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小説
その3
 三成は、朝一が期限の書類があったために、まだ朝靄が学校周辺を包み込む早朝、生徒会室の前までやって来た。
「…鍵が、空いてる?」
 カチャ、と、ドアノブをまわして、その軽さに目を瞬かせる。そっと窺うように戸を開けて、中へ一歩踏み入れると。
「…っ。」
 机に突っ伏している人影に気付き、一瞬驚いて息を飲んでしまった。制服じゃ無くて、細い縦ストライプが入ったダークスーツ。
―――これは、新任の先生?
「それに寝てるし…。」
 朝日を浴びて、気持ち良さげにすやすやと寝ている幸村は、口の端から涎をくっていた。
 その周りには生徒会の書類が山積みされている。どうやら、生徒会の仕事を勉強しようとして、眠気に負けてしまったらしい。
「…寝汚いな。」
 フンと、鼻で嘲るみたく笑うと、神経質に眼鏡の真ん中を上げつつ、そう呟いた。そして、脱いだコートを、綺麗に整えてハンガーにかけ終えると、定位置の席につく。
 手際よく、書類と文房具をセットして、書類作成に取り掛かろうとして。
―――こんな新任の教師に、生徒会顧問なんて務まるんだろうか。煩わしいことに巻き込まれなければ良いけど。
 横目で、未だ夢の中の教師を見遣りながら、ぶつぶつと1人ごちる。
 癖なのか、考え事をしながら、シャーペンのお尻部分をコツンコツンと下唇に当てていた。
「んん…もうたべられないのでえ…っ。」
「は?」
 三成は思わず声を出して、声の主へ体ごと振り返った。彼は数秒前と同じ状況で、まだ寝入っている。
「ね、寝言か?」
 思わず、しばらくじっと見入ってしまって。
 いけないいけない、そんな暇は無いんだ、と、仕事を始めようと、資料を開けるけれど、気になって、そちらに視線を送ってしまう。
 本当に22歳なのかと見紛うほどに、幼げな顔。長い睫毛に、どんな良い夢を見ているのか、朗らかな笑みを湛える口元。
 よくよく見ると、家康や慶次の言うとおりに可愛い。あそこでは意地でも賛同したくなかったけど。
 昔飼っていた柴犬を思い出してしまって、三成は眼鏡の奥で、目を細めた。
 「んん…。」
 幸村は身じろぐ。先ほどから髪の毛が顔にかかって痒そうだ。
 三成は息を詰めて傍に寄ると、そっと髪を指先ではらってやる。その手に触れた髪の毛が柔らかくて、そこはかとなくシャンプーの良い匂いがして、思わずドキンッと心臓が高鳴る。
「んー。」
 むずるその声に、ビクンッと、手を伸ばした状態のまま、後ろめたい行為をしてしまったのごとく、三成は緊張に固まった。最近の中で一番の緊張だった。
「…仕事、仕事…。」
 席に戻った三成は、自分に言い利かすように念じて、懸命に書類にシャーペンを走らせる。カチコチと掛け時計の時を刻む音と、そのカリカリと物書きの音だけが聞こえる
 その5分後、フウと息を吐いた三成は、トントンと書類の束を机に当てて整えた。
「出来たな。」
 朝一番に、なんだかすごく疲れた気がする。
出来た資料を脇に抱え、職員室へ届けるために、廊下へ出てゆこうとドアまで行きかけて。
「…フン。」
 スタスタとドアとは逆方、窓際へ行くとそこに掛けてあった自分の学校指定のコートをとって、そっと寝ている幸村の肩にかけ。そして、今度こそドアへ向かう。
 これは顧問に休まれたら面倒だからだ、とか、風邪ひかれたら何だか夢見が悪いとか、懸命に自分に対して理由を述べた三成だったが。
 そして、まだ気持ち良さげに眠る幸村に、薄く微笑みを零し、出来うる限りの最小の音をカタンと立ててドアを閉めると、部屋から出て行った。
 それから、数分後。
 入れ替わりみたいに、佐助が生徒会室へ入ってきた。
「もうっ、どこに行ったのかと思ったら。」
 風邪ひきますよーと、苦笑しながら、幸村の肩をトントンと叩く。
「んん…。」
 幸村は目をごしごしと擦りながら、寝ぼけ眼できょろきょろと辺りを見回す。
 なんだか、凄く良い夢を見た気がする。
「真田セーンセ、ここで何寝てんの?」
 クスクスと佐助は笑いを零す。
「いや、ここの日向が温かくて。」
 思わず寝入ってしまいました、と、幸村はにこやかに笑う。そして、顔を上げた途端、肩からずり落ちたコートに気付いた幸村は。
「あ、猿飛センセ、コートありがとうございます。」
「…それ…。」
 学校指定の紺のコート。それは生徒会の誰かだろうと、自然に言いそうになって。
「……、いや、どういたしまして。着任早々、風邪ひかれたら困るからね。」
 と、満面の笑みで返事した。
「ほらほら、それに口元、汚れてるよ。今日は入学式なんだから。」
と、佐助は、幸村の口元を甲斐甲斐しく自分のハンカチで拭ってやりながら告げる。
「あっ、ありがとうございます。」
 そのされるがままの幸村に、佐助は心の中で思う。
―――こんな警戒心の無い人は、ホント目が離せないな。
 抜け駆けは禁止だから、と、佐助はコートの主に言外で忠告すると、そのコートを畳んで机の上に置く。
「じゃあ、行こうか。」
「は、はい。」
 と、立ち上りながら返事した幸村に、それ、と、彼の鼻頭を指先でツンと押して。
「あ、俺様、敬語ってどうも苦手なの。年も2つしか違わないんだし、ため口で良いよ。」
「あ、は、はい…。じゃなくて、うん。」
 幸村は、口から滑り出た返事を慌てて言い直す。
「仲良くしようよ、ね?幸村センセ。」
 と、素直な反応の幸村に、クスっと顔を崩して、親しみを込めて名前を呼ぶと、レッツらゴーと、佐助は自然に幸村の肩を抱いて部屋から出て行った。


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あきゅろす。
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