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小説
その14
 少し緊張気味に、学生服姿の幸村は政宗のバイト先のカフェにいた。
 今日はテスト期間中ということで、昼ちょっと過ぎの時間。頭も使ったし、大好きな甘い飲み物とチョコがたっぷりかかったドーナツでお昼にしようかな、とか考えてつつ、美味しそうな食べ物が並ぶ、綺麗に磨かれたガラスケースを横目でちらり。
 変身前で会うのは久々で、とは言っても1週間ぶり位だけれど、なんだかレジ待ちの時もそわそわしてしまう。政宗の追っかけの女の子らしき集団がまたもや自分の前にいるけれど、以前とはちょっと違う変な心境だ。心の隅のどこかに、優越感なる意地悪な感情が生まれてきて、フルフルと頭を振った。
―――まだ信じられない、自分と憧れだった先輩が付き合っている、なんて…。
『なあなあ、幸村お兄ちゃん。今日は変身しないのか。』
 クルクル空中遊泳するみたいに頭の上で浮いていたいつきが、突然話しかけてきた。
「ちょちょっと、いつきちゃん。ここで話すのはちょっと…。」
 それでも無視しないのが、幸村の良い所と言えば良い所。小声でぼそぼそ返事する。
『可愛い恰好して、街にショッピング行こう。変身しようってば。』
「もうっ、しないでござるよっ!今日は…。」
 今度はちょっと煩わしげに突き放す感じで言った幸村に。
「何をしないんだ?」
「うわああ!」
 女の子の集団がいつの間にかいなくなっていて、自分の番になっていた。レジ前で大きな声で独り言を言う幸村に、政宗がちょっと訝しげな表情でこちらを見ている。
 あのっそのっ、と、両手を振りながら狼狽えた幸村が、涙目で後ろ斜め上を見上げても、案の定というか、いつきの姿は忽然と無い。この絶妙なタイミング、もしかしたらわざとやっているのかと勘ぐってしまう。
「いえ、ちょっと…、ああ、もしもし、お母さん、じゃあ後で…。」
 携帯をとって話すふりして、かなり苦しい1人芝居で誤魔化してしまう。あはははと空笑いを見せるけれど、ええ…、と、疑いの表情の政宗は未だ眉根を顰めたままだ。
「…えっと、カフェモカで?」
 されど、ハタと、政宗は自分の仕事を思い出して、レジを見ながら、幸村に問うてくる。
「は、はい。」
 お会計480円になりまーす、と、レジのボタンを押しながら事務的に声を発すると。
「あのさ…、ちょっと、あんたに話があるんだけど、俺、あと1時間で上がるから。」
 スクール鞄に手を突っ込んで財布を探っている幸村に、こそこそと耳打ちしてきた。
「え?お、俺で?は、はあ。」
 話って何だろ、と、幸村は心持ち首を傾げるけれど。
「じゃあ、それまで待ってます…。」
「ん、ごめんな。」
 ホイと渡されたカフェモカに、何故かチョコチップがかかっていて、特別扱いされたのだと気付いた幸村は、両手で受け取りながら、ほんのりと幸せを感じた。

☆☆☆☆
 近くの大きな川までやってきて、河川敷の緑の絨毯に座る。川を埋め立てて出来た近くの広場では、笑顔の子供たちがのびのびと草野球をしていた。
「あの…まず、自己紹介しないといけないよな。俺は、何だか、あんたのこと、一方的に知ってしまってるけど。俺、伊達政宗。」
「俺は、真田、幸村です。そこの桜ヶ丘高校の1年生で…。」
 その制服で分かるよ、と、昼下がりの気候同様、政宗は穏やかな表情で言う。
「いつもカフェに来てくれて、ありがとな。」
 今なら言えると勇気を出した幸村は、ずっと心の中で今か今かと温めていた言葉を、逸る気持ちを抑えつつ告げた。
「お、俺っ、1年前に、助けて貰ったのを、ずっとずっとっ、お礼言いたくて。」
「そう、覚えててくれたんだ。俺も、覚えてた。だから、あんたがカフェに来てくれた時、すぐ分かったよ。ああ、あの子だって。」
「ほ、本当でっ?」
 湧き上がってくる嬉しさを隠しきれず、幸村は春爛漫の満面の笑顔になってしまう。つられて政宗もふわりと和やかな笑顔になった。
「ああ、あんたが来てくれるの、実は、こっそり楽しみにしてたんだぜ。美味しそうに飲んでくれるから、なんか、すごく嬉しかったんだ。」
「お、俺もっ、お小遣いの関係で1週間に1度しか行けなくて、でも、行ける日が凄く楽しみでっ…。」
 嬉しさが込み上げてきて、幸村は高めのテンションになってしまう。気持ちに声の速さがおっつかなくて、上手く滑舌が回らなくて、言葉を噛んでしまっていた。
