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小説
その6
―――今日はお休みみたいだな。
 政宗のバイト先であるカフェを外から覗き込んで、彼がいないのを確認するけれど、美味しそうなコーヒーの匂いに誘われるように、店内へ体が吸い込まれていく。
「なーなー、今日は変身しないのかあ?今から原宿へくりだそうべ。巷では、「ごしっくろりーた」ってもんが流行っているそうだべ。なーなー。一緒に綺麗なおべべ着て、おらとぷりくら撮ろう〜。」
 変身しようと、先ほどから耳にタコが出来そうなほど、耳元で連呼しているいつきの声を聞かぬふりを決め込んで、幸村は女子高生3人組の後ろへ並ぶ。
 女の子達も政宗のファンだったのだろう、伊達さんいなくて残念だね、とかいう囁きを聞いてしまって、またもや複雑な表情で幸村は俯く。
「次お待ちの方、こちらへどうぞ。」
とりあえず、カフェモカを頼んで、日当たりの良さげなテラス席に着いた。
今日は春らしく日差しが温かで、頬に当たるその撫でるようなそよ風も気持ちが良い。
穏やかな気分で、新緑が眩しい街路樹や忙しく行きかう人々をぼんやりと目に映しつつ、そのお洒落な洋楽がかかるカフェの雰囲気を楽しんでいると。
「君!」
 唇を、開けた飲み口に付けた瞬間、ぐいっと肩を後ろに引かれた。
「あつ!」
 その反動で飛沫が飛んで上唇を火傷しそうになって、非難の意味も込めて、素早く涙目で幸村は振り返る。
 相手を確認して、2人とも驚きの表情で固まってしまった。
「お、男!?」
「あああ!」
 ワンテンポ遅れて、驚愕の声を出す。驚いた内容は、お互いに違っていたけれど。
―――この前の、芸能ブロダクションの石田さん!
 かっちりした営業らしいスーツ姿では無く、オーガニックのコットンシャツと焦げ茶の上着という、少しだけラフな格好になっているんで、一瞬、誰かと思った。
「あ、すまない、その、いや、私は、あの、怪しい者では無くて…、芸能事務所で働いていて…えっと…。」
 パッと幸村の肩を掴んでいた手を離して、前回冷静沈着っぽく見えた彼らしくなく、降参みたいに両手を広げて狼狽える。
―――そうか、今の自分は、初対面になるんだ。
確かに、初対面の相手に今の行為をしてしまうと、恥ずかしくてたまらないし、どう繕っていいか分からなくなるだろう。
「…何か、俺に、ご用ですか?」
 そんな、あーとかうーとか言っている焦りまくりの三成に、逆に申し訳ないと思ってしまった幸村は、少し困ったような笑顔で、後ろに立つ彼に問うた。
「それが人違いで…、あの、脅かして、本当にすまない。」
「い、いえ!」こちらこそ男でごめんなさい、と言いそうになったのを飲み込んで、ふるふると、幸村は首を横に振る。
「ここ、座っても?」
「ど、どうぞっ!」慌てながら素早く椅子から荷物をどかして、隣の席を開ける。
「君、制服だけど、今、学校帰りなのか?」
「はい、俺、この近くの青陵高校に通っていて…。」
「そうか、高校生か…。」
 そう呟くように声を漏らしながら、三成は、眼鏡を一度外して、ハンカチで脂汗でも出たらしく額を拭いている。そして、やっと落ち着いたのか、フウと1つ大きく息を吐いて、ブラックのコーヒーを啜った。
「高校か…、なんか凄く遠い昔に感じるな。」
 幸村は、隣に座る彼の、その眼鏡をかけない顔を初めて見て、やっぱり肌が白くて綺麗な顔だな、と、惚れ惚れするように眺めてしまう。
されど三成が、長い睫毛で色素の薄い瞳を伏せて、しみじみと呟いた、その言葉に。
「まだ、大学卒業して半年も経たないんだけど。」
「ええええ?まだ働き出して、半年も経ってないんですか?」
 間髪入れず、幸村は驚いて椅子から落ちそうに少々仰け反ってしまう。
「え?何だ、そのリアクションは…。そんなに老けて見えるか?これでも私は22なんだが…。」
「いえ…、別にそういうわけでは…。」
 幸村は気まずそうに肩を丸めて、両手で持ったカフェモカをズズズと飲む。
 外見云々の話では無く、あんな会社の運命も変える重要な仕事をしていたから、もっとベテランさんなのかと思ったのだ。
「で、君は何年生なんだ?」
「俺は、高校1年生でござる。」
「だから、まだ幼い感じなんだな。」
 それとも、童顔?と、ド近眼の三成は、幸村の顔を覗き込むように、鼻頭が触れ合うほど近くで見て、クスッとはにかんだように笑った。その微笑みに、幸村は、ドクン、と、胸をときめかせてしまって、心の中で動揺する。
「それにこれ、匂いからしてすごく甘そうだな。甘いものが好きなのか?」
 三成は、蓋で中身が見えないカフェモカの容器を指さして問うてくる。
「甘いものは大好物でござるよ。」
 甘いものに本当に目が無い幸村は、おもわずにっこりと破顔した。
「ケーキもチョコも大福も、甘いものなら何でも大好きでござる!」
「へえ。なんか、君は、餌付けしたくなる可愛さだな。」
 三成は、仕事から離れて完全に緊張が解けているのか、先日会った時とは比べ物にならないくらい優しい眼でこちらを眺めて、くしゃくしゃと頭を掻き混ぜるように撫でてきた。
「俺、…犬や猫ではござらぬよ…。」
