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小説
その6
 燦々と降り注ぐ太陽。輝く砂浜。青いどこまでも広い海。
家から電車で約1時間半。遠路はるばるやってきたというのに。
「せっかくの幸村との2人きりの海だって思ってたのに…。」
 何故か、色も匂いも気持ち良さげな海を前に泳ぎもせず、砂浜にシートを敷いて、男2人で座っていて、何の罰ゲームだ。8月の容赦ない紫外線で、ジリジリと剥き出しの肩が香ばしく焼けてきて、実際痛い。日焼け止めを塗っておけば良かったと、今になって激しく後悔している。
政宗は、その、隣でへばって来ている相方に、不服そうな目と声を向ける。
「ってか、なんでお前、ついて来てんの。」
「知らないよ。旦那が俺も一緒にって言ってきて…。俺様だって2人を邪魔するみたいなことはしないよ、さすがに。」
 横にいる佐助は、用意周到に肩へ日焼け防止のタオルをかけていて、あちいとぼやきながら、ペットボトルの水を豪快にがぶ飲みしている。水を飲んでも飲んでも、すぐ汗となって出てきてしまう。これじゃあ、砂漠にいる気分だ。オアシスは、すぐ目の前だっていうのに。
「…それに、誘った当の本人はどこに行ったんだよ。」
 幸村を置いては泳ぎにも行けねえじゃん、と、政宗はさっきから文句タラタラだ。
「そんなこと俺に言わないでよ。なんか、2人でいてとか言ってどこか行ったから…、トイレかなとか思ってたんだけど、ちょっと遅いねえ。」
 人が多いから迷子になってんのかーと言いながら、政宗は、頬に垂れてきた汗を拭う。
 夏休み中の海水浴場は、言うまでもがな、砂浜は花見会場みたいに、人がわんさかでビニールシートを敷きまくり、海の中も芋洗い状態だ。
「あっちいし…、なんで野郎2人で砂浜座ってんの?俺達。」
「水着美女ばっかりで眼福〜とか、内心思ってんじゃないの?なあ、そのために、今日はわざわざコンタクト入れてきてんだろ。」
「ばっか、思わねえよ。俺は幸村一筋だから。」
 それに家以外ではいつもコンタクトって知ってて、嫌味言ってんだろ、と、口を尖らせる。
「へえ、旦那一筋ねえ。半年前の、女関係乱れきっていたどこぞの誰かに聞かせたいわねえ、政宗さん。」
「うっせえ。」
「けど、公衆の面前で、水着の旦那に対してヤラシイ目向けんなよ。おまわりさんに言いつけっぞ。」
 ジト目で横を見て、佐助は釘を刺す。
「しねえよ。俺だって、一応理性はあるし。」
「…しかし、何やってんだろ。遅いよな…。そういや、政宗に、こそこそ耳打ちしてたの、何?」
 ペットボトルの水を飲み干して、物足りなそうに、ボトルの底へしかめ面しながら、佐助は問うてくる。
「ええ?…確か…、上手く頑張って、…先輩なら大丈夫だから、俺、…応援してる?とか?何のこと?って思ったんだ。俺、これから何かに挑戦するのかって思ってさ。あの遠くに見えている島まで俺に泳げってか?とか思ったんだけど。」
「…上手く、頑張れ?応援してる?なんじゃそりゃ…って…。」
 そこまで言って、勘が良い佐助は何か思い当ったのか、真剣な表情で、濡れた下唇を親指で撫でて。
「ふーん、そういうことね。おかしいって思ったんだよね。急に3人で海行こうとか言い出すからさあ…。」
「え、何、何のこと?」
 え?え?と、全然ピンと来ない政宗は、隣の佐助の方を向く。
「政宗、あんた、最近旦那に変なこと吹き込まなかった?この数日、俺に対する態度がどうも変だったんだよね…。よそよそしいって言うか、なんて言うか…、俺、微妙に避けられていて。」
「…変なこと?って、俺、なんか言ったっけ?」
 そんな前と言えば、例の、幸村が童貞うんぬんと悩んでいた事件があった日だ。色々話したけど、何か問題があったか?と、政宗は首を傾げる。
「まあ…勝手に旦那が誤解してんだと思うんだけど…。あの人、思い込み激しいから。思い込んだら、脇目もふらず一直線だしな…。」
 佐助は、眩しげに目を細める。目線の先は、上下とも青の世界と人、人、人だ。
「というかさ、ずーっと聞きたかったんだけど、なんで、あんたらの関係はなんも変わらないわけ?」
 おせっかいのおばさんみたいで申し訳ないんですがね、と、断ってからの佐助の問いかけに、政宗は、タオルでわしわしと顔を拭きながら、苦笑を漏らし、即答する。
「ばーか、変わるわけねえだろ。」
「だって、半年前に、気持ちに気付いてんだろ?それに政宗、あれから彼女作ってるふうでもないし、しかも女関係、すっかり綺麗になっちゃってるし。なのに、2人の関係は進展ないよなって思って。」
