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小説
その10
 日曜日の昼下がり、良い若いもんがこんなんで良いのかね、と自問自答してしまうくらいに、ベッドの上でゴロゴロと寝ころんだスウェット姿の政宗が、1人部屋で情報雑誌を読んだりTVを観たりしてダラダラしていると、ピンポーンとインターフォンが鳴った。
「はいはい。」
 重い腰を上げて、まずは室内にあるインターフォンの受話器で、外と通話する。
「あのー、宅急便スけど。」
「はーい。今開けます。」
 田舎の親から、救援物資が届いたかな、と、廊下をスリッパで滑るように急ぐ。
―――しかしなんか、今の声、誰かの声に似てたよな。他人の空似ならぬ他人の空声?
何だか妙な胸騒ぎを感じながらも、フアアと大きく出た欠伸を噛み殺しつつ、ガチャとドアを大きく開けると。
「よっす!政宗君。」
 開けて笑顔満開の相手を確認した瞬間、再び速攻でドアを閉めようとする。すると、相手は政宗の動きを読んでいたのか、ドアの隙間に俊敏な動きで足を差し込んでいた。
「元親っ、何の用だよっ!」
 超男前のくせに何だよ、そのダッセエ感じ、と元親にププと笑いを堪えながらからかわれて、黒縁眼鏡の奥の眼を細めた政宗は、来るなら来るで事前にメールか電話しろってえの、と、ぶつくさ文句を垂れる。
「ご挨拶だな、親友に向かって。ほら、家康も一緒だぜ。」
「ども、こんちわー。」
 ガタイの良い元親の背中に完全に隠れていた家康は、ひょこっと表れて申し訳なさげに若干トーン抑え目で挨拶する。
「で、2人揃って、今日は何の用?」
「あのさー、2週間くらい、お前ん家、泊めてくんない?」
「断る。」
 光の速さで返事した。そして、再びドアを閉めて、完全シャットアウトしようとする。
「まっ、待て!ちょっと待て!!お前、生徒会長だろ!」
 グググと、二の腕の発達した上腕二頭筋を最大限に発揮しつつ、ドアノブを外と内とで引っ張り合いこしながら、がなり立てるように言い合う。
「そういう、お前は副会長だろうがっ。」
 だから話だけでも聞けって、と、たしなめられて、しぶしぶみたいに政宗は力を弛めた。
「俺達さー、学校から電車で1時間以上かかるトコに住んでんだよね。でさ、政宗も知ってるとおり、文化祭間近な今、夜遅くまで生徒会の仕事やってっしょ。おまけにクラスの出し物のロミオとジュリエットの劇の練習もあるし。何だかんだで、家に帰りつくの、次の日になってんのよ。寝不足中なんだよ。お願いだってっ。」
「そんな、てめえの都合なんざ知るかよっ。」
 ロミオとジュリエット、の単語で、政宗の表情が、格段に嫌そうなものになる。
何より自分がロミオ役ってどういうこと?しかもジュリエットがなんで家康なんだよ。家康ってば、細そうに見えて筋肉ムキムキじゃん。さすが柔道部の主将じゃん。こんなジュリエットがどこにいるんだよっ。しかもしかもっ、男同士でキスシーンまであるって、どうなってんのさっ! 俺は今問いたい、多数決って何だよっ、民主主義って何だよっ!
「それで?」
 両腕を組んだ政宗は、黒縁眼鏡の奥で眼はジト目、氷点下に近い声の温度で答える。
「政宗ん家、学校から超近いじゃん。なーのーでー、泊めてよっ。おねがぁいっ!政宗きゅんっ」
 目を少女漫画みたくキラキラさせて、両手を顔の前で組んで、声色を変えて懇願してくる。
「キモイ。」
 これが幸村なら超絶可愛いから速攻OKだけど、元親では速攻却下だ、と、政宗は心の中で深く頷く。
「ちゃんとお礼はするし!光熱費とか食費はちゃんと割り勘するし!なっ、お願いいたすっ!お代官様っっ!政宗さまっっ。」
「今度は、泣き落としかよ。てか、お前、何個芝居の引き出し持ってんの?元親がロミオやればいいんじゃね?」
「俺は、マキューシオだろ。おい、黙ってないで、ジュリエットも頼めよ!」
「あー、うん、すまない、政宗。そういうことで。」
 家康は着替えが入っているサブバックを肩にかけ直しつつ、苦笑しながら後ろ頭をポリポリかいている。
「お前ら、2週間も泊めてもらうにしては、誠意が足りねえんじゃねえの?」
 眉間に二重も三重も皺を作った政宗は、不服そうに口を尖らせて告げる。
「良いよ、あー、良いよ…。政宗ってば、薄情だな、なあ家康。」
 友達がいのねえヤツ、という捨て台詞に、政宗は何とでも言え、と、踏ん反り返っていたが、次の元親の言葉で、態度が急変する。
「なら、お隣さんに頼もうぜ、家康。」
「はい?」
 今、何とおっしゃいました?
