底ら辺がほっこりと温かくなる。小十郎も眼を細めて薄く微笑んだ。可愛いなと正直に想う。
 もしかして俺にも子供がいたら、毎日がこんな穏やかで優しい気持ちになるんだろうか、と、そこまで考えて少し物哀しくなってくる。ラブラブな新婚さんとか初々しい恋人同士とかじゃなくて、何故に親子かと。俺もそんな年かなと、ガックリと肩を落とした小十郎だったが、何だか背中辺りにじりじりと焼けるような視線を感じて、何気なしに対面式キッチンからリビングの方へ見遣ると、ソファの上に寝そべっている政宗が、何だか歯軋りしそうな険しい表情でこちらを見ている。
―――まっ政宗様…、まさか、な。
 でも何だか引っかかって、小十郎は土鍋を目線と同じ高さの収納棚から取りながら、コップと取り皿を、お鍋お鍋〜と鼻歌交じりに楽しげに用意している幸村へ声をかける。
「こっちはもう良いから、真田、政宗様のところへ行って、話でもして来いよ。」
「はいっ。」
 パタパタとフローリングへ騒がしくスリッパを滑らせながら、スキップしそうな勢いの幸村は、政宗の所へ一直線に向かった。


★★★★
「政宗先輩。」
 傍に来た幸村に対して、何しに来た?と言いたげに、ソファに足を組んで踏ん反り返っている政宗は、黒縁眼鏡の奥から冷たい目つきで一瞥して。
「何だよ。あんた、俺より小十郎と話してた方が、楽しいんじゃねえの?なんだか知らねえ間に、懐いてんのな、あいつに。」
「ええっ?なんでそう思うので?」
 幸村は首を傾げながら、政宗の方を不思議そうにじっと見る。幸村には政宗の言っている意味が本当に分からなかったらしい。
「…いや、別に、何でもねえし。」
 ムスッと顔をしかめ面のままの政宗は、持っていたバイク雑誌へ視線を戻す。
「あ、あれれ?政宗先輩。その雑誌、上下逆でござるよ。」
「え?あっと…。」
 コホンと政宗はごまかすみたく咳払いをして、雑誌の向きをそっと戻す。
「それよか、あんたも、そこにボーっと突っ立ってないで座れば?」
 さっきから視界に入って邪魔なんだけど、と、政宗はうざったい感じで付け加えた。
「は、はい。」
 そそくさと幸村は、3人掛けソファの政宗の横に滑り込む。間にもう1人座れそうな感じで空いた距離が、今の2人の関係を物語っている気がする。部活の先輩、後輩、それだけの間柄なのだ。
「なあ、あんたさ、小十郎と、どういう知り合い?」
「え?片倉さんと俺ですか?」
 えーっと、と、頬をポリとかきながら、幸村は天井の隅っこあたりをぼんやりと眺め、思い出しながら告げる。本当に出会いは偶然だった。
「八百屋で店番をしていた時があって、その時にお客さんで来てくれたでござるよ。黒いスーツを着た渋くてカッコいい方が大根を丸ごと買われたので、印象深くて。」
「渋くてカッコいい…、ねえ。」
 聞いておきながら政宗は、読んでいる雑誌から目線を上げることも無く、フーン、と、気の無い感じで返事を返す。何だか背負っているオーラが怖い。不機嫌さをヒシヒシと痛いほどに感じながらも、幸村は話を続ける。
「片倉さんって、外見は怖い感じでござるが、中身は凄く優しくて温かい人柄で…。」
「……。」
 もう政宗は、返事を返そうという素振りさえも見せなくなった。雑誌を捲る手に変に力がこもっているのか、血管が浮き出た上にプルプル震えている。
「…あの、政宗先輩…何だか、さっきから怒っているのでござるか?学校で話すのと全然違うでござる。俺が、突然、2人の団らんにお邪魔をしてしまったから、怒ったので?」
 学校での政宗は、一見クールでそっけない感じながらも、困ったことがあったら陰でそっと手を差し伸べる優しいイメージだったから。自分のことが不機嫌になるほどに嫌いなのか、と、思い詰めた幸村は、酷く哀しくなってくる。
「俺っ、いないほうが良かったのでっっ…。」
 幸村は声を震わせて言いながら、自分の言葉で傷ついてきたらしい。何だが語尾がヒートアップしてきて、鼻の頭を赤くして、今にも泣き崩れそうに顔を歪めている。
「え?」
「俺っ、…もう帰った方がっ…政宗先輩は嬉しいのでござるかっっ…。」
 ガバッと勢いよく立ち上った幸村は、血が滲むほどに下唇を噛んで、鞄を掴んで部屋から出て行こうとする。
「ちょっっ…。」
 いきなりの展開に吃驚仰天の政宗は、だらけていた体をソファから素早く起こす。
「じゃ、俺、失礼するでござるっ!」
 おいなんだ、この猪突猛進な感じ。思い込み激しすぎっだろ!と、政宗は思いながらも。
「もう、違うってっ!いてくれよ、ここにっ。」
 政宗は、パシッと幸村の右手を握った。
その触れた体温の熱さに、政宗は内心驚く。
「えっ?」
「いいから、黙ってここに、…俺の横に、座ってろよ。」
「えええ?」
 振り返った幸村の眼の縁には涙が滲んでいた。熱血に頭に血が昇って、泣いてしまったらしい。一瞬その泣き顔に、心臓がドクンと縮んだ政宗が、ウッと息を飲んだが。
「帰るなんて、俺が許さねえから。」
 フンと鼻を鳴らすと、またもやそっぽを向いた政宗は、逃がさまいとしてか幸村の手をぎゅっと握ったままの状態で、左手だけでやりにくそうに、ペラペラと雑誌を乱雑に捲り始める。
「だから、そこにじっとしてろ、熱血馬鹿。」
「俺、馬鹿ではござらぬっ。」
 そう幸村は文句を言いながらも、手は繋がれたまま、先ほどと比べると少しだけ政宗の方へ体を寄せて、ソファに座り直した。
「あの、政宗様。」
「なっ!なんだよっ!」
 突然目の前に現れた小十郎に、政宗は体をビクンと震わせて驚く。実際は、小十郎は2人の言い合いに驚いてやって来ていたので、しばらく前からそこに立っていたのだが、政宗は全く気付いて無かった。
「食事の支度が整いましたので、テーブルの上の雑誌を避けて下さい。」
 重そうに、グツグツ沸き立つ鍋を持ったまま、難しい表情で小十郎は政宗に言う。
「分かったよ。」
 ばつが悪そうに、政宗は握っていた幸村の手を慌てて離すと、従順に雑誌を片し始めた。