 焚き付けた以上、陰ながら心配していたんですよ、わたくしも、と佐助は丁寧な口調で言う。
「…気持ち悪いって、言われたからさ。」
 立てた太腿に肘を突いた姿勢で、不貞腐れた表情の政宗は、佐助とは逆の方を向いて、言い難そうに零す。
「誰に?」
「幸村本人にだよ!」
 やけになって大きな声を出した政宗に、佐助は同じくらい大きな声で反撃する。
「旦那が言うわけないじゃん!そんなの!!!」
「嘘じゃねえって、あの遊園地での一件の時、本人が言ったんだよ。」
「気持ち悪いって?政宗に?」
「違うけど…、やっぱ違わなくないか…、お前の友達に無理やりキスされそうになって、泣きながら俺に、男同士はおかしい、気持ち悪いって言ってたんだよ。男同士でつきあうのは無理って…。」
「あー、あれね…。まあ、初対面の大男にさ、いきなり、キスされそうになったら、そう思うんじゃね?それに、旦那ですよ。そういう免疫が全く無い人ですよ。襲われそうになったら、そりゃ混乱して、錯乱して、そう言うんじゃないの。」
「…まあ、それは、そうなんだろうけど。」
「なあ、本人に確認したの?自分とつきあうのは気持ち悪いのかって。」
「してねえけど…。でも、告白して、はっきり幸村の口から気持ち悪いって言われたら、俺、絶対、立ち直れねえし。今までと同じく接してはいけねえよ。」
 情けない声を出す政宗に向かって。
「それで、現状維持ってわけか…。」
 意外にヘタレなんだよな、政宗って、昔から。と、佐助は、深く溜息。
「なあ、思い切って言ってみれば?もしかしたら、違う返事かもしれないよ。俺も、前から、先輩のこと、好きだったって、言うかもしれないじゃん。」
 鼻の高さで両手を握って目をキラキラさせて、幸村の真似をする佐助を、すごく胡散臭そうな目で政宗は見て、一言。
「それは…、ねえだろ。」
「わっかんねえだろ、本人に聞かないと!何、意気地がないこと言ってんだよ。」
 ちょっとイライラを滲ませて、バンバンと自分の太腿を叩きつつ、佐助は声を張る。
「それにさ、旦那って結構モテるんだぜ。一緒に住んでて分かるけど、ラブレターとか頻繁に貰っているはず。うかうかしていたら、誰かにかっさらわれるかもよ。」
「…まあ…モテるのは知ってる。昔から男にも女にもモテてたよな。」
 見るからにどんよりしてきた政宗に、佐助は苦笑いを零す。
 いつもモテモテで何不自由なく今まで生きてきた政宗も、天然の旦那には形無しだな、と。
「まあ一応、俺も、政宗のこと、応援してんだからさ。まあ、十中八九無いと思うけど、フラれたら、俺様、ちゃんと慰めてあげるし。夜通しカラオケとかつきあうぜ。」
「慰めなんかいらねーよ。」
 ケッと、またもや横を向いて悪態をつく。
「でも、まあ、佐助の言うとおりだよな。」
「あれあれ、何、決心ついたの?」
「…なんとなく…、まあ…このままでは駄目かなと…。」
「じゃあさ、また今度、一泊二日で、また旦那貸してあげるよ。」
「はあ?まるでCDとかDVDみたいに…。」
「ええ?嬉しいクセに。」
 それはまあ…と、政宗は少し頬を緩ませて、照れくさげに顔を海岸へ向けた。ちょうど波が来ていて、水着姿の女の子たちがキャーとか言って、両手を上げてはしゃいでる。
「それにしても、遅えなあ、幸村。先、泳ぎ行っちまうぞー。」
「まあね…。」
 相槌を打ちながら佐助は、持っていたビニールバックから、日焼け止めの容器を取り出す。それを政宗がめざとく見つけて。
「あれ、佐助、何、お前、日焼け止め持ってんの?」
「逆に持ってきてないの?体、火傷するよ。って、してるみたいね、すでに。痛そー。」
「じゃあ、お願い。俺の背中、塗って塗って。」
 そう言って背中を向けてきた政宗に、佐助は盛大に眉間に皺を寄せて、嫌そうに告げる。
「はあ?キモイだろー、俺がお前の背中に日焼け止め塗ってっと。さっき、野郎2人云々って言ってたのは政宗だろ。周りに変な誤解されっぞ。ホモ扱いされっぞ。」
「いいじゃんか、それぐらい別に普通だろ。昔、虫刺されの薬とか塗りっこしたじゃん。」
「…政宗の羞恥心とか価値観が、全く俺様には理解出来ないよ。」
 大きくハアアと息を吐き出して、持っていた日焼け止めを背中に塗り始める。
「肩もまんべんなくよろしくー。」
「まったく…もう。」
 しょうがないなあと漏らしながら、それでも人の好い佐助は、丁寧にクリームを塗りこんでゆく。不意に自分達の上に黒い影が出来て、佐助は顔を素早く上げた。
「あら、旦那。」
「佐助、先輩…。」
 いつの間にか戻ってきていた幸村が、複雑な表情でこちらを見て立ち尽くしている。
