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小説
その7
 嬉しくて嬉しくて嬉しくて、しょうがない。今が、青春の絶頂期と言っても過言じゃないくらいだ。政宗は、鼻歌でも出そうなご機嫌顔で、普段は見向きもしない生徒会の分厚い書類に目を通している。まずは4月の新入生オリエンエーション、次が、5月の文化祭の実行委員会議事録。ペラペラ捲ってはいるものの、殆ど頭に入ってなくて、今し方、考えていたのも、この生徒会の集まりが終わった後のこと。
校門で待ち合わせして一緒に帰って、帰りにスーパーに寄って、あ、勿論、重い荷物は俺が運びますよ。そんで一緒に台所で肩並べて料理作って、美味しいねって言いながら食って、そして一緒に布団で寝て。丸まって身を寄せてきた可愛いセンセを、懐の中にぎゅっと抱き閉めて、あわよくば、またキスとかしちゃったりして。もっと仲良くなったら、お風呂も一緒に入りてえなあ…、背中流してあげたりして…。
 もう想像しただけで、やっべえ、笑いが自然に込み上げてくる。ドンドンと机を叩いてしまう。
「おーい、政宗。貸してた漫画持ってきてくれた?」
「え?」
 不意打ちで視界に表れた元親に、うわっと政宗は仰け反ってしまう。
「なんだなんだ、政宗。気持ちわりいな、1人で笑ってんなよ。」
「うっせえ!笑ってねえよ!」
 ま、漫画だな、と、サブバックの中をごそごそ手探りで漁って、手に触れた漫画らしきものを取り出すと、ポロッと漫画の隙間から何かがが落ちて、それは2人の視線を受けつつ、ひらひらと机の上に着地する。
「手紙?おいおいおい、政宗さん。まーたラブレター貰ってんのか。さっすが男前の生徒会長、男子にもすっげモテますなあ。そんで、手紙貰って1人でニヤニヤしてんの?可愛かったの、その子。」
「ああ、なんか、朝、靴箱に入ってて。…でも、手紙貰ったから、ニヤニヤしてたんじゃねえよっ。」
 手紙は正直嬉しいけれど、反面、申し訳ない気持ちになる。だって気持ちに応えてあげられない。でも、自分も絶賛片思い中だから、その切ない想いはヒシヒシと同調するかのごとく伝わってくるものがある。
「現にさっきニヤニヤしてたじゃん。喜んでたんじゃねえの?」
「違うっつってんだろ!」
 ムキになった政宗は、立ち上ってバンッと大きく机を叩く。その騒音に、皆の視線が集まる。何だ何だと見てきたそれを一身に浴びて、ヤバイ、と内心は思うけれど、からかわれて頭に血が昇ってきた政宗は、自分では止められないところまで来ていた。
「別に、政宗がホモセクシャルでも、俺は差別したりしねえから。もう素直に白状しろって。男を好きになったっていいじゃん。誰もおかしいなんて思わねえよ。」
 政宗に目線を合わすべく立ち上った元親も、何だか引っ込みつかなくなってきているらしかった。
「何だよ、その言い方!俺はホモじゃねえって言ってんだろ!男と付き合うのなんか、頼まれたってごめんだっつってんだよ。」
 政宗は激しい口調で捲し立てると、元親を一瞥する。そして、少し頭を冷やそうと思ったのか、生徒会室から出ようと踵を返した。不躾に見てくる皆の視線を刺さるかのごとく背中に感じつつも、苛立ちを込めて、立てつけが悪い戸を荒っぽく開ける。
 すると、出会いがしらに、自分より少し低めの誰かと衝突しそうになったのを、寸でのところで身を引いた。
「え?」
「あっっ!」
 そこに、書類を抱いた幸村が立っていた。普段から大きい目を極限まで開いて、こちらを見ている。
「せ、先生!」
―――ま、まさか、今の、聞かれた?
