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小説
その4
 日曜日の遊園地は、家族連れやカップルで大盛況だった。しかも、今は2月。卒業旅行を兼ねて遊びに来ている友達同士も多くみられた。
 遊園地前の駅の改札口。人が沢山行き交う場所で、佐助の友達は5分前だというのに、律儀に待っていた。大柄な彼は、容易に見つけられた。
「ごめんね、何か小姑が2人も来ちゃった感じで。」
 申し訳なさげに言った佐助に。
「そんな、いいよ。あ、伊達先輩ですね。」
 佐助の隣にいる、低血圧気味で少々機嫌が悪そうな政宗を見て、松木です、よろしくお願いします、と、大柄の彼は名前を名乗って、気の良い笑顔で、ペコリと会釈する。
「え?俺のことも知ってんの?」
「うちのクラスの女子も、伊達先輩のファンの子、沢山いるから。カッコ良いって有名ですよ。」
「俺のクラスでも、政宗の女好きの悪行は有名なんだよ!」
「おいおい、女好きの悪行ってなんだよ…。」
 松木は、大人しくしている幸村の方を見て、ちょっと緊張気味に話しかける。
「あの、ジェットコースターとか乗る?」
「は、はい。」
「じゃ、行こうか。」
 肩を並べて歩き始める、佐助の友達と、後姿だけを見ると女の子に見えるダッフルコートを着せられている幸村に、政宗が後を追うように素早くついていこうとすると。
 グイッと佐助に腕を掴まれ、その反動で後ろへ仰け反ってしまう。
「あんたはこっち。」
「おい、佐助、何だよ。」
「政宗は、今日は俺と行動。俺たちは、見守る役なんだから。邪魔しないって約束だろ?」
「一緒に乗るくらい良いだろうが。」
「え?2人は来ないのか?」
 ついてこない佐助達に、幸村は少し心細げに振り返る。
「うん、俺達、ちょっとジェットコースター苦手なんだよ。2人で行ってきて。」
「おい、なんで…俺は…。」
 不満げに声を出そうとした政宗に、佐助は、幸村達から見えない場所、政宗の背中をぎゅううと強く摘まみ上げる。
「…いっっ!う、うん。俺も、ちょっとメニエール気味でね…、2人で行って来いよ。」
 ハハハと、顔を引きつらせ、政宗は、苦笑気味に言った。
「じゃあ、行こうか。」
「は、はい。」
 一番人気のジェットコースターへ向かった2人を見送って、不貞腐れ気味に政宗は身近にあるベンチに座る。佐助は横にあった自動販売機でジュースを買っている。
「…確かに、人の良さそうなやつだな。」
「だろう?旦那にはあれぐらい、優しいやつが合うんだよ。政宗じゃ、駄目なんだよ。」
 バッサリと一刀両断だ。
「大体、政宗は、今までの、自分の行動を悔い改めろよな。女の子泣かせてサイテーなんだから。」
 佐助は、ほら、と、政宗にホットコーヒーを渡しながら、自分も政宗の隣にドッカリと腰を下ろす。
「お前もねちねちと…、うるせえよ。」
「そういや、この前の日曜日の電話、大丈夫だったのか、断って。」
 彼女だったんだろ、と、佐助はカラカラだった喉を潤すように、水をがぶ飲みする。
「ああ、あいつとは別れた。」
 そう淡々と言いながら、政宗も小気味良い音を立てながらプルトップを開けて、グイッと中身を一口あおった。
「はあ?別れた??」
 佐助は濡れた口元を手の甲で拭いながら、心底驚いて、大きな声を出してしまう。
「ごめんって謝った。本気で好きなやつがいるからって…、そしたら、思いっきり跡が残るくらいのビンタされたけど。」
 まあ自業自得だから、殴られてもしょうがないけどな。と、政宗は力無く笑う。
「ま、マジで?」
「お前、何、その返事。お前が無理やり暴くみたいに、俺に気付かせたんだろ?」
「…へえ、やっと、気付いたんだ。」
