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小説
大好きだよー前篇ー
「祝言をあげるって、本当なのか?」
「え。」
 突然の俺からの質問に、幸村は何故それを、という戸惑う表情を一瞬見せたが、それは、次の瞬間には満面の、幸せが今にも零れそうな笑顔に変化していて。
「わざわざそのために、奥州から来られたのか?有難うございます。」
 その幸福絶頂の幸村の表情をこの目に映して、その噂が事実だった事を確信して。
自分の中の何かが、プツッと音を立てて切れた気がした。
 逆に自分は、奈落の底に突き落とされた、そんな気分だった。

****

「午前の鍛錬はここまで、皆、解散。」
 高らかに宣言する小十郎の言葉に、伊達軍の面々は、蜘蛛の子を散らすように、木陰に逃げ込んだ。この八月の肌を焦がすような灼熱の太陽の下、延々と続くと思われた、戦を想定した厳しい稽古。戦に出る前に、死んでしまいそうと揶揄したくなるほど過酷なものだった。木の下でも、その全身を覆ううだる暑さは変わらないが、燃えカスだけになりそうな日差しが無いだけまだましである。
 噴出す汗を首に巻いた手ぬぐいでしきりに拭くけれど、出てくる量が半端無いので手が追いつかない。ぜえぜえと荒い息で突っ伏した隣の仲間に、男は何気なく声をかける。
「そういや、おめえ知ってる?あの真田が結婚するってよ。」
「へえ、あいつがねえ。」
「ああ、俺も知ってるぜ、その話。最近、甲斐の方が騒がしいからよ、何かあったのか、あっちに親戚がいるやつに聞いたんだ。そしたら、来月、結婚だってよ。」
 他の男が、食い気味に話しに乗ってくる。
「なんか、意外だよな。女性関係とか疎そうなのになあ。女と手さえつないだ事無いかと思ってたぜ。」
「いんや。それが、政略結婚らしいぜ。相手は、どこかのお姫様らしいって。」
「やっぱ、同じ武士でも格が上がると、そうなるのかね。自由に恋も出来ないのか。」
「真田も、可哀想になあ。」
 大の字で横になっていた男が、大空を仰ぎながら、同情の声をあげる。
「でも、すっげえ美人な由緒ある家柄の娘らしいし、結果、良かったんじゃねえの?」
「ふーん、真田がなんだって。」
 第四の男が、その他愛も無い会話に加わってくる。
「ああ、結婚するってよ、何だ、おめえ、知らねえの?最近巷で話題だぜ。」
 と、からかい混じりに笑いながら振り返った伊達軍の一人は、相手の顔を見るなり、みるみる血の気が下がり、山でクマに出くわしたかのように体が固まってしまう。
「ああ、知らなくて、ホント悪かったな。」
 そこには、自分の主、伊達政宗が満面の笑みで座っていた。
「ひっひひひっ筆頭っっ!!」
「面目ねえですうっ。お許し下せえっっ。」
ははーとそこら周辺にいた皆全員が、土に額を擦りあわすみたく、深々と頭を下げる。
「おもしろそうじゃんか。その話、俺にも、詳しく聞かせてくれねえ?」
 