「あれ、旦那、戻ってきてたの?」
「う…、うん…すまない、何か邪魔したみたいで。」
「邪魔って?何のこと?旦那を待ってたんだよ、俺達。」
「…そう、ごめんな。」
 さっきから言葉に覇気が無い幸村は、周囲の明るい雰囲気とは真反対の暗い表情をしている。
「あれれ、その後ろの方々は?」
 幸村の後ろに誰かいることに気付いた佐助は、訝しげな目線をそちらに流す。
「えっと…、あの、この人たちは…。」
 それは、天変地異の前触れみたく、本当に珍しいことに、水着姿の若い女の子を3人連れて戻ってきていたのだ。
「私たち〜、さっき、幸村君とは知り合ってー。」
 聞いたはずの幸村ではなく、前に一歩出たポニーテールの女の子が返事をしてくる。その女の子の馴れ馴れしい呼び方に、そちらを向こうもしなかった政宗が、ピクリと動く。
「実はー、私たちも3人なんですよ。」
「あのー、私たちと一緒に、昼御飯でも食べませんか?」
 そんな間延びした猫なで声で、女の子達は言ってくる。胸を強調した、カラフルなビキニが眩しい、皆、グラマーで可愛くて、ちょっと軽そうな、今時の女の子だ。
「え?」
 なんで、と、政宗はその展開が理解出来なくて、思わず、素の声で驚きを表した。

☆☆☆☆
 大盛況の海の家で、6人は身を寄せ合ってテーブルにつく。
「ええ?皆、高校生なのお?」
「はあ…、まあ…。」幸村が、酷く緊張気味に返事をしているのに対し。
「じゃあ、お姉さんたちは、大学生ですか?」さすがの佐助は高いコミュ力で、愛想良く応対している。
「そうなの。君たちの高校に近いよ。今度、良かったら6人で合コンしようよ。」
 そして、仏頂面の政宗は、話しかけられても、はあと、なんとも気の無いような返事のみ。政宗のイライラの原因は、テーブルの座り方だ。コの字型のテーブルに、何故かこの場がすでに合コンみたいに、自分達の間に女の子が入っている。幸村の隣にも勿論、ボブカットの女の子がいて、それが、かなり気にくわないのだ。確かにボブの女の子は可愛い。けれど、幸村の方が何倍も可愛い、と、政宗は、コーラをわざとズズズーと音を立てて吸いながら、内心思う。
 そんな政宗の思いなど知らない幸村は、嬉しげに、宇治金時にソフトクリームがのっているのを食べている。
「幸村君、口にソフトクリームついてるよー。可愛いね。」
 ボブの女の子が親指で幸村の口元に触れて、クリームを拭う。そして、指先についたそれを、そのままペロッと舐めてしまった。
 俺の幸村に、気安く触んなよ。と、頬杖をついて、目の前の2人を見ていた政宗は思ってしまう。でも、実際は、俺のモノじゃねえけど、と、自虐的に自分に突っ込む。
「あの、どうも…。」
 顔を真っ赤にしてお礼を言った幸村に、イライラがピークに達してしまった政宗は、バンッと机に両手を叩きつけるように置いて立ち上がると。
「佐助、わりいけど、俺、帰るわ。」
「え?政宗?」
「せ、先輩?」
「えええ?」
 皆の声がハモる。もう全てを無視して帰りたかったのだが、それじゃあ、あまりに大人げないと思って、なけなしの理性を総動員して。
「ごめん、用事思い出した。どうぞ5人で仲良くやってて。」
 爽やかすぎる、最上級の営業用スマイルで、にこやかに微笑んで、そう告げる。そして、ポカンと見上げる5人をよそに、政宗はその辺に置いていた荷物をとる。
「え?ちょ…、政宗、まだ海に来たばっかりなのに…。」
 佐助は、慌てて政宗をその場に留めさせようとするが、政宗は、顔の前で手を立てて、口パクで「ゴメン」と伝えて。
「え、せんぱい…。」
 悲しそうな幸村の声を振り切って、政宗は出て行ってしまう。歩きながら政宗は、掴んだスポーツタオルを、掌の中で怒りのまま、ぎゅううううと強く握り締めた。
―――何だよ、この茶番は。
わざわざ海に誘っておいて、女をナンパなんかして、俺達まで巻き込んで…、あいつ、最低じゃねえか。
されど、政宗は、虚無感を漂わせて、砂浜を踏みしめる足元へ向かって、大きく溜息をつく。
 けど、それを受け入れてやれない大人げない俺が一番、最低だな。
 これで分かってしまった。俺、やっぱり、幸村の恋を祝福してあげられない。半年前の佐助の言っていた通り、これでは確実に精神的に参ってしまう。こんなんじゃあ、俺、もう幸村の傍にいられない。
 もう、いられない。
 チッと舌打ちをして、今の自分は情けない顔をしていると自覚のある政宗は、タオルを頭から被ってしまった。


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