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小説
その15
 とうとうやってきた、文化祭1日目。
 校舎のみならず、校庭、校門まで色んな装飾が施されていて、いつより増して活気に満ち溢れていた。廊下を歩くと、普段は男のみのそこに、そわそわしている女の子達がいて、ああ文化祭なんだなと、そんな所でも実感された。
「あっ、真田センセ、時間あったら遊びに来て!」
 塗り壁の着ぐるみを被った、その被り物のせいで誰か分からないがどうやら教え子らしい子が、手作りチラシを幸村の手に無理やりみたく握らせてくる。その子のクラスとチラシを交互に確認すると、お化け屋敷と認識された。
「うん、じゃあ後で寄らせてもらうな。」
 はたから見たらシュールな感じで幸村は和やかに塗り壁と手を振り合い、そして、その隣のクラスへ歩を進めると、そこは、屋台風の軽食屋だった。スンスン幸村は、動物的に鼻を鳴らして。
「これはっ、焼きそばの匂いでござるっ。」
 お祭り屋台の食べ物に、嬉しげにはしゃぐ幸村を、目を細めて見た佐助は、甘やかすようにこう告げる。
「後で昼御飯に寄ってみる?」
「うんっ。」
 自分達がそんな焼きそばの誘惑をかわして向かっているのは、政宗達の3−Aの教室。3−Aの出し物は、2日目講堂を使用したシェイクスピアの演劇なので、教室を使わないため、生徒会に貸しているのだ。
「2時間待ちの大盛況だって。校内1のぶっちぎりの人気。さっすがだよね、顔面偏差値高いから、あの子ら。」
 佐助は前を先導するように歩きながらそう言うと、一度幸村へ振り返ってヘラリと笑う。
「へえ…。」
 確かに喫茶室がある3−A教室の前に凄い列が出来ている。男女比が3対7くらい。最後尾が遙か遠くで見えないくらいだ。
「まあ彼らは、学校のために体を張ってくれてるからね。」
 幸村に向かって、華麗にウィンクしながら言った佐助は、長蛇の列が出来ている喫茶室=3−Aの教室じゃ無く、横の3−Bの教室の引き戸を思い切り開く。ちなみに3−Bは理科室を利用して女装メイド喫茶らしい。同じ喫茶店ということで、さすがに一番人気の3−Aの隣だと客を全て持って行かれるとの、懸命な判断だった。
 3−B教室の中は半分に仕切られていて、机を集めて出来た簡易台所と、椅子が乱雑に置かれている休憩スペースらしきもの。そのスペースには今現在2人だけいた。
「もー、つっかれた。ここぞとばかりにこき使いやがって。」
 1人目の政宗は、グダーッと机に突っ伏している。
「貴様は普段遊んでばかりだろうが。」
 2人目の三成は、その横に陣取り、難しい表情でスケジュールの確認をしていた。実行委員長も兼ねているので彼は大忙しだ。午後からは講堂での催し物の監督に行かなければならないらしい。
「遊んでねえよ…って、あれ、センセ達。」
 ドアがガラッと開いた音で、政宗と三成が同時に振り返った。2人とも普段とあまりに雰囲気が変わっているので、佐助の後ろに隠れていた幸村は、ちょっと落ち着かなくなる。
「よお、頑張ってるみたいだな。」
「おかげさまで、佐助センセのおかげでね、こっちはクタクタッスよ。」
 あまりの忙しさに、政宗は、嫌味の一つも言いたくなる具合だ。机にへばりつく政宗の背中を労うように叩きつつ、佐助は励ましの言葉を告げる。
「まあ、頑張れよ、うちの店のナンバー1。生徒会に沢山予算まわしてやれそうだぞ。その金で夏の合宿は豪勢にしろよ。」
「その前に、生徒会室のエアコン直したいんですよね。」 
 夏が来る前に、と、三成は堅実的なことを言う。
「エアコン、二台でも三台でも買って良いよ。大盤振る舞いで。」
「そんなにいらないです。」
