[携帯モード] [URL送信]

小説
その17
 馬は脇目も振らず西へ向かって走ってゆく。
―――まだこの辺にあいつがいるかもしれないからな。出来るだけ西へ進んで…。
幸村の腰を左腕でがっしりと支えていた政宗は何かの違和を感じて、ん、と首を捻る。
「なあ、幸村。あんた、ちょっと痩せたんじゃねえの?」
「え?」
「こことか、ここが、ちょっと触り心地が…。」
 薄い布一枚で覆われた、生身に近い腰と尻あたりを撫でるように触られて、ひあっ!と、幸村はまたもや変な声を出して、背筋をピンとさせる。
「も、もうっ、破廉恥なことはやめて下されえっ!」
 走る馬の上でじたばたし始めた幸村に、政宗は手綱を引っ張りながら慌てる。
「お、おい、暴れんなよ、馬鹿!落ちるだろうがっ。」
 馬上でわいのわいの言っていても、馬は慣れているのか気にせず疾走し続けた。


「今日はこの辺で休むか…。」
 そこは、うっそうと木々が茂る森の中で、少し開けた場所。馬の手綱を大木の幹にしっかりと括りつけながら、後ろにいる幸村に声をかける。
「こんな山奥じゃあ、宿もねえし。野宿になるけど、良いか?」
 はいと幸村は、大きく頷いて。
「某なら構わないでござる。戦前など、毎度野宿で慣れているので…。」
 何も考えていないのか、あっけらかんとしている幸村に、腕組みをした政宗は苦笑いをを漏らすしかない。
「普段のあんたならな。でも、女体化している上に、その破廉恥すぎる格好では駄目だろーが。寝こみを盗賊に襲われたらどうすんだよ。朝起きたら花街かもしれねえぜ。」
 政宗は何かを思い出して、幸村の、その胸がはちきれんばかりのビキニの胸部分を引っ張りながら、何気なく問うた。
「なあそういや、その女体化の術って3日しかもたねえんじゃねえの?西に着く前に元に戻るんじゃあ…。」
「そう思って、ちゃんと女体化の薬を貰ってきているでござる。これで、倍の6日もつでござる。」
 満面の笑みで、普段は六文銭がかかっているはずの首から下げている、赤いお守り袋を見せてくる。そして再び、懐へ大事そうに戻す幸村を眺めつつ、政宗は目を眇める。
そんな幸村に、女体化についてはあまり嫌がってないようだな、と、幸村の思考回路についてよく分からないと思ってしまう。普通は疑問に思ったりしないのか?しかも、あの上杉の忍びの、体の線が強調されている戦闘服もなんの躊躇も無く着ているし。
「ああ、そう。薬か。便利だな、うん。」
 適当に相槌を打ちつつ、結論が出ない不毛なことを考えるのはよそうと思い、そこらにあった小枝を集め始める。そして、それを使って器用に火を熾すと、馬と戯れていた幸村をおいでおいでと呼び寄せる。素直に近づいてきた幸村は、焚火を囲んで体育座りで、両膝を立てて座った。何故だか切なげな表情で、膝小僧に顎を乗せている。
「ほら、これ食えよ。」
 竹の葉で包んであるものを、幸村の鼻先までズズッと出してきた。
「え?」
「小十郎が作った握り飯。うめえよ。」
「かっ、かたじけないでござる…。」
 おっきな拳大くらいはありそうなそれを、両手で持って、何故か食べずにじっと見つめている幸村に。
「遠慮してんの?いつもは大きな口開けて嬉しそうに齧り付くのに、あんたらしくねえじゃん。」
 そんな政宗は、とっくに食べ終えて、指先についていた米粒を舐っている。
「べ、別に、そんなことは…。」
 ガツガツと食べ始めた幸村を、目を細めて眺めていた政宗だったが、小枝が踏まれた微かな物音に気づき、耳をそばだてる。
 続いて、ガサッと木々が背後で揺れた。
「…幸村。」
「はい?」
「後ろに、何かいる。」
「え?」
 眉根を顰めた政宗は、後ろを振り返らず焚火に目を合わせたまま、隣の幸村に真剣かつ小声で告げる。
「合図したら、あんたは馬まで行って、そのまま遠くへ走れ。」
「そ、そんな。政宗殿は?」
