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小説
その16
 幸村は衣装を整え、装備を指さしで確かめると、表情が冴えない佐助に向き直る。
「では、俺は西の方へ行ってくる。佐助、お館様を頼む。」
 言った後、決意を新たに、口を横一文字にぐっと引き締めた幸村に。
「ホント、気を付けてよ。」
 次は毛利だね、と、佐助は幸村の向かう先を確認した。
「あそこは、今、豊臣と同盟を結んでいるから。心してよ。」
 普段の飄々とした感じは払拭して、いつになく真面目すぎる声で言いながら、ほらちゃんとしてよ、と、落ちてきている、ビキニみたいなきわどい感じの戦闘服の肩紐を甲斐甲斐しく上げてあげる。
「豊臣?それが何か問題か?」
「まあ、豊臣が問題なのもあるけれど、その家臣というかね…、まあ、うん。」
 奥歯に何かがはさかったような言い方をして、視線を斜め上にやって、後頭部をぽりぽりかく佐助に。
「佐助?俺にはちゃんと言えないことなのかっ?」目を眇めた幸村は、強く問い質す。
「まあ期限は、多分、あと半年弱だから。それまでに、俺様も呪いが解ける方法を見つける。」
「呪い?期限?」
 佐助が伝言ゲームを1人で始めているみたく、聞いている幸村は、全然意味が分からない。睫毛を瞬かせて単語をオウム返しに復唱しても、佐助は横に視線を流したままで、応えない。
 されど、何か思い直した佐助は、一度、深い深呼吸のごとき溜息を零した後。
「そうだね、あの時分、旦那は幼かったし、もしかしたら記憶が操作されて忘れているかもしれないけれど…。」
「え?」
「もう時期が迫っているから、これ以上、本人に内緒にしておく必要も無いよね。」
 それは、と、佐助が話を切り出そうとしたときに、絶妙なタイミングで、外で城を護っている家来達が一斉に騒ぎ出した。
「もう、なんか外が騒がしいな。警備は何やってんのかなーっと。」
 こっちは大事な話してんのに、と、苛立ちをぶつけるみたく襖を大雑把な動きでガラッと開けると。
すぐ襖の向こうにいた人物と、鉢合わせして、おっと、と、互いに驚いて身じろぐ。すぐさま相手を確認して、佐助は、噛み付かんばかりに声を張り上げた。
「竜の旦那!何しに来たのさ?こっちはマジで超忙しんだけど。あんたにつきあってる暇は無いんだよね。」
 決して口には出さないけれど、今の武田軍にはお館様の病気だけじゃなく、二重三重に問題が降りかかっている。軍内の士気も落ちてきている今、やっかいごとは増やしたくない。
「ま、政宗殿っ!」
「幸村。」
 嫌そうなオーラ全開の佐助はアウトオブ眼中で、奥にいる幸村に、よおという感じであっけらかんな政宗は、視線を遣る。
「おい、またそんなエロイ格好して。今からどこかへ行くつもりだったのか?」
 今日の恰好も、上が水着みたいな大きすぎる胸を強調したもので、下が、女性特有の丸みを帯びた体の線を強調するようなぴっちりとしたレオタード。もはや聞かなくても分かる、またもや佐助がかすがのを拝借したのだろう。
「は、はい。西の毛利殿のところへ向かおうと…。」
 素直に答えてしまう幸村に、ちょっとちょっと!と、眉間に皺を寄せた佐助の漫才ばりの突っ込みが入る。
「この大きな戦が始まろうかという重大な時期に、大将が、あんまり城から出るんじゃねえよ。」
 政宗の物言いに若干ムッとした幸村は、これはお館様直々の命なので、と、鼻息荒く強く言い返し。
「では、政宗殿は?」
 何故、城をほっぽってここにいるのだ。何だか言ってることとやってることが、矛盾しているような、と、口には出さないが、そんなことを言いたげな表情だ。
 ああ、俺?と、政宗は、ここに来るまでの経緯を思い出し、若干疲れた様子を見せながら、返事する。
「俺は、ちょっと敵を追ってたら奥州からここまで来ちまって…。虎のおっさんの容体も気になっていたし、城に寄ってみたんだけどな。」
「敵?そんなまさか…。」
 思い当る節があるのか、表情をサッと曇らせ、考え込むみたく口元に手をやる佐助に。
「多分ビンゴ。ここのすぐそばまで来ていた。今回は一旦引いたみたいだけどな。」
「兵が来ている兆候なんて無かったよ。そんな不穏な動き、俺様が気付かないはずがない。」
 未だ信じられないふうに、佐助は苦々しい表情をして親指を噛む。
「兵は連れてない、1人だ。あんたが気付かないのも無理ないんじゃねえの。」
