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小説
その7
 場が白けてしまい、女の子達には平謝りで、佐助は幸村を引きずるみたいに引っ張って、海から家まで直行する。そして、家に戻ってきて、佐助は険しい表情で、幸村を問い詰める。
「一体、何、考えてんのさ?今日の旦那の行動、すっごい変だったよ。」
「…そうか。」
 ソファに座っている幸村は、向かいに座る佐助とは目を合わせようとせず、不自然に目線を横に流す。幸村の、その両手で持った、汗をかいたグラスの中の氷が、カランと涼しげに鳴った。
「なんで、さっきから俺の眼、見れないの?」
「べ、別に…。」
 別にというには、顔が引きつっている。
「なあ、何かあった?ちゃんと話してよ。昔から内緒ごと無しって決めてるだろ。」
「せ、先輩が…。」
「政宗がどうしたの?」
 くっと息を飲んで、幸村はブンブンと首を大きく横に振る。
「…言えない。…こういうの、本人の口からじゃないと…駄目だと思う…。」
 あのさあと、目を眇めた佐助は、大きくはっきりと溜息をついて。
「もう、バレバレですから。旦那、俺と政宗をくっつけようとか、変なこと思ったんじゃないの?」
「…えええっ!俺…そんなこと…。」
 その嘘つけない幸村の、派手すぎるリアクションで、合点がいく。そんなことだろうと思った、と、喉が渇きすぎた佐助は、麦茶をぐいっとあおる。
「でも、俺と政宗が仲よくしてんの見て、勝手に傷ついたと…。」
 聡すぎる佐助の言葉に、ビクッと、幸村は、体を大きく震わす。
「俺さ、旦那が政宗を好きなんてこと、すっごい前から気付いてたよ。なのに、なんでそんなことするわけ?」
「ええええ!」
 何故バレてたんだ、と、慌てふためく幸村は、顔を真っ赤にするけれど。
「いや、バレバレですから。」
「それは…。俺、先輩も佐助も大好きだから…2人の仲を邪魔したくないって思って。」
もじもじと、幸村は声を出す。
「ありがと。」
 嬉しいのか何なのか、佐助は複雑な顔で微笑んで、小さくお礼を言う。
「俺も、そんな旦那が大好きなんだけどさ。でもさ、俺のことより、旦那は、旦那自身のことだけ考えててよ。自分の大切な人のことだけ考えてよ。なんで、自分のことはいつも後回しなの?俺は、旦那が幸せになることが、それが、一番嬉しいんだよ。」
「佐助…。」
 佐助は掌で包み込んだ幸村の頬を、優しく撫でて。
「なんであんなに政宗が怒ったのか。ちゃんと、聞いてきて、謝んないと。」
「…うん…。」
「このまま、仲がこじれたままじゃあ嫌だろ?」
「うん、嫌だ。俺…。」
 膝の上に置いていた拳に力を込めて、ぎゅぎゅっと2回ほど握り締めて。
「ありがとう、佐助。俺、ちゃんと伝えてみる。」
そう言った幸村は、力強く立ち上がると、扉を壊しそうな勢いで、脇目も振らず出て行く。
「もう、本当に世話が焼ける2人だよねえ…。」
 それを見送って、腕を組んだ姿勢で苦笑いをした佐助は。
「でも、なんか両想い過ぎて、妬けるかも。」
 そう少しだけ寂しげに呟いて、机に置きっぱなしにしたあった携帯をとって、自分にとって大事な相手に電話をかける。
「ああ、もしもし…、いや、何でも無いよ。ただ、声、聞きたくなっただけ。」
 その相手の声に、耳がくすぐったかった。
☆☆☆☆
 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
 出るまで押すつもりか、チャイムが連続して部屋に響き渡る。根競べみたいに、聞かぬ振りを決め込んだ政宗は、布団を被って居留守を使おうとしていたけれど。
「うっせえよ!」
 部屋でふて寝を決め込んでいた政宗だったが、何回も何回もインターホンを鳴らされて、相手が誰だか分かっている彼は、機械越しに切れる。
「先輩、俺…。」
「もう来るなよ。」
 機械を通し、泣きそうな声を出してくる幸村に、突き放すように政宗は強く言った。
「金輪際、幸村とは会いたくねえよ。もう絶交だから。」
 怒りが治まってなかった政宗は、しげなく言い放つ。そして、そのまま、通話を切ろうとした。
