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小説
眩暈-前篇-
 天に繋がる大柱のごとく、こうこうと立ち上る炎。
山が燃えている。木々が燃え朽ちてゆく。
「真田幸村っ。」
 鋭く名を呼ばれて振り返ると、妖しげな光を伴った何かが、目の前にまで迫っていた。
―――間に合わない。
 反射的に腕で顔をかばい、目を閉じる。
 ドンッと鈍い衝撃音がして。
 幾度と無く体験し想像が容易に出来る、肉をそぐ激痛に身構えるけれど、それは一向に襲ってこない。
 恐る恐る目を開けると、そこには。
「馬鹿野郎っ。戦中にぼんやりしてるやつがあるかっ。」
 視界を覆う、彼の広い、蒼い背中。 
 幸村にとっては信じられないことに、政宗がすぐ傍で自分を守るように、槍を向けてくる数人の敵に、右手だけで応戦していた。
 顔面に浴びた、鮮やかな紅い紅い鮮血。でもそれは自分のものではない。
 生温く頬をつたうそれも、自分のものではない。
 その事実を知って、幸村は、
 どくんどくんと鼓動が、耳の、鼓膜のすぐ近くで脈打っているのを感じた。
 自分を醜く変貌させる、生臭い液体。
 幸村は、槍を持つ10本の指に力を込める。
 ――嗚呼、とうとう始まった。
自分が、自分で無くなってゆく瞬間。修羅に変貌する時間。
「おい?」
 負傷した左手を庇いながらも応戦していた政宗は、黙りこんでいた幸村の気配が密かに変わったのを肌で感じた。
「真田、幸村?」
いぶかしげに名を呼んで、眉根をひそめる。
 遠くで燃える炎が、仄暗く辺りを灯りの代わりに照らし、幸村が密かに妖艶に笑ったのを見たからだ。
 そして、幸村は槍を構え、敵がわんさかひしめくど真ん中、無謀にもそこを目がけて全力で駆け出してゆく。
 山火事は、全てを燃やし尽くし終焉を迎えていた。
 降ってくる火の粉を避けながら、赤い血が体外へと放出されてゆく貧血を感じながら、政宗は、その何よりも紅い、幸村の姿を目に焼き付けていた。 
 

 日が落ちると共に、伊達軍が一晩の休息地として選んだ山奥の寺は、深い静寂に包まれる。ほうほうと、梟の鳴き声だけが、寂しげに遠くに聞こえていた。
 その静寂を見事に破るかのごとく、辺りに響き渡る必死さを滲ませた大きな声。 
「誠にっ誠にっ申し訳ござらぬっっ。某が不甲斐ないためにっ、同盟相手の伊達殿に傷を負わせてしまうなどと、某、どう償えばよいかっ。」
 床に額をこすりつけるように土下座したまま面を上げない幸村を視界の端に置きながら、畳の上にどっかりと腰を据え、なみなみと酒が注がれた酌に口をつけようとしていた政宗は、普段どおりにそっけなく告げる。
「俺が勝手にやったんだ。良いって言ってんだろ。」
「政宗様。」
「ああ。」
 小十郎の呼びかけに、政宗は着物をたくし上げ、鍛えあげられた右腕をさらけ出す。
 政宗の左肘の付け根辺りに出来た、敵の槍の切っ先が深く入り込みバックリと身を開いた赤黒い傷口。それが、幸村の目には痛々しく映り、ますますその表情を暗くする。 
 小十郎が慣れた手つきで政宗の腕に布を巻き、処置をほどこしてゆく。
「それと小十郎、軍内に負傷者がいないか、皆の様子を見てきてくれ。」
「御意。」
 低く告げると、一礼した小十郎は音も立てず、外へ出てゆく。
 スッとふすまが閉じられるのを見届けると、政宗は深くため息を吐いた。
「あんた、いつまでそうやってんだ。」
 視界の隅にある幸村は、見るからにがっくりうな垂れ、きっちりと足を崩さず正座をしたままだ。
 この寺で一番広い座敷に2人。しかも対極線の、端と隅っことにいて、話をするのも声をはらないと相手に届かない。それは、政宗にとってめんどくさい状況に感じた。
「こっちに来いよ。」
「はい。」
 頷き、おずおずと従順に寄ってきた戦闘服のままの幸村は、まだ重苦しいどんよりした空気をその身にまとっている。
 そんな幸村の鼻先に、政宗はずいっと酒をたたえた杯を持ってゆく。
