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小説
その4
「俺さ、大学卒業したら、テレビ局とか新聞社とか、そういうマスコミ関係に就職したいんだよな。それで、幼馴染がアイドル専門のスタイリストをしてて、たまに手伝う名目で、見学させてもらったりしてんの。今日はスタジオでCM撮影。」
「へえ…。」
「ゆきは将来、何になりたいとかあるのか?」
 政宗は、ヒールのせいでおぼつかない足取りの幸村に歩調を合わせつつ、話の流れで聞いてくる。
「お、俺は…。」
 うーんと、足元を見ながら幸村は黙り込む。未来の自分、将来のこと。分岐点まで、あと、2年もあると考えるのか、あと、2年しかないと考えるのか。あまりに漠然としすぎて、分からない。
「そうか、ゆきは高校1年生だったっけ。じゃあ、まだまだこれからだよな。高校生活、楽しまないとな。」
身長差20pくらいの政宗に、ポンポンと子ども扱いで頭を撫でられて、ううう、と、幸村は唸ってしまう。
大学1年生の彼との3歳の年の差がとても大きいものに感じられて、埋められない溝みたいに思えて、幸村は少し悲しくなって下唇を噛む。
「ぶ!」考え込みすぎて、突然立ち止まった政宗の背中に、トンと、鼻の頭をぶつけてしまった。
「着いたぜ、ゆき。」
 鼻の頭を押さえつつ、上を見上げると、着いたのは、10階建ての都内某所の雑居ビル。この中に、今日撮影で使われる撮影スタジオがある。
 誰かの名刺を見せて受付を通り、エレベーターで指定された階数へ着くと。
「悪い、政宗。今日は、ちょっとゴタゴタしていて。」
 スタジオの廊下で出迎えた、スタイリストをしているという孫市は、胸の前でバッテンをしてみせる。何か事件でも起こったのか、表情も少々疲れ切っているように見えた。
「何かあったのか?」
 神妙な顔つきで問う政宗に、アレアレと、孫市は閉ざされた部屋を親指で指さす。
「どうするんですか?ここ、穴開けられると、数千万の違約金、発生しますけど。相手のアイドルは、今人気絶頂の国民的アイドル様ですからね。」
 その室内から激しい怒号が聞こえてくる。
「だったら!…代わりを、見つけてきたら良いんですね、分かりました。」
「ちょっと、君!」
 誰かが、啖呵を切るように言い放って、バタンッと荒々しく目の前の扉が開いて。
「うわっ!」いきなり眼前で風を切って開いたそれに、驚いた幸村は、思わず声を出してしまう。
携帯を右指で弄りながら、部屋から出てきた細身のスーツ姿の人と、ばっちり目が合った。
 最初、苛々が頂点を振り切ったような、近寄り難い雰囲気だった彼は。
「あ。」という、驚き顔に変貌して。
そして、「いた。」と、ボソリと、周囲が聞き取れるか聞き取れないかの、微妙な大きさの独り言を発して。
「え?」
 突然、幸村の手を引いた。
 完全に無防備だった幸村は、ぐいっと急に手前に手を引かれて、面食らってふらつく。
「変わり、いました!」
 彼は、幸村の手を握ったまま、部屋の扉を開けて声を張り上げる。
「えええええっ。」
 その怒涛のごとき展開に、幸村は意味も分からず、そのまま雪崩れ込むように部屋に連れ込まれていきそうになる。
「ちょっと、いきなり何なんだよ。変わりって何?」
 そこに割って入ったのは、政宗だった。幸村を庇うように、スーツ姿の男との間に立つ。
「説明も無しに、そっちの都合で決めるなんて。ちょっと、それはおかしいんじゃねえの、あんた。」
「……っ。」
 ギリッと歯ぎしりが聞こえてきそうなほど、相手は再び怒りが頂点に達しているようだ。
 背の高い2人はそのまま睨み合っている。その一触即発の感じに、間に挟まれ、その谷間にいる幸村は、2人をキョロキョロ交互に見ながら、オロオロとするばかり。怒りと連動するように、未だ、ぎゅうと力を込めて握られた手が、痛い。
「あの、止めてください!喧嘩しないで下され!!!」
 意を決した幸村が、眉をハノ字にして、自分の頭の上で緊張が張りつめている2人に、叫ぶように言った。
「え?」
「ゆき?」
 そんな心配げな表情の幸村を見下ろして、スーツ男は細いフレームの眼鏡の位置を直しながら、フウと溜息をつくと。
「そちらは?」
「え、俺?…、俺は、この子の…友達っつーか、保護者っつーか。」
 突然問われて、政宗はちょっと困ったように告げる。
確かに、今日、初めて会ったばかりで、自分達の関係性をどう説明したら良いか、本人も分からないようだ。
「石田君、どうするの?もう時間無いよ。相手、来ちゃうけど。」
 さっき三成が話していた相手も、苦々しい顔つきで部屋から出てきた。部屋の外の騒動が聞こえて出て来たらしい。サラリーマン風の貫禄がある中年男性だった。どうやら、広告代理店の重鎮のようだ。
「お願いします。どうか、協力してください。」
 掴んでいた幸村の手を離して、目の前のスーツの彼は、潔く、幸村に思い切り頭を下げた。日本のサラリーマンの姿というか、何というか。仕事のためなら、理性も働くという感じだ。
「え、えええっ、あの、お、俺…、そんなこと急に言われても、何を、協力していいのか…。」
 両手をブンブンと顔の前で振った幸村は、テンパったように、声を裏返す。
「じゃあ説明するから、とりあえず、中に入ってくれ。勿論、お友達も一緒で構わない。」