 冗談が通じない三成は、表情を一つ変えず佐助に鋭く突っ込む。
 そして、椅子から立ち上った政宗は、密かにコクンと息を飲んで、幸村に近づくと。
「あの…俺、どっかな?」
 照れたように忙しなくセットした前髪を直しながら、ダーク系の細身のスーツ姿の政宗は、幸村の前に立つ。
「………。」
 返事無く、ぼーっと見上げてくる幸村の顔の前で政宗は掌を振る。
「ゆ…幸村、センセ…、おーい、あの、センセってば?」
「あ…ごめん。ボーっとした。」
「春だからって、寝ないで下さいよ、立ったまま。」
 表面上、政宗は苦笑するしかない。心の中では、滝のような号泣だけど。
 カッコいいとか言って欲しいとか…ちっとも思って無いんだからねっ、とか、政宗はどこかのツンデレみたいに心の中で呟いた。
 喫茶室からやってきたエプロン姿の元就が、コーヒーメーカーを馴れた手つきで操作している。喫茶店ということで、ちゃんとコーヒーメーカーを使って豆からコーヒーを入れているらしい。紅茶も高級な葉を使用していて、なんだか本格的だった。
「あっ、佐助センセに幸村クン、来てたんだ。」
 接客を終え隣から戻ってきた元親が、幸村の姿を目ざとく見つけて、一回り以上小さい幸村の背中に、二人羽織のようにおぶさってくる。政宗は面白くないのだが、幸村と元親は今現在同居みたいに共同生活しているために、すごく仲良しになってきている。ちゃっかり2人でゲームセンターとか行っていたりして、政宗も内心気が気じゃない。
「そーだ、せっかくだからさ。顧問の幸村クンも、ぜひ楽しんでってよ。コーヒーでも飲んでけば?上手いケーキもあるよ。」
「え?俺っ?良いのでござるか?」
後ろから抱きつかれていることには動じず、元親に振り返って聞き返す。そんな幸村に、佐助が助言する。
「今は暇な時間だし、良いんじゃない?幸村センセ。この子たちの接客マナーとか見てあげてよ。」
「じゃあさ、せっかくだから、誰かつけてもらえば?幸村クンは、誰を指名します?生徒会全員の中で。今いないヤツでも勿論良いよ。センセは特別だからな。」
「お…俺で、ござるか?」
「うん、俺達6人の中から選んで選んでっ。」
 さあ、早くっ!と、楽しげにニカッと笑った元親は、返事を急かす。
「……っ。」
 ドクンと気持ち悪いほどに心臓が脈打ったのを感じる。何故か、傍らに立つ政宗の血圧がぐんと跳ね上がったのだ。口を子供っぽく、への字にして、幸村は、ムムと真剣にじっと考え込んでしまったから、更に吐き気を伴った緊張感はグンと増す。
―――俺、だよな。俺だと言ってよ、先生。俺、お隣さんだし、一番近しい存在のはず。
 本当は数秒だったはずなのに、政宗にとっては何時間にも値する気の遠くなる時間。祈るようなソレが過ぎて行って。
「おい政宗、また指名入ったよ。この絶え間無い感じ、さすが一番人気ですなあ。」
 受付にいたはずの家康が、こちらにやってきて、緊張感無く口を挟んだ。
「えええっ、俺?今、これからかよ?」
―――マジで、なんでこのタイミングなんだよ!せっかく幸村がいんのに…。
「じゃ、じゃあ…、俺、会計さんでっっ。」
 俯いていた幸村が、顔を上げながら大きく声を張って告げる。
「えっ?みっ、三成ぃ?」
 元親は、部屋の隅でオーダーを確認中だった三成に振り返って、若干裏返り気味の大声を出す。
「はあ?何だ?元親。」
 突然名前を呼ばれて、不機嫌そうに眉間に皺を寄せながらも、律儀に返事をしている。
「おーい、三成、君に幸村くんのご指名。お相手してあげて。」
 ちょっと不服さを滲ませながらも、元親は、おいでおいでと三成を手招きする。
「はあ?ご指名?私をか??」