「そうなんだ、大事な小遣い、使わせてごめんな。今度から言ってくれたら、俺がサービスするからさ。もっと頻繁に来てくれよ。」
「は、はい!」
 もう幸せすぎて、ふわふわと心と体が浮いてしまう錯覚に陥る。
 でも政宗の次の言葉で、その幸せは即座に打ち止めになる。
「でさ、あんた、双子の妹さんがいるだろ。あんたにそっくりで、すっげえ小動物みたいに可愛いの。」
「え?は、はあ…。」
 ピタリと固まった幸村は、若干、トーンダウンしてしまった。
「で、妹に聞いたよ、あんたも甘いものが好きなんだろ。ゆきも甘いもの大好きだよな。前に一緒にケーキ食いに行ったとき、すげえ何個も食ってんの。」
「……そ、そうで、ござるか…。」
 我がことのごとく嬉しそうに、「ゆき」の話をする政宗を見て、もう見ていられなくて、幸村は俯いてしまう。さっきまで信じられないくらいに快晴だった胸の中に、どす黒い雲がかかってくる。心の中が、今にも風にさらわれそうな枝葉のごとく、わざついてきた。
―――こっちの男の自分が本物の自分なのに、本当の自分の方が前からずっと見ていたのにっ。
「で、俺に話って、何でござる?」
 幸村は、らしくない低い声を押し出して、政宗の話をぶった切った。
「え?」
「あの…、ごめんなさい。俺、実は、これから、用事があって…。」
「なら、単刀直入に言うよ。」
 眩しすぎるくらいに青い空を仰ぎ見ていた政宗が、こちらへ振り返って、先ほどまでの声とは段違いな真剣な声で告げてきた。
「俺、あんたの妹さんが、すっげえ好きなんだよ。付き合いたいって思ってる。こんなの気が早いけど、将来は、結婚したい…。それぐらい、好きなんだ。」
「……っっ。」
――――そんなこと、俺に言われても、この俺はどう反応すれば良いのだ。
 何だろう、初めて感じる、この胸苦しさ。生身の心臓を、素手でぐっと握られた気がした。過呼吸になりそうで、ハアハアと幸村は肩で息をする。
――――俺、俺っ…!
 変だ、俺。自分に対して、自分で激しく嫉妬しているなんて。
 女の自分なら、「ゆき」なら、こんなに簡単に、彼に好きになってもらえるのに、男の自分は一生かかっても好きになってもらえない。気持ちに気付いてさえもらえない。
―――俺なんて、先輩を好きになっては駄目だったんだ…。
 そんな事実に、心は粉々に、打ちのめされた。
幸村は、激しい感情をそのままに、血管が腕に浮き出るほどに強く、ぎゅっと鞄の取っ手部分を握り締める。
 そして、1年間限定の儚い魔法が切れた時、残るのは、本当の自分だけだ。秘密というのが条件だから、一生、じぶんが「ゆき」だったなんて、言えるわけがない。
もう心が、脆く二つに引き裂かれそうだ。
「いいんじゃないでござるか?妹も、伊達さんのことが大好きみたいだし、関係無い俺が、口を挟むことじゃ…。」
 じんわりと、目の前の景色が不自然に歪んだ。
 小刻みに震えている自分の両手を自分でしっかり握って、顔を上げられない幸村は、しゃがれた声でとつとつと告げる。平然を装って、ことごとく失敗していた。
「そっか、有難うな。あんたには、言っとかないとって、何だか思ってしまって。」
「俺の、妹のこと、大事に、してあげてください…。」
ああ、そうするつもり、と深く頷いた政宗は、一度深呼吸するように大きく伸びをすると。
「で、さ、あんた自身は、好きな、相手とかいるの?」
 ポリと、頭の後ろをかきながら、言い辛そうに政宗は唐突に切り出した。
「え?」
 突然自分の事をふられて、幸村は長い睫毛を数回瞬かせる。
「あんた自身は、つきあっている相手とか、いるのかなって思って。」
「そんな…、俺…、俺は…。」
 躊躇いがちに視線を横に流して、幸村は言葉を濁す。もう自分はフラれたも同然だから、何も言えるわけがない。そんな即座に否定しない幸村に、政宗は肯定ととって、長めの前髪をかき上げる。
「そ、そうだよな、高校生だったら、恋人とかいて当たり前か。」
 只でさえ打ちのめされている幸村は、その政宗の何気無い一言にカチンと来てしまって、負けず嫌いにも火が点いて、声を懸命に張った。
「まだ、つきあってはないでござるが、俺にだって、好きな人はいるでござるっ。大人で、すっごく優しくて、すっごくカッコ良くて…、俺には勿体無い人で。今度、また、御飯の約束をしていて…。」
「なあ、それって、石田ってやつ?」
 振り返ると、すごく真剣な政宗の顔が近くにあって、幸村はかなり驚いて、ビクッと身じろぐ。
「ええ?」