**** 

 脳が蕩けそうな、足元がふらふらしてくるほどの尋常じゃない暑さも、太陽が地中へ隠れると同時に、ある程度納まってきた。
 政宗は手酌で酒を杯に酌みながら、全開の襖から外の景色をぼんやり見つめていた。
 夏独特の匂いを伴った宵の風が心地良い。
「小十郎。」
「何か?」
 すぐ傍で、気配を邪魔にならない程度に殺し、政宗の様子を黙って伺っていた小十郎が即座に返事をする。
「真田が結婚するって、お前、知ってたのか?」
「・・・まあ、噂で小耳に挟む程度ですが。まだ正式に話を聞いたわけではないので、こちらもお祝いを持ったほうが良いのか、どう対応すればよいのか、少々悩むところですな。」
「おめでたいこと、だよな。まあ先を越されたっていうのが、少々癪だがな。」
 少し語尾を投げやり的に、そう告げた政宗は、手に持った杯に並々と注いだ中身を一気に飲み下し、そのまま台に空になった杯をドンッと置き。そして、また再び酒を注ぐという一連の動作を何度も繰り返す。
「政宗様。」
 それが何故か、あまりに自虐的に目へと映り、小十郎は少し心配げに名を呼んだ。
「もうお酒はほどほどになさいませ。明日は、京の方へ旅立つ日でございましょうが。」
「俺も、さっさと嫁でも貰うかな。」
 政宗は杯に視線を落とすと、苦言する小十郎の声をさえぎり、苦笑交じりに、ぽつり呟く。
「すげえ美人の、真田の嫁より、もっともっと上玉な女だ。」
「政宗様?」
「じゃねえと、駄目だ。俺が許せねえ。」
 もう一度、酒をぐびっと豪快にあおった。
 このまま酒に酔ってしまって仕舞には酔いつぶれてしまって、この意味不明な憂いを忘れられたら良いのに。
 けれど人より酒に強い政宗には、到底、無理な相談だった。
 それに、この心の比重を9割以上塞ぎきった負の感情は、ちょっとやそっとじゃ、消えそうに無かった。
 
この先ほどから、いや、あの伊達軍の野郎どもから話を聞いたときから、モヤモヤと胸底を這いずり回る不快な感情は、なんだろう。
 よくある、幸村に対しての、ジェラシーだろうか。
 同じ歳くらいの武将ということで、俺が勝手に敵対心メラメラ燃やして、いつも何かに付けて張り合ってきた幸村が、何を思ったか、突然結婚するというから。
 寝耳に水だったから。
 これは、先を越されたという、嫉妬?妬み?羨ましさ?
 せっかくの祝い事なのに、俺の口からは、まだ祝福の言葉は出てこない。
 何故だろう。
 ぐるぐると思考は同じところを堂々巡りするばかりで、全然、答えが出てこなかった。
 