「お前、確か、言ってたよな。うちの顧問の幸村くん、お隣さんなんでしょ?引っ越してきたんでしょ?幸村くんなら絶対断りそうにないもんね。」
 お礼に幸村くんのお背中流して差し上げようぜ〜、と、元親は政宗の様子を伺いながら、大きな声で宙に向かって告げる。
「分かった、分かった!元親っ、家康、どうぞ、お泊り下さいませ。」
 政宗は愛想笑いを顔に貼り付けて、大きく戸を開いて、2人を招き入れる。
「やったー。」
 とうとう折れた政宗に、元親は振り返って家康とハイタッチした。



☆☆☆☆
「食った食ったー、もう、俺、入んねえし。」
 元親は鍛えられた腹の筋肉の上あたりを両手で押さえながら、ラグの上にどっかり横になる。
「ちょっと作りすぎたかな。」
 元親の様子を見やりそう呟きながらも、世話好きなのか家康はそれでもせかせかホットプレートに手作りの野菜たっぷり餃子を並べていく。
 今日の晩御飯は、餃子ばっかり50個。そして、コンビニで仕入れてきた大量のお菓子と、未成年な3人は本当のところ絶対飲んではいけないんだけれど、缶ビールに缶チューハイ。
「なあ、政宗。幸村くん、今日、何しているんだ?」
 元親は寝ころんだまま、ゴロンと政宗の方へ寝返ってぼんやり聞いてくる。
「…え?確か今日は…何だろ?分かんないけど、日曜日はいつも用事があるって言ってたなあ…。」
 菜箸を振りながら、政宗はぼんやりと思い出しつつ言葉を漏らす。
 実際は、昨日の晩御飯までは一緒にいた。明日用事があって早いので今日は帰ると、名残惜しげな政宗を残して、幸村は壁1枚だけ隔てた自分の家に戻って行った。毎週何の用事なの?と、何気無くを装って問うても、薄く微笑むだけで返事をしてくれ無かった。気にならないと言えば嘘になる。毎週日曜日、彼はどこに行っているんだろう。
「ふーん、彼女じゃねえの?」
先生も22歳だしな、いねえほうがおかしいんじゃね?
 寝転がったままで元親はそう言いながら、プシュッと良い音を立て缶ビールのプルトップを開けて、溢れてきた泡を慌てて吸う。
「ちげえよっ!この前、彼女も好きな人もいないって言ってたしっ!」
 思わず立ち上がって、しかも、二の腕に血管を浮き上がらせるぐらいに力強く両拳を握りながら、大きな声で反論する。ポカンと見上げた、餃子焼き焼き中の家康と、ゴロゴロ寝ころび中の元親の視線を全身に浴びてしまう。
 自分の心の中の不安を炙りだされた気がして、政宗は必要以上に反応してしまったのだ。
「ど、どうした、政宗。そんなムキになって。」
 家康が困ったような表情で、政宗の腕を引っ張って座らせる。
「ム、ムキになってねえし!」
 照れ隠しか、座りながら家康から菜箸を無理やりみたく取り上げて、乱雑な動きでジューッと鉄板に餃子を押し付ける。
「というか、さっきから思ってたんだけど、何だよ、その「幸村くん」って、馴れ馴れしいなっ。」
 当たり所が無いので、先ほどから気になってたところを突っ込む。
 いいじゃんよ、と、元親は、さっきお腹いっぱいと言っていたのは誰なのか、香ばしい匂いに釣られてか、その焼き上がりを端からハムッとつまみ食いをする。
 ビールと餃子の組み合わせは最高だなと呟きながら、完全に起き上がって座った元親は。
「とりあえず、連絡してみっか。政宗、携帯借りるぜ。」
「おい、元親。勝手に電話すんなよっ!」
 政宗の最近機種変した携帯をとって、スクロールで住所録を確認して、お前こそ何センセのこと、気安く下の名前で、しかも呼捨てで登録してんの?と、ニヤニヤ笑いつつひやかして、通話ボタンをポチッと押した。
 5回目のコールで相手と繋がったらしい。元親の表情が少しだけ引き締まるように変わった。
「もしもしー、幸村くんですか?俺?まさむね、じゃなくて、副会長の元親だけど。今、大丈夫?どこにいんの?…うんうん、もうすぐ家に着く?じゃあさ、一緒に飯食わねえ?俺と家康、お隣の伊達さんの家に2週間居候すんの。これからよろしくなっ!」
 そして会話を終えると、ご機嫌で政宗の携帯をテーブルに置いて。
「もう少ししたら帰ってくるって。」
 と、にこやかに報告してくれる。
「じゃあ、餃子、焼くな」
 と、家康が新しい餃子をホットプレートに投入する。
 それから約5分後、元親が1本目のビールを飲み終える頃、インターフォンが鳴った。 
 政宗が慌ててエプロンを翻しつつ、ついでに寝癖の頭を手櫛で直しつつ、迎えに行くと。
グレーのトレーナーとGパンというラフな服装の幸村が、玄関に立っている。スーツ姿じゃない幸村は、言わずもがな、殆ど、同じ年くらいにしか見えない。