 ペットボトルの底に残っていた少量の水を、地面に流しながら、下を向いたままの佐助は言葉を落とす。
「おかげさまで、眼え覚めた。携帯のメモリーに入ってた女友達関係は、全部消去したし。」
「へえ、やるじゃん。良かっただろ?すっきりして。」
 ニヤリと、口の端を上げて佐助は笑う。
「なあ、お前、どのくらい前から気付いてた?俺が、あいつを好きだって。」
「…うーん、まあ、小学校の低学年くらい?」
「そ、そんな昔?」
 え、と、政宗は自分のことながら、少し仰け反り気味に、マジで驚く。
「小学校低学年の男子ってさ、幼稚だから振り向いてもらおうと、好きな子いたら苛めるだろ。そんなで、旦那を気に入ってちょっかい出してくる男子、全部、片っ端からやり返していただろ。旦那が苛められて泣いてると、どこからともなくやってきてさ。なんか、旦那専用のヒーローみたいな感じだったなあ。」
 ハハ、と、その頃のドタバタ劇を脳裏に蘇らせ、佐助は、思い出し笑いしてしまう。
「俺、そんなことしてたか?」
「俺の幸村泣かすなって、啖呵切って怒鳴ってましたよ、あなた。」
「…もう、良いよ、わかりました。」
 聞きたくないって感じに、照れ臭くなった政宗は、ひらひらと手を振る。
「分かりやすかったよ。異常に執着してるもんね。幼馴染としての思慕にしては、俺と旦那に対する態度が全然違うし。」
「俺、区別してねえよ。俺は、佐助も勿論大事にしてるぜ。」
 嘘くせえし、と、佐助は苦笑気味に眉毛をひそめて。
「区別してんのよ、無意識に、あなたは。」
 佐助は飲み干したペットボトルをくしゃりと折り畳んだ。
「小さい頃はすっごく素直だったくせに、…なのに、自分の心偽って、女に逃げてるからさ、すっげえムカついてた。」
「佐助こそ、何で、そんなに俺を焚き付けるわけ?お前としては、俺が本気出さない方が平穏で良いんじゃねえの?」
「そこは、内緒。それは、機密事項なので。」
 佐助は、演技っぽく口元に立てた指を当てて、意味深に囁く。
「わっけわかんねえ。」
 はああと深呼吸した政宗は、頭の後ろで手を組んで、大空を仰ぐ。2月の極寒の空は、すごく高い位置にあって、空気中に冷気をはらんでいて、でもその肌を切るような冷たさが、今の火照った顔の自分には心地良かった。
「俺の優先順位は、1位、旦那の幸せだから。旦那が泣くことは許さない。それがヒントだよ。」
「…ますます、わけわかんねえし。」
「佐助、せんぱーい。」
 遠くから朗らかな笑顔で手を振ってくる幸村を見て、2人は、まるで孫の学芸会を見に来たお年寄りみたいに、頬を緩める。
「あいつだけは、ホント、昔から変わんねえな。」
「そこは、同意。だから、変えちゃ駄目なんだよ。俺様の、精神安定剤みたいなもんだし。」
「何、佐助、そんなに病んでんの?」
 お互いに前を向いたままで、会話を続ける。
「…俺様も苦労してんのよ。あんたの知らないところで。」
 佐助はベンチから立ち上がると、駆け寄ってくる幸村へ手を振り返した。
 その後、2人と合流して、4人でレストランへ入ってご飯を食べて、政宗は不服ながらも佐助とペアで色んなアトラクションに乗って、最後の方は遊園地を満喫していた。
そして、薄暗くなった頃合いに、カップル御用達の、パークの中央にそびえ立つ大観覧車に乗った。
「すっげえ綺麗な夕焼けだな。あーあ、佐助と2人じゃなければ、最高のロケーションなんだけどな。俺もあっちへ行きてえ。」
 幸村の乗るゴンドラの方を向いて、そうぶつくさ文句を垂れる政宗に。
「それはこっちも同感だけど。」
 野郎と2人で観覧車なんてバイト君に変に誤解されるし、と、不貞腐れる佐助に。
「あのさ、佐助は、幸村のこと、本当に恋愛感情としては好きじゃねえの?」
 思わず、政宗は、言い難そうにしながらも、気になっていたことを聞いてしまう。
