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小説
その3
 そんな広くない真冬の脱衣所で、男2人で肩を寄せ合った状態で、息を潜めて服を脱いでいると、幸村は何とも言えなく恥ずかしくなってくる。スーツの上着を脱いだ時点で、完全に動きが止まってしまった。
「幸村?何してる?」
 じっと立ち尽くす幸村へ、少し咎めるみたいに、ネクタイを慣れた手さばきで解きながら三成は視線を送る。
「あ、あの…ちょっと、やっぱりこれは恥ずかしい、かも…。」
 バッと素早く風を切って、三成に対し背を向けた幸村は、肩を猫みたいに丸め、声を上ずらせて訴える。
「じゃあ、脱がせてやる。」
「ええっ、そういうわけじゃなくて…、うううっ。」
 幸村の肩を引いて向かい合った三成は少し屈むと、甲斐甲斐しく幸村のワイシャツのボタンを上から順番に外してゆく。幸村はされるがまま、注射を待つ子供みたいに、息を止めた状態でじっとしていた。
「スーツの上下は、ハンガーにかけておかないと、しわになるぞ。」
 そう声をかけて、三成は自分も素早く上半身裸になると、眼鏡をそっとカゴに置いた。気付くと、顔を赤らめた幸村は、魂が抜けたように、ぽけーっと三成を見続けている。
「おい、幸村、どうしたんだ?」
 幸村の熱心な視線を感じて、振り返った三成は、ん?と心持ち首を傾げる。
「先輩が眼鏡を外したところ、初めて見た、と思って。」
「え?何か、変か、な?」
 ちょっと不安になった三成は微妙な表情で聞いてくる。視力が悪いためか、必要以上にくっついて顔を覗き込んでくる。そんな三成に、近い近い!と、心の中で叫びながら。
「いえ、あの…その、かっこいいです…。」
 そう、囁くぐらいの音量で答えた幸村の声は、恥ずかしくて語尾が消え入りそうになる。
「そうか…、それは、ありがとう。」
 こういう場合、なんて返したら良いのか分からず、こちらも照れ臭そうに後頭部をかくしかない。そして、照れ隠しにコホンと咳を1つ零すと、浴室の扉を思い切り開いて、そこへ未だ躊躇っている幸村を押し込む。
「じゃあ、体、洗うぞ。」
 ここに座れと両肩を上から押されて、幸村は、わたわたと、もたつきながらも、三成の前へ背を向けてちょこんとしゃがんで体育座りになる。まだ室内暖房が効いていないのか、ぺったりと尻がついたタイルが、思いの外冷たくて、ひやっと声を上げた幸村は、ビックリしすぎて蛙みたいに飛び跳ねた。
 さっきの、体を洗う宣言は本気だったみたく、三成は幸村を後ろから抱き閉める姿勢をとると、柑橘系の香りがする、生クリームみたいに角が立った泡を、もこもこと纏った手で、緩やかに幸村の肌を撫でてゆく。筋肉の筋、脇の下も見落としなく、幸村の体を丁寧に泡だらけにしていった。
「ひやっ…、あの、あのっ…せんぱっ…。」
 敏感に肌が栗立って、くすぐったすぎて、声が裏返る。
「何?どうした?」
 三成の声が若干笑いを含んでいる。
―――絶対分かってて、しれっと、やってる!