「この前、あんたがあいつの車に乗ること、偶然見ちまって…、あれから、何か分かんねえけど、すっげえ、それがずっと気になってて…。」
「みっ、見ていたので。」
 そう素早く反応して狼狽する幸村に。
「へえ、やっぱ、そうなんだ。」
 政宗は、幸村の手首あたりをハッシと取って、距離感ゼロにして詰め寄ってきた。
「なあ!あんなやつ、どこがいいんだよ?あんな自己中で、強引で、冷徹非道な…。」
「何も知らないくせに、マネージャーさんの悪口は言わないで下され!」
 頭に血が上って憤慨した幸村は、その取られた手を荒い動きで払い除ける。
「マネージャーさんは、すごく優しくて、良い人でござる!最初の印象だけで、悪口を言わないで下されっ!!そんなの、俺が、絶対、許さないでござるっ。」
 幸村は胸に渦巻く感情のまま、激しく捲し立てた。
「幸村…。」
「それに、俺が、マネージャーさんを好きだろうが、会おうが、先輩には、全く関係無いでござるっっ!」
「馬鹿っ、関係、無くねえよっ!!!」
 瞬間、抱え込まれるみたく、ぎゅっと抱きしめられた。
「俺、何故か分かんねえんだけど、あんたが、あいつと一緒なのが、すっげえ、嫌なんだよっっ!」
「えっ…!」
 その衝動的な勢いで、政宗は口づけていた。
 顎を強い力で割り砕かんばかりに持ち、歯を無理やりこじ開け、舌をそのままねっとりと入れてしまう。逃げる舌を絡め取って、強引に舐め合わせる。
「んんっ、んーっ、んーっ!」
 苦しげに幸村は眉根をひそめ、ドンドン政宗の胸元を叩く。
「っっ!」
 つつっと政宗の口元から血が垂れて、ぐいっと手の甲で拭った。幸村に噛まれた舌が、じんじんと痛みを発している。
「俺と、ゆきを混同しないでくだされ!」
 素早く立ち上がって、拳を強く握って、幸村は声を絞り出す。
「俺は、俺はっ!妹じゃないっ!!」
「幸村っ。」
 とうとう泣き出して、幸村は政宗の伸ばされた手を振り切って駆け出していた。
 その姿を呆然と見送った政宗は、ちっ、と、一度舌打ちすると、頭を抱える。
―――何だよ、これ…。俺、一体何がしたいんだよ…。
 自分自身の感情も収拾がつかなくて、やりきれない気持ちを、手持無沙汰に抱えたまま、政宗は、深く深く地面に溜息を零した。

☆☆☆☆
今にも胸が張り裂けそうになって、子供みたいに泣きじゃくる幸村は、ハンカチを取り出そうとズボンのポケットに手を入れる。すると、突っ込んだ指先に何かの紙がカサリと触れた。
「これは…。」
 スンと鼻を鳴らしながら紙を開いてみると、三成の私用携帯が書かれたメモだった。
「ま、マネージャーさんっ…。」
 またもや激しい感情がぶり返してくる。拳で何度も涙を拭うけれど、拭っても拭っても、先回りするように涙が溢れる。
ふらふらとおぼつかない足取りで公衆電話にくると、握ったメモに書かれている番号を、震える指先でボタンをプッシュする。
―――マネージャーさん…マネージャーさんっ!
何だか、無性に声が聴きたくなった。あの穏やかな、自分に向けられる笑顔に会いたくなった。こんなの身勝手で、狡い行為だと分かっていても、止められなかった。
 呼び出しのコールが鳴って、ドキドキと心臓が高鳴った幸村は、息を詰まらせる。
「はい、石田ですけど。」
 コール三回目で、電話は繋がった。
「あ、あの…俺…。」
 電話をかけたものの、なんて切り出したらいいか分からなくて、幸村は受話器を持ったまま、まごまごしてしまう。
「も、もしかして、幸村?」
 三成の声が、分かりやすく嬉しげなものに変わる。
「は、はい。あの…。」
「有難う、電話くれて、すごく嬉しいよ。ちょうど今日珍しくオフで…。」
「俺…っ、俺…っ。」
 その耳がくすぐったいくらいの優しい声に、堰が切れたように、また涙の大粒が我先にと激しく流れ出してくる。
 電話の向こうの幸村の様子がおかしいのに気づいて、三成は心配げな声を出す。
「幸村、今、どこにいるんだ?」
 え、と、幸村は涙で濡れた睫毛を、フルッと震わせた。
「今から、迎えに行くよ。」
 電話の向こうで、安心させるように強く、でも酷く優しく三成は告げる。
「で、でも、そこからだと、遠いかもしれないでござる…。」
「私なら構わない、君のいる場所なら、どこでだって行くから。」
 強く言い利かすように、三成に言われて、幸村は小さくしゃくり上げた。
「マネージャーさん…。」


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