★★★
 お腹がはち切れんばかりにたらふく美味しいものを食べて、幸村はほくほく顔だった。
 未だ政宗は機嫌を直さず食事の間もずっと無言だったのが、少し哀しかったけれど。
 されど料理は絶品で、鍋は勿論、雑炊も最高だった。その上、最後に甘いもの好きな幸村のために、手作りのプリンを即席に作ってくれた小十郎に、幸村は、何かお礼をしたい、と思った。片付けは皿を割られては困ると、やんわり断られてしまったから、他に何か考えねば、と、ダイニングテーブルに座ったままの幸村は、両ひじをついてじーっと考え込む。
 そして、何か良い案を思いついたのか、パンッと柏手みたく両手を叩いて立ち上がった。
―――剣道の師匠であるお館様は、背中を流してあげたら喜んでいたでござる。
「片倉さんっ、俺、背中を流しますっ!」
「はあ?」
 カチャカチャ陶器が触れ合う音を立てて洗い物をしている小十郎は、振り返りざま、口をあんぐりと開けてしまう。
 背中を、流す?一瞬、意味が分からず、固まってしまった。
「色々お世話になったお礼をしたいのでっ。俺の師匠がいつも喜んで下さるから、片倉さんにもぜひっ!」
 満面笑顔でそう言ってくる幸村に、えっと、と、及び腰の小十郎は、薄く微笑んで。
「それは…、今は遠慮する。また今度な。…それなら、政宗様にして差し上げてくれ…。」
「え、あれ?先輩は?」
 対面式キッチンから背伸びをしつつ、キョロキョロとリビングの方を見渡すが、そこには政宗の姿は無い。
「今ちょうど、風呂に…。」
 立てた親指で風呂場の方を指しながら、小十郎は告げる。
「では、俺、早速、先輩の背中を流すでござる。」
 パタパタと元気良く走って行く幸村の背中を、穏やかな表情で見送った小十郎は、皿洗いへ再び集中する。
―――しかし、本当に1歳しか違わぬのか?
真田が子供過ぎるのか?いや、政宗様も年齢より大人びた感じだが、子供っぽい所は残っているな。先ほども俺と真田が2人でいると、ヤキモチを焼いているように拗ねて…。
―――やき、もち?
その単語がやけに引っかかる。
―――まてよ、ヤキモチ、だと?
 ハタ、と、小十郎は、洗い物の手を止める。何か考え事をし始めた小十郎は、手に持ったピカピカに輝く皿に映った自分を、じーと睨みつける。あの、政宗様のおかしな態度、真田を見るおかしな眼つき。もしや、この俺の勘が当たっていたなら。
「駄目だ、真田っっ。政宗様はっっ…。」
 小十郎は泡だらけの手を前掛けで拭くと、キッチンから飛び出した。
「うわあああっっ!なんだよ、あんたっ!突然、入ってくんなっ!」
「えええっ、俺、先輩の背中をっっ。」
 止めるのが遅すぎたのか、2人の言い合う大声が風呂場から響いてきた。
―――やっぱり、ビンゴだ。
 小十郎は、ため息付で頭を抱える。
―――政宗様の、1週間前からの恋煩いの相手は…、紛れも無く、あの大きな子供だ。


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