「俺より自分の心配だけしろよ。分かったか?」
「は、はい。」
 2人の間に、息が止まるほどの鋭い緊張が走る。
「行けっ。」
 合図とともに、体を低くした幸村は、素早く馬まで走ってゆく。
 政宗は、臨戦態勢に入りながら、素早く振り返って相手を確認すると。
「え?」
 そこにいたのは、茶色の愛らしい動物。
「なーんだ、鹿かよ、脅かしやがって。」
 刀の柄を握っていた政宗は、一気に張り巡らしていた緊張の糸を解いて、馬まで辿り着いていた幸村に、頭の上で大きく手を振る。
「幸村っ。悪い、早とちりだった。」
「…安心したでござる…。」
 政宗の愛馬を一撫でした幸村は、こちらに戻って来ながら、安堵の笑みを漏らす。
「微かに水音がするから、湖か川が近いんだろうな。」
 逃げ去った鹿の後姿を横目に、政宗が焚火に枝をくべながら、何気なく言った言葉に。
水…と、反応した幸村が、メラメラ燃える炎を目に映したまま、ぼんやりと呟いたと思いきや。
「なら、某、ちょっと…。」
 いきなりすっくと立ち上がった幸村が、どこかへ行こうとする。
「え?」
「すぐに戻ってくるでござる!」
 その突拍子も無い行動に、政宗は動きをワンテンポ遅らせてしまったが。
「おい、俺も一緒に。」
 刀を持って付いて来ようとする政宗に、鋭い声で静止を促す。
「駄目でござるっ!政宗殿は、そこにいて下され。」
「幸村。」
「絶対こっちに来たら、駄目でござるよっ。」
「はあ?」
 その場に取り残された政宗は、何だか解せない感情のまま、木の枝をポキンと折った。
☆☆☆☆
 木々のトンネルを抜け見つけた湖は、清い水を湛えていた。傍まで近づくと、水が透き通っていて、水底まではっきり見える。
「よし…。」
 肩にかけていたマント、続いて、戦闘服をそろそろと脱いでゆく。全て脱ぎ終え、真っ裸になると、長い後ろ髪を頭の上でまとめる。
―――なんか、汗かいたからな…。
「冷たっ…。」爪先をちょんと水面につけると、綺麗な波紋が広がった。
 水の中で蹲ると、腰下まで浸かる。あまりボンキュボンな体を見ないように、注意しながら、冷たい水を肩へぱしゃりとかけた。
「あ…。」
 見たくないのに目に留まったのは、華奢な肩に残る薄い桃色の痣のようなもの。
「こ、これ…。」
 カアアと1人照れながら顔を赤らめる。
―――あの時は、我を忘れて…。
 あの一晩の情事を思い出しただけで体の芯が熱くなってきて、もじもじと幸村は身を捩った。
「来るなって必死で言うから、一体何すんのかと思ったら、水浴びかよ。」
 ビクンと大きく体を揺らして振り返ると、フッと小さく笑みを零しながら、湖のほとりで政宗が立っている。
「まっ、政宗殿っ。」
 ガバッと今度は体ごと振り返った幸村は、顔をカーッと赤らめて、必死で胸を隠そうとしている。たわわに実りすぎた両胸は、掌に納まらず食み出ている。政宗は、袴の裾が濡れるのも厭わず、ばしゃばしゃと水を飛ばしながら、ざぶざぶ入って近づいてくる。
「そ、傍に来ないで下さっ…。」
 幸村は立ち上がって、逃げ腰になるけれど。
「なに、逃げてんの。一応、俺、あんたの恋人なんだけどさ。」
 傍に来てしまうと、力の差がありすぎて抵抗出来ないのをいいことに、政宗は胸を隠そうとしている両手を邪魔っ気にとってしまう。
「あんたの裸なんて、何度も見てるってえの。」
いつまで初心に恥ずかしがってるわけ?と、クスクスと政宗は笑いながら言う。
「あんたんとこの忍びが言うように、まだいっぱいあん時の名残が残ってんな。」
 白い裸体の体中に散らばる薄桃の痣。
「あん時のあんた、すげえ可愛かったぜ。」
 幸村の両手を頭の上で拘束して、その良すぎる声で、耳元に直接ヤラシイ感じで吹き込む。
「はっ、破廉恥なあっ!」
「どっちがだよ。こんな明るいうちから外で素っ裸になってんのは破廉恥じゃねえの?」