 指名された三成当人が一番驚いている。オーダー表を握り締めたまま、長い睫毛を瞬かせて、宙にハテナマークを飛ばしまくっている。
「もお、幸村くんって意外と…、面食い?」
 まだ幸村にへばりついていた元親は、その幸村の頭あたりで、ボソッと声を漏らした。
「な、なんで三成だよ…。」
 その元親の呟きと同時位に、黙りこくっていた政宗が、やるせない感じで、こちらもぽつりとひとりごちる。
「じゃ、手。」
「え?」
 待つこともせず、短気なのかせっかちなのか、三成は有無を言わさない感じで幸村の手をとって握ると、そのままずるずると幸村を喫茶室の方へ連れて行ってしまう。
 そして二人が仲睦まじく去っていく背中を、残された皆、呆然と立ち尽くして見送ったわけだが。
「三成の野郎、気安くセンセに触りやがってっ…。」
 手なんか他の女の子の時には繋いでねえだろっ、それより不自然に距離置きまくりで対応してるくせにっっと、親指の爪を神経質に噛みつつ、やっかみを込めた口調でぶちぶち告げる。
「政宗の執着、なんか、凄え。」 
 その苛立ちを隠さず文句を言っている政宗に、元親は心配げな目を向ける。
「それより、政宗、指名してくれた子、待ってんだけどね。」
 自分の腰に手をやった、ずっと待っていたらしい家康は、苦笑を顔に貼り付けて、口を挟んできた。
「いっきゃーいいんだろっ!いけばっ!!!」
 家康に八つ当たり上等で、政宗は喫茶室の方へ埃を立てる勢いで、床板を踏みしめつつ歩く。
「何だよ、お前―、急に機嫌悪くなりやがって。そんなに幸村クンが心配なのか?」
「ちげーよ、ばーかっ!ばーかっ!」
 否、違くない。
 2人が気になって気になって、それどころじゃねえっつーの。なんでよりにもよって三成なんだよ!俺ん中で一番、要注意人物の三成なのにっ!
 苛立ち度マックスの政宗は、廊下と喫茶室を隔てるカーテンをガバッと乱雑に捲り上げる。するとそこで待ちかねていた家康からお客さんが待っている机を耳打ちされ、そこへ急いだ。
 喫茶室は、学校の文化祭らしく、机を二つ向かい合わせに合わせて上から隠すべくテーブルクロスをひいている。
「あの、石田君、眼鏡…、今日はしていないのでござるな。」
 え?と、三成は、幸村の正面に座りながら、こう無愛想に答える。
「外せって元親が五月蠅いから…。よく見えないから危なっかしくて適わないんだが。さっきもゴミ箱にけつまずいて、ひっくり返しそうになった。」
「ええ?それは災難でござるなあ…。」
 フワッと幸村は、はにかんで笑う。思わず目を奪われたかのごとく、ジッと見入ってしまった自分に気づいた三成は、コホンと咳払いをすると、話を変えようとしてか、目線の先に止まったメニューを、それとなく手に取って。
「それより、何か、頼むのか?生徒会の領収切るし。」
 さすがの会計というか、職権乱用というか。
 手作りのメニュー表を幸村の前で広げて、細くて長い人差し指でトントンと叩きながら聞いてくる。すぐ息が触れ合いそうな近い場所で、三成の綺麗な顔を見てしまって、目元を真っ赤にした幸村は、ウッと息を飲んだ。
「えええーっと…じゃあ、ケーキセットで。このチョコレートのやつで。」
「飲み物は?」
「紅茶で…。」
「じゃ、持ってくる。そこで待ってろ。」
 年上の幸村にも容赦無く命令口調で言い放つと、颯爽と席を立つ。
 しばらくして戻ってきた三成は、スマートな動きで、テーブルの上にケーキ皿とティーポットとソーサーを音も立てず整然と並べてゆく。今の上下スーツの恰好から見ても、何だか由緒正しい家に仕える執事みたいだ。絵になるなと眺めていると、シュガーポットを手に取った三成が、心持ち背中を折って、訪ねてくる。
「砂糖は何杯?」
「え…、じゃあ3つで。」