「旦那のこと大好きだし、マジで愛しちゃってるけど、恋愛感情では無いなあ。家族、というか、兄弟というか…。まあ、政宗のライバルにはならないから、安心しても良いよ。」
「…正直、良かったけどな。お前じゃ、なんか、俺、全く勝てる気しねえ。」
 フンと政宗は鼻を鳴らしつつ、窓枠に肘を突いた姿勢で、外を見遣る。
「それに、俺様も、好きな女の子くらいいるからさ。」
「え?マジで?誰だよ。」
 興味津々で前のめり気味に聞いてきた政宗に、しっしっと追い返すように手を払う。
「政宗に言うわけないじゃん。変に応援されても、俺様困るし。」
 ふーんそう、と、間延びしたような返事を政宗はして。
「まあ、かすがと上手くやれよな。」
 余計なひと言を付け加える。
「…おまっ!言うなよ、それ、誰にも、絶対!」
 いきなり確信を突かれて、佐助は顔を真っ赤にして、狭い空間で立ち上る。
「分かったよ、でも、観覧車の中で暴れんな!揺れんだろ!!」
 形勢逆転、と、政宗は心の中でほくそ笑みながら、燃えるような緋色に染まってゆく足下の街を見下ろした。

☆☆☆☆
 ゆっくりとしたスピードで観覧車が地上へ降りてきたところで、事件は起きた。
「あれ…幸村じゃね?何してんだろ、1人で。」
「ホントだ…、旦那だ。」
 目線が同じくらいの2人は一度顔を見合わせて、こちらに背を向けて佇む幸村に、速足で近寄ってゆく。
「ねえ、何してんの?」
 ポンと肩を叩かれ振り返った幸村の顔を見て、2人とも息を飲む。ぐしゃぐしゃに子供みたいに泣いていたから。サーッと血の気が引いた佐助は、思わず幸村の肩に両手を置いて、問い質す。
「旦那、なんで泣いてるの?ねえ!」
「は、吐きそう…。」
「え?旦那?」
 顔色悪く真っ青な顔の幸村を見て、政宗も心配げに声をかける。
「どうした?幸村。大丈夫か?」
「俺…俺っ…。」
「俺、ちょっと何があったか、友達に話聞いてくるから、政宗は旦那についててあげて。」
 佐助は幸村の体を政宗に押し付けるようにして、自分は、遠くの方で立ち尽くす友達へ駆け寄って行く。
覗き込むようにしながら政宗は、少し自分より小柄の幸村を、ぎゅっと抱き閉める。
「どうした、幸村?観覧車に酔ったのか?休むなら…。」
「やっぱり駄目でござる!キスなんて…男同士で…。」
政宗の言葉をらしくなく遮り、酷く混乱したように、早口で幸村は言う。
「え?」
「顔近づけられて、すごく怖くなって、押し退けたので…。」
「…そ、そうなのか…。」
「男同士でキスなんてそんなこと、…やっぱりおかしい、気持ち悪いでござるっっ。」
 泣き声で叫ぶように言った幸村は、たまらず政宗の胸板に顔を押し付けた。
「やっぱりっ、つきあうのっ、無理でっ…。」
「幸村…。」
 もう一度強く自分の腕の中に抱き閉めながら、政宗は悲痛に顔を歪ませる。
―――気持ち、悪い…か…。
 頭にガツンと衝撃を受けた気分だ。正直、一番、言われたくなかった言葉。
 小刻みに震える肩を摩りながら、政宗は、暗い沈んだ気持ちになる。なんだか、幸村と一緒に、泣きたくなってきた。自分に言われたわけじゃないのに、その言葉の凶器は、まっすぐ、自分の心にぐっさりと突き刺さった。
―――やっぱり、男同士じゃ、駄目だよな。気持ち、悪いよな。
 俺も、確実に、男だ。
 でも、ごめん、気付いちまった。
 言えないけど、俺、幸村のこと、すっげえ、好きなんだよ。
 気持ち悪いと思われた、男なのに、どうしようもなく、幸村を、好きだなんて。
 好きになって、ごめん、ごめんな。
 政宗は、始まったばかりの恋が、見事に終わったことに、気付いた。


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