 幸村は涙目になって、くんんっっ!と、大きく息を吸い込む。
 手が円を描きながら、下腹部へそろそろと降りて行き、とうとう、その自己主張激しく大きくなってきている股間まで辿り着きそうになって。
「あっあの、そそそ、そこは俺っ、自分でっ…。」
「え?」
「そんなとこっ、先輩に触られたら、俺…、おれっっ!ひああっ!」
 もう駄目ぇ、と、幸村は目元を真っ赤にして、声を上ずらせながら訴える。
「触られたら、一体、どうなるんだ?」
 三成は綺麗な顔を崩して、若干のサディスティックを滲ませて、クスッと、小さく笑いを零す。ふうと耳の裏に生温かい息を吹きかけながら、腰に直結するような甘く良い声で、耳元で直接囁いてくる。
「どうなるの?幸村、言ってみて。」
 耳裏がぞわっとなって、幸村は今にも泣きそうに、ひくっとしゃくりあげる。
「大丈夫みたいだし、ここも洗うな。」
 わざとらしく見せつけるような動作で、三成の綺麗で長い指が絡む。それをまざまざと目に映してしまっただけで、腹部に血が集まって来て、幸村は三成の掌の中のそれを、一回り、二回り、大きくしてしまう。
「ふあっ、ああっ、もお…せんぱいってばぁ…っ、あっっ!」
 その幸村の、可愛すぎる喘ぎ声も、くびれた腰をくねらせるいやらしい体も、全部たまらない、と言うふうに、三成は、ペロッと舌を出して舌なめずりをした。
 前を泡まみれで嬲りながら、同時進行で、後ろの薄い双丘を、その弾力を楽しむようにもみもみと揉んでいた指が、尾てい骨をそろそろとなぞって。
「ここも、丁寧に洗っとかないとな。」
「ふえ?」
 にゅるりと、指が滑りを伴って、双丘の奥に入ってきた。ずぶっと第二関節まで深く埋め込まれて、ひああっ、と幸村は体を震わせて、顔の前で握った両手に、ぎゅっと力を込める。三成の手から逃げるかのごとく、腰を浮かせ両膝をタイルに突いた幸村は、逆にお尻を突き出す、破廉恥な姿勢になってしまっている。
「あっ…ああっ!なんか…そこお…んんっ!」
 ぐちゅっぐちゅっと熱い中を指で掻き混ぜられて、たまらず幸村は10本の指で爪を立てるように、床のタイルに両手を置いた。
「はあっ…やんんっ!もお…せんぱ…ゆるしてっ…ふあ!」
「後ろ、前に触った時、気持ち良かっただろ?」
「やらっ…やらあ、ってっ、せんぱ…あふっ…ああっ!」
 体中を見るからに真っ赤に火照らせ、小刻みに震わせて、幸村はたまらず、赤ちゃんがはいはいするように逃げようとする。そんな幸村の腰を簡単に引き戻すと、股間を更に強くしごいて、高みに昇らせてゆく。
「ひあっ!やんっっ!ふああ…、ふあっ!」
 きつく閉じられた目から、じわりと生理的な温かい涙が溢れる。
「幸村、こっち向いて。可愛い顔、じっくり見たいから。」
 中に指をずっぷりと埋め込まれた状態で、体を反転されて、その刺激にさえ感じてしまった幸村は、ふるふるっと身震いする。
「やあっ!あっ…もおっそこお…、んっ…らめっ、ああっ!」
「気持ち良いか?」
「あっ!んんっ…せんぱっ…あっ…。」
 幸村はコクコクと小さく何度も頷く。
 三成は、自分は壁のタイルに背中を預けた状態で、体の力がぐにゃりと抜けてきている幸村を膝に座らせる形で抱き上げた。そして、涙やら唾液やらでぐしゃぐしゃのその顔に、唇を寄せる。口の端から垂れた涎も全て丁寧に舐め取って、そのまま幸村の口の中へ熱い舌を滑り込ませる。
「ふああ…、んんっ…ふっ…。」
 高熱に浮かされた表情で、水分多めに潤んでいる両目で、こちらをじっと見つめながら。
「せんぱ…いっ、もっと…キス…して…、あんっ!」
 もっともっと、と強請ってくる幸村に、辛抱堪らなくなる。
「幸村、可愛すぎるっ…。」
 ちゅくちゅくっとお互いの舌が何度も絡まって、口の隙間から水音が漏れる。
 その間も、三成は、幸村の後ろを指で愛撫し続けていた。
