[携帯モード] [URL送信]

小説
その11
「はー、何だか、ふわふわで気持ち良いでござる…。」
 上気した頬を赤く染めて、大きな黒目勝ちの眼をトロンとさせて、今演歌を熱唱中の慶次と入れ替わっていた元親の肩にコテンと頭をもたれ掛る。その仕草は庇護欲にかられるほど。無意識にあざとい、あざとすぎるなあ、おい。
 顔の前で両手を組んだ政宗は、ギリッと歯ぎしりした。
「おい、幸村―、寝んなよ。俺、逆方向だから連れて帰ってやれねえぞ。」
 曲本を見ながら、苦笑しつつペチペチと幸村の張りがある頬に、大きな掌で触れている。
 その穏やかな雰囲気の2人とは正反対に、様子を伺っている政宗の、空になったグラスを持つ手が力を込めすぎてプルプル震えていた。放出出来ない怒りを溜めすぎて、二の腕辺りに青い血管が浮いてしまっている。
―――幸村ってば、酔っぱらったら、甘えたがりになるのか。やべえじゃねえか。
 その政宗と同じ思いの人が、幸村の隣にいた。歯痒そうに、傍らで見守っていたが。
「ねえねえ、私の膝、貸したげるけど。」
 自分達の関係を秘密にしないといけない政宗とは違い、彼女はとうとう行動に出たらしい。幸村の背中に手を置いて、媚びを売る感じで声をかけてくる。
「幸村、せっかく、女の子が、そう言ってるぞ。」
 俺のムキムキの上腕二頭筋が発達している腕より居心地良さそうだけどな、と、元親は幸村の柔らかい髪を撫でながら、笑い交じりに優しい声で告げる。
「良いでござる、俺、こっちの方が。」
 ますます幸村は、甘えるみたいに元親の肩に体重をかけてしまう。
「何、子供に戻っちまってんのー、幸村。」
 元親は内心まんざらでも無さそうに言って、肩を抱くように腕をまわした。
「えーそんな、幸村クン、私の方に来てよお。」
 元親にべったりの幸村の腕を、女の子が一生懸命引き剥がすべく引っ張っている。それを外野から、苦虫を噛んだ表情で見ている政宗。気を紛らわそうと水を飲んでみたりしているけれど、失敗している。
「もう、眠いでござるよお…。」
 元親の腕に顔を押さえつけながら、舌足らずに呟いた幸村に、プチッと大きな音を立てて、政宗の脳の中で何かが切れた。
「もういい加減にしろよ、お前らっ。」
 とうとう、その場にすっくと立ち上って、大声で啖呵を切ってしまった。
「え?」
「伊達、先輩?」
 だるまさんが転んだのごとく固まった元親と女の子が、眼を真丸くして政宗を見上げる中、張本人の幸村は、我関せずと言ったふうに、元親の腕の中で、くーくー気持ち良さげに寝息を立て始めていた。
「ほら、帰るぞ、幸村っ。」
「え、せんぱ…。」
 無防備な幸村の腕をぐいっと引っ張って、立ち上がらせようとするけれど。
「離して下されっ!俺だって、子供じゃないでござるっ!お酒ぐらい飲めるのでっ!」
 酔っ払いなのか支離滅裂な返事を返してきた幸村は、口をアヒルみたいに尖らせて、政宗の手を邪険に払ってしまう。
―――さっき俺が甘えん坊って言ったの、根にもってやがるな。
「何言ってんだよ。幸村、もう酔ってんだろ。人に迷惑かけんな。」
 痺れを切らして、またもや右手を伸ばして腕を取ろうとする政宗から、幸村は体を退いて抵抗する。
「俺、帰りたくないのでっ…、なんで無理やり連れて帰ろうとするのでござるかっ…。」
 駄々っ子みたいに、嫌だ嫌だと首を振る幸村に、ピキッとこめかみ辺りに皺を作った政宗は、声を荒げた。
「だからっ、俺が嫌なんだよ。もうこれ以上我慢出来ねえ。俺以外のやつと、しかも俺の目の前でいちゃつくな。それ、すっげえムカつくんだよ。」
「え?」
―――とうとう言っちまった、恥ずかしい本音。
 一番嫉妬深くてガキなのは、俺自身じゃねえかよ。
 冷静な、第三者な自分が自分の中にいて、突っ込む。
