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小説
その6
「うん、すごく美味しいでござるよ。」
 目の前に座る幸村は、本当に美味しそうに顔を綻ばせて、黄金色の欠片を口に放り込んでいる。
「久々にホットケーキ焼いた気がする。」
 人間やれば出来るもんだ、と政宗は、フライ返しに手先を集中しながらも、内心ホッとしていた。ネットでレシピ検索して、スーパーに材料を買いに走って、見よう見まねで作ったホットケーキ。子供の頃に母親に作って貰って食べたそれを何とか再現出来た。
「何でも器用にこなすのでござるな〜。」
 さすが生徒会長でござる、と、ほくほく顔の幸村に言われて、まんざらでもない表情で政宗は器用に御玉杓子でホットケーキの種を混ぜている。
「そんな褒めなくて良いよ。」
 あなたのためなら何だってしますよ、とか、心の中で思いながらも、そんなことを口走る勇気は、ヘタレな自分には今のところない。
「まあ、俺、1人暮らし歴2年くらいだから。」
「え?」
「あ、ああ。高校に上がると同時に1人暮らし始めたんで。」
 お変わり準備しますねーと、甲斐甲斐しく、ホットプレートに追加の生地をこってりと流す。
―――中等部のときは寮に入ってた。あーやだやだ、嫌なこと思い出しそうになった。寮の時、一悶着あったんだよなあ…。
 過去の酸っぱい思い出に、心の中が苦々しくなってきて、目線をホットプレートに落としたまま、僅かに政宗は眉間に皺を寄せた。
「そうだ、話変わるでござるが。学園祭、5月なので?」
 甘めのカフェオレに尖らせた上唇をつけた状態で、上目使いに見てくる幸村に、キュンと心を密かにときめかせつつ、うんうんと2回頷く。
「うち、ちょっと変わってて。普通、学園祭って秋なんだけど、うちは、5月半ば。文化祭の準備でクラス団結して、クラスメイト同士の親睦を深めようってことらしいんですけどねえ…。」
 自分は、進学クラスだからクラスメイトは持ち上がりで、これ以上の親睦は必要無い。同じクラスに、生徒会役員の元親と三成と家康までいるし、ホント代わり映えしないクラス。まあ担任が女のセンセだったのは救いだけど。まあ、雑賀センセって、そこいらの男より男っぽいけどな。
「政宗殿のクラスでは、何をするので?」
「うちのクラスでは、劇をやるみたいだけど。なんかシェイクスピアとかなんとか…。」
 めんどくさい役回りが回って来ないことを祈るばかり、と政宗は心の中で合掌する。
「生徒会でも何かやるのでござるか?」
 ぷつぷつ表面が気泡を噴いてきたので、それを合図にホットケーキを裏返す。これが確かホットケーキを作る上での最重要なコツだった気がする。
「うん、まあ一応。サスケ先生の提案で…。」
 政宗はそこまで言って、フライ返しを握ったまま、はた、と止まる。これはあんまり言いたくない内容だ、と、ムムムと口が引き結ばれる。
「何でござる?」
「ホスト…。」
 フライ返しで口元を隠した政宗は、ボソッと小さな声で呟くように言った。
「え?」
 聞き取れなくて、目を瞬かせた幸村に。
「ホストクラブ。まあ、お酒は勿論出さないんですけどねー。まあ、いわゆる、メイド喫茶の男版みたいなもので。」
 政宗は、若干嫌そうに、棒読みに近い口調で淡々と告げる。
「ほ、ほすとくらぶっっ?」
 幸村は、驚いてプハッと薄茶の液体を噴きそうになる。それを横目で確認した政宗は、ティッシュの箱を幸村に差し出しながら、ハーッと溜息交じりに肩を落として、話を続ける。
「ほら、うち、近隣に女子高と共学があるでしょ。なんか、文化祭当日に女の子を沢山呼び込むために、俺達に協力しろってね。女の子沢山文化祭に来たら、全校生徒もヤル気でるからって、サスケ先生がね…。」