「えええっ!ぜっこう…。」
 切る間際、泣きじゃくり始めた幸村に、政宗は眉根をひそめて、トーンダウンしてしまう。
「………おい。」
「いっ…やでっ、ござるよ…っ、ぜっこうなんてっ、ふえっ…っ!」
「……………おいおい。」
「いやだっ!せんぱいいっ…おれっ、おれ、あやまるからっ…ごめんなさっ…ひっく…。」
「おい幸村、やめてくれ。全力で子供みたいに家の前で泣くのは、近所迷惑だろうが…。」
「でも…でも、ぜっこうやだっ、やっだからっ、ふええ。」
「もう、分かったよ。とにかく、中に入れよ。」
 結局、政宗が折れる形となる。幸村の涙には弱いのだ。玄関の扉を開いて、しゃくりあげながらぼろぼろに泣いている幸村を中に入れる。そして、自分の部屋にまっすぐ通した。フローリングの床の上にきちんと正座して座る幸村に、学習机の上から、冷めきった目を向ける政宗の、冷たい言葉が降ってくる。
「で、俺に、何の用?あの女の子と仲良くしてたんじゃなかったのかよ。この夏、彼女、作んだろ?それで童貞卒業だっけ。ちゃんと応援するぜ、俺。」
 政宗は早口で機関銃のごとく、しゃべりまくる。
―――駄目だ、駄目だって。誰か、止めてくれよ。
このままじゃあ、怒りのまま、幸村に酷いことを言ってしまいそうだ。
「やっと念願叶うじゃんか。結構、グラマーで可愛かったじゃん。その子に童貞でも何でも捧げてやれば良いんじゃね?」
 幸村が酷く傷ついたように、泣きそうに眉毛をハノ字にする。
「あの子、案外そっちにも慣れてそうだったから、優しく教えてくれんじゃねえの。」
 最終的な、最悪な言葉が、口から勝手に滑り出る。
「あのH云々の話は無しな。気持ち悪いっていう男の俺なんかより、女の子にしてもらえよ。俺だって、やっぱり、男相手なんか無理だって…。」
「せんぱい!お願いでござる!!話を聞いて下され…っっ。」
 とうとう幸村は切羽詰まったように、声を張り上げた。
「何だよ…。」
「俺、あの子とは、何の関係も無くて…それに、あの俺の傍にいた女の子が、本当に興味持っていたのは、俺じゃ無くて、政宗先輩だったのでっ!」
「はあ?」
「最初は、…あれは…、俺の大事なタオルを拾ってくれて…。ぜひお礼をしたいって言ったら、連れの人と一緒にご飯食べたいって…、ぜひ紹介してって言われて。恩があるので断れなかったでござる…。行きの列車も一緒で、最初から目的は先輩達だったみたいで。先輩と佐助と仲良くなりたかったから、話しかけやすかった俺に付いて来て、声かけてきたようで…、俺なんて、全然眼中に無かったでござるよ…。それに俺も、ああいう派手な人は…苦手だし…。」
「え?ええ?そう、なの?」
「それよりも、俺、このタオル無くしたら、どうしようかと思っていて…。」
 ぎゅっとタオルを胸にしっかり抱いて、幸村は告げる。
「これが、大事なタオル?よれよれじゃんか、それ…。」
 色褪せて、ボロボロに近いタオル。柄は、高校生なのに、戦隊ヒーロー物のやつだ。
「これ…、先輩に、幼稚園の時に、誕生日プレゼントに貰った…ので。一番最初に、先輩から貰ったものだから…。」
「ええ?」
「その時流行っていた戦隊ヒーローのタオルで。」
「ああ、なんか、あったな…。幸村がすっげえその戦隊ヒーロー好きだったから、お古をあげたんだったって…、なんでそんな大事なもんって言うなら、海になんか持って行ってたんだ?無くす可能性があるだろうが…。」
「それは…、勇気が欲しかったので…。」
 湿った長い睫毛を揺らして、幸村は苦しげに声を喉から押し出す。
「勇気?」
「先輩の恋が…上手くいけば…いいなと思って…、なんとか協力したいって思って、でも…俺…、途中で心が壊れそうになって…。だから…、だから…勇気を。」
 どこか痛そうに顔を歪めて、幸村は、途切れ途切れに、なんとか言葉を発する
「…あのさ…、ごめん、幸村の言っている意味がちょっと分からないんだけど…、まず俺の恋って…、俺の好きな相手、誰か知ってんの?知ってて協力してくれるなら…もう、何も言うこと無いんだけど、さ。」
 政宗は文字通り頭を抱えて、困った顔をする。
 幸村が、俺のこと好きになってくれんの?