 政宗は、記憶の中の彼を思い浮かべながら、眉根を顰める。
「あいつ、何を考えてんのか、全く分かんねえ意味不明な行動するよな。単独行動が多いし。なんか、豊臣のためじゃ無くて、今は別の意志を持って、動いてる。」
 政宗は、下唇を指で擦りながら、思いを巡らせる。
本当は知ってる。あいつの意志、どこまでも狙いは幸村だ。それだけのために動いてる。
「あ、あいつ?」
「石田だよ、豊臣の家臣の。京の一件の後、あんたをずっとつけまわしてんの。気付かなかったのか?」
「…いしだ…。」
 ぼんやりと、幸村は口の中で呟く。
―――何か、聞いたことがある名前だ…。
そして、その名前で思い出した、脳の隅っこにある、おぼろげな残像。そうだ、自分は彼を知っている。
 俯き黙りこく幸村に、隣で佐助が重い表情で見つめている。
「幸村、その大事な命とやらで、今から出掛けんだろ?途中まで一緒に行くわ。」
 政宗は、軽い感じでそう告げる。幸村が出掛けんなら、おっさんも当分大丈夫みたいだしな、と、少し安心したように付け足した。
「え?ちょっとちょっとっ!何を勝手に決めてんのさ。」
 反対反対、断固反対!と、両手を大きく振って佐助が横で喚く。
「道すがら同行するだけだろ。」
「違う意味で、あんたが一番危ないんだよ!」
 そう告げて、ビシッと政宗の高い鼻頭を指さした。
「それに、まだあいつがいるかもしれねえぜ。今の危機的状況で幸村を連れ去られるのは、あんたも本望じゃねえだろ?」
 痛いところを突かれて、くっと息を飲んだ佐助は。
「俺様…、数いる敵の中でも、あんただけには、借りなんか作りたくないんだけどね。」
 俺様がついていくのが一番良いんだけど、今人手が絶望的に足りないからな、と、大きくぼやき、おまけに分かりやすく忌々しげにチッと舌打ちをつける。
「なんだよ。協力してやろうっていう相手に、その態度は。」
「なんかあんたの協力には裏がありそうなんだけど。それに、出会った最初に言っただろ。悪いけど俺様、あんたのこと、あんまり好きじゃないんだ。」
 どんだけ嫌いなのか、嫌いのベクトルが振り切りすぎて、逆ににっこりと満面の笑みを浮かべ、佐助は言葉の端々にトゲトゲを作りながら言う。
「それはお互い様だけどな。」
 フンと鼻を鳴らした政宗は、腕を組んでそっぽを向いた。
「それにさー、分かりやすい場所には、つけんなよな。これでも、今はうちの大将なんだから。部下の皆に示しがつかないだろ。」
「ハア?何をだよ。」
 口に出すのは躊躇われたのか、当人なのに蚊帳の外だった幸村の腕を引っ張ると、政宗の前に出して。
「ここ!」
 と、露出多めの衣装のせいで、ますます分かりやすくなっている首筋を指で押さえる。
「えええええ!」
 逆に幸村が飛び上がるくらいに驚いて、真っ赤になって、急いでそこを手で隠してしまった。薄桃のキスマークが、チラッと目に映った。
「帰って来てから1週間も経つのに、つけた本人ぐらいにしぶといんだよね、この痣みたいなの。」
 ギリギリと歯ぎしりしそうな勢いで、佐助は嫌味たっぷりに言い放った。
「あー、わりいわりい。あんときは無我夢中で…配慮が足りなかったな。」
「…胸糞わりいな。」
 毒を吐くように、ドスがかかった低い声で佐助は呟く。
 でも気を取り直して、顔を上げると。
「まあ、正直ぶっちゃけると、今は敵のあんたしか頼るしかないくらい、こちとら切羽詰まってんだよね。」
 仕事も溜まる一方だしな、と、これからのことを思うと頭痛がしてきたのか頭を押さえる。
「旦那も!色ボケしないんだよっ!ちゃんとお館様の望みの品を探してくるんだよ。」
 矛先は自分の主に向いて、八つ当たりするみたく、説教した。
「いろ…ぼけ、とは?」
 そうたどたどしく問いながら目を丸くする天然な幸村に、ここまで子供か、と佐助はガックリと肩を落として、溜息を盛大に零した。一方の政宗は、あんたは知らなくて良いよ、と言いながら、甘やかすように、よしよしと頭を撫で繰り回した。

☆☆☆☆
「ほら、乗れよ。」
 と、颯爽と馬に乗り上げた政宗は、下にいる幸村に、当然のごとく手を差し伸べてきた。
「…あの、某、馬には自分で乗れます上。」
 そうぴしゃりと言って自分の愛馬を連れてこようと馬場へ向かって回れ右をした幸村を、幸村ストップ!と、鋭く静止して。
「それは勿論知ってるけど。何かあったときに、傍にいた方が守りやすいだろ。」
「自分の身ぐらい、自分で守れまする!」