「こ、声が…、やあ…、あっっ!」
「声?」
 浴室に、先ほどから喘ぎっぱなしの、女の子みたいな自分の声が反響して、鼓膜を犯している。信じられないくらい嬌声は甘ったるく、自分だけが欲望に翻弄されて、はしたなく感じ切っていて、もう聞いていられない。幸村は、それを遮るかのごとく、首を横にぶんぶんと振る。
「こえが、はずかし…ので…っ。」
「可愛いよ、幸村の声、もっと聞かせて。」
 幸村の背中に左手をまわして支えると、背を反らして胸をこちらに突き出す形になった。目の前にある可愛い乳首を口に含んで、ちゅっときつく吸い上げた。
「やああっ!あっ!ふあ…、むねは…、くっ、んん…ああっ…。」
 感じる乳首を愛撫されて、甘い声がより大きく出てしまう。
「でも、乳首、気持ち良いんだろ。ほら、幸村自身が、大きくなったし。」
 三成の言うとおり、三成の手の中にあるそれは、一段と質量を増してきた。
 嫌がって見せる幸村をもっともっと感じさせて乱れさせようと、尖らせた舌先で、こりこりに立ち上った乳首をくすぐるように刺激する。同時に指は、内部のひだを伸ばすように、緩やかに蠢いている。
「も、そこお…やあ!やらあっ…。」
 腰を甘辛く支配する熱に、とろんと目を虚ろにして、涙目になった幸村は、んんと、小さく息と共に口の中に溜まった唾液を飲み込む。
 指が体の奥、ソコに触れた時、幸村の体が感電したみたいに、ビクンっと跳ねた。
「ひあああっっ!!」
 いっそう甲高い声を上げて、細い腰をひくひくと波打たせる。
「ここか、幸村がイイ部分は…。」
「はああんっ!!もおっ、これいじょう、はっ、あっ!あっ、んあっ!おれっ、へんにっ、やらあ!!」
 ソコに指が当たるように、無意識に、腰がはしたなくガクガクと上下に動く。
「や、あんっ!ああっ、ふあっ、ああんっっ!も、だめえっ…。」
 切羽詰まった幸村は、息を上げ、泣き声に近い嬌声を出しながら、三成の首へ両手できつくすがりついた。
「もう、いきそうか?」
 三成は幸村の柔らかい耳たぶに舌を這わせながら、ねっとりと聞いてくる。コクコクと幸村は何度も頷き、眉根をハノ字にして、懇願する。
「せんぱいっ…おねがっ…やらあ…あん!ひあっっ!」
 三成は、幸村の呼吸まで奪うみたいに、深く深く口づけた。
「んんーーっ!!」
 涙目の幸村は、三成の舌へ懸命に自分の舌を絡ませながら、ふるふると数回身震いして、自分の欲望を、三成と自分の腹の間に吐き出した。
 自分の腕の中でがっくりと脱力した幸村のその背を、よしよしと宥めるみたく、さする。
「気持ち良かったか?」
 三成は優しく甘やかす感じで言いながら、シャワーヘッドを器用に動かして幸村の体に残る泡を、甲斐甲斐しく洗い流してゆく。
「…なんだか、俺ばっかりで…、俺にもさせて下さい。」
 俯いた幸村はもじもじと躊躇いつつも、タオルで隠れている三成のそこに手を触れようとする。けれど、駄目だって、と、穏やかに拒絶するみたく、三成に手に手を重ねられた。
「私はいいよ。後でじっくりしてもらうから。それより、風邪をひくから、中で温まろう。」
 そうこうしている内に、お湯張りが終わり、湯船は湯気立ち昇るお湯で満タンになっていた。ゆったりとお風呂に浸かり、三成は、ふはあと、思わず腹の底ぐらいから気持ち良さげに声が出る。鼻歌でも出てしまいそうな勢いだ。おじさんみたいだが、寒い冬には、湯船に浸かるのが幸せの極みみたいになってしまっている。ちゃぷちゃぷと幸村は水遊びのごとく両手で水面を揺らしながら、恥ずかしそうに告げる。
「先輩の肌、すごく白くて綺麗でござるな…。」
「私は、幸村の健康的な色の方が好きだけど…色が白すぎて、よく人形みたいだとからかわれていたし。」
「俺は…綺麗な先輩の肌が、す、好きでござる…。」
「そうか、幸村がそう言ってくれるなら、悪くないな。」