 今度は背後に手を回し、くびれた腰辺りを持って、体を隙間無く密着させながら、羞恥心をわざと煽るかのごとく意地悪な感じで告げる。
「そ、そんな…っ。」
「ここ、はっきり残ってんな。」
「んっ!」
 上書きするように、鎖骨あたりにあった過去の情事の跡を、強く吸い上げられて、敏感な幸村は息を大きく飲む。
「こんなやらしい体して、一週間我慢出来たか?1人でやってねえの?」
 まさか、俺以外のやつとはやってねえよな、と、声を低くして問うてくる。
「すっ…するわけ…、ないでござるっ。某、政宗殿だけでござるっ…。」
 呼吸を乱しながら、幸村は政宗の着物の袖口にキュッと縋りつく。
「浮気すんなよ。この体も、心も、あんたの全部、俺のもんだから。」
「政宗殿…。」
 その言葉だけで、心がますます虜になってしまって、トロンと目を夢心地に蕩かす。
「政宗殿も…、浮気しないので?」
 そちらの方が心配な気がする。どこへ行っても女性にモテまくると、聞いたことがある。黙っていても女性の方から寄ってくるのだと。
「するわけねえだろ。俺だって、誓って幸村だけだよ。」
 大好きな政宗にそう言われて、切なくなって胸が疼いて、熱い涙が零れそうになって幸村は下唇を噛む。
「それにあんた、自分が狙われてるって自覚あんのかよ。」
 武器も持たずに全裸で水浴びなんて、どこまでも無防備なんだな、と、ぶつぶつ文句を言いたくなるけれど。
 まあいいか、と、政宗はため息を1つ零して。
「今から、痩せたかどうか、確かめてやるよ。」
「そっ、某、痩せてなど…。」
 食も細くなって、俺が気付かないとでも思ったわけ?と、政宗はぼそりと呟いて。
「あんまり、1人で抱え込んで、悩むんじゃねえよ。」
 幸村を安心させるように優しい声で告げると、ぎゅっとかき抱くみたく、幸村の体を、強く両腕で抱きしめた。
「まあ、悩むなっていうのが無理なほどに、今、あんたの所は大変だと思うけどな。」
 政宗の胸に耳を押し付ける姿勢になっている幸村は、トクントクンと規則的に動いている心音を耳にしながら、夢うつつに瞼を閉じる。
「俺と一緒にいるときは、俺に頼っても良いんだぜ?」
 柔らかな後ろ髪の毛に指を絡めて、くしゃりと優しく撫でる。
「政宗殿…。」
「肩の力抜いて、俺には素のあんたを見せろよ。」
 女体化して頭一つ分縮んでしまっている幸村に合わせるように屈んで、顔を近づける。
「んっ!」
 ツンと上向きにして待っている唇じゃなくて、不意打ちみたく、朱に染まった頬にキスを落とした。
 かーわいいの、と、政宗は耳元で甘く囁いて、温度が高くなっている頬を、ゆるゆると撫でる。
「また俺に、キス、して欲しいの?」
「そ、そんなことっ…言ってなっ…。」
 幸村は、今にも泣きそうに顔を歪めた。
「その顔に書いてあるぜ。口は素直じゃねえのに、体は素直だな。」
 とうとう甘い唾液ごと、震える唇を吸い上げた。
 斜め上から幸村の口内に、舌を深く差し入れる。顔の角度を何度も変えながら、ちゅぱちゅぱ音を立てて、キスを繰り返す。
「ふあ…。」
 唇を離したときには、裸体を桃色に染めて、幸村はうっとりと夢心地になっていた。
「…やべ、もう、止まんねえ。」
「ん…、まさむねどのお…。」
 甘えるみたいに、幸村は両腕で政宗の首元にきゅっと巻き付いてきた。政宗は幸村を抱え上げるみたいに、細い腰を支える。
「幸村、ちょっと立ったままになるけど、良いか?」
「な、何をで…?」
 政宗の言った意味が分からなくて、瞼を閉じたままの幸村はぼんやりと聞いてくる。
「ここで、俺達、愛し合うんだよ。」
 顔を寄せた政宗は、そう甘く囁いて、チュッと幸村の唇にキスを落とした。


[*前へ][次へ#]

17/22ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!