協力なんていらない、何もいらない。幸村が、自分のことさえ、受け入れてくれたら。
それだけを、自分は望んでいるのに。
「…昔から好きで、一緒にいて、俺のすっごく知ってる人…って、この前、言ってたから。」
「で、単純で素直で目が大きくて可愛い子だよ。分かるのか?」
 俯いて、幸村は、とつとつと言葉を吐き出す。
「…1人しか思い当らなくて。」
「だろうな。」
 俺も1人しか、思い浮かばねえよ。そのつもりで言ったんだから。
 でも、次の幸村の答えは、政宗にとっては意外過ぎた。
「それは、佐助…だと。」
「はああああああ?」
 間髪入れず、盛大に滝のように声が出た。どうしてそっちに行った?何故なんだよ。
「だって、佐助以外に、俺、思いつかなくて…っ。」
 またもや泣き出しそうに、幸村は声を上ずらせる。
「本当に、超鈍感なんだな、あんた。」
 そんなとこも、結局、大好きなんだけど。
大好きで大好きで、たまんなくて、想いをこじらせて、こんなおかしなことになってんだけど。
政宗は、幸村の茶色がかった髪に指を絡ませて、くしゃくしゃと頭を撫でる。
「ごめん、俺の言い方が悪かったな。」
 政宗は、幸村の傍に座り直して、目線をしっかりと合わせて、問いかける。
「でも、借りに、俺が佐助を好きだとして、なんで、幸村の心が壊れそうになんの?」
「そ、それは…。」
 とうとう、ポロッと涙を零した幸村は、ひっくとしゃくり上げて、下唇を噛み締める。
「なあ、俺、ちょっとでも、期待しても良いのかな?」
 今まで、期待なんてしただけフラれた時のショックが大きいと思って、しなかったけど。
「え?」
 政宗は幸村へ顔を寄せて、親指で優しく彼の目頭を拭う。
「俺、良いふうに解釈しちゃうけど、それでも良いの?」
「ええ…?」
「幸村、こっちおいで。」
 ぎゅうと、政宗は幸村の背中と腰に手をやって、引き寄せて、小刻みに震えている体を抱き閉めた。
「俺も佐助のこと大事だけど、幼馴染以上には見れねえよ。」
「先輩は…、じゃあ、じゃあ、一体、誰のことを好きなので?」
 政宗の胸に顔を埋め、背中に腕をまわしながら、幸村はたどたどしい口調で言う。
「…幸村が先に言えよ。」
 急に恥ずかしくなって、政宗はぶっきらぼうに言った。
「俺…俺は、先輩が。」
「やっぱ、駄目だ。俺が先に言う。」
 ジャイアンか、と自分でも思うほど傲慢に幸村の細い声を遮って、政宗は宣言して。
「えええ?」
 政宗は幸村の顔を覗き込んで、目を合わせて、甘く想いを吐露する。
「俺、ずっとずっと幸村のこと、好きなんだよ。」
「ええ、そんな、ずるいでござるっ!先に言うなんて…。」
「じゃあ、ちゃんと言って。」
 うっと、幸村は真っ赤になって固まるけれど。
「…す、好き…。」
 泣きそうに眉間に皺を寄せて、聞き取れないくらい、か細い声で幸村は言う。おでこ同士をくっつけて、政宗は、そんないじらしい幸村の表情と声を取りこぼさないようにする。全部、全部見届けたい。心の中に焼き付けたい。
「ねえ、誰を?」
 言ってくれよ、と、両頬を掌で包みながら、ひどく優しい声で問うた。
「まさむね、せんぱいを…。」
「俺も、まじ大好きだよ、幸村だけを。」
 チュッと柔らかい唇にふわりと触れるだけの、優しいキスをする。ん、と、幸村は、くすぐったげに声を漏らす。
 唇はすごく甘くて、甘ったるくて、ずっと啄んでいたいほどだ。