「飲め。」
 はじかれるように、幸村は一瞬驚いた表情を見せたが、政宗から杯を両手で受け取ると、ぐいっと一気に中身をあおった。
 その様子に、政宗は満足げに笑う。 
 そして、ふと何かを思いつき、幸村を試すふうに告げた。
「あんた、本当に何でもすんのか?」
「・・・某の出来る事であれば。」
 幸村の首元で揺れる六文銭を幸村の体ごと引き寄せ、互いの顔をぶつかる位近づけた。
 間近に映る幸村の両眼は、酒に弱いのか、白目部分がアルコールで充血している。
「じゃあ、今夜、おれの、伽の相手をするか?」
「とととっと、ぎ、でござるか?・・・。」
 うろたえた幸村はその単語を口に出すのも恥ずかしいのか、思わずどもった。
「ああ。此度の戦で、なんだか下の疼きが治まらねえ。普段なら女を抱く事で対処するんだが、戦場に女を連れてくるわけにもいかねえからな。」
「・・・・それは・・・。」
「あんたが、相手しろよ。」
 低く淫靡に告げて、政宗は口の端を上げて、意地悪く微笑む。
 考えもしなかったことに、幸村は声を失い、口を明けたまま固まった。
 政宗は、幸村の、この後に続く台詞を容易に想像できて、心の中で密かに笑う。
―――きっと、こう言うのだ。破廉恥、と。
「分かり申した。」
「WHY?」
 今度は政宗が驚く番だった。思わず、聞き返したほどに。
 絶対「破廉恥でござるうっ」と顔を真っ赤にしてここから走って逃げ出すと思ったからだ。鉄拳の一つでもお見舞いされるかとも、想像したからだ。
 なのに、現実の幸村は、顔を真っ赤にして(ここだけ予想通りだが)下唇を噛んだまま、そこにじっといて動かない。
 忙しなく髪をかきあげ、政宗は自分で言っておきながら、何故か焦ってしまう。
「おいおい、あんた、いいのかよ。」
「男に二言はござらぬっ。一思いに、好きなように、やってくだされ。」
「・・・やってくだされって、そんな言われてもな・・・。伽の意味分かってんのか?あんた、平気なのか?」
「平気では、ござらぬっ。」
 キッと幸村は強い視線でこちらを見据えた。
「平気などではござらぬっ。おなごも抱いた事の無いのに・・・、初めてが、殿方となどっ、某も夢にも思わなくっ・・・。でもっ・・・。」
 困り顔で言うと、そこで口をつぐみ、幸村は再び俯いてしまった。
「でも、何だよ。」
 歯切れ悪く切れ切れに発する幸村に、政宗は少しじれったさを感じている。
「・・・そのっ・・・、それでも相手が政宗どのならば、何だか、大丈夫のような気がして・・・。」
「え。」
 思わぬ幸村の告白に、政宗の頬まで柄にも無く、さっと朱に染まった。照れ隠しなのか、政宗は、ぶっきらぼうに言葉を吐く。
「俺なら大丈夫って・・・、何だよ、それ。」
「分からぬ。何故、そう思うのかなど、某にも・・・。」
 幸村自身は気づいてないが、その告白は政宗の理性もふっとばすほどの威力だ。
「そんなあおられ方されたら、もう、歯止めきかねえじゃねえか。」
 天井を仰ぎ、右の掌で目を覆った政宗は、困ったふうに呟く。
「なら、気兼ねなく、俺も好きなようにさせてもらうぜ。なあ、真田幸村。」
 目を伏せた幸村は身体をひるがえすと、無言で、どこかに行こうとする。
「どこへいく?」
 やはり男同士で契るなどと、馬鹿正直なこの男には無理なのかもしれない。
怖気付いて逃げ出すのかと思ったら、幸村から返ってきた言葉は違った。
「このままでは・・・身体を洗ってきます。」
「・・・そのままでいい。」
 政宗は酒を全て飲み干すと杯を床に無造作に置き、ぐいっと、幸村の腕を持ち、引き寄せる。幸村は人形のように無抵抗で傍に来ると、そのまま床にガクンと両膝を付いた。
 向かい合って座り直すと、政宗は、緊張からか強張った幸村の身体に手を伸ばし、その上着をゆるゆると脱がし、それを隅へと放る。
「あんた、本当に、初めてなのか?」
「初めてだと、言っておるっ。」
 幸村は何度も聞くなという感じで、語尾が投げやりになっていた。
