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小説
その4
 ピンポーンと、インターフォンが鳴った気がした。
「んん?」
 もぞもぞと掛布団から這い出て、枕元に置いてあった携帯を、コンタクトを入れてない裸眼で懸命に目を眇めて確認したら、すでに0時半を回っている。
 なんだ気のせいか、と、政宗は布団の中にもぐりこむ。
 ピンポーンと、もう一度鳴った。何だか申しなさげに、音は部屋に反響する。
「ええ、こんな時間に何だ…。」
 1人暮らしだとこんな時に心細くなる。普段は思い出さない田舎の両親が恋しくなったりするのだ。そもそも玄関近くは薄暗くて何だか怖いし、無視しようかな、とか思ったけれど、何かの虫の知らせというか、大六感というか、自分にインターフォンに出ろと、見えない何かが指示してくる。
「はい、どちらさま…。」
 黒縁眼鏡をかけて、ゴクンと息を一度飲んで、若干腰引け気味にインターフォンに出ると。
『あのっ夜分遅くっ…。』
 え?この声、この声ってっ。
 政宗は、一気に眠気と不安感を吹っ飛ばした。
「せ、先生!ど、どうしたんですか?こんな夜中にっ!」
 そのままインターフォンを通り抜けそうな勢いで捲し立てる。
『鍵を学校に置いてきてしまい、家に入れなくて…、本当にごめんなさいっっ。』
 その一触即発の、今にも泣き出しそうな声。
「わ、分かりました。ちょっと、玄関開けますね。」
 気が逸る政宗は、下の階の人への配慮も忘れ、廊下をパタパタと駆け足で急ぐ。寝癖の頭を気にやる暇も無いまま、玄関ドアを壊しそうに激しい音を立てて開けた。
「こ、こんばんは…。」
「どうもこんばんは、先生。どうぞ。」
 ハアハアとこの短い距離で荒く肩で息をしながら、政宗は、見るからに耳が垂れた子犬のごとく項垂れる幸村を、いたわるように背中に手を添えながら、部屋に招き入れた。
 そして、ソファに座らせて、とりあえず事情を聴く。
「勤務草々、仕事が片付かなくて終電近くなってしまったんでござるが、学校に鍵を忘れたのを、ここについて思い出して…、財布にお金も千円しか入っていなくてどこかに泊まるわけにもいかず、管理会社の電話番号も分からないため、途方に暮れて…、もう迷惑承知で、お隣さんに聞くしか無いかなと…、本当にごめんなさい!こんな夜中にっ。管理会社の電話番号教えて貰えたら、すぐ出て行くのでっ。」
 焦り気味に、錯乱手前の幸村は涙を目の端に滲ませ、早口で一気にしゃべる。
「あの、管理会社に電話しても、ここに来てくれるの、多分、1時間後とかになりますよ。」
 ごくんと、密かに幸村は息を飲んだ。この寒空の下、スーツ一枚の薄着で待つことを想像したらしい。
そこまで聞き終えた政宗は、少し緊張気味に、先生、と呼びかけて。
「あの、よ、よかったら、うちに泊まって行ってもらったら…。」
 最初から考えていたソレを、さも今思いついたように告げる。
「え?そんなの、ますます迷惑かかるでござるし…。」
「いえ、そんな迷惑なんてっ!」
 俺にとっては、万々歳だし。こんなラッキーな、棚から牡丹餅なこと、めったにないし。
「それに、明日は学校休みだから、ゆっくりしてもらったら…。」
俺もすっげえ嬉しい、とまでは言えず、そこで口を噤む。出来れば明日だけとも言わず、ずっとずっといてもらっても良いんだけど、もう部屋引き払って、同棲したい気分なんだけど。
「俺、先生をほっとくなんて、出来ないですよ。」
 優等生の言葉と、爽やかな微笑を付け加えて、なんとか隠れた下心を掻き消す。
「…じゃあ、お言葉に甘えて。」
 やっと絆されたのか、幸村も、仄かな笑顔で頷いた。
「じゃあ、先生。」
 黒縁眼鏡を押し上げた政宗は、言うが早いか、幸村の気が変わらないうちにと、クローゼットの中をごそごそして。
「えっと、これ、着替え。良かったらシャワー浴びてきてください。」
「ど、どうも。」
 恐縮気味に着替えを受け取ると、部屋のつくりが同じで説明不要な浴室へ向かう。
 そのスーツ姿の背中を見送りながら、やったと小さくガッツポーズをしてしまった。


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