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小説
その10
 脱衣所にある大きな姿見で確認すると、政宗のトレーナーは女性化して一回り小さくなった幸村には大きくて、短パンをはいているはずなのにそれが隠れてしまっていて、まるでワンピースみたいになっている。トレーナーから見えている素足が、我ながら、か細くて折れそうで、女の子らしいなって思ってしまう。で、やっぱり、胸がびっくりするほど大きくて、恥ずかしくなる。
「せんぱい…。」
 風呂場から体を火照らせて、ぺたぺたとフローリングを滑るように出てきた幸村を、政宗は鋭く見咎めて。
「おい、髪の毛、濡れてるじゃねえの。」
 初夏だけど風邪ひくだろ、と、口酸っぱく言いながら、バスタオルで幸村の頭をすっぽり被せて、わしゃわしゃと包み込みように両手で拭く。そのまたもや距離感ゼロの近すぎる距離に、幸村はドクンドクンと脈を早めて、息苦しくなってしまう。
「後ろ髪、紐を解くと長いんだな。」
「ああ、腰まであると…。」
「下ろしてるのも、女の子らしくて可愛いな。」
「え?」
「俺、この髪型のほうが好きかも。」
 掌に一房持ち上げて、それを愛おしげにチュッとキスをした。繊細な手つきで髪の毛に触れられるのがくすぐったくて、気持ち良くて、幸村は、んんっと息を飲む。
「あっあの…。」 
「あっ!ゆき…、その…下着…。」
 幸村の髪の毛を拭きながら、何かに気付いた政宗は、幸村のある部分一点を集中して見てしまう。男の悲しいさがのせいなのか、目を離せなくなっている。
「え?何か…?」
 長い睫毛を瞬かせて、幸村は不思議そうに聞いてくる。
「いや、別に…良いんだけど…。」
 語尾を濁した政宗は、顔を赤らめてそっぽを向くと、落ちてきていた黒縁眼鏡をくいっと上に上げた。
「俺もシャワー浴びてくるから、隣の部屋に移動してて。」
「と、隣で?」
「そっちにテレビもあるから、好きにくつろいでてくれ。」
 言われて、またもやぽつんと残された幸村は、従順に隣の部屋に移動する。
 おじゃましまーす、と、おそるおそる入ったそこは、当たり前だが、しーんと静まり返っている。先ほどまでいた場所がリビングなら、ここは、寝室だった。6条の部屋に、壁に寄せてベッド、ラグマットが敷かれた場所にローテーブルがあって、ローテーブルに並行するようにテレビが置いてある。色目は無くて、白と黒で統一されていて、クローゼットの中に雑貨は収納されているのか、全然生活感が無くて、まるでモデルルームみたいだった。
「え、ここ?」
 完璧にプライベードルームな感じで、すごく落ち着かない。
「ど、どこに座っていれば良いのだ…。」
 ベッド?ラグマット?悩みまくった幸村は、とりあえず、ローテーブルの前にちょこんと座る。無音の状態で、ぼんやりしていると、なんだか眠くなってきて、ベッドにもたれかかってうとうとしてくる。そこは、なんだか政宗の匂いがする感じがして、またもやドキドキしてきてしまった。
 ガチャリと激しい音と共にノブが回って、政宗が入ってきて、驚いた幸村は数p飛び上がって、ベッドから起き上がる。
「腹減っただろ?ごめんな。あんな大見得切っといてカレーぐらいしか出来なかったんだけど。」
 首にタオルを巻いた政宗は、テーブルに2つのカレー皿と水のペットボトルを置くと、自然に幸村の隣に座ってくる。確かに、テレビを見るなら、隣に来ないと見にくいとは思うけど、何だかまたもや近すぎる距離に、幸村はどぎまぎしてしまう。幸村の緊張がうつったのか、政宗も何だか無言になってしまい、しばらく無音の状態が続いて。
「ああっと、テレビでも見るか?」
 その空気に耐え切れず、政宗はテーブルにあったリモコンを持つ。そして、たまたまつけたチャンネルが、夏特有の特集を組んでいた。
「心霊現象特集…。」
 棒読みで、幸村はババンと吹き出し文字みたいに画面に映った字をぎこちなく読む。
「ゆき、怖いのか。やめる?違うのにする?」
「俺、ぜ、全然、怖くないでござる…。」
 手短にあったクッションを抱き閉めながら、幸村は強がるみたいに言う。
 おばけなんか、おばけなんか、この世にいない!いるわけない!と、心の中で、ぶつぶつ唱える。
「ふーん。」
 そんな画面をじっと見続ける幸村を眺めて、政宗は何だか楽しげに、リモコンを置いた。
 テレビは、おどろおどろしい音楽をかけながら、心霊スポットと心霊写真を紹介してゆく。幸村はゴクリと息を飲みながら、画面に注視している。
 ジャジャーンという効果音と共に、有り得ない場所に生首が浮いている画像がTV画面いっぱいに映し出されて。
「うわあああああっ!」
 と、たまらず条件反射みたいに、横にいる人にぎゅううと縋るみたく抱きついてしまった。いつもは、相手は従兄弟の佐助だったり、友達の元親だったりするんだけれど。
 この状態は、と、幸村は、今更ながらハッとする。
「ゆ、ゆき…。」
 部屋は間接照明で、どことなく薄暗い。
「あ。」
 と、お互い、近い距離で顔を見合わせてしまった。抱きつかれた政宗も真っ赤な顔して、両手を微妙に広げた形で固まって、幸村をじっと見つめている。