 いつもセットしてある前髪が、湯気で少し崩れている。目に当たるそれを邪魔っ気にかき上げながら、三成は和やかな雰囲気で笑顔を零す。
「あの…先輩…聞いても良いでござるか?」
「何だ?改まって。」
 風邪ひくぞ、と、三成は、幸村の湯に浸かっていない肩へお湯をかける。
「先輩は…、彼女とか勿論、いたんですよね…。」
 まごまごとした様子の幸村は、舌足らずな感じで問うた。三成に肩を委ねる姿勢のため、顔が三成から見えなくて良かったと、幸村は心底思った。きっと、馬鹿みたいに気弱な表情になっていると、自分でも分かるからだ。
 勿論って…と、三成は一瞬言葉を濁したが。
「嘘ついてもしょうがないから言うが…、高校生の時、大学生の時と、つい1年前までいたが。」
「そっ、そうで、ござるか…。」
 背中だけで分かる。見るからにしゅんとして、子犬みたいに耳が合ったら垂れてしまった幸村に、薄く苦笑した三成は言葉を追加する。
「告白されて、相手を別に嫌いじゃ無かったから、つきあってみた…。つきあうということに、少しだけ興味があったし。でも、今考えてみると、本当に相手には悪いのだが、恋人のことを、本気で好きでは無かったのかも。」
「ええっ?」
 三成は、幸村を背中から包み込むようにふわりと抱き閉める。泣きそうな幸村はその腕にきゅっと縋った。
「今、こうやって、幸村のことを好きになって、あまりにその時と感情が違いすぎるから。自分からこんなにも、誰かのことを、大事にしたいとか、一緒にいたいとか、思ったこと無かったんだ…。」
「先輩…。」
「だから、今が一番、幸せだと思う。幸村のことを好きすぎて、辛くなったりするけど。」
「先輩…、俺も…。」
「こっち向いて、幸村。」
 一瞬躊躇った幸村だったが、ズズッと鼻をすすりながら、目元を赤くして、ゆっくりと振り返る。
「なんだ、泣いてるのか、もう、可愛いすぎるな。」
 フフと、小さく微笑んだ三成は、幸村の眼の端を親指で優しく拭う。
「じゃあ、幸村はどうなんだ?私としては、そっちの方が気になるけど…。」
「俺は…ずっと男子校だったんで…女性と知り合うことも無くて…。」
「そうか…。」
 穏やかにそう呟くと、三成は、何だか胸がいっぱいになって、裸の幸村をぎゅっと腕の中に抱きしめる。
「せ、せんぱい…あのっあのっ、この体制はぁっ…。」
 そのまま耳を、三成の痩せているように見えて、実際は細マッチョな胸に押し当てる姿勢になってしまって、幸村は激しく狼狽える。
「良かった、幸村と出会えて。出会えなければ、私は、一生、人を好きになることがどういうものか、分からなかったかもしれない。実は、私は、幸村が入社して初めて見かけた時から、すごく気になっていたんだ。」
「ええ?」
 幸村は大きな瞳を何度も瞬かせる。
「いつか声かけようと思っていたのだが、勇気が出なくて、半年以上も経ってしまった。自分達は男同士だし、気味悪がられたら、一生立ち直れないと思って。孫市とは同期なのだが、孫市に先に気付かれて尻を叩かれて促されなかったら、幸村と話すことも出来なかったのかも…。」
 だから、あいつにはとても感謝しないとな、と、言いながら三成は、幸村の後頭部を繊細な手つきで撫でている。
「俺…、すごく嬉しいっ、ので…。俺も、すごく先輩を好きでござる…っ。」
 幸村は、とうとう泣き声になってしゃくりあげながら、ぎゅうと自分からも三成の首元に抱きついた。
「私も、大好きだよ、幸村。誰よりも、愛してるから。」
 その切なく疼き、心を締め付ける泣き顔も、拙くても伝わってくる彼の精一杯の愛情も、全て受け入れるかのごとく、三成は幸村の唇を包み込むように唇を重ね合わせた。



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