 幸村は、ちょっと不貞腐れて言うと、長い指で髪に触られるのがくすぐったくて、目を閉じてしまう。
「あっと、悪かった…、あまりに君が可愛いから、ちょっとふざけて…。」
 左手の時計を眼球にくっつきそうなほど近くまで寄せて確認すると、もう17時を周っていた。そうだ、と、三成は少し大きめに声を張って。
「…あの、良かったら、今から御飯とか、一緒にどうか?いや、ナンパとかじゃなくて…、これでは…また怪しいか。」
 何やら緊張しているのか目元を真っ赤にして、幸村と目を合わすことが出来ず、どこか違う所を見ながら、三成はとつとつと告げてくる。言葉の最後の方は、ぶつぶつと独り言みたいになってしまっていた。
「こういう誘ったりするの、実は慣れてなくて…、仕事の時は、すいすい言葉が出てくるんだが…。」
「別に、俺、怪しいなんて、思ってないでござるよ。」
 逆に、何だか、可愛い人と思ってしまった。あの初対面の時の周りが引くほどの冷たさと、あまりにギャップがありすぎて、こんな純粋で優しい人だったんだと知って、本当に驚いてしまう。
「そ、そうか。なら、良いのだが。じゃあ、そこに自分の車、停めているから、一緒に…。」
「でも、俺で、良いのでござるか?誰かと間違えたのでは?」
 そうだ、何度も思うけど、自分は今、変身後の女のゆきでは無い。自分を通して「ゆき」に会いたいのでは、と、勘ぐってしまって、若干疑心暗鬼になっていた。
 え、と三成は、一度瞬きをして、細いフレームの眼鏡をかけ直して。
「ああ、ちょっと、君と、もっと話がしてみたい、と思って。何度も言うけど、これは仕事とは別だ。それに、私はマネジメントが仕事であって、スカウトとかはしていないから…。まあ実際は、1人だけ探している子はいるけど。でも、全然連絡が取れなくて…多分、フラれたんだと思う。諦めきれそうにないが、でも、無理強いは駄目だからな。彼女の人生は彼女のものだし…。」
 口元に男性にしては綺麗な手をやりながら言った三成の言葉の最後の方は、自らに言い聞かせる感じだった。
―――そうだ。あまり芸能界とか関わりたくないって思ったから、石田さんから着信入っていたのを、見ないふりしていたんだった。
 凹んだ自分を隠そうとしつつ苦笑する三成を見ると、すごく罪悪感に縛られてしまった。ちゃんと電話取れば良かったと、本当に申し訳なく思う。
「何か、食べ物の好き嫌いとかは?」
「別に何でも食べられるでござるよ。」
 そう、成長期だから、ちゃんと食べて、もっと大きくなった方が良い、と、三成は大きく頷いて。
「じゃあ、行こうか。あ、それ、持ってあげるよ。」
 言いながら、既に鞄とサブバックをスマートな動きで持ってくれていた。女の子相手のマネージャーという職業病なのか、その仕草はごく自然で慣れている感じだった。
「え、でも…。」
「ほら、君は、そのドリンク零さないように持たないといけないだろ。」
「これぐらいは、大丈夫でござるよ!」
 ぷうと子供みたいにむくれる幸村に、ハハと、三成は楽しげに声を出して笑う。
 でも悲しいかな余所見をしていたせいで、その足元の段差に気付かなかった。
「あえ?」
 視界がぶれたと同時に、ズルッと皮靴の裏がコンクリートを滑る。
「うわあ!」幸村は反射的に衝撃に備えて目を閉じてしまう。
「危ないっ。」
ドサドサと荷物が床へばらまかれるように落ちて。
「大丈夫か?」
 ホッとしたような声で耳元に囁かれて、幸村はおそるおそる目を開ける。
 気付くと、幸村は飲み物を両手で死守して、その幸村を三成が後ろから羽交い絞めするように抱きとめている状態だった。
「…あ、あ、あの、ありがとうございます。」
「大丈夫だったみたいだな、それ。」
 まず、幸村を床へ無事下ろして、落としてしまった荷物をしゃがんで拾いながら、三成は見上げる姿勢で、良かったな、と、声をかけてくる。
「ごめんなさい。」
 言った傍からこけてしまった自分に、幸村はしゅんとなる。
「そんな気にしなくて良いよ、なんか、私の方が役得だったし。」
「え?」
「ほら、行こう。」
 荷物を全部左手に持ち直して、三成はさりげなく空いた右腕で肩を抱いてくる。
「は、はい。」
 その近すぎる距離感に、幸村は鼓動を高ぶらせてドキドキしてしまう。
 さっきレジ待ちで一緒になった女の子たちがこっちを見て噂話をしていて、更にいたたまれなくなった。

 

 キキッ、と車輪がアスファルトと摩擦し、軋む音を立てて、ブレーキがかかった。
「あれ…。」
 バイト先へと自転車でやってきていた政宗は、意外な組み合わせの2人を見つけて、道の途中で止まる。
路上駐車場に停めていた国産車の助手席を三成が開き、それにブレザー姿の幸村が乗り込むところだった。そんな2人の楽しげな姿を、訝しげに見遣る。
「あれは…、ゆきの兄貴と…石田…。」
 眼鏡の角度を直しながら、もう一度しっかり確認するように見て。
「あの2人、…なんで…。」
 車が走り去る所まで見送って、苦々しい表情をした政宗は、握ったハンドルに必要以上に力を込めて、チッと舌打ちをした。




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