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小説
その13
 幸村が寝そべっているベッドに入ると、無意識だろう、先生は当然のごとく、猫のように甘えるみたくそっと身を寄せてくる。その仕草が、心が震えるほど、可愛くて、可愛すぎて。
先生なのに、自分より5歳も年上なのに、幸村をこの手で護りたいって思うのは、おこがましいのかな。誰にも渡したくないと思う。誰かの腕の中でこんなふうに丸まってるセンセを想像しただけで胸が激しく焼けるのだ。
「きょ、今日も、寒いなー。」
 とかなんとか、政宗は、言い訳がましく且つわざとらしく、斜め上に向かって告げながら、幸村の細い体にぎゅっと両腕を巻きつけて密着するぐらいに引き寄せた。そして、シャワー浴びたての、石鹸の爽やかな良い匂いのする首筋に顔を埋めてしまう。その鼻腔をくすぐる爽やかな香りに、思春期真っ盛りの血気盛んな政宗は、かなりムラムラしてきてしまい、そんな自分の体をなんとか宥めすかす。
 ああ、なんか俺、生きてて良かった、とか、なんで男なのにこんな抱き心地良いんだよ、とか、政宗は色々思いを巡らせている。
「政宗殿…。温かいでござる…。」
 眼を拳でごしごししながら、もうすでに夢の住人みたく、幸村は舌足らずに緩やかに告げる。
 この暗がりに便乗して、政宗は、よし今なら言える、と意を決し。
「なあ、センセ。一つだけ、聞いて良いかな?」
「んん?」眠気に負けそうになっている幸村を更に眠りの国へ誘うみたく、その柔らかい茶色がかった髪の毛を甘やかす動きで梳きながら、政宗は穏やかな声質で、耳元で問いかける。
「この前のさあ、気持ち良かった、の?」
「ええええっ?こ、この前って。」
カーテンから仄かに差し込んできている街の灯りのみが頼りの室内で、そんな真っ暗の中でも分かりやすく、狼狽えるように幸村は、チャッカマンみたいにすぐさまボッと点火して顔を赤らめている。視力が悪い政宗は、表情を読もうと、幸村の顔に自分の顔を近づける。
―――この反応見る限り、絶対分かっているくせに。
「覚えているんだよね。先週の土曜日。酒に酔って帰ってきた日の夜のこと。」
「そ…、それは、そうだけど…。」
 言い辛そうにそう告げて言葉を詰まらせると、幸村は赤らんだ眼を伏せる。アーモンド型の眼を覆う長い睫毛が印象的で、政宗は思わず見入ってしまう。
「…俺、センセとHの手前まで行ったでしょ…、気持ち良かったのかな、どうだったのかな…って、ちょっと、好奇心というか…なんというか…。」
 政宗は緊張しすぎて頭の中が真っ白になってきて、早口で何だか変なことを口走ってしまった。
「あのっ、俺っ、上手かった、かな?」
「ええええっ、そ、そんなの…わ、分からないでござるよ。俺…、そんなの…経験無いし…。」
 かなり狼狽した幸村は、あわわっと、声を上ずらせる。
「えっ、気持ち良くなかった?」
「き…、きもちよかった…でござるよ…。」
 政宗のトレーナーの前部分に、顔を押し付けてきた幸村は、消え入りそうな声で、ぼそりと漏らす。
「ほ、ホント?いや、じゃなかった?」
「俺、いやじゃない、で、ござる…。」
 政宗は、ゴクリと息を飲んで、そして、思い切って言葉を胃の底から吐き出す。
「あのっ、あの…、また、して良いかな?」
 とどのつまり、かなり回りくどい感じだが、さっきからこれが言いたかったのだ。
「えっっ!」
 凄く驚いたらしい幸村は、弾かれたように顔を上げる。その幸村の反応に、今度は政宗が狼狽しまくる。
「ああああ、あのっ、勿論、本番とかは無くて、それに、今日とか今からじゃ無くて。」
 そうだよな、絆しても、キスのように上手くいくわけねえか、と、政宗は、心の中で項垂れる。けれど、もう引き返せない。どうしても、もう一度、あの時の、自分の腕の中で乱れる可愛くてエロい幸村が見たいのだ。
「ほら、俺…、最近彼女とかいなくて、そういうの、と、縁が無くて。…センセが嫌じゃ無かったら。ていうか、友達同士でもやってっしょ、こういうの。普通に触りあいこというか…ふざけ合いの延長というか…。」
