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小説
その2
「って、なんなんだよ、お前ら。」
 苦虫を噛むような苦々しい顔で、元親は鞄を肩に担ぎ直し、肩を怒らせ近づいて来る。
「・・・何がだ。」そんな彼に、三成が低くぼそりと零す。
 自分に一番近しい先輩に逢引場面を見られた恥ずかしさから、幸村は顔を耳まで真っ赤にして三成の腕の中で身をよじるけれど、逆にそれ以上の馬鹿力でぎゅうぎゅう包まれてしまう。
「石田、お前ッ。孫市とつきあってるんじゃなかったのかっ。」
 涼しい表情の三成の顔の中心を指差して、元親は喚くように言った。
「・・・だから、なんで、私が孫市とつきあわなくてはならないんだ?」
 これを言ったの二度目だぞ、とぼやいた三成はふうと足元に疲れきった溜息をつく。
「じゃあ何で、あんな親しげにッ。」
 そこでピーという軽めの電子音が突然割り込むように鳴って、幸村はビクッと身体を振るわせ、そちらへ顔だけで振り返った。そこでは、FAXの口からベロリと白い紙が吐き出されていた。
 その様子を、動きを止めて見ていた元親は、その気が抜ける音で、今現在自分たちは会社の中だったことを思い出し我に帰る。そして、くしゃくしゃと自らの前髪を掻き混ぜ、自分を落ち着かせようと、あーとかうーとか声を出す。
「ここで立ち話もなんだから、俺の家に2人とも来い。」
 ちゃんと説明してもらうぞ。
 腕組みをして、苛立たしげに片方の足を鳴らしながら、鼻息荒く元親は告げる。
「何故だ?何でお前の家にわざわざ出向いてやらないといけない。」
 その問答無用の口調に、三成は不快感を露に、神経質に眉間へとしわを寄せた。
「幸村は俺の大事な後輩だ。てめえなんかにやってたまっかってえの。」
「真田は私の恋人だ。お前にとやかく言われる筋合いは無い。」
 恋人、そうはっきり言い切った三成の顔を見上げて、幸村は心臓がキュッと一回りほど締まる思いがした。
 こんな状態でこんな事思うのは不謹慎なのだが、その一言が嬉しくて堪らなくて、胸のドキドキが堪らなくて、幸村は三成のシャツを握ると、密かに擦り寄った。
「てめえ・・・。」
「・・・貴様・・・ッ。」
 一触即発の険悪な雰囲気が辺りを充満して。
「じゃねえと今日見たこと、会社で皆に話しまくるぞっ、いいのかよっ。」
 とうとう、元親はフロア中に響き渡る声で、啖呵を切った。
「いい。」「良くないっっ。」
今まで空気のごとく黙っていた幸村は、三成の言葉にかぶせ大きな声を張り上げた。
「真田、私ではいやなのか?」
 三成はショックさを声色に滲ませて、すぐ傍の幸村の顔を覗き込んだ。
「ちがっ、石田先輩が嫌とかそういう意味じゃなくて、す、好きでもッ、会社で面白おかしく噂されるのは、これからの仕事に支障が・・・。」
 焦った幸村はうろたえながらも、どうにか言葉を発して、三成を懸命に説得しようとする。
「それは、確かに、そうだが・・・。」
 そんな必死な幸村に、三成の口調は尻すぼみになってきた。
「お前、大好きな幸村が皆から奇異の目で見られて良いのかよ。」
「・・・・・・。」まだ何か言いたげの三成を尻目に、元親はしてやったりと笑い、ビジネス鞄をまた肩にかけ直し颯爽と踵を返す。
「じゃあ、決まりだな。俺について来いっ。」
 しぶしぶと三成は幸村からそっと身体を離すと、帰り支度を始めた。 


そして、会社から出るときにも、三成は、長めの黒のトレンチコートに紛れさせ、幸村の手に触れると、ぎゅっと繋いできた。その不器用ながらも、はっきりとした愛情表現に、幸村はどこかこそばゆくて、そして、顔が緩んでしまうほど嬉しかったのだ。

★★★★

通勤に時間を割くより朝は寝ていたい主義の元親の住むマンションは、会社からさほど離れておらず、歩いて数分だった。幸村は過去に何度か訪れたことのある先輩の家の敷居を跨ぎながら、きょろきょろとその1DK+ロフトの城を眺めた。以前と変わりなく、独身男性の家らしく、モノが程よく散らかっていて何だか安心してしまう。
「さあて、飲もうぜ。」
 元親はコンビニ袋からガサゴソと摩擦音を立てつつ、ガラステーブルへ何個も何個も缶ビールを置いてゆく。いつしかそこは隙間なくビールで埋め尽くされてしまった。
「なんでそんな話になっている。」
 コートを脱ぎながら、三成は呆れを滲ませ、整然と並んだビールの缶を見遣った。
「いいから、いいから。幸村も、好きなの取れよ。」
 ほら座れってって。
 立ち尽くしたままだった三成の腕を引っ張って自分の横に座るように促しながら、無理やりその手にもビールを握らせると、早速、かんぱーいと宴会を始める音頭をとる。帰り際コンビニで仕入れてきたツマミをあてに、ビールを瞬く間に空にしてゆく元親を幸村は、呆れ半分尊敬半分で眺めていた。
 そして気持ち良く体中にアルコールが回って体温が上がってきたところで、元親は横の鉄面皮な三成に問うてきた。
「なあ、本気で幸村好きなわけ?」
「あたりまえだ。嘘を言ってどうする。」
 当然のごとく、考える暇無く、即座に返事する。
最初嫌がった素振りを見せていた三成も、その突如始まった飲みを何だか楽しんでいるようだった。それの証拠に、三成の傍にもビールの空き缶が山積みされてきている。
「幸村は?」
「え。」
 隣の三成の視線がまっすぐすぎて痛い。
「好きです・・・けど。」
 一本目のビールをちびちびと唇を湿らす程度に飲んでいた幸村は突然自分に話を降られて、アルコールのせいだけでは無いであろう、顔を赤らめながら、躊躇いがちに告げた。
「だから、先輩・・・俺・・・。」
「わーったよ。幸村が無理やり脅されてんのかなって思ってたから、安心した。」
 そう言った元親は、優しい表情で幸村に笑うと、ぐしゃぐしゃと犬を撫でるみたいに後輩の髪を撫で繰り回す。
「や、止めて下さいッって。」
「・・・脅す?」
 それを見ていた三成の眉根が、ピクリと上がった。
「お前だったらやりかねねーだろ。」
「・・・するわけないだろうが。」
「まあ、飲めって。」
「もういい。明日も仕事だろうが。」
「明日が怖くてリーマンやってられっかっての。あれ〜それともお〜三成君は〜お酒弱いのかな。」
 変な声色でそうからかい尚且つ肩を組んできた元親に、三成は持っていたビールの表面が凹むほど握り締めて、こう宣言した。
「これぐらい一気にいけるっ。」
「あら三成さん良い飲みっぷりで〜。」
「せ、先輩・・・。」
 ぐいっと一気に煽ってしまった三成を、幸村は心配げに見つめるしか出来なかった。


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あきゅろす。
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