 ちょっと嫌味を込めて「お友達」を強調されて、政宗は一瞬ムッとするけれど、幸村の肩を安心させるようにしっかりと抱いて、一緒に室内へと入る。
 そこは、机と椅子が並べられてある、会議室だった。
 幸村達と向かい合って座った彼は、最初に、と、名刺を机の中央に差し出した。
「私は、芸能プロダクションの者です。モデルのマネージャーをしています。」
 名刺には、フライングプロモーション株式会社、営業、石田 三成と、書いてある。
「今日、うちの新人モデルの子が、化粧品のCMに出る予定だったんだが、急性虫垂炎で病院に運ばれて行ってしまって…。共演相手が悪かったんだ、超売れっ子の国民的アイドルグループのスターウェイの堀田翼だから。」
 ハーと大きくため息をついて、三成は頭を抱える。
「え!まじ!!」
 その名前に即座に反応して驚く政宗の隣で、幸村は口を半開きでポカンとしてる。芸能界に疎すぎて、どんだけ相手が有名なのか分かっていないのだ。
「売れっ子過ぎて、相手のスケジュールが今日、しかも数時間しか空いていない。ここに穴を開けてしまうと、相手の分の損害も出てしまう。もう、うちから代役を連れてくる時間も無い。だから…、君に、うちのモデルの代役として、化粧品のCMに出て欲しい。」
「も、も、も、モデル?!俺、そんなの、絶対、無理でござる。」
 ここで、事の重大さに気づき、幸村は再び慌てふためく。
「お願いだ!この通り。もう君しかいないんだ。」
 三成は、机に両手を突いて、必死さを滲ませて、頭を下げてくる。
「俺なんかじゃ…、その国民的アイドルさん?と、釣り合いが取れなさすぎ…。」
「そんな、君は、すっごく可愛いと思う。会った瞬間、私は、吃驚したんだ…、こんな可愛い子がいたなんて。」
 ぎゅっと幸村の右手を両手で握って力説してくる三成に、ボボッと頬を赤らめて、ドギマギしてしまって俯く。お世辞だと分かっていても、手放しで褒められるのに慣れていない幸村は、照れてしまう。
「えええっ…そんなこと言われても…俺…。」
「えーっと、石田さん?俺は、本人が嫌がってるのを、無理やりさせんのはどうかと思うぜ。」
 何故か隣で不機嫌オーラ全開の政宗は、されど、やんわりとした仕草で、幸村の手を三成から解放する。人の良い幸村がこのままだと押し切られてしまいそうなので、小姑みたく口を挟んだ。
「確かに…伊達君の言うとおりだ。でも、しつこいと思われるかもしれないけど、私は、君をあきらめたくない。」
 じっと、真剣な顔つきで、三成は真っ直ぐ幸村だけを見て。
「最初はうちのモデルの代役、とか、言っていたけど。私は、今まで会ったモデルや女優やアイドルの中で、君には他に無い、内に秘めた輝きというか、魅力を感じている。」
「俺…、そんな…。」
 上ずった幸村の呟きに、被せるように、三成は真摯な口調で続ける。
「どうか、一度だけで良いんだ。何もしなくていい。ただ、カメラの前で、一度目を閉じて、そして、笑ってくれるだけで良い。それだけだから。それ以外は、画面の中で、座っていてくれるだけで。」
「え?」
 反応を僅かに変化させた幸村は、それだけで?と、問うた。
「おい、ゆき?」
 傍らの政宗が、弾かれたように、幸村を見る。
「なら…、俺、やってみるでござる。」
「え、…大丈夫なのか?」
 幸村の肩に手を置き、心配げに覗き込んでくる政宗に、コクンと、幸村は、一度しっかりと縦に頷いてみせる。
「すっごく恥ずかしいでござるし、自分に務まるかどうかは分からないでござるが…、何とか、それぐらいなら。それに、マネージャーさんが、すごく困っている、みたいなので。」
 え、と、瞬きをした三成は一瞬、幸村の言ったことに、吃驚して。
「ありがとう。本当に感謝する。」
 やっと緊張を崩して、氷が溶けたみたいに、小さく笑顔を見せる。
 今更気付いたけれど、この人、何で裏方してるのっていうくらい美形だ。俳優とかモデルとか言っても通用する容姿だ。
 幸村は男前に2人に囲まれて、よくよく考えたら、普通の大学生にしては政宗もカッコ良すぎる感じだから、この2人がコンビ組んでCM出れば良いんじゃとか、余計なことを思ってしまう。2人とも、今、種類こそ違うが、眼鏡かけているから、眼鏡の宣伝とか。
「じゃあ、早速、準備に取り掛かるから。相手が、30分後にはスタンバイ完了する予定なんだ。それに間に合うように、メイクと衣装を合わせて…。」
 三成は、背広を捲って左手にした腕時計と、スマートフォンを忙しなく確認しながら告げる。
「もう時間無い。早速準備始めよう。今回の、白い、雪の妖精みたいな衣装なんだ。君に、すごく似合うと思う。じゃあ、着替えとメイク始めるから、こっちへ。」
 と、立ち上った三成に、再び手を引かれる。
「は、はい!」幸村は、カチコチに緊張に縛られ、右手右足を同時に出してしまう。
「伊達君は、この控室で待っててくれ。」
「…はい。」
 政宗は若干不服そうな顔でしぶしぶ頷くけれど、振り返った幸村へ向かって小さく手を振る。
「ゆき、がんばれ。」
 小声で、口パクみたいに、励まして。
「はい!」
 幸村は、元気いっぱいに手を振り返す。
 ことを静観していた苦笑気味の孫市も、やっと仕事が始められる、と、両肩を一度回して、準備を開始した。


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