「どうも、お邪魔します。」
 幸村は目を伏せ気味に、僅かに頬をピンクに染めながらも、初対面の時と同様、律儀にしっかりと挨拶する。
「い、いらっしゃい、センセ。」
 昨日の土曜日から、今度はしっかり目を合わせてくれない。話をしていても、不自然に視線は下へ流されている。
―――まだ絶賛嫌われ中なのか…、俺ってば。
 だって俺のせいでヤケ酒するくらいだからな。
 廊下の先を歩く幸村をぼーと見つめつつ、またもや泣けてきた。
「いらっしゃーい。」
「お疲れ様です、先生。」
 そして、部屋につくと同時に、幸村は、元親と家康の歓迎を受ける。
「はい、センセ。」
 と、隣に座った幸村に、政宗は丁度良い焼き具合の餃子をよそってあげる。それに続いて親切に家康がお茶を組んで、幸村に手渡した。それを、外野で元親が眺めていて。
「政宗と家康、なんか息合ってんじゃん。さすが、ラブラブな恋人同士だな。」
「えっっ?」
 もぐもぐと餃子を咀嚼していた幸村が、驚いて弾かれたように顔を上げる。そして、吃驚な表情を顔に貼り付けたまま、傍らの政宗と家康を交互に何度も見る。
「ちょっ、ちょっとちょっと!先生に誤解を招くような言い方すんなよ。文化祭での劇の中でだろ。ロミオとジュリエットのっ。」
「熱烈なキスシーンもあるくせに。」
「それ、なんでだろうなっ!てめえらの陰謀だろうが。俺の唇はそんなほいほいキスするほど安くねーぞ!キスなんて、ここぞという大事なときのために、大事な相手のために、大切にとっとくもんだろうがっ!」
「えー、乙女かよ、政宗。」
 バンバンと太腿を叩きつつ熱く語る、その政宗の台詞に、隣に座る幸村がパクッと餃子に食いつきつつ、微妙な表情をしている。そんな幸村に、元親がニカッと笑いつつ、話しかける。
「なあなあ幸村くん、ビール飲む?チューハイも買ってきてるんだけど。」
 ガサガサとポリエチレンの擦れる音を立てつつスーパーの袋を引き寄せて、中を見せながら、元親は幸村に聞く。
「え?ビール?」
「駄目だろっっ!先生、未成年だしっ!!」
その政宗の間髪入れず入れた横槍に、「え?」、と3人とも固まる。
「おいおい政宗、真田先生は22だろう?」
 困った表情の家康のもっともな言葉に、ウッと政宗は固まる。そういや、先生は未成年じゃ無かった。今、ふっつーに本気で同級生の友達だと思ってた。まじ失礼しました。
「えっと…、というか、駄目だろー。先生の前で、アルコールなんか…。」
「アルコールじゃねえよ、これはジュースだしー。」
 ケロッとして言う元親に、なんじゃそりゃ、と突っ込まずにはいられない。
「ビール、でござるか…。」
 カアアアアと、「ビール」から幸村は何を想像したのか、何故か火を噴きそうなくらい顔を赤らめた。
 そうだよ、この人、酔っぱらったら駄目な人なんだって!この2人の前でHな感じになったらヤベえだろ、それはまずいなあ、おいっ。
「いいじゃん、少しぐらい。な、幸村くんっ」
「元親、お前なあ…。」
「俺は、ちょっと、遠慮するでござるよ。…最近、お酒で失敗してるし。」
 苦笑気味に頭をかきつつ、幸村は告げる。
「失敗?何したの、幸村くん。俺、聞きたい。」
「わしも聞きたいかも。先生が失敗するなんて…。」
 期待を込めて目を爛々とする2人に。
「えっ!そ、それは、そんなのっ、言えないでござるっ!」
 ゴホゴホと激しく咽た後、フルフルフルッと幸村はこれ以上ないくらい顔を真っ赤にして、首を激しく横に振った。
あれ、あれれ?この幸村の反応にひっかかった政宗は、どっかで見たことが…、と、記憶をさかのぼらせる。
―――俺が、土曜日の朝、ベッドの中で、昨夜のこと覚えてるの?って聞いた時と、全く同じ反応。
「…ま、まさかっ、一昨日の夜のあのこと、覚えてたりするの?」
 覚えてないって言ってたの、嘘だったってこと?だから、今日まで態度が変だったの?一切目を合わせてくれなかったの?
カーッと政宗も頬を発火して、顔を隠すように右手で抑えた。
「お、俺っ…そ、そんなっそんなのっっ。」
 声を上ずらせて言った後、今にも泣きそうに顔を崩した幸村は、尋常じゃ無く、出ている肌という肌を真っ赤にして、箸を咥えたまま固まってしまった。
―――う、嘘だろ?嘘だと言ってくれっ!
 政宗は穴が合ったら入りたくなる。あの暴走列車のごとき自分を幸村が覚えているなんてっ!
「おいおい、何だよ。2人とも。茹蛸みたいになっちまって。」
 何も知らない元親は、ゴクゴクゴクとビールを煽りつつ、首を捻った。


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