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小説
<8>
「幸村、大丈夫か?」
 背中を丸め、子供みたいに泣きじゃくる幸村の体を、後ろから包み込むみたく肩を抱きながら、慶次はしきりに慰める。そんな慶次を安心させようと、顔を上げた幸村は制服の袖で涙の溜まった眼の端を抑えつつ、力なく微笑んだ。
「だ、大丈夫でござるよ・・・。ここは・・・?」
 政宗への好意をやっと自覚した途端、気持ちの収拾が付かなくなり、錯乱状態だった幸村を、半ば強引に連れてきた場所。
 見たことも無いその場所を、幸村は首ごと、ぐるりと一周見回す。そこは1ルームマンション。一目、綺麗で生活感が無い印象を与えている。それもそのはず、物があまり無いのだ。生活に必要な最低限のもの、今椅子代わりに幸村たちが座っているベッド、机に椅子、パソコン、そして部屋備え付けのクローゼット。目線の先にある流しのシンクも鏡のようにピカピカで、使ってない様子だった。
「俺の一人暮らししている家だよ。高校入学と同時に部屋を借りたんだ。」
 8畳はある部屋にいるのに、慶次の体温の温もりを感じるほどに二人の距離があまりに近すぎて、幸村は少し落ち着かず、わずかに身じろぐ。
「あの、慶次どの・・・。」
 少し距離を置いてくれまいか、と伝えようと幸村は口を開けたが、そのかけるはずの言葉は外に発せられる前に、儚く飲み込まれた。
「んんっ・・・っ。」
 柔らかい感触のそれが、慶次の唇だと気づくまでに時間がかかった。
 その状況がにわかには信じられない幸村は、瞼を閉じる事も出来ず眼を見開いたまま、慶次からの口づけを受け止めていて。慶次の左手は、幸村の顎にかかり、口を開かすように動かした。
「ふうっううっ・・・。」
 途端、湿った舌がズルリと滑り込んできて、幸村の口内を蹂躙する。幸村の逃げ惑う舌を絡めとり、擦り合わせる、全てを貪りつくすような接吻。幸村はその激しさに、ついていけず、翻弄されるままだった。
「んんっ・・・。」
 飲み込めない唾液が、つつーっと首元を伝い鎖骨まで到達していて。
 その生々しい気持ち悪さと、呼吸もままならぬ息苦しさに、幸村は眉間にしわを寄せていた。
 そんな幸村を見咎めた慶次が、その唇を開放した瞬間、酸素を早急に求めすぎた幸村は、盛大に咳き込んでいた。
「はあっはあっはあっ・・・っ。」
 過呼吸状態で、短く浅く酸素を肺に送り続ける幸村をじっと視界に納めながら、慶次はどちらのものか分からない唾液で艶かしく湿った唇を、ぺロッと紅い舌を出して舐める。
「慶次どの・・・何をっ・・・。」
 頭がクラクラするほどの貪欲に求められたキスで、全身から力が抜けた幸村は、そのまま柔らかいベッドに押し倒され、両手首を布団に貼り付けられる。
「なあに?」
 こちらを見下ろす慶次は、幼い頃から変わらない、いつも通りの優しい笑顔で。
 けれど、それが、逆に幸村をひどく怯えさせた。
クスッと、慶次はひどく楽しげに笑い声を一つ漏らす。
「どうしたの?幸村。こんなに震えてるよ。」
 そう口では労わるような事を言いながらも、幸村の両手を頭上で固定し、慶次は、自分が今までしていた桜ヶ丘指定のネクタイで、その両手を自由がきかないように、しっかりとぐるぐる巻きにする。 
「け、慶次どの・・・俺・・・、帰りたい・・・。」
 幸村は、やっとそれだけを喉から絞り出す。
 カチカチと、口元から不協和音がする。そう、歯の根が合わないほど、顎が小刻みに震えているのだ。
「駄目だよ、もう帰さないから・・・。」
 優しく、幸村の頬を大切なものを扱うように動く手。
「もう幸村の心が手に入らないのなら、伊達政宗に奪われる前に、体だけでも、欲しいんだよ。」
「慶次どの、何を、言っているのか・・・。」
 ここにいるのは、本当に、自分の知っている、兄のごとく慕っていた慶次なのか?と幸村は、我が目を我が耳を疑う。
 信じられない、もう、耳を塞ぎたい。
 けれど、慶次は言葉を紡ぐことを止めない。
「俺、ずっとずっと、伊達なんかよりずっと前から、幸村を見ていたのに、何故・・・。」
「え・・・。」
「伊達を選んだの?」
 幸村の、その自由にならない体を両手でしっかりと抱きしめながら。
 慶次は辛そうに、今にも泣きそうに、そうポツリ呟いた。


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あきゅろす。
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