 今から、それが憂鬱だった。なんでそんなのに俺達役員が借り出されなきゃなんねーのって話。
「それは、確かに、沢山の女の子、来そうでござるな。皆、カッコ良いから…。」
「元就と三成は、最後まですごい抵抗してましたけどね。結局は、そのホストクラブの売上を生徒会予算に回してもらえるよう交渉したみたいで…。まあ、慶次は必要以上に張り切ってるけど。彼女作るんだって言ってたなあ…。」
 出来上がった焼き立てホットケーキの上に生クリームを絞って、苺をトッピングする。
「へえ…。」
 余った苺を一粒、幸村の口元へ運びながら、これからの怒涛のごとき1カ月を思って政宗は苦笑する。
「まあ、俺達全員、色々忙しいですよ、これから1カ月は。先生も覚悟してて。」
 餌付け中の雛鳥みたいに、あーんと口を開けて待っている幸村を見て、政宗は、かわいすぎっしょ、と、込み上げてくる何かをググッと我慢する。
「何より、政宗殿は、すぐ彼女出来そうでござるな。」
 苺を丸ごと1個、口に放り込んで貰えて、幸せそうに微笑みながら、幸村は告げる。
「ええっ!」
 言った瞬間、ローテーブルの脚にガツンッと派手な音を立てて膝小僧を打ってしまった。
「いってえ…。」
 手加減無しに全力で打ち付けた膝を押さえながら蹲ってしまった政宗に、向かいに座る幸村は心配げな声と視線を送る。
「だ、大丈夫でござるか?政宗殿。」
 足の痛みより、心の痛みの方が勝っている。
―――なんで無意識にそういう酷いこと言うかな、この人はっ。
「って、俺…、学園祭当日は忙しいんで、それどころじゃあないって言うか…。それに今は彼女作る気分じゃないって言うか…。」
 そのやるせない気持ちを、渾身の力でホットケーキにぶつけてしまう。パンパンと叩きすぎて、無残に煎餅みたくぺっちゃんこになってしまっていた。まあ、これは自分でちゃんと処理しますよ、しますけどね。
 実際、恋人は、めっちゃ欲しい。ヘタレな自分が、ここで公言出来るわけねえけど。
 政宗は、ぶちぶちと心の中で文句を言い続ける。
―――それにしても、すげえショック。もし俺に彼女出来ても、センセには全然関係ないのだろうな。
「で、センセは?彼女、作らないの?」
 食欲が失せた政宗は、ホットプレート上の大きめのお煎餅に目線を落としたままで、低く問いかける。
 考えたくないけど、文化祭で女の子が来るってだけで、出会う可能性があるから。
 幸村なんて、若い女の子からおばあさんまで、年齢問わずモテそうな容姿だ。着任したのが男子校じゃ無くて女子高だったら、速攻でラブレター攻撃にあってんだろうと、容易に想像できる。ハー、まじで、うちの高校で良かった。先生が誰かのものになるとか、考えただけで、胸が抉られそうだ。その胸の痛みを押さえながら、自分はどんだけドMなのか、こんなことを口走ってしまう。
「先生だって、女子高の女の子から手紙貰うかもですよ。」
「え?そんな、俺は・・・。」
 もそもそとホットケーキを咀嚼して、ゴクンと飲み込むと、あまり乗り気じゃない声色で、ぽつぽつと単語を告げる。
「俺も、仕事、覚えるので、精いっぱい、なので。」
 幸村は、物憂げな表情で、フォークを前歯で齧ったまま、何かじっと考え込んでいる。
「あの、ところで、センセは・・・、どんな人が、好みなの?」
「え?」
 少し驚いた表情で顔を上げた幸村の、ふさふさな睫毛が、パシパシと上下に揺れた。
「あ、ごめんっ!ちょっと興味があるだけで、これには深い意味はこれっぽっちも無いんで。」
 言い訳がましく、政宗は片手を超高速で振りつつ、早口で告げる。
「俺のタイプ…、うーん、優しい人でござるかな。」
「そ、そう…。」
 優しい人か。優しい人。その形容詞を、政宗は心の中で何度も噛み締める。
