小説
その9
カーテンの隙間から朝日が差し込んできて、その眩しさで強引に起こされる。
左腕が痺れて筋肉痛みたく痛い。やべえ、寝違えたー、と、政宗は朝からどんより気分になったが。
「え…。」
顔だけを向けて何気無く隣を見ると、大好きな幸村が、すやすやと安らかな表情で寝ている。筋肉痛の原因は、腕枕した状態で寝てしまったからだ。
―――これくらいの腕の痛み、この幸せでフッ飛んでくよな。
笑みを噛み締めた政宗は、左腕はそのままに、そして幸村を起こさないように細心の注意を払いながら、ベッドの下に放っていた黒縁眼鏡をとって、隣の彼を観察するかのごとく眺める。
この前の日曜日はゆっくり寝顔を見られなかったから、じっくりと見ることにする。これぐらいのご褒美は貰っても良いよな。俺としては、昨夜はすっごいおあずけ状態だったんだから。
睫毛が長くて、前髪全開のおでこも幼く見える。ほっぺたもぷくぷくで、ツンツンと意味も無く突きたくなるほどだ。
―――文句無しに、超可愛いなあ。俺の理想に、どストライクなんだよなあ。もう、俺のために地上に舞い降りた天使みたいな感じ?
政宗は、デレまくってしまう。
こんなデレ顔、元親に見られたら、絶対に全力でひかれる表情している自信がある。
涎くってんのも、可愛いし。あばたもえくぼと言いますか、何をしてても可愛すぎる。
口元の白く残る涎の跡を、指先でちょいちょいと払ってあげて。
そして、顔を寄せて、ちゅぱと、柔らかくて弾力のある唇に自分のそれを優しく触れ合わせてみた。
「んん…。」
「…あっ…。」
瞼がゆっくりと開いてゆく。
雛鳥だったら、最初に見た相手を親鳥と思うんだっけ、と、うろ覚えなどうでも良いことを頭の中で思いながら、その様子を逐一観察している。
「お、おはよ…。」
政宗の心臓が、ドクンッと不規則に蠢いた。病気になったのか、と不安になるくらいの力強さと気持ち悪さで、心の臓は脈打つ。
―――そういや、昨日のこと、覚えているんだろうか。
その緊張に耐え切れず、ゴクンと、大きく喉を鳴らしてしまう。
「…あれ…、政宗殿…。」
どうしてここにいるのか、と、そんな無垢な眼で訴えられても、マジで困る。
「あの、ここ、俺ん家なんですけどね。」
しかもあえて言わないけど、俺の腕も、貴方の頭がずっと占領してますけどね。現在進行形で筋肉痛続行中。
「ご、ごめんなさいっっ…、俺…、昨日っ…。」
「おっ、覚えてるの?」
上半身だけを起こして、圧し掛かるみたいにして、聞いてしまう。
―――ま、まさか、昨夜の俺の暴走を、覚えてしまっていたり。
幸村は目を伏せて、顔をカアーッとみるみる紅葉した紅葉みたいに真っ赤にして、フルフルッと頭がもげそうなほどに大きく何度も横に振る。
「そ、そっか。」
ちょっと、否、かなり、ホッとしてしまった。
「センセ、急に来て、急に寝始めちゃうから、びっくりしましたよ、俺。」
不自然に、ハハハハハと、空笑う。
しかし、この人酔っぱらうと誰に対してもあんなふうに甘えてHな感じで身を委ねるんだろうか。それはちょっとヤバいんじゃねえの?ほら、その隙に襲ってしまうヤカラが…、って、おいおい俺のことじゃんっ!と、1人ボケつっこみをして、そこで我に返った政宗は、朝っぱらからズーンと自己嫌悪に陥って、しきりに眼鏡の中央を押し上げる。
昨日は寸でのところで止められたけど、あのまま先生を犯してしまっていたら、もう俺、ここにいられなくなっている。良かった、ホント、ぎりぎりでブレーキ効いて。
政宗は、ハーッと安堵の息を漏らす。
「もお、センセ、飲み過ぎだって。」
「ちょっと昨日は…、慣れないビールを、学校近所の居酒屋で、ヤケ酒みたいに飲んでしまったでござるよ。」
反省しきりの幸村の頭を慰めるみたく優しくなでなでしながら、政宗は心持ち首を傾げた。
「ヤケ酒?なんか最近、嫌なことでもあった?仕事キツイとか…、俺で良ければ相談にのるけど。」
神妙な表情でそんなことを口走っておいて、政宗は脳の端っこで思う。
まあ、5歳も年下の、しかも高校生に相談する先生は、いないっちゃあいないよな。
「……な、内緒でござる。」
伏し目がちにして、口を尖らせて、ボソリと告げた幸村に。
「え?教えてよ。ここまで言っておいて内緒なんて…、生徒に教えちゃ駄目なこと?」
「政宗殿だけには、絶対っ、内緒でっっ!」
身を乗り出してきた政宗を完全拒絶するみたく、幸村はガバッと頭まで布団を被ってしまった。
俺、限定?
「え、何、それ。」
ガーンと除夜の鐘を耳元で突かれたかのごとく、政宗は、体全体に激しく痺れるほどのショックを受ける。
―――俺だけには絶対って…。って、俺のせいで、ヤケ酒するほど、なんか嫌な気分になったってこと?そんなのって、俺、かなり凹むんですけど…。やっぱり、月曜日のアレ、引きずってんの?俺、めっちゃ嫌われてる?
負のスパイラルで悪い方へ悪い方へ考えが転がって行って、こんな爽やかな朝っぱらから、肩をがっくりと落とした政宗は、さめざめと泣きたくなってきた。
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