****

 めらめらと燃える太陽が、今日はなんだか黄色く見える。
次の日、政宗は予定通り、腹心である小十郎は勿論、数人の部下を引き連れ、京へ向かっていた。
馬上に乗り、緩やかに歩みに揺られる政宗の顔は、刃物の切っ先みたく刺々しい、不機嫌オーラ全開で、小十郎以外傍へ来たがらない。家来達がみな遠巻きに見守っているのは、下手にかかわると、自分の身に火の粉が降りかかってきそうな、見るからに険しい雰囲気だからだ。
「政宗様。本日の体調はいかがですか?」
分かりきったことを、小十郎は微笑を口元に湛えつつ問う。
なにゆえ、小十郎様は、地雷を自ら踏むのか?きっと家来達は皆そう思ったに違いない。
ひいっと息を呑んだ家来達は遠巻きで、はらはらと様子を伺うしか出来ない。
「頭が、割れるみたいにいてえ。俺に話しかけんな。」
「二日酔いですね。それは自業自得です。」
 涼しい顔して、傍らで馬の手綱を引く小十郎は冷たく言い放つ。
「・・・ちょっと休もうぜ。水の飲みてー。このまま揺られてると、戻しそうだ。」
「貴方様というお人は・・・。あれから、どれだけ飲んだんです?」
「ストップストップ!お小言は元気になってから聞く。だから休ませろ。」
 もう限界、という風に、ひらひらと政宗は片手を振った。
「もう、しょうがないお人だ。ああ、あそこで休みましょう。」
 視線の先に目を留めた、小十郎の指差した場所。
 そこは開けた場所に、樹齢100年は超えていそうな立派な大樹が立っていて、たもとには、10人強の人数全員が休めるほどの、調度良い木陰が出来ていた。
駆け寄った政宗は大きな幹に背を預けると、ふうーっとアルコールを抜くように、大きく深呼吸数する。新鮮な酸素が体を巡って、それだけで少し気分が良くなってくる。そして帯に差していた、竹筒を取ると、ぐびぐびと音を鳴らして生ぬるい水を喉に流し入れた。口に入りきれず盛大に零れた水が、着物の襟元を濡らすけれど、そんなの全く気にした様子は無い。
「おい小十郎、京まであとどれぐらいだ?」
 とうとう残った水を、そのまま頭から被った政宗は、少し普段の調子が戻ったのか、小十郎に目を向けると、そう問うた。
「そうですね、まだ城を出たばかり、まあどんなに急いでも数日はかかるでしょうな。」
「やっぱ、そうだよな。」
 小十郎から帰ってくる返事が想像通りだったのか、政宗は気のない口調で言うと、目の前の風景に目をやる。政宗の白い馬は、その優雅な風情を保ったまま、目の届く場所で草を美味しそうに食べていた。
 前髪を滴り落ちる水滴。視界に入るそれを邪魔っ気に髪ごとかき上げ、払いのける。
 まだ、酔いが残っているのか、不快な、吐き気が続いている。 
 いっそすっきり全て出せれば良いのだが、それは、自分の胸に居座っている。
―――何だよ、俺。
 苛立ちをそのままに、濡れた前髪を、くしゃりと乱雑にかき混ぜる。
―――そんなに幸村に、結婚して欲しくねえのか?
どんだけ、敵対心、剥き出しなんだよ。戦闘の勝ち負けだけじゃなく、私生活まで勝たないと気がすまないなんて、どんだけ、あいつに勝ちたいんだ。
―――あいつの、嫁なんて、どんな女なんだよ。どんな由緒正しい家柄なんだよ。どんな美人なんだよ。あいつと結婚するなんて、どんな大層な人間なんだ。
 感情そのままに、強い視線を、地面に送る。
―――俺より、何もかも勝っているやつじゃねえと、許せねえ。俺より、たいした人間なんて、この世にいるのか?この俺より、あいつにふさわしい人間なんて・・・。
そこまで考えて、政宗は完全にピタリと動きが固まった。
―――今、俺、何を、考えたんだ。
「政宗様、そろそろ。」
 いつのまにやら小十郎が太陽を遮って、そこに立っていて、すぐ傍で見下ろしている。
「小十郎。」
 力なく呼ばれた小十郎は、え、と首をかしげつつも、根っこが生えたみたくそこに座り込む政宗に右手を差し伸べた。躊躇無くそれを取ると、俯き加減の状態の政宗はゆるりと立ち上がった。
ぴいと鳴らした小十郎の口笛に反応して、白馬が風のようにやってきて主人を乗せるために、傍らまで闊歩してきた。
「政宗様。」
 うやうやしく小十郎が促すと、さすがの政宗は颯爽と飛び乗り、一回で馬の胴体に跨った。
「小十郎、すまねえ。先に行っててくれ。」
「政宗様?」
 いきなり政宗が投げかけた言葉の意味が分からなくて、小十郎は反応に遅れた。
 政宗がいきなり手綱をひっぱると、白馬はいななき、たてがみを翻し、京とは逆方向へまっすぐに走り始めた。
「まっ政宗様っっ、どこへ。」
 静止しようとしたが、もう間に合わない。
「必ず、後から追っかけるから、先、行っといてくれっ。」
 振り返りざま、政宗は叫ぶ。
 ずんずん小さくなってゆく声と姿。
 それを見送りながら、小十郎は、ふうと大きくため息をついた。
「政宗様というお方は・・・。」
 こうなることを薄々感づいていた小十郎は、政宗を追いかけようとせず、当初の目的地、京へ行く事を決め、主の動向に後ろ髪惹かれつつも、皆を引き連れて出発したのだった。


 政宗は心に溜まる鬱積を晴らすために、手綱を限界まで引き、胴を蹴ってスピードを極限まで上げて、一度も休憩を入れず、走り続け。


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