「政宗殿は?」
「お、俺っ?えっと、・・・超可愛くて、天然で・・・、ほんわかほわほわしてて・・・、何事にも一生懸命な人かな。」
 幸村に対する感想を簡潔にあげてゆく。これでも言い足りないくらいだ。もう500字原稿用紙に10枚くらいびっしり好きな部分を書ける自信ある。
「もしかして、好きな人がいるので?」
 具体的にしゃべりすぎたみたく、幸村は首を心持ち傾けながら、マグカップを両手で包むように持ったまま、ぼんやりと言ってきた。
「ええっ?・・・あの、えっと・・・その…。」
 じーっと射抜くみたいに強い視線で見られて、半ば白状させられるかのごとく、政宗はしぶしぶ漏らした。
「います、けど。」
 とうとう、言ってしまった。平然を装うどころか、声が不自然に上下にブレて、しかも震えてしまった。
「政宗殿なら、すぐOKしてもらえるんじゃないので?その天然の可愛い女の子に。」
 その答えがこれだ。
幸村はふわっと薄く微笑んで、そんなことを言ってくる。
―――それは、女の子じゃなくて、あんたのことだって言ったら、どんな反応示すんだろうか。きっと、薄く微笑んで、「無理」とか、残酷に言われちゃうんだろうな。
 政宗は、薄く自虐的に笑って。
「そんな上手くいかないですよ。きっと、俺なんかじゃあ、相手にしてもらえないと思うから。でも、俺、なんとか吊り合うように、大人のカッコいい男になれるように、頑張りますけどねっっ。」
 語尾辺りでグッと拳を握りつつ、決意表明をしてしまった。
「へ、へえ・・・。政宗殿に好きになってもらえる人は、幸せでござるな。」
 またもや微笑する幸村に、政宗の心は、何とも言えないドス黒い感情に苛まれる。
―――じゃあ、俺のこと、受け入れてくれるの?俺が、今好きだと告白したら、幸せになってくれるの?
 勿論、そんなこと口走れるわけない。せっかくの、良い感じに仲良くなれたこの関係を、壊したくない。俺は、せっかく手に入れたこの優しい関係を、全力で護りたいんだ。
「じゃ、じゃあ。」
 政宗は、なんとか自分を奮い立たせて、声を発した。思い切って、提案してみる。
「あの、彼女がいない寂しいもの同士、週末とか、一緒にこうやって御飯食べたりとか、買い物行ったりとか出来たら…、俺、嬉しい…んだけど…。」
「え?」
 カフェオレの残りを飲み干した幸村は、目を真丸くして、こちらを見てくる。
 勇気が風前の灯の政宗は、そんな幸村の眼を直視出来ない。
「…俺、センセと一緒に御飯食べて、楽しかったから。」
「それは、勿論。俺も、政宗殿と、御飯食べたりしたいので。」
 感情の浮き沈みが激しいとは、自分でも思うけれど。
 そんな幸村の返事に、途端、心が弾んできて、もっともっと貪欲に求めてしまう。
「あの、また泊まりに来てくれますか?仕事終わってから、今日でも、いいし…。」
 今日は土曜日だというのに、幸村は仕事が片付いていない上、まずは部屋の鍵をとりにいかないといけないという大義名分があるため、休日出勤だという。
「今日は、遅くなりそうなのと、明日はちょっと用事があるので、月曜日の方が良いかも。」
「ホントに?俺、なんか、すっげえ嬉しい。なんか、食べたいものとかあったら、俺作るし。」
 思わず身を乗り出して幸村の手を両手でキュッと握ってしまう。そんな政宗に、幸村も人懐っこい柔和な笑顔を見せる。
「俺、何でも食べられるでござるよ。」
「じゃあ、一緒に学校から帰ってスーパー寄ろうよ。」
 新婚さんカップルみたいに、なーんちゃって。
「それは、楽しみでござるな。」
 そんなことをニッコリ微笑んだ幸村に言われて、政宗は、かなり浮かれてしまっていた。


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