―――勿論、やってるわけがねえけど、こういうの。
元親と俺がそういうことに興じるなんて、考えるだけでゾッとするし。けど嘘も方便、みたく、素直で純粋すぎる幸村ならと、なんとか丸めこむように捲し立てた。
「あの…、俺で良いので?」
「え?」
「政宗殿みたいにカッコ良かったら…、誰でも相手は見つかるんじゃあ…。ラブレターとかいっぱい貰ってるようだし…。」
「えええっ、何それっ!」
 俺、やれるなら誰でもいいわけじゃねえし。見境無い、発情した雄犬じゃねえし。
「幸村、俺…っ、俺はっ…その…何というか…。」
 先生だから良いとか、貴方じゃないと意味無いとか、もっと踏み込んだことを言いたかったのに、ヘタレすぎる自分は、まだそこまで言う勇気が無い。勿論、好きだなんて、言えるわけが無い。先生が日曜日にいつも会っている相手が誰なのか、とか、本当は生徒の自分に隠しているだけで彼女がいるんじゃないかとか、気になっていることがあって、今一歩、足を踏み出せない。
「友達同士って、じゃ、じゃあ、この前みたいなHなこと…、長曾我部君や徳川君とも、しているので?」
 ぎゅっと政宗の腰辺りに抱きつきながら、幸村はとつとつと問うてくる。
「えっ?あー、えっと…。」
 政宗は天井の隅辺りを仰いで、頬をポリポリとかく。
―――さっき俺、友達同士でよくやってるって、言っちまったよな…。
「あ、ああ、うん。昨日はさすがにお互い疲れてたからしなかったけどねー。体調良い時なら…、はははははっ。」
 ははははは…、はあ…、うん、キモイ。想像しただけで、鳥肌。それに、ごめん、元親、家康。お前ら、俺と普段からやってる相手にしちまった…。
 政宗は、もう寝入っているだろう隣の友人2人に向かって、心の中で深く合掌した。
「でも、…俺となんて、気持ち悪く、ないので?」
 途切れ途切れに心配そうに聞いてくる幸村に、何だか胸が詰まった。愛しさが爆発しそうになる。
「き、気持ち悪くないよ、全然。そんな、なんで…?」
―――気持ち悪いわけない。そんなの、有り得ない。本当は触りっこだけじゃなく、もっと深く繋がりたいのに。望むならば、貴方の奥深くに、入り込みたいのに。
 幸村は口を噤んで、一時黙り込んで。
「俺は、良いでござるよ。政宗殿なら、俺っ、俺っ…。」
「え?」
 幸村は、下唇をキュッと噛んだ後、勇気を奮い立たせて声を発する。
「じゃあ、前は俺がしてもらったから…今度は、俺が…。」
 起き上がった幸村は、寝転ぶ政宗の上に圧し掛かってきた。
「え、え、えっっ、あの、あの、センセ?」
―――ちょ、ちょっと、なんだ、この急展開はっ!
 慣れないことに緊張しているのか、幸村は手をふるふると震わせながら、かなりぎこちない手つきで、政宗の股間をむぎゅっとスウェットの上から触ってきた。
「ちょ、センセっ…、ストップ、幸村っ!」
 いきなり核心に触られて、もうそれが熱く滾ってしまっている政宗は、くっと息を飲んだ。そして、緩やかな動きで政宗自身を包み込む幸村の手首を、やんわり押さえ込んで。
「…じゃあ、一緒に、気持ち良くなる?」
「えっ?」
「なら、俺に任せて。」
 不意打ちみたく、チュッと音を立てて幸村の幼さが残る柔らかい頬にキスをすると、形勢逆転のごとく体を反転させて、政宗は幸村をベッドへ押し倒す。パサッと幸村の顔にかかった彼自身の髪の毛を、優しく払いながら、緊張に顔を強張らせる幸村の頬を撫でて。
「あの、電気点けて良いかな。」
 せっかくだから、この前みたいに、気持ち良さそうな幸村の顔見たいし。幸村は絶対嫌がりそうだけど、今後のおかずにさせて欲しいし。
「えっ、そんなの、恥ずかしい…。」
「そんな男同士だから、良いっしょ?」
 言いながら政宗はベッドから滑り出て床に両足をつくと、下に放っていた眼鏡をとって、電気のスイッチまで忍び足で近づく。手探りで見つけたそれをパチンと押し、蛍光灯を点けて振り返ると、頬を赤らめた幸村が体を起こして、心細げな表情でこっちを見ていた。政宗は、ベッドまでの往復までの間に、着ていたトレーナーを脱いでしまう。そしてベッドに戻ると、幸村は布団の中にミノムシみたいに包まってしまっていた。
