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小説
その8
「なあなあ、今日は本当に変身しないだべか。」
 家の近所のコンビニ前まで車で送ってもらった幸村は、夕ご飯でも買って帰ろうと、コンビニへ寄ろうとする。そんな幸村の前へ再び表れたいつきは、声を投げかけてくる。
「今はそんな気分じゃないでござるよ。」
「せっかくの魔法の力なのに、使わないと損だべ。1年の契約なんだから…、可愛く変身して、あのカッコいいお兄ちゃんに会いに行こうさ♪」
「あのお兄ちゃんって…、一体誰でござるか。」
 ジト目でいつきの方を見遣る。
「聡いおらが気付かないとでも思っていただべか?」
「ううう。いつきちゃんって、本当は何歳なので?」
 その子供らしからぬ大人っぽい表情に、幸村は、非難の眼を向けた。

☆☆☆☆

 結局押し切られた形で、誰もいないことを確認すると公園のトイレの個室へ駈け込んで、秘密の呪文で変身する。狭い場所でピンクのステッキを振っていると、壁に肘やら足の膝やらをぶつけてしまった。
「…い、痛いでござる。」
 打ち身だらけになって、泣きべそをかいている幸村に、いつきは大げさにため息をつく。
「お兄ちゃん、体、固すぎだべー。もっと酢飲まねえと。」
「酢?」
「固い体には、イカの入った酢の物が一番だべ!」
 今日の恰好も、学校指定の制服。短めのスカート丈のせいか、下がスースーしてきて、心許無い幸村は、太ももを擦り合わせる。胸の方は、今回はちゃんとブラをつけているらしく、締め付けられてきて息苦しかった。
 コンビニに入ると、ふわふわ肩ぐらいの位置に浮いているいつきが、何か思いついたのか、ハイテンションで話しかけてくる。
「幸村兄ちゃんも、たまには可愛い恰好に変身したらどうだべ?」
「…これしか、分からないのでござるよ。」
 幸村は口に手を添えて小声でいつきに言う。女性物の洋服など、皆目分からない。なので、変身後の洋服が、いつも見慣れている女子の制服になってしまう。
「ほら、これ、参考に読んでみればどうだか?」
 いつきは成人向けコーナーの雑誌を1冊取り上げて、幸村の鼻先にズズいと出す。
「…これ…、これって!破廉恥な雑誌!!!ちょっ、これ、洋服着てないでござるよ!!!」
 いつきが手を離し、ふわっと落ちてきた成人向け雑誌を、慌てて両手で受け取った。
「声聞いて、もしかしてと思ったら、やっぱり、あんたか。」
「うあ!」
 聞き慣れた声に振り返ると、またもやラフな格好、黒縁眼鏡の政宗が後ろに立っていた。手に持ったカゴには、ミネラルウォーター数本とバイク雑誌が入っている。
「あ?」幸村が手に持っているそれを確認して、政宗は頭をかきつつ思わず苦笑する。
「ふーん、何、そんなの、気になるのか?意外だな。」
「ち!ちがっ!!!」
 幸村は、顔から火が出るほど赤くなる。慌てふためく感じで、雑誌を元の位置へ戻した。
「まあ、思春期だからな。色んなもん気になるだろ。」
「誤解でござるっ!俺、こんなのっ、気になってないっ!!」
 隠さなくて良いって、と、軽くあしらわれてしまって、幸村は、もう、と、口をアヒルみたいに尖らせる。いつきちゃんめー!!!と、幸村は、いつの間にか消えているいつきがいた場所を、涙目で恨めし気に睨んだ。
「で、ゆきは、何、買いに来たんだ。」
「お菓子とアイスとジュースと、夕ご飯にから揚げ弁当でござるが…。」
「おいおい、成長期なのに、コンビニ弁当じゃ、体に悪いぜ。」
 その生活習慣病一直線なラインナップに、政宗は黒縁眼鏡の中央を押し上げながら顔をしかめる。
「俺、…自分では、インスタントラーメンも作れない、ので。」
 言い難そうに足元へ目線を落としつつ、幸村はボソリと声を漏らす。
「え?」
「親代わりのさすけ…、いえ、従兄弟が、今日から修学旅行で北海道へ行ってしまって。」
「親代わりって…、ご両親…もしかして、ごめん…。」
 政宗は、申し訳無さそうな表情で思わず謝る。
「いえいえ、違うでござる!両親は健在で、父が会社員なんでござるが、海外赴任で、オーストラリアに行っていていないだけで。」
へえ、親父さん凄いんだな、と感心したように言った政宗は、少し考える素振りを見せて、聞いてくる。
「じゃ、えっと、双子のお兄さんは?」
「え?お兄さん…。」
 そうか、この場合の「兄」は、公務員で独り暮らしの兄じゃ無く自分のことだ、と、こんがらがりそうな関係性に、幸村は頭が爆発しそうになりつつも。
「ああ、あのっ!兄も、友達の家に泊まりに!!」
「え、…あいつの家に、泊まりかよ…。」
 政宗は口に手をやりながら、険しい顔をしてぶつぶつと呟く。
「あいつって?」
「いや、わりい…、こっちの話…。」
 政宗はコンビニ内で位置を移動しながら、目の前にある棚の女性物の化粧品を物珍しそうに手に取りつつ。
「なあ、ゆきの兄貴さ、誰かと、つきあってるとかねえの?」
「ええええっ!そんなの、有り得ないでござる!!」
 ブンブンと、顔を真っ赤にして首を横に振る。
「マジで?妹のあんたには内緒とかじゃ、なくて?」
 そんなの自分のことだから分かる。
「生まれてから1度も、誰かとつきあったことなんて、無いでござる!」
 声を大にして言える。…勿論、けっして威張れることじゃないけど。
「そう、なのか…、ふーん。」
 何か複雑そうな表情で視線を横に流しながら、政宗は口ごもる。
「俺の兄が何か?」
「いや、別に…。」
 何かしばらく考え込むように黙り込んで、政宗は、そうだ、と、声を出す。
「俺がゆきの晩御飯、作ってやろうか?」
「え、そ、そんなの悪いでござるっ!」
「いいっていいって。1人分作るのと2人分作るのは同じだから。」
「でも…。」申し訳ないと食い下がる幸村に。
「1人でわびしく食べるより、誰かと食べる方が、美味しいぜ。」
 何かお菓子欲しいのあったら、全部カゴに放り込んで良いよ、と甘やかすように言いながら、政宗は、自分より10p以上小さい幸村の肩を強引に抱き寄せて。
「それに、俺が、ゆきと一緒に食べたいんだよ。」
「は、はい…。」
 綺麗なウィンクを見せる政宗に、幸村は頬をポッと染めて頷くしか出来なかった。



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