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小説
その3
 あれは半年前の2月。高校受験前の幸村に、政宗が勉強を教えていたときだった。
 ドンドンドンと床が抜けそうなくらい凄い足音を立てて、誰かが階段を駆け上がってくる。勿論、その足音の主など、誰か分かる。
「ああ、早かったな。」 
 幸村の部屋の扉が開いて、政宗は振り返りもせず声をかける。
「政宗、何、部活休んでんの!部長のくせに!!」
「俺は風邪ひいてんだよ。」
「なら家帰って大人しく寝てろよ。旦那にうつしたらどうするの!今、大事な時なのに。あと、旦那にこれ、渡してくれって。」
 高2の政宗と高1の佐助は、同じ高校の同じ剣道部で、しかも、幸村はその高校を目指して、目下勉強中だった。部活を終えて自宅へ帰ってきた佐助は、少々疲れた表情を見せつつ、幸村の肩に、トントンと「これ」の角をぶつける。
「え?何だ、これ」
 え?え?と首を傾げながら封筒を見続ける幸村に、眉根をひそめた佐助は突っ込む。
「何って、見れば分かるでしょ。手紙だよ、手紙。他の何に見える?」
「…まさか、ラブレターか?」
 癖みたいにシャーペンのお尻部分をカチカチと無意識に押しつつ、政宗は口を挟む。
「そうそう、政宗は見慣れているよね。彼女いるくせに、毎日のように貰ってるし。」
「誰から?」
 黙り込んで手紙を開き読んでいる幸村の代わりに、最近勉強の時にするようになった黒縁眼鏡を上げつつ、政宗は問うた。
「…それがね、俺の友達なんだけど。」
 言いながら佐助は幸村の隣に胡坐をかいて座って、机の上にあったチョコを一粒摘まむ。
「友達?佐助、女の友達がいるのか?」
「ちがうちがう。柔道部で筋肉隆々の男子だよ。」
「ええ、男?」
「俺ん家遊びに来た時に旦那と会ってさ、すごく気に入っちゃったんだって。可愛い女の子じゃなくて悪いけど、でも、すっごい良いやつだよ。」
「…でも、幸村には早いんじゃね?そういうの。」
 ぽりぽり頭をかきつつ、口を尖らせて、政宗は面白くなさそうに言った。
「旦那も中3だよ。15歳。恋人とかいてもおかしくないじゃん。自分は小4のときからいるくせに、過保護すぎんだよ、政宗は旦那に対して。」
「うるせえよ。過保護に関しては、佐助の方が上へ行ってるだろ。」
「それに、自分は休みのたびに彼女を家に連れ込んでんだろ。知ってんだぜ、俺様。乱れた感じでやだね、全く。」
「ばっか、幸村の前で言うんじゃねえよ。」
 幸いにも幸村は手紙に夢中で、2人の会話は耳に入ってなかったが。
「言うよ。ホントのことじゃん。女と乱れきった性生活送ってるくせに、たった2つ違いの旦那には早すぎるって何なのさ。いちいち、自分のこと棚に置いて、人の恋愛に口出すのやめたら?」
「なんでさっきから、そんなに俺に突っかかってくるんだよ。」
 この手紙の話題に関しては、蚊帳の外みたいな自分のはずなのに。
「べっつに。自分の胸にでも聞いてみれば。俺は気付いてんだよ、色々。」
 佐助の言葉の端々に、鋭い棘が出ているのが分かる。しかも、毒の入った、棘。
「…何をだよ。」
 政宗を無視して佐助は、幸村へ体ごと向き直って。
「旦那、どう?会ってみない?良いやつなんだよ。会う時は、勿論俺もついていくから。」
「…うん…、良いけど、会うだけなら…。」
 ずっと真剣に手紙を読んでいた幸村は、信頼を寄せている佐助に頼まれている手前、ウンと、頷く。
「じゃ、俺も行く。」
 ハアと、はっきりとわざとらしく、佐助は肩を落としつつ、溜息をついて。
「政宗さあ、ついてくんのは良いけど、2人の邪魔だけはすんなよ。」
 人差し指で政宗の高い鼻先を指さして、佐助はきつめに忠告する。
「佐助、お前…っ。」
 政宗も、もう黙っていられなかった。政宗が喧嘩腰に言葉を発しそうになったその時、佐助は声だけはにこやかに幸村に告げる。
「ちょっと旦那、下の台所に行って冷蔵庫からアイスとってきてくんない?」
 幸村には見えない角度で、佐助も政宗をじっと焦げるほどの激しい目つきで睨みつけながら、幸村に頼む。
「え?…アイス?」
「うん、アイス、3つ持ってきて。」
 分かったと素直に頷くと、幸村は立ち上がり、パタンと扉を閉めて出てゆく。
 残された2人の間に不穏な空気が漂う。ピリピリと痛いぐらいの緊張が張りつめられている。
 口火を切ったのは、政宗だった。
「さっきから、何なんだよ、お前。俺に喧嘩売ってんのかよ?なんか、文句でもあるわけ?」
 苛つきを隠せず、八つ当たりするように政宗は持っていた参考書を机に投げつけると、黒縁眼鏡の奥で、目を眇め、佐助を真っ直ぐ睨みつける。
「政宗が俺の友達と同じ土俵に上がりたいなら、まずは、身を綺麗にしてきてからにしろよ。じゃないと、さらさら、話にもならないから。」
「だから、それ、どういう意味なんだよ。」
「俺は、気付いてるって言ってんだろ、政宗の本当の気持ち。自分のことになると疎いんだな。旦那の恋路を邪魔するなら、正々堂々と自分と向き合ってからにしろよ。」
「はあ?」