「えっ、もしもし、何隠れてんの?」
 政宗はベッドの端に座ると、出来た布団の小山に手を置いてポンポンと叩く。
「恥ずかしいのでっ!」
 くぐもった声が中から聞こえてくる。
「もう、恥ずかしくねえってば。なあ、出てきてよ、センセ。」
 政宗は苦笑交じりに呼びかけた。
 なんかもー、いちいち言動が可愛すぎて、心臓が止まってしまいそうだ。このあざとい感じが無意識なんだから、まじ、ヤバイって!俺を萌え殺す気かって思う。
 こうやってベッドで2人、いちゃいちゃ出来るのが、今、すっげえ幸せなんだよな。もう、今は、俺、恋人になって欲しいとか、俺だけのものになって欲しいとか、高望みはしない。この関係が末永く続いてくれればそれでいい。卒業までには、告白出来るように、したいけれど。
「幸村。可愛い顔見せてよ。」
優しく名前を呼びながら布団を剥ぐと、真っ赤に頬を染めている幸村は背を丸めて、目を伏せている。
「じゃあ、良いかな。」
体重をかけないように幸村の顔の横で手を突いた姿勢で、その恥じらっている幸村の表情を、取りこぼしが無いようにじっと熱っぽい視線で見下ろした。そんな政宗を横目でチラッと見た幸村は、恥ずかしすぎるのか視線も合わさず告げる。
「あの…、その眼鏡、外してくれないので?」
「良いじゃん、俺が眼鏡かけてても。」
「…なんか、色々見られると、恥ずかしい…から。」
 顔を完全に背けて、頬を染めながら、泣きそうに顔を歪ませて言う幸村に。
「大丈夫だって。この前、もうすでに色々見てるし。あの時、幸村ってば、自分から脱いでたよ。」
「も、もおっ!それ以上は…、んんっ!」
 幸村の抗議の言葉も一緒くたに、政宗は幸村の顎に手を添えて、唇を吸い上げる。
 幸村の開いていた唇から舌を差し込んで、ねっとりと頬裏を舐めまわす。躊躇しながらも触れてきた幸村の舌をますます絡めて、そして唾液を掻き混ぜるように、幸村の口内を堪能するかのごとく時間をかけて愛撫した。
「ふあ…。」
「ごめん、口、べたべたになっちゃったな。」
 政宗は苦笑しつつ、下になっている幸村の、しつこく唇を重ね合わせたせいか、ぽってりと腫れている唇の端から垂れていた唾液を親指の腹で拭いとる。
「こんな、激しい、き、きすも、長曾我部君達と、するので?」
 キスが情熱的過ぎたのか、目元を朱に染めた幸村は、はあと小さく息を漏らして、ぼんやりと問うてくる。
「…さすがに、キスはあいつらとはしないです…ね。」
 というか、本当は何もしないですけどね。中等部から今まで5年間一緒ですけど、一回も無いですけどね。そうだ、家康とこれからリハーサル入れて何度もキスしなくちゃなんないんだったよ。チラッと想像しただけで、心の中がどんよりする。
「キスって大事な時に大事な人とするんじゃ無かったので?」
「…へ?」
「昨日、餃子食べながら力説していたでござる。」
「ええっ、あの、それは…。」
 ハッとした政宗は、口元を押えてどぎまぎする。どう言い訳して良いか分からない。昨日は何も考えずに発言してるけど、これじゃあ、暗にキスする相手が俺にとって大事な人だって、特別だって告白してるじゃねえか、俺ってば。今はまだ、時期尚早だって。
「…なんて。」
 ニッコリと、幸村は春のタンポポみたく微笑んで、両手を伸ばして政宗の首元にきゅっと巻き付くように抱きついてくる。
「もう、良いでござるよ。…気持ち良いから、もっと、して欲しい。」
―――もう、駄目だって。そんな顔して俺を見ないで。俺、もう、切なくて、心臓が止まりそうだ。
「キス、何度でもするよ。俺…、幸村が望むなら…。」
 幸村の体を支えるようにその腰に腕を絡めて抱き閉めながら、華に魅入られたかのごとく、政宗は幸村の耳元で、熱っぽくそう呟いた。


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