 サーッと血の気が一気に引いてゆく。幸村を通せんぼした状態で立ち尽くしてしまう。
「先生、先生は?どう思う?」
 写真のごとく固まってしまっている2人に近寄ってきた慶次は、幸村に気軽に話しかける。
「な、何の話で?」
 慶次がこの事態に追い打ちをかけるように、幸村の肩を抱いて懇切丁寧に言って聞かせ始める。それを政宗は、苦々しい表情をして見守るしか出来ない。
「だからね、政宗がせっかくラブレター貰ったんですけど。相手がうちの生徒だったから、男同士という理由で断ろうとしているみたいで。先生はどう思います?政宗君、ノーマルみたいだから、男は絶対に受け付けないんだってー。」
 幸村との初対面の時の件の仕返しか、慶次は意地悪い表情で密かに政宗を見てきた。
「け、慶次っ、てんめっ…。」
 それに気付いた政宗は、すぐ近くにいる慶次に、噛み付くみたく声を荒げる。
「え、そ…、そんな俺にいきなり振られても。」
 目の前の幸村の黒眼は不安げに揺れている。政宗はゴクンと、大きく息を飲んだ。
「せ、先生…俺…。」
―――早く、俺、言うんだよ。今のは違うって、俺、別にそんなこと思って無いってっ。
「でも、俺は男だからって理由では、断ったりしないでござるよ。生徒会長さんも、そんな差別したら、相手が可哀そうでござるよ。相手の話だけでも聞いてあげたら良いのでは?」
 眉毛をハノ字にして苦笑しつつも、初めて耳にする大人びた口調で、政宗をたしなめる。
「普通はそうですよね。でも、駄目ですよ、先生。政宗は、男なんかまっぴらゴメンだって言っていたからね。今更、撤回しないでしょ、ねえ政宗。」
―――この野郎、絶対、全部分かっててやってやがるな。
 俺が先生を好きなのも知っていて、妨害してる。
「…っっ!」
 ぎゅっと拳を爪が肌に突き刺さるくらいに強く握って、政宗は沸き立つ感情のまま、吐き捨てるみたく言ってしまう。
「言ったよっっ。悪いかよ。そんなの、気持ちわりいんだよっ!」
「まっ…、だ、伊達君…。」
 瞬間、何故か、目の前の先生が、手紙の生徒に成り代わって傷ついたような表情をした。
「だ、だって、やっぱり、付き合うなら可愛い女の子の方が良いし…。男なんかムサイだけ、だし…。」
 政宗は言い訳するように、言葉を紡ぐ。とうとう、口を横一文字に引き結んだ幸村は、下を向いてしまった。
 なんで俺、こんなこと必死扱いて、口走ってんだよ。俺が言いたいのは、こんなことじゃねえだろっ。政宗は自分に対して強く自問する。
 もう、駄目だ。なんか墓穴を掘りまくってる。なんか、無性に泣きたくなってきた。
―――本当は俺、男が嫌だとか、そんなこと全然思ってねえし。それより逆に、俺は、確実に、貴方のことが好きなのに。
「あ、俺、ちょっと用事があったので。ご、ごめんなさいっっ。」
 と、幸村は顔を上げず、突然回れ右して、パタパタと廊下を走り去って行ってしまった。
―――自業自得としか言いようがねえけど…、馬鹿としか言いようがねえけど…っ。
 心の中を掻き乱すように色んな感情が渦巻いて、肩を落として俯き、きつく下唇を噛んだ政宗は、しばらくそこから動けなかった。




☆☆☆☆
「これ。」
 鉄面皮みたいな無表情の三成が渡してきた書類を受け取りながら、なにこれ、と、書類と三成を交互に見て、視線で訴える
「文化祭の実行委員会の決定案。読み終わったら、生徒会長の承認の判子。」
「オッケー、分かった。」
 その言い終えるかくらいのタイミングで、早々と去ってゆく三成に目を眇め、無愛想の塊みてえなヤツ、と、八つ当たりするかのごとく心の中で悪態を垂れる。
「政宗、今日金曜日じゃん。お前ん家でゲームしようぜ。」
 なんで俺んち決定なんだよ、とジト目で元親を見て。
「駄目駄目、俺、今日予定が…。」
 言い始めたところで、ブレザーのポケット辺りから感じるバイブの振動に気付き、慌てながらも政宗は携帯を取り出して開く。
『ごめんなさい、今日も仕事忙しくて、一緒に御飯食べれそうに無いです。』
 パチンと、二つ折り携帯を乱暴に閉めて、幸せが逃げていくらしい溜息を大きく1つ。
 政宗の不機嫌の原因はこれだった。
―――何だか1週間立て続けにフラれてるんですけど。約束していたはずの月曜日から今日の金曜日まで。これはもしや…、俺ってば、センセに避けられてんの?
 原因は、勿論アレだろうな。俺のこと、差別主義者の、最低なヤツって思ったのかな。今まで優し気に接してたから、ギャップが凄かったのか…。
 携帯を持った姿勢でピシッと固まってしまった政宗に、元親が少し心配げに声をかけてくる。
「どうしたよ、政宗?大丈夫か?」
「うん。ごめん、やっぱゲーム、パス。なんか気分悪いから。」
―――なんか、俺、嫌われちゃったかな。
 政宗は、憂う心を表すように、空気よりも重い溜息を、またもや足元に吐き出した。


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