「彼女と付き合っても、本気になれない。恋人をとっかえひっかえしてる。それは何故か分かってんの?他に、本当に大好きな相手がいるからに決まってる。お前の態度を見れば一発で分かるよ。しかも、簡単には、手を出せない、聖域みたいな相手だしな。」
「何が、言いたいんだよ。」
 そう口では言いながらも、何故か、心臓が、不整脈みたいに、変なリズムでドクンと動いた。
「今言ったので分かんないのなら、それで良いよ。でも、邪魔だけはすんな。生半可な気持ちで、旦那を傷つけるのだけは、俺が許さないよ。」
 口の中が酷く乾く。それなのに、手に汗がじわりと滲んでくる。体が、何かに気付くことを、断固拒否しているみたく。
「俺の大事な家族なんだ。政宗の感情とは別物の、家族としての愛情だけど、この世で一番大切と言い切れるよ。俺は、旦那のためなら、何だって出来るからな。ずっとずっと、一生、傍で守っていくつもりなんだから。俺は、小さい時から、そう決めている。」
「佐助…。」
 しゃがんだ姿勢で落っこちた参考書を拾い上げながら、佐助は少しだけ、声色を軟化させる。
「ずっと思ってたんだけど、政宗さ、最近、自暴自棄になってんだろ。そんなに、自分の気持ちに向き合うのが、怖いのか。」
「俺は…。」
「正直、この先、旦那に恋人出来たら、どうすんのさ?いずれその未来は、確実にやってくる。その時、政宗、精神、ぶっ壊れたりしない?ちゃんと、旦那の恋を応援出来んの?そこじゃね、大事なところは。」
 口元に手をやって、目を伏せ、じっと考え込む政宗に、佐助は、もう一度、フウと大きくため息をついて。
「とりあえず、今回のこと、邪魔だけはすんな。変なことしてみろ。俺が許さない。」
 そう啖呵を切るように言って、佐助は、話の決着をつけた。
 その絶妙なタイミングで、気が抜けるようなふわふわした雰囲気を纏った幸村が入ってくる。
「佐助、アイス持ってきたぞ。」
「ありがと。一緒に食べようね。」
 さっきの冷徹な表情とはまるで真逆な顔で幸村へ振り返って、おいでおいでと手招きする。そんな佐助を見遣って、政宗は、どっちが甘やかせてるって?と、心の中で憤慨する。
「はい、先輩も。」
 笑顔で渡してくる幸村に、ワンテンポ遅れて、それを受け取って。
「サンキュ…。」
 瞬間、机の上に置いてあった携帯がけたたましく鳴り始める。着うたで分かる、自分の彼女からだ。佐助がこちらを注目しているのを感じて、一瞬取るのを躊躇ったが、政宗は電話に出る。
「もしもし、ああ、うん、今?友達ん家…。夜?ああ…家来んの?」
 と、そこまで言って、隣に座って、嬉しそうにチョコアイスを頬張る幸村を見て、言葉を失った。その幸村の口についたチョコを、佐助が甲斐甲斐しく手で拭ってやっている。
―――もしもし?
 ぼんやりと、傍らに座る幸村に目を映して、固まってしまう。
 何も言わなくなった政宗に、訝しげな声で、通話の向こうで彼女が呼びかける。
―――政宗?
「ごめん、やっぱ、駄目だわ…。」
 政宗は、呆然とした口調で、言葉をぼそりと零した。
―――え、何で?
「ちょっと…俺…、ごめんな、やっぱ会えねえわ。」
―――用事が出来た?
「ん…もっと、重要なことに、気付いたから。後で、かけ直す。」
―――分かった…。
 パチンと携帯を閉じて、その携帯の重みを噛み締めるかのごとく、ぎゅぎゅっと握り締めて。 
 やっと、目の前にあった靄が晴れた気がした。
 胸が苦しくて苦しくて、たまらなかった理由が分かった。体調不良なんかじゃない。
 素直な気持ちに反発していたから、気持ちに偽っていたから、歪みが出来て、心が悲鳴を上げていたんだ。
 気付いたら、本当に、簡単で、単純で、でも、必然で。自分が、彼に対して、こう想うのは、当たり前で。引かれたレールの上を走る列車みたいに、ずっと生まれる前から、決められていたことのような気がした。
 ただ、認めるのが、怖かっただけだ。この想いを受け入れる勇気が無かっただけ。
 好きだと気付いたこの瞬間から、幸せと不幸せと、相反する複雑に入り混じった感情にずっと縛られ続ける時間が始まったのだ。
 簡単に、好きだなんて、言えるわけがない相手を、こんなにも好きだったなんて。
 距離が近すぎて、簡単には、変えられない関係の、彼を。
「…先輩?どうしたので?」
 下を向いて、黙りこくっている政宗に、幸村は心配げに声をかける。そんな幸村に、佐助は少し声を張り気味に、話を切り出す。
「で旦那、さっきの続き、今度の日曜日に、遊園地でも行く?」
「…遊園地?うん、良いけど。」
 アイスを食べ終わってまだまだ物足りなそうな幸村に、政宗は自分の一口食べかけを、ホイと渡す。
「俺も、やっぱり、一緒に行く。」
「政宗…。」
「分かったんだよ、佐助の言っている、意味。」
 政宗をまっすぐ見つめた佐助は、微妙な笑顔を零して、携帯をポケットから取り出すと。
「オッケー、なら段取りしとく。」
 早速、友達へ慣れた手つきでメールを打ち始めた。


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