「そんなっ…、先輩は良いのでござるかっ?女の子と仲良くしてもっ!俺はっ、俺はだめで、せんぱいは…、良いなんてっ…酷いでござるっ!」
 負けじと幸村は、半分泣き声に近い声で、切なげに顔を歪めて、想いを吐露する。
 いきなり始まった口喧嘩に、周りが唖然とする。周りの人間からしてみれば、先ほどから一度も会話していない所とか目も合わさない行動から推測するに、あまり接点が無さそうで、喧嘩しそうにない2人。しかも、よくよく聞いていたら、普通の喧嘩じゃない。これは、痴話喧嘩だ。
「あれは違うって、さっきから言ってんだろ。酔った女の子がよろけてきたから助けただけだ。あのまま放置するのも可哀そうだったから。」
「そっ、それは、本当でござるか?…浮気じゃ、無いので?」
 ええ、と、幸村は涙で濡れた睫毛を、何度も瞬かせる。
「浮気じゃねえってっ。」
 そりゃあ、昔は、見境なく、遊びまくってたかもしれないけど。相手には申し訳ないけど、自棄になっていたんだ。自分が好きな幸村は、自分の手には届かない存在だと、早い段階から諦めて、自分の心に自ら蓋をした。
 恋が実った今、幸村以外はいらない。誰も欲しくない。それが、俺の真実だ。
 幸村を捕まえられなかった右手を、太腿の横で、ぐっと穴が開きそうなほどに、強く強く握り締めて。
「だからっっ、俺が好きなのは、この世に幸村だけだって、何度も何度も、しつこく言ってんだろうがっ!」
 カラオケの声が霞むほどに大きな声で宣言した上、皆の前で政宗は幸村の背中と腰に両手をまわして、ぎゅぎゅっと抱きしめてしまった。
「まっ…まさむね、せんぱいっ…、俺も…俺もでっ…。」
 とうとう涙を堪えきれなくなってしゃくりあげながら、幸村は、政宗の首元に縋りつく。
「ええええっ。」
 カラオケそっちのけで、2人を見守っていた全員が仰け反って驚いた。
「も、もしかして…幸村の言ってた、年上の、恋人って…。」
 口に手を添えつつ家康は、側にいる友達2人に小声で問う。
「伊達先輩だったってことか?」
「あれれ、なら俺の推測、あながち間違って無かったってことだな。」
「さっきから先輩が、つるぺたの感度が良いとか言ってたのって…、幸村のことだったってことで…。」
 自分の性癖についての会話を、傍で聞いていた幸村って、はっきし言ってドMなんじゃあ…、と、慶次はマイクを持ったままで、慶次と家康に耳打ちする。
「しかも、…そこまで進んでいる関係ってことかあ?いやあ、なんか生々しいな。」
 元親は、後ろ頭ら辺をかきながら、苦笑いを零す。
「これは俺のモノだから。友達のあんたらも、一切手ぇ出すなよ。」
 こそこそ内緒話をしている3人の後輩を、凄みをかけて政宗は睨みつける。
「まっ、まさむねせんぱい。3人は友達でござる。それはあり得ないでござるよっ…。」
「わっかんねえだろ?」
 少しでも可能性がありそうな芽は早めに摘んどくのが、得策だ。もののついでとばかりに、幸村の友人たちへも釘を刺しておくことにしたのだ。
「は、はい。誓って。」
 政宗の迫力に、3人は、コクコクと高速で何度も頷いて見せた。
 フンと、鼻を鳴らすと、政宗は幸村に向き直って。
「じゃ、家に帰るぞ。」
 当然みたいに幸村に手を差し伸べて、幸村も皆の視線を浴びて戸惑いつつも、おずおずという感じでそれを取る。
「ごめん、山田。この埋め合わせは必ずすっから。」
「オッケー。」
 なんだか政宗らしいな、と、1つ笑みを零した山田は右手を上げて、仲睦まじく帰って行く2人を見送った。
「なんか…、バカップルの盛大な惚気具合を見せつけられた感じだな。」
 フーッと細く長く溜息をついて、ボソッと元親は言葉を漏らす。
 でも台風一過とはこのことで、残された人々は、半ば呆然としていたが。
「じゃあ、こっちも更に盛り上がるとしますかっ!宴の始まりだよっ!」