 お願いするでござる、と、恐縮そうに言った幸村に対して。
 クスッと、三成が突然笑みを零したので、幸村は、わ、笑った、と、大きい目を真丸くする。
「他のどの女より、砂糖の数が多い。」
 と、三成は聞いたことの無い穏やかな口調で囁くように告げた。
「いっ…いただきます…。」
 そんな三成の態度の軟化に、幸村は落ち着かない様子でフォークを握る。
チョコレートケーキは、滑らかで舌触り良くしっとりとしていて、程良い甘さ。その美味しさに思わず顔が綻ぶ。眼の前で幸村がチョコケーキを幸せそうな表情でもぐもぐ頬張るので、三成は興味津々に少しだけ前のめりになる。
「そのケーキ、そんなに美味いのか?」
 確か駅前にある人気のケーキ店からの特別発注とは聞いていたが。
「え、美味しいでござるよ。石田君も、一口、食べるでござるか?」
 食べようとしていたケーキを乗せたフォークを、口の手前で止めて、幸村は薄く微笑む。
「ああ、貰う。」
 幸村の手首をぐっと掴んで、そのままその黒い物体が乗ったフォークを自分の口へ引き寄せると、あーん、と、口の中へチョコケーキをひとかけ入れてしまう。
「へ?」
「う、甘い。」
「えええっ、あのっ…。」
 狼狽える幸村はほっといて、三成は口を押さえて黙り込んでしまう。そして、ゴクンと黒い塊を噛まずに飲み込むと。
「自分、甘いの、苦手なの、忘れてた。」
 ええええっ!と、幸村は、仰け反り気味に驚くしかない。
「なんでそんな大事なことを…。」
「いや…、あまりに美味しそうだったから。」
 釣られただけだと、ちょっとだけ頬を染めた三成は、フンと鼻を鳴らし、そして口直しに水を口に含む。
「でも、人が多いでござるなあ…。」
「何が楽しくて、こんなところに来るんだろうな。」
 他人事のごとく、三成はフウと溜息をつきつつ、めんどくさげにぼやいた。
 テーブル席は全部で10組。勿論全部埋まっている。生徒会のメンバーは入れ代わり立ち代わりで対応しているらしい。忙しいはずの三成だが、何故かずっと幸村の傍に座っている。こんな素っ気無くて冷たい感じの三成だったが、美貌の会計は、女子高の子の間でも噂が立つほど人気がある。なので、政宗と負けずとも劣らず、ご指名が入っているはずなのに、一向に席から動こうとしないのは、何故なのだろう。
 不思議に思いながらも、甘い匂いのする紅茶をコクリと飲みつつ、幸村は何気無く教室を見回して、大勢の人の中に政宗を見つける。あんなに文句を零していたが、本音と建て前は違うのか、ちゃんと女の子の相手をそつなくこなしている。会話の合間に、顔を寄せて笑顔まで見せているから、勘違いする女の子も出てきそうだ。
 その物憂げな表情で、じっと見入る幸村の、視線の先に鋭く気付いた三成は、眉根を顰めて。
「おい、私を指名しておきながら、どこ、見ている?」
「え?」
 くいっと幸村の顎を親指で軽く持ち上げて、顔を自分の方に向けると。
 机から身を乗り出して、端正な顔をぼやけるぐらいに近づけると、チュッと音を立てて唇同士を触れ合わせていた。苦手なチョコの甘さが舌先に痺れを伴って伝わってくるけど、それも厭わず、柔らかな唇の弾力を楽しむように、唇を押し付ける。
 キャアと周囲の女の子の、悲鳴なのか歓声なのか、何だか意図が分からない黄色い声が聞こえる。どっと沸き起こったざわめきに、会話の最中だった政宗も、何だ何だとそちらに何気なく視線を送る。
「えええっ!」
「…っっ。」
 目の前の女の子が口元を両手で抑えて驚愕の声を出す中、政宗は声も出せずに目を見開いて驚く。
 サーッと血液が下へ下がってゆく感覚に陥る。気持ち悪いぐらいの速さで、心臓が胸の中心で脈打った。
―――ちょ、なんで、あいつら、キス、してんの?