「んん!」唇は簡単に奪われた。余裕が無い感じに、政宗は幸村の唇の隙間に強引に舌を差し込んだ。甘く唇を吸われ、唾液を纏わせた舌を絡ませ、ちゅっちゅっと啄む音を立てながら、何度も角度を変えて深いキスを交わす。幸村は、それだけで息が上がって来ていた。トレーナーの上から、自己主張激しい胸をぐにゅっと揉まれて、ん!と幸村は体を捩る。
「あっ…、あのっ…せんぱ…。」
 ドサッと毛足の長いラグマットの上に押し付けられて、薄目を開くと、すごく煽情的な表情をした政宗がいて、幸村は不整脈みたいに心臓をドクンと揺らして、息を飲む。
「せんぱ…、んんっ…。」
 息を止めるほどの深い、頭が痺れるようなキスを繰り返しながら、政宗は布越しに立ち上っている2つの乳首を何度も摘まむ。喉の奥に逃げても追われて、しつこく舌を吸われて、幸村は、喉にたまった甘い唾液をコクンと飲み込んだ。その間も、体を撫でまわす、いやらしい手の動きは止まらなかった。
「ああっ…。」
 お互いの唇が透明な線を引きながら離れた瞬間、甘ったるい声が出て、幸村は、んんっとトレーナーの袖口を噛む。
「どうした?」
「やっ…なんか、声が…やあっ!」
 トレーナーの裾から、ひんやりとした手を突っ込まれて、直に胸を形が変わるほどに鷲掴みされて、幸村は敏感に体を震わせる。
「やっぱり、ブラつけてなかったのな。」
 実は目のやり場に困ったんだけど、と、正直に告白する。
「ふあっ…や、やあっ!」
 すでに立ち上った尖りを何度も親指で折るようにひっかかれて、背筋を駆け上がるような鋭い快感に、幸村はぎゅっと目を閉じて、ぎゅっと政宗のシャツに縋る。
「あ…っ、や、やだ…、そこっ…ああっ…。」
 下に手が伸びようとしたときに、拒絶するかのごとく、幸村は太ももを擦り合わせる。
「ひあ!やっ…、やだあ!」
 幸村は恥ずかしすぎて、小刻みに震えながら、泣き出してしまう。
 我に返って、完全に手が止まった政宗は、幸村と少し距離をとる。
「…ごめん。ちょっと、理性、ぶっ飛んじゃって…。ゆき、大丈夫か?」
「ふえ…。」
 腕を引っ張られて起こされて、幸村は、ホッとしたように、はあと大きく深呼吸した。
「ホント、ごめんな。」
 幸村は、無言で背を丸めて、乱れていたトレーナーを直す。
「だって…好きな相手と、こんな距離でいたら…どんな理性が強靭なやつでも、もたねえよ。」
 子供っぽく、少し拗ねたみたいに、政宗は早口で言いながら、ぼりぼりと頭をかく。
「え、す、好き?」
「あーっと…。」
 しまった、口が滑ったという感じで、カーッと頬を赤らめた政宗は自分の口元に手をやる。
「先輩?」
 幸村のじんわりと涙で濡れた、その大きな瞳にじっと見つめられて、政宗は観念したように、声を漏らす。
「こんなグダグダな感じでは、言いたくなかったんだけど…。」
 眼鏡の位置を直して、幸村の方をぼんやりと見つめた政宗は。
「俺…、あんたのこと…好きなんだよ。」
「う…嘘…、嘘で。」
 目元を真っ赤にした幸村は、またもやポロポロと涙を零しつつ、嗚咽のように言葉を漏らす。
「嘘じゃねえよ。なんで、わざわざ嘘つかなきゃなんねえんだよ。」
 苦笑しつつ、テッシュの箱をテーブルから取って、幸村の止めどなく零れる涙をテッシュで優しく拭いながら、想いを吐露する。
「すっげえ好きなんだよ。あんたのこと、誰よりも。」
 眼鏡の奥の瞳は、少し緊張気味に、けれど、強い意志を持って、こちらを見ている。
 思わずぎゅっと政宗に抱きついた幸村は、またもや泣きじゃくる声で、たどたどしく告げる。
「…いや、じゃない…けど…、はずかしい…から…。」
「え、いやじゃ、ねえの?」
 意外な返事に、政宗は驚きつつも、幸村の背中に右腕をまわしてぐっと抱き寄せる。
「せんぱいだから…いやじゃない…で。」
「俺なら、いやじゃねえの?」
 なんで、と、甘やかす声で、おでこをコツンとぶつけて聞いてくる。
「俺も…ずっとずっと前から…、好きだったから。」
「…ずっと前…って、そんな前から、俺と会ってる?」
 思い出そうとしてか、政宗は、んーっと、首を捻る。
「1年前…、俺…。」
 俯いて告げたその後の言葉は、心の中に閉じ込める。1年前、転んで助けて貰ったときから、とは、口が裂けても言えなかった。
「え?」
 悲しいけど、伝えられない事実。
 それにきっと、男の自分じゃ、一生言えるわけない、好きだという、言葉。
 政宗が好きな相手は、自分であって自分じゃない。魔法が作った幻想の自分だ。
でも、思い出として覚えておきたい。
 その優しい声、優しい笑顔、穏やかで、されど触れられると、熱く焼けるような体温、それらを全部。宝物として、胸の奥に閉まっておきたい。
「俺、俺っ…ずっとっ、好き、でした。」
 切なげな表情で、そっと微笑む幸村を、たまらない、とぼやきながらぎゅうと背がしなるほどに抱き閉めた。
「俺も、大好きだよ、あんたのこと。」
 幸村の、その吸い付きたくなるほど焦がれる下唇を親指でゆっくりなぞって。
「俺、すっげえ、幸せだよ。」
 胸がいっぱいだと、政宗は、はあと、息を吐き出して。
「出来るだけ、怖がらないように、優しくするから。」
 政宗は、幸村の耳元へうっとりとするような良い声で囁いた。


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