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小説
初恋
 極寒の外では、生まれたての粉雪が、雲泥色の空から、ちらちらと舞い降りていて。
 漆黒の闇の中、室内からの仄かな光を反射して、それがきらきら光っている。
「ほう、なんと綺麗な・・・。」
 四角い窓枠を塞いでいる、北風防止のわらを少しだけよけて、その隙間から外を覗き見ている。零れた感嘆の言葉も、真白い吐息と共に、深い闇の中に溶けて消えた。
 運悪くその日は、この冬一番の冷え込み。
「こんな日に水浴びなんて、前々からおかしなヤツだとは思っていたが、ここまで酔狂なことをやってのけるとはな。」
 熱心に雪を眺める幸村の背中に、政宗は冷やかし混じりに、笑いをこらえた様子で言葉を投げかけてきた。
「それはっそれはっっ。」
 はじかれたように振り向くと、初めて見る穏かな政宗の目とかち合い、そこまで言って口をつぐむ。
 弁明しようとしたけれど、上手い言葉が見当たらない。
 川に入ってしまったのは、何を隠そう、紛れも無く自分だったから。
 そうあの時、今にも雨が降り出しそうな暗い空を何気なく見ていたら、不意にそこを、大きな鷹が横切るように雄大に飛んできた。空を仰いだまま、惹かれるように、その行方を目で追っていたら、自分は太もも位水かさがある川へと入り込んでいたのだ。
「しかし、政宗殿まで、川に入ってくる事、無かったでござろうが。」
 囲炉裏の火から一時も離れようとしない政宗に、幸村は口をとんがらがして、ぶつぶつ文句を言った。
「ふん、知らねえよ。気づいたら、入ってた。」
 政宗は手元にあった薪を無造作に火にくべながら、低く呟いた。
 水の刺さるような凍えよりも先に、幸村、と必死に自分を呼ぶ声が、すぐ傍で聞こえた。右腕を跡がつくほど強い力で引き戻された。
「本当、近くに山小屋があって良かったぜ。あんたも俺も凍えて死んでいたかもな。」
「片倉殿、ここに気づいて下さるだろうか。」
 窓際に立ったままの幸村は、心配げな素振り。
「・・・。」
 政宗は手元にあった薪を全て残らず囲炉裏へと乱暴に投げ捨てた。

☆☆☆☆ 
 本日の本来の目的は、イノシシ狩り。政宗の誘いで、そのために山へ来ていたのだ。山道を我先にと獲物を追っていたら、いつの間にやら子供のかけっこのようにむきになり、二人競争を始めていた。そして、気づいた頃には既に遅く、360度が白い世界で迷ってしまっていた。帰り道の目印も、見失ってしまった。しかも、ずぶ濡れの状態のおまけつきで、運がすこぶる悪い。
「あいつなら、明日には気づくんじゃねえ。」
 人事のように言ってのけ、政宗は手持ちぶさたに棒で灰をかき混ぜる。
「それより、ああーっ寒いな。あんた、どうにかしろよ。」
「それでは、某、薪を積んできます。」
「馬鹿かあんた、外はもう真っ暗だぜ。」
 吹雪いてきた外に果敢に出ようとする幸村の後ろ手を、政宗は少し慌ててとった。 
「では、どうすれば・・・。」
 困ったように幸村が振り返ると、政宗の真剣な表情に出会った。
「・・・ま、政宗殿?」
 たまらず、幸村は少し緊張した声を出す。
 政宗は、幸村の腕を掴んだまま、微動だにしない。
 その張り詰めた空気を断ち切るかのように。
 くしゅん、と一つ、幸村は顔を背けて、くしゃみをした。
「寒いのか?」
「某は・・・。」
 大丈夫と続けようとした言葉が出なかった。
 冷たい水で濡れたままの布は、徐々に幸村の体温を奪っていた。そんな震える幸村の身体を、政宗は、ふわり、自分の両腕で包み込んでいたのだ。
「これで、寒くねえだろ。」
「まっ政宗殿ッッ。」
「ああ、あんたの体、温かいな。」
 どきんどきんと心臓が壊れてしまいそうなほど、鼓動が高まる。それが、政宗に布越しに伝わりそうで、幸村は抵抗するように、身をよじる。
「嫌か?」
 質問とは真逆に、政宗の力は徐々に強まって、背骨がきしみそうだ。絶対逃さないかのごとく、政宗は幸村の体を拘束する。
「嫌もなにもっ、政宗殿と、某ではっおかしいでござろうっ。」
 そんな関係では無いはず。
 今は同盟関係であっても、解かれたらすぐさま敵同士だ。
 息も絶え絶えに告げた幸村は、思う。
 こんな激しい動悸は知らない。
 どんな切迫した戦いの時でさえ、こんな胸苦しくなったりしなかった。
「そんなに、小十郎に見つけてほしいわけ?俺とおかしいなら、小十郎なら、おかしくないのか?」
 政宗は先ほどの何気なく零した幸村の呟きに、何かひっかかっていたらしい。しかも、幸村が思いも寄らぬ場所で。
「片倉殿は関係ござらんであろうっ。ただ、こんなの・・・恋人同士、好きあったもの同士が・・・。」
「俺じゃ、嫌なのか?」
「え・・・。」
 まっすぐ射抜くように政宗は幸村を見つめる。
 目を背けられないほど、強く、強く。
「俺は、あんたと二人きりになれて、良かったと思うけれど。」
「え・・・。」
「だから、このままいさせろ。」
「えええっ・・・。」
 政宗は幸村の肩口におでこを乗せる。政宗の柔らかい髪が首筋をかすってくすぐったい。
 幸村は、かちかちに強張っていた体の力を徐々に抜いた。見た目よりがっちりした政宗の身体に身を寄せると、その背におずおずと腕を伸ばす。
 政宗の指は、幸村の後ろ髪を束ねた紐を、器用にほどいた。
「政宗殿…。」
 間近にある政宗の端正な顔が、近すぎてぼやけた。
「んっ・・・。」
 触れるだけの、綿毛のような接吻。
 政宗のタコだらけの掌は、キスを受けて瞬時に紅をさした様に染まった頬を、優しく包み込む。
「俺は、あんたのこと、好きなんだよ。」
 耳元から、ズキンとくる鈍い疼きを伴って、甘い言葉が心に滑り込んできた。
 泣きたくなるほど、胸が切ない。
 この感情に、はっきりとした名前をつけるとしたら、きっと、それは恋だ。
「某も・・・政宗殿のことを・・・お慕い、申しているでござる・・。」
 耳を凝らさないと聞こえないほど、儚い告白。
 言い終わる前に、政宗はたまらず、熱い感情のまま、幸村の身体をかき抱いた。
 緊張からか、きれぎれに吐息を吐く幸村の口に吸い寄せられるように唇を寄せると、優しく合わせる。
「んっ・・・・ふっ・・・。」
そして、最初は啄ばむだけのキスだったそれは、歯列を割り口内を犯すほどの、深い深いそれに変わった。
 着物が肌蹴られ、自分より低い体温をその身で感じながら、幸村は目を閉じて思い出していた。

 

 出会った鷹は、大空を雄大に舞っていた。
 何も障害物も無い、果てしない世界を、自由に。
 それが、誰かに似ていて。
 自分を一番たぎらせる誰かをほうふつとさせて。
 自分は、目を離せなかったんだ。


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あきゅろす。
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