「ちょっ、三成くーん。ここはキャバクラとか風俗とかじゃねえんですけどね。」
 見かねた佐助が、ちょっと眉根をヒクヒクさせながら、三成の前に仁王立ちで立つ。
「したかったからしただけだ。」
 フンと、三成は佐助からそっぽを向くと、ポットを取って空になっていたカップに温かい紅茶を注ぐ。
「他の人にも迷惑だから、公衆の面前ではしないのっ!皆、驚いちゃったでしょっ!」
「…分かった。」
 しぶしぶみたく佐助の言うことに頷いて見せながら、紅茶の御代りを幸村に差し出している。 
―――なんか、超、胸がいてえ…。吐き気がする…。
 政宗は呆然とその様子を目に映していた。
 えっと、と、気を取り直して、顔をこちらに戻した女の子が、上目づかいに政宗を見てくる。
「あのあの、伊達さんは彼女いるんですか?」
 お近づきになりたい、というのが、女の子の最大の目的らしい。実は、政宗達の通う男子校は、由緒正しい家柄のご子息が多いのだ。
「え、俺?いないけど…。」
 その政宗の返事にテンションが上がった女の子は、更に質問攻めにする。
「じゃ、じゃあっ、好きな人は?」
 好きな、人。
ぼそりと呟いた単語。何故か、それが口の中で苦々しく残る。
―――今日、何度も同じこと聞かれている気がする。
「…好きな人はいるけど…。」
 今まで何度も口が発音を覚えるほどに告げた言葉を、喉から滑るように吐き出して。
「でも、その人は、俺には手が届かないから。」
 遣り切れない感じを滲ませて、重く言葉を漏らした。
 今まで自分に心を開いてくれてて、自分は特別なんだって、勝手にのぼせあがって自惚れていたけど。博愛主義者のセンセは、単に優しいだけなんだよ。言い方悪いけど、押しに弱いだけなんだよな。だから、俺にキスもさせてくれるし、エロイこともさせてくれる。そして、三成でも、もしかしたら元親や家康だって同じこと、させるのかも…。
 そこまで考えて、何だか胸が潰されるみたく、ぐっと苦しくなる。
 何より、俺よりも、三成のが、良いんだ…。確かに、あいつは、頭が良くて、背が高くて、顔も美形なのかもしれねえけど…。
―――やべえ、なんか…、今、すっげえ、まじ凹んだ。
「えええ、伊達さん、すっごいカッコ良いのに?」
―――そんな同情を含んだ目で、俺を見ないでほしい。ますます凹む。
「そんなこと…ねえし…。」
―――そんなの、好きな人、ただ一人に、思ってもらえなかったら、意味ねえよ。 
さっき、キメたはずの自分の姿見て寝てた人もいますからね…と、自分の残念具合に涙が出そうになった。

☆☆☆☆
 喫茶室から休憩室へ戻ってきた政宗は、窮屈そうに、カッチリ締めたネクタイを少し緩めると。
「ごめん、俺、気分が悪くなったからちょっと抜けるわ。」
 目に留まった元親の背中に、そう投げやりな口調で告げて。
「お、おい、政宗?」
 返事を待たず、逃げ出すように、政宗は教室から駆け足で出て行ってしまう。
「おまっ、逃げんなよ!まだご指名沢山入ってんのに。」
 元親の怒鳴り声を振り切って、政宗は目的の地へ急いだ。


 ここは特別校舎裏の、櫻の花園と呼ばれている場所。入学式の頃には桃色に色付くここも、もう桜はとうの昔に散って、枝は緑の葉っぱだらけになってしまっているけれど。
 校舎や校庭の喧騒とは別世界のように、ここには誰もいない。
 そう、誰もいないところを狙って、政宗はやってきたのだ。
 1人になって、頭を冷やしたかったのだ。
「ちくしょ・・・、俺、まじ、カッコわりい…。」
 セットした髪の毛を、くしゃくしゃと右手で掻き混ぜてしまう。後で、セット担当の慶次に嫌味言われそうなくらいに、ぼさぼさにしてしまう。
 コンクリート部分に腰を下ろして、体育座りに座り込むと、両膝の間に落ち込んだ表情の顔を埋める。
 ハーッと大きく憂いを含んだ溜息を盛大に吐いていると。