 むむっと口を尖らせた幸村は、肩を怒らせる。
「普段のあんたの凄まじすぎる強さは、勿論俺が一番知ってるさ。俺が唯一認める相手だからな。」
 でも、と、政宗は深刻な表情になって。
「あんた、京都の呉服屋で、石田が近くに来ただけで、おかしくなってただろ?それでも自分の身は守れるって思ってんの?気を付けろよ、過去になにがあったかなんて、俺は知らねえけど。あの狼狽え方は尋常じゃ無かったぜ。」
「あ、あ…。」
 幸村は、口をわなわなと震わせた。
 京都でのあの視線の主が…まさか…、まさか石田、三成、その人だったなんて。
 幸村はその事実に愕然とする。あの熱心な、自分だけを見つめる目を今でも忘れられない。冷たい人形みたいな容姿とは真逆の、まるで焼き尽くすかのごとく熱い、一心に向けられる視線。思い出しただけで、ぞくぞくっと背筋を戦慄させた。
 だーかーら、と、政宗は安心させるように、馬上から、固まってしまった幸村の頭を一撫ですると。
「俺が一緒にいてやるって、言ってんだろ。分かったか?」
「わ、分かり申した…。」
「なら、ほら。」
 おそるおそる出された手を取り、そのまま勢いつけて、幸村の体を馬上まで引き上げる。よいしょ、と、政宗は幸村の体を自分の前へ座らせた。
「それに、俺があんたを傍に置きたいってのもあるし。」
「え?」
 後ろから剥き出しのくびれた腰あたりを撫でるように持たれて、ひわわわっと、素っ頓狂な声を出してしまう。
「まっ、まさむねどのっ!も、もうっ!へっ、変なところ触らないで下されっ!」
「じゃあ、どこ持てって、言うんだよ。」
 目も当てられないような破廉恥な格好してて見んな触んなって言われてもな、と、苦笑するしかない。政宗は幸村の体に直接触れず、ふわりと抱え込むようにして、普段は持たない手綱を掴む。
「とりあえず、西に向かって行けば良いんだよな。」
「されどっ!政宗殿は良いので?戦が近いようでござるし、長きに亘って、城を空けるのは…。」
「何?わざわざ敵の俺んトコ、心配してくれてんの?」
 大将になってもあんたも人が良すぎるよな、と、政宗はふわりと微笑を零して。
「残した小十郎が奥州はきっちり護ってるし、それに、うちの目下最大の敵は、あんたと一緒にいれば、否が応なしに、こちらから向かわなくてもあっちから御出で下さるみたいだしな。」
「そ、そうでござったか…。」
 そうか、徳川と同盟を組んだということは、豊臣とは敵にまわるということ。
「だから今回の件は、俺にとっても一石二鳥なんだよ。」
「そうなので…。」
 幸村は、若干沈んだ声を出す。
―――政宗殿が損得無しに動くわけない…。何を期待したのだろうか。自分のためになんて、自分を護るために同行してくれるなんて、馬鹿げたことを考えてしまった。
 佐助の術で女体化しすぎたせいで、こんな女々しい感情を持つようになってしまったのだろうか。
「でもさ、何だかんだと小十郎を納得させるために理由つけてっけど、一番はあんたのためだぜ。」
 まるで幸村の心の中を読んだみたいに、政宗はそうしっかりと告げた。言いながら、ぎゅっと後ろから抱き閉めるように、政宗は幸村に密着する。
「え?」
 幸村は振り返る。途端、政宗の、零れ落ちそうなくらいに優しい笑顔にぶつかった。幸村、と、酷く甘い声で政宗は幸村に呼びかけて。
「俺さ、何もかも欲しいものは、もれなく手に入れたいんだよ。」
 豆だらけの掌をじっと見つめながら政宗は告げる。
 この手から放したくない。零れ落とさぬようにしっかりと掴んで、ずっとずっと一生、持ち続けたい。
「天下も、好きな相手も、全部欲しい。決して諦めたくない。」
 宣言するみたく言い切った政宗は、幸村の紅潮する頬に羽根みたいに柔らかなキスを1つ落とす。
「あんたのこと、絶対にあいつなんかに渡さねえから。俺が、全身全霊をかけても守る。約束するから、俺を信じろ。」
「ま、政宗殿っ。」
 瞬間、胸が息苦しくなるくらいにキュンと締め付けられた。
 そんなことを言われてこんなにも泣きたくなるくらいに嬉しくなるなんて、とうとうおなごになってしまったと、幸村はバクバクと鼓動を早める心臓を抑えながら、顔を赤らめる。
「ほら、さっさと行くぞ。」
 政宗は幸村の腰に手をまわして、もう片方で手綱を打った。


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