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小説
その12
 次の日の夜、じゃんけんに勝った政宗が、自分の家でシャワーを浴びた後、落ち着かない様子で幸村の家の敷居を跨いだ。お隣に泊まるなんて、かなり変な感じだけれど、先生の家に泊まれるなんて、嬉しい感情が8割を占める。
「お、お邪魔します…。」
 初めて入った先生の家。黒縁眼鏡の角度を直しながら、物珍し気に360度ぐるっと見てしまう。
「まだ引っ越ししたてで、何も無いのでござるが…。」
 同じ間取りなのに、住む人によって全然違う部屋になるんだな、というのが政宗の感想だった。自分の家は黒と白のモノトーンなのに対して、幸村の家は観葉植物とかあって何だか爽やかで、ホッと落ち着いていて長居したくなる印象。テーブル代わりにこたつがあるのが印象的だった。
―――やっべ、このこたつで2人鍋してえ。
「なんか、ごめん。俺まで泊まらせてもらうなんて。」
 俺の家、隣なんですけどね、と、苦笑いしながら、政宗は心持ち頭を下げる。
「そんな、良いでござるよ。」
 やっと幸村は自分の眼を合わせて、にっこりと、心がほっこりする笑顔で微笑んでくれた。そんな些細なことだけれど、それだけで、気分が浮き上がってくる。
「もう、政宗殿は、俺にとって大切な家族みたいな感じでござるよ。」
「え?大切な、家族?」
 その単語を、じんわりと感動を込めて口の中で復唱する。
―――家族…、俺、先生にとって、特別ってこと?
 ふわあああと心の中で花吹雪が舞ったかのごとく、幸せに包まれた気がしたのも束の間。
「俺の、兄上みたいでござるし。」
「え?俺、兄貴?」
 人を喜ばせて急降下で落とすなんて、なんて小悪魔なんだよー。しかも、あー、それ、前にも聞いた気がする。あの時も、同じような虚しい気分になったんだった。
 奥に自分のベッドより一回り小さそうなシングルベッドが見えて、思わず、政宗は大きく息を飲む。
「あの、あのさ、家康は、昨日どこで寝た?」
 俯いた政宗は、思わず幸村の背中に向かって、思いの外、低い声で聞いてしまう。
「え?」
 きょとんとした顔で振り向かれて、また失言っと、政宗はどもりながら声を出す。
「あ、あのっ、いやあ、俺も、家康と同じとこで寝ないとなー、なんちって…。」
「徳川君は、ソファで寝てたでござるよ。俺がソファで寝ると言ったのでござるが、丈夫だから毛布さえあれば、風邪ひかないからって…。」
 幸村はスーツの上着を丁寧にハンガーに掛けながら、不思議そうに返事をする。
「えっ、そっ、そうなんだ。じゃあ…お、おれも…、そのソファで寝よっかな…、はははは。」
 ははは…、何か、超、泣きそう。これは確実に墓穴掘った。俺、…自分から別々で寝ようって言っちまってる。
自分の残念具合に、がっくりと肩を落としてしまう。せっかく一緒に眠れるって思ったのに。そりゃ、満願成就、エロイことを期待していないと言えば嘘になる。けれど、たとえHなことをしなくても、ただ先生を柔らかく抱っこして布団に入れるだけで、自分はすっげえ幸福なのに。
「な、何故で、ござる?」
「え?」
 幸村の、ちょっと不服そうに呟かれたそれに、弾かれたように政宗は顔を上げる。
「だって…、今まで、一緒に寝ていたのに、突然、別々でなんて…。」
 黒目勝ちな眼を長い睫毛で伏せて、とつとつと幸村は言葉を絞り出す。
「え?良いの?だって、家康もソファで寝たのに…。」
「政宗殿は、特別でござるよ。」
「ええ?」
 そんな幸村の発言に、政宗は思わず顔が緩んでしまうのに気づく。
特別、その単語がエコーかかって頭の中で繰り返し再生される。
―――特別、何それ。俺、めっちゃ期待しちゃうんですけど…。そんなこと言われると、幸村、俺…俺っ。
「だって、俺の、兄上でござるから。」
 ニッコリ満面の笑みで言われてしまって、それが今度は呪いの呪文のごとく、政宗は心から体まで漏れなくピシッと固まる。
「あー、うん、そう、だったねー。」
―――5分前のことだったのに、忘れちゃってたよ、俺。兄貴だったよね、馬鹿だね…俺…トホホ。
「あーっと、センセ、俺の荷物、ここに置かせてもらいますねー。」
「あの…。」
「え?」
 バックを隅っこに置きつつ、幸村のその小さな囁きに、聞き返す。
「2人きりの時は、名前で呼ぶんじゃなかったので?」
「え?」
 自分で言ってしまった言葉に焦った幸村は片手を振りながら、ババッと背を向ける。
「な、何でもないでござるよっ!」
―――もうっ、可愛いなあ。可愛すぎっだろっ。
 思わず、ぎゅっと背中から肩を包み込むように抱き閉めてしまった。ビクンッと幸村は腕の中で体を揺らしたが、拒絶することはせず、じっと大人しくしている。
「呼んで良いの?」
 政宗は少し屈んで、耳元でわざと囁くように名前を呼ぶ。
「ゆ、幸村。」
「うっ…。」
 幸村は右耳を防御するみたいに両手で押さえて、顔をじんわりと真っ赤にする。
「ど、どうしたの?」
「いや、ちょっと…、あの…、思い出してしまって…。」
「な、何を?」
「なっ、何でもないでござるっ!」
 近い距離で大きな声で叫ばれて、飛行機に乗った時みたく、鼓膜がキーンと鳴った。
―――そうか、呼ばれると感じちゃうって、あのHのときに、言ってた…。
「センセ…、あの…。」
「おっ、俺、お風呂に入ってくるでござるっ!政宗殿はテレビでも観てて下されっっ!」
 首まで朱を広げさせた幸村は、逃げるように浴室にバタバタと走り去って行く。
「もうっ、なんでそんなに初心で、可愛いんだろ…。」
 政宗は噛み締めるみたくそう言って、熱く体内に蠢く感情を吐き出すように、ハア、と、ため息をついて。でも、名前呼ぶの、これから使えるかも、と、ほくそ笑んだ。


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あきゅろす。
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