 カツン、と、革靴のかかと部分がコンクリに当たった音が聞こえて、敏感に反応した政宗は、ハッと顔を上げてそちらを見遣った。
「…あ…。」 
「あ…、政宗殿…。」
 そこには、全速力で追っかけてきたのか、ハアハアと息を切らした幸村が、校舎の壁に手を突いた姿勢で立っている。
「ゆ、幸村…、センセ…。」
―――なんで、追っかけてきたんだよ。
 今、俺、酷い顔してんのに。幸村に一番、見られたくねえのに。
「隣、良いでござるか?」
「う、うん…、どうぞ。」
 幸村は政宗の隣に座ると、何も言葉を発そうとせず。
2人無言のままで、しばしの時間が過ぎ去った。何だか気まずい雰囲気が漂っていて、その空気感に耐え切れず、政宗が顔を上げて、チラッと隣の幸村を盗み見すると、当の幸村は青い空を見上げてぼんやりしている。
「その格好…、すっごくカッコ良いでござるよ。」
 幸村も無言に耐え切れなくなったのか、ポツリと言葉を漏らした。
「えっ?」
 弾かれたように隣を見ると、幸村は少し頬を桃色に染めて、こちらを見て薄く微笑んでいる。
「さっき、あまりの変身ぶりに、吃驚してしまったので。」
 そりゃどーも、と、政宗は照れながら、頭をかく。
 寝ていたんじゃない、驚いていただけなんだ。その事実が、本当はすっごい嬉しいはずなのに、何だろう、気分は晴れない。
「なら…。」
「え?」
「な、何でも無い。」
 政宗は、言いかけた言葉をとっさに飲み込んで、口ごもる。
―――ならさ、なら、なんで、俺じゃ無くて、三成を選んだの?なんで、俺以外の男を選んだの?
 女々しい台詞が口から出かかって、なけなしのプライドが、止めさせた。
「っていうか、センセ、誰に対しても、キス、簡単にさせるんだ。」
 喉から低く出た声が、冷気を伴ったように寒々しい。こんな声、自分って出せるんだと、政宗は自分のことなのに、脳の片隅でぼんやりと思う。
「え?」
 隣の幸村は、睫毛を瞬かせた。
―――すっげえ、ムカついたし…、すっげえ、哀しくなったんだよ、俺っ。
 負の感情渦巻くその衝動のまま、おもわず、幸村の手を掴んで自分の方へ引くと。
噛み付くみたく、口を塞いでしまった。三成のキスを、自分のキスで上書きするように深く口づけて。
「んんっ!」
 下顎を掴んで無理やり唇を開かせると、差し込んだ舌で幸村の口内を舐めつくしてゆく。すると、幸村も政宗のスーツの裾を握って、拙い動きながらも懸命に舌を絡めてくる。そして、呼吸が乱れてきた頃合いに、政宗は幸村の口を開放した。
「…どうしたので?」
 学校でこんなことをしてくるなんて、と、幸村は驚きを隠せないらしい。
 そして息が上がってくったりした先生を、治まらない気持ちのまま、手折れそうなほどに強くぎゅぎゅっと抱き閉めた。
「なあ、幸村。今日、俺のトコ、泊まりに来て。」
 幸村の問いには答えず、熱を持ったままの声で、低く耳元で囁く。
「え?でも今日はうちに徳川君が泊りに来るんじゃあ…。」
 確かに、ローテーションで行くと、今日は家康の順番だ。だけど、キスだけじゃあ、物足りない。もっともっと、幸村が欲しい。
「2人には俺からちゃんと話とく。お願いだからっ!」
 必死さを滲ませて、幸村の肩口で、我儘全開に政宗は言った。
「う…うん、わ、分かった…。」
 その剣幕におされて、政宗の腕の中でじっとしている幸村はコクリと頷く。
「先生…、俺…、まだまだ子供なんだよ。」
 余裕なんて、全然無い。ガキみたいに、先生をとられまいと、必死で色んな所に牽制しまくってる。
―――好きになった方が、負けなんだよな。俺、完敗だ…。
 幸村は、どこか痛そうに顔を歪めた政宗の、その広い背中に両手をまわして、宥めるみたくポンポンと叩く。

 まさか、この行為が後々、大波乱を招くとは、その時の2人は、思ってもみなかった。


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