「すっげえ可愛くて、単純で天然でまっすぐな幸村が、好きなんだよ。」
 切ない想いで、胸が張り裂けそうにいっぱいになった幸村は、またもやポロポロと涙を零す。両拳で、子供みたいに、とめどなく流れる涙を擦る。
「せんぱ…、おっれっ…ふえっ…。」
「そんな泣くなよ。」
 苦笑気味にそう言って、幸村の熱く火照る頬に、尖らせた唇を滑らす。
「だって…、俺、信じられなくて…嬉しくて…。」
「俺だって、嬉しいよ、幸村。だって、もう手に入らないと思っていた、大好きな幸村が俺のこと、好きになってくれたんだから。」
「でも、俺…、先輩をフッたことなんて、無いでござるよ。」
 記憶をどんなにさかのぼっても、思い出をめくっても、そんなことを言った覚えが無い。
「あんた、半年前に、男は気持ち悪いってはっきり言ってたじゃん。」
「…先輩だけは特別でござる…。小学校の時から好きだったので…。」
「そんなの、言ってくれたら良かったのに…。俺、すっげえ悩んだんだから。」
「だって先輩、女の子と付き合っていたから…俺なんて…、好きなわけないって思って…。」
「そっか、そうだよな。俺が最初に、自分が傷つかないように予防線張ってたようなもんだもんな…。ごめんな、幸村、俺が悪かったよ。」
 綺麗に頬へ伝わる涙の滴を吸い取りながら、政宗は熱く告げる。
「幸村、好きだよ、すっげえ大好き。」
 言葉でどんなに伝えても伝えきれないくらい、想いは深い。
「え…、お、俺も…大好きでござる…。」
 顔を首までまっかっかにして、意地らしいほどに恥ずかしそうに、告白してくる幸村を。
「幸村、可愛いなー、まじで。世界で一番可愛い。」
 ぎゅっと抱き枕みたいに抱き閉めて、幸村の髪に顔を埋めて、スンとその良い匂いを嗅いでみる。
 これは、佐助には感謝してもしきれねえな。今度、寿司でも奢るか、と、幸せのあまり、大盤振る舞いになりそうだ。佐助には、惚気んなって嫌がられそうだけど。
「やっべえ、俺、超幸せかも。」
 まさか、幸村が自分を好きでいてくれてるなんて、思いもよらなかったから。
「でも、これでさ、幸村の初Hの相手は、勿論、俺で良いってことだよな。」
 悪戯っぽく、幸村の耳元で囁く。
「ええ?」
「今日は、このまま、帰さねえからな。」
「えええええ?俺、まだ、心の準備が…。」
 幸村は及び腰で、声を震わせて伝えてくるけれど。
「もう半年我慢したんだから。今すぐでも、全部、欲しいんだって。」
 政宗はそう言いながら、ちゅぱと、音を立てて、幸村の唇を包み込むように、啄んだ。
「…駄目かな?」
 そんな男前な顔で、熱っぽくお願いされたら、断れるわけも無く。
「いや、じゃない、でござる…。」
 恥ずかしすぎて泣きそうに、か細く言った幸村に、小さくサンキュと呟いて、政宗はポンポンと頭を撫でる。
「とりあえず、夜まで時間あるから、準備してくれよ。」
 少し落ち着いたのか、政宗の胸にコテンと寄りかかってきた幸村に、政宗は穏やかな声で告げる。
「なあ、後で、買い物行こうか。」
「買い物?」
「俺も、準備しねえと、いけねえだろ?」
「先輩もで?」
 きょとんとした顔で見てくる無垢すぎる幸村を、ぎゅううと強く抱きこんで。
「そうだよ。」
 ゴムとかローションとか、その他ふしだらな、もろもろのもの。
 なんては、口が裂けても、言えるわけなかった。


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