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小説
その7
 車は首都高を降りて、更に街中を目指して走っている。運転は穏やかで、振動が心地良かった。
「いきなり誘ってびっくりさせたな。すまない。」
 信号待ちで、三成は助手席の幸村の方を見ながら、三成は今日何度目かの謝罪の言葉を口にする。
「いや、良いですけど。」
「話してると…君とは初めて会った気がしない。なんだか、穏やかな気持ちになるんだよな。」
「そ、そうでござるか…。」
「君にそっくりな人を知ってるからかな。」
 う、と、息を詰まらせた幸村は、騙している気がして、またもや心が苦しくなる。
他人の空似だと思うけど、と、三成は言いながら、慣れた手つきでカーナビを押している。
「表参道のイタリアン、で、良いかな。前に、仕事関係の人と行ったところが美味しくて、雰囲気も良かったんだ。」
「は、はい…。」
 表参道もイタリアンも、普段の学校と家を往復するだけの生活ではあまり触れられないキーワードで、幸村はその敷居の高さに少しだけ緊張する。
 そうだ、大事なこと聞くの忘れていた、と、三成は前置きして。
「名前、聞いても良いかな?」
「真田、幸村、です。」
「良い名前だな。ご両親は、君のこと、大切に想っているんだな。」
「え?」
「だって、「幸」っていう字が入っているから。ご両親は君に幸せになって欲しいと思って、そう名付けたんだろう。」
 ウィンカーを右に出しながら、車線変更をしている三成の横顔をじっと見つめて、幸村は、その声の優しい響きに耳を傾ける。
「君といると、自分まで幸せを分けて貰っている気分になるな…。」
 その三成の小さな呟きに似た言葉が聞き取れなくて、幸村は聞き返すように声を漏らす。
「え?」
 途端、ダッシュボードの上に無造作に置いてあった携帯のバイブが鳴った。
「ちょっとごめん。」と断って、車を左に寄せて止めた三成は、少し眉根をひそめて電話に出る。
「はい、石田です。え、ああ、今日は休みなんですが。……はい、分かりました。今から行きます。」
 フウと深い、胃の底から出したような溜息をついて、パチンと携帯を閉じる。現実に戻された、と、小さくぼやいた。
「ごめん、急きょ仕事入ってしまった。人手が足りない小さな会社だから。本当に申し訳ないけど、家の近くまで送るよ。」
「…は、はい。」
「あの…、また、会えるかな。今度こそ、ちゃんとご飯に行こう。」
 突然、膝の上へ置いていた手に、その上から掌を被せるふうにぎゅっと握られて、幸村はビックリして、背筋をシャキッとまっすぐにする。
「え、あのっ、ええっ?」
「い、いや、ごめん。怖がらないでくれ。」
「あのこれは、し、仕事…で、ですか?」
 どうしても自分を通して、「ゆき」に会いたいんじゃないかと、疑心暗鬼になる。こんな優しい表情も、かけられる耳がくすぐったい甘い言葉も、全て、仕事のためじゃないかと、不安になる。
「違う。今日初対面の君にこんなこと言うのは、変だと分かっているんだけど。仕事じゃなくて、私自身が、君に、会いたいだけなんだよ。」
 三成は車内のサイドポケットにあった黒い手帳を開くと、さらさらとペンで書きなぐって、ベリッとそれを1枚破る。
「これ、自分のプライベート用の電話番号とメルアド。私と会っても良いって思ったら、連絡してくれ。」
「え?…あ、あの!お、俺…、その…、携帯持ってなくて。」
 思い出す、「ゆき」に変身していたときに、メアドを交換してしまっていたことを。
ここで、自分の携帯で連絡してしまうと、「ゆき」と自分が同一人物だと知られてしまう。それだけは避けなければならなかった。
「そう…、悪かった。気持ちが先走ってしまって…。」
 三成はやんわりと誘いを断られたと勘違いしたのか、表情をサッと曇らせる。
「違うんです、嫌とかじゃなくて…。絶対、俺、家の電話から掛けますから!」
 一生懸命、幸村は分かってもらおうと、必死さを滲ませて声を出す。
「分かった、幸村。ずっと、連絡、待ってるから。」
 下の名前を呼ばれて、幸村は、また不整脈みたいに心臓を躍らせる。顔を真っ赤にして俯いた幸村に、三成はフワッと柔和に微笑むと、可愛いなと小さく呟いて、また幸村の頭を優しい仕草でくしゃりと何度も撫でた。


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