「なら、教えてやるよ。女をどうやって喜ばすか・・・、あんたにも今後必要になるかもしれないだろ?」
「そんなっ・・・。」
 瞬間、横に視線を流した幸村は何故だか眉間にしわを寄せた。
 政宗はうやうやしく幸村の手の甲に唇を寄せ、そして、目の前の彼に見せ付けるかのごとく、舌を出してじんわりと嘗める。
「・・・っ。」
 手の甲を、そして骨ばった指の第二関節へと流れる赤い舌が、あまりにも扇情的で、幸村はひゅっと息を呑む。
「幸村。」
 下の名を呼ばれ、何故かそれだけで胸がトクンと疼く。
顎を持たれ、幸村はやや斜め上を見上げた。目の前にある、三日月の儚い光に照らされた、陰影がはっきりとした顔。ずっと目に映していると何故か、息苦しくなって、胸の奥の、ずっと奥の中心部辺りがわしづかみされたような感覚におちいって、幸村は泣きそうに表情を崩した。
「泣くな。」
 言葉はぶっきらぼうでも、響きは慈しみに満ちていて。
「あんたを泣かせるために、するんじゃねえよ。」
政宗は、優しく囁きながら、これまた優しい仕草で、幸村の髪を撫でた。
政宗はゆっくりと目蓋を閉じる。澄んだ鳶色の碧眼を、長いまつげが隠した。綺麗な顔がぶれるほど近づいてきて、幸村も反射的にキュッと目をきつく閉じる。
 ちゅと軽く啄ばむ音を立てて、合わさった瞬間感じた、唇の柔らかさ。
 そして、その感触を確かめるかのごとく、今度はしっかりと隙間なくそれを再度押し付けられる。
「幸村、口を開けろ。」
 吐息が混じったかすれ気味の政宗の声は、ひどく色っぽく感じた。
無意識に歯を食いしばっていた幸村が、震える唇を微かに開くと、すぐさま生暖かい舌が割り込んでくる。逃げ惑う幸村の舌を追いかけ追いつき、くちゅっと水音を立てて強引に絡めとった。
「んっ・・・。」
全く唇とは別の場所、下半身辺りにちくりと感じた鋭い快感に、幸村の体がぴくんと一度揺れ、切なげな吐息が口の端から漏れる。
「ふ・・・っ。」
政宗は幸村へと覆いかぶさるように身体を倒すと、顔の角度を変えて、もっと深く繋がろうとする。舌を何度もこすり合わせたり、上あごの内側を舌の先端でくすぐったりして、丁寧に幸村の口内を丹念に犯してゆく。
「・・・っんんっっ・・・。」 
飲み込めない透明な二人分の液が、幸村の首元を滑り落ちてゆく。
 押し寄せてくる何か得体の知れない感情の渦に飲まれそうになって、何かにすがりたい幸村は、指先が白く変色するほど、無意識に畳へ爪を立てていた。
「・・・ふあ・・・。」
「おい。」
 やっと政宗が唇を開放したときには、すでに幸村の目はトロンと甘くとろけていて。
瞬間、幸村は、ガクンと全身の力が抜けて、畳にへたり込んだ。
「ちょっと最初から飛ばしすぎたか?」
 政宗は誰にいうまでもなくそう呟くと、くっと喉の奥で苦笑する。
 でも、容赦ない政宗は、幸村に休む暇を与えず、次の動きに移った。
あまり日焼けをしていない幸村のうなじに、噛み付くようにキスを落とす。 
「いっ・・・。」
「あれは。」
 政宗は視線の先に、何かが入った木箱に気づくと、倒れこみそうな幸村のむき出しの肩を右腕で支えた状態で、身体ごと左手を伸ばし、木箱を掴み取った。
 そして、脱力気味の幸村の身体を、ゆっくりと床に押し倒した。
 政宗は器用に、されど早急に、かちゃかちゃと音を立て、先に鎧、そしてはかまと次々に脱がしてゆく。全部脱がせると、仄かな月明かりに映し出されたその裸体に、政宗はごくんと唾を飲み下した。
 小さな傷、大きな傷、無数の闘いの残痕が残る体。でもそれは、今まで見てきた人間全てのそれより美しく感じ、密かに震えた。
「幸村。」
昂ぶりを抑えきれない、熱さを伴った声で、耳元で甘く名前を呼ばれて。
ふわふわと夢心地だった幸村は、いきなりとんでもない所に冷たさを感じて、数センチ床から飛び上がった。


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