 持っていたマイクを握り締め、立ち上った慶次が、何故かテンションを上げて音頭を取り始める。今のシーンと静まり返り、辺りを漂っていた微妙な空気を一掃した。

★★★
「ちゃんと歩けるか?おんぶするか?」
 未だ酔っ払いの幸村を先導するように手を引きながら、家路を急ぐ。まだこれから、繁華街から駅まで行って、電車に30分くらい揺られて、そこからまた自宅まで20分。先ほどからジェラシーを感じまくりだった政宗は、涼しい顔をしているが、内心は、幸村を早く家に連れ帰って、ひん剥くように裸にして、欲望のまま蹂躙したい、とか、かなり物騒なことを考えている。
「…もう、俺、子供じゃないでござる。」
「ごめんな、俺ってば、虫の居所悪くてあんなこと口走っちまったけど、俺、まだまだ幸村には大人になって欲しくねえよ。俺に甘える、可愛い幸村で、居て欲しい。」
「良いのでござるか?今のままの、俺で…。」
 じんわりと眼の縁に涙を溜めた幸村は、また、過去のトラウマを思い出していた。政宗の過去の彼女が、皆、グラマーで、年上で色っぽかったということ。自分なんて、どんなに頑張っても、そうなりえないからだ。
「今のままの、ありのままの幸村が、俺は、大好きなんだよ。」
「俺も…先輩だけが、大好きで、ござるよ。」
 恥ずかしそうに、たどたどしく言ってきた幸村に、心の中で愛しさが爆発して。
 いくら夜とは言え人の往来がある歩道で、政宗は幸村の唇を塞いでしまった。左手は幸村の後頭部を支え、右手は下顎を掴んで無理やり唇を開けさせる。ぎっちり噛み締めていた歯をこじ開け舌を差し込んで、斜め上からの圧し掛かる姿勢で、くちゅくちゅ音を立てて口の中を蹂躙する。
「ん…、ううっ…ふっ!」
 幸村は切なげに鼻で息をしながら、ぎゅっと政宗の胸元を右手で掴んでいる。力が抜けてきて、カクンと膝が折れてしまった幸村を、おっと、と政宗は腰に手を廻して支える。
 十二分に堪能した後、幸村の口を開放すると、幸村は水の中から顔を出したときのように、プハと酸素を大きく吸い込む。
「あんたらしくねえ味だな。」
 舌先に残るのは、痺れるように苦いアルコールの味。
「こんな外でっ、破廉恥すぎるのでっっ。」
 咎める、されど赤くなった目でキッと睨んだ幸村は、ワナワナと、グロスを塗ったようにぽってりと輝いている唇を震わすけれど。
「さっき、皆の前で本当はやりたかったんだ。それよりはましだろ?」
 ううう、と、羞恥心が爆発しそうなのか、幸村は泣きそうに顔を歪める。
「でも、ごめん。このまま、もう少し幸村を補充させてくれ。」
「え?」
 ぎゅっと、幸村をもう一度、胸の中に抱き閉める。そして、政宗は幸村を抱いたまま、ハアアと一度深呼吸した。あー幸村の香りだ、と、すぐ傍に幸村がいることに、すごく安心して、なんだか心がほんわかしたものに満たされる。
「さっき、ホント、ヤバかった。幸村を誰かにとられるかと思ったら、血が頭に昇っちまった。」
「そんなの…、ありえないでござるよ。」
「あんたは無意識に魔性なんだよ。誰にも彼にも、愛想ふりまきやがって。この小悪魔がっ!」
「…政宗殿には言われたくないでござる!女の子にモテモテのくせに…っ。」
 堂々巡りになりそうな不毛な言い合いを、ストップ!と、政宗は無理やり終わらせた。
「もういっから、早く帰ろうぜ。うちに泊まるだろ?」
 まだ何か言いたげに口をへの字に曲げていた幸村へ向けて、華麗にウィンクをする。
「は…、はい。」
 何を想像したのか幸村の顔がカーッと発火するみたく赤くなってしまったので、やっぱり誰よりも可愛いすぎんだろ、と、政宗は心の底から思いながら、幸村の手を自分の手で包み込んだ。


[*前へ][次へ#]

12/14ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!