[携帯モード] [URL送信]

小説
番外編 その2
☆☆☆☆
 現国の先生が突然急病のため早退したということで、急きょ自習になった。
 幸村は一応現国のノートと教科書を開き、勉強するふりをしながら、物思いに耽る。鼻と口の間に器用にシャーペンを挟み。
「…会いたいな…、先輩…。」
 机に肘を突いた姿勢で、寒々しい窓の外を見ながら、自分にだけ聞こえる音量で、ボソリと独り言を言ってしまう。
 男なのに、こんなのかなり女々しいけれど、抱っこしてもらって、キスしてもらって、甘く名前を呼んでほしい。三成の独特のくせ、くすぐるように耳たぶに唇を寄せて、好きだ、と囁かれて。そして…、と、そこまで考えて、1人体を熱くする。
―――うう、破廉恥極まりないでござる!!
突然自分の頬を、ぱしんぱしんと両手で叩き始めた幸村に、とうとうおかしくなったと、クラスメイト達は自分達のしていた動きを止めて驚きと憐れみ半々の視線を向ける。
あれから、もう、半月。
 会わないとした三成の決心は固く、あれから会っていないどころか、メールさえもしていない。一年生は基本三年生のいる三階まで上がらない上、高等部だけでも全校生徒が1000人規模なので、偶然会うという、奇跡に近いことは無い。
 自分から会わないと、そう言っておいて、かなり辛くなっている。会えないからこそ、ますます、好きだという想いが、心から溢れ出しそうに募ってくる。自分の中の、三成の占有率に、改めて驚く。何もかもが手につかないくらいに、大好きで大好きで、たまらないのだ。
―――好き、すっごく好き。
 改めて言葉にすると恥ずかしいけれど。
 こんな想いは、生まれて初めてだ。
 幸村は、胸が切なくて苦しすぎて、机に突っ伏してしまう。
「ねえねえ、石田先輩ってさ。」
―――!?
 隣の席に固まっている3人の女子達の会話に、1人鼓動を高めた幸村は、立てた教科書で顔を隠しつつ、耳をダンボにしてしまう。
「うちの大学部に受験するみたいね。」
 ええ、来年もあの麗しい姿を見れるってこと?と女子は、黄色い声ではしゃぐ。
 大学部は同じ敷地内に並ぶようにして立っているし、学食とかはフリーパスで入れる。
「最初、違う大学を第一志望にしていたから、推薦は無理だったらしいよね。」
「確かに、石田先輩、頭めっちゃ良いから、推薦なら一発合格っぽいのにね。」
「え、でも、何でこんなギリギリになって変えたんだろ?」
「もしかして、彼女の影響とか?」
 ええー、マジで??と、両側の女子は口に手を当ててオーバーリアクションで驚く。
 女子の恋バナはヒートアップしてゆく。自習なんて名ばかりで、完璧に休憩時間だ。
 しかし、女子の洞察力は凄い。申し訳ないやら何やらで、幸村は複雑な心境で、落ち着きなくそれを耳を側立てて聞いてしまう。
「でも最近、なんか彼女と別れたって聞いたよ。登下校も1人でいることが多いらしいし。」
 チャンスじゃん!あんたアタックしてみたら?と、三成のファンらしい女の子の肩をポンと叩く。
「なんか放課後は、いつも1人で、図書室で勉強しているそうだよ。行ってみなよ。」
 えーどうしよかな、と、女の子の1人が迷うそぶりを見せる。
―――図書室、か…。
 幸村は、自分の下唇にシャーペンの底をコツンと当てつつ、目を伏せて考える。
 ―――会いに行くのも、反則でござるかな…。
 
☆☆☆☆
でも、その日の放課後、幸村は、我慢できずに図書室へ足を向けていた。
―――こっそり見るだけなら、許してもらえるでござる…かな。
「あ、」
 図書室にある自習室で、黙々と勉強に励んでいる。
―――本当に、いた。
幸村は本を選ぶふりをしながら、背の高い本棚に隠れ、三成の様子を陰から盗み見する。剣道一直線な幸村にとって、普段図書室なんて縁遠い場所のため、三成がどこにいるのか、かなり探したのだ。その背表紙を指にひっかけている本も、見たことさえもないものだ。
久々に大好きな三成を見て、幸村は、また感情を高ぶらせる。
―――やっぱり男前でござるよな…。
自分なんかには、勿体なすぎるほどに。
―――好き…やっぱり、俺、こんなに、大好きなんだ…。
「石田君。ここ、空いてる?」
「空いてるけど。」
 突然、三成の傍に女生徒が来て、三成の背後に立った。
 眼鏡の中央を神経質に上げつつ、三成は至極そっけない態度で、そちらへ顔さえ向けずに端的に返事する。三成のそんな態度にもめげず、女生徒は隣に座って勉強道具を鞄から出し始める。
「石田君、ここの医学部受けるんでしょ。」
「ああ。そのつもりだけど。」
「私も受けるの。よろしくね。」
「…。」
「ねえねえ、ここ、分かる?」
 甘えるみたいに聞いてきた女生徒は、必要以上に三成の傍に寄った。
「ここは…。」
 表情を変えない三成は、そう言って、体を伸ばすと彼女の問題集にシャーペンを走らせる。2人肩を寄せ合って、問題集を解いている姿は、幸村の眼にも、絵になるように映って。
 すごく綺麗で、頭の良さそうな女性。自分なんかより、数百倍、お似合いな気がする。
―――先輩…、俺…。
 下唇を噛んで、泣きそうに目を潤ませる。
女々しすぎると我ながら思いながらも、長い睫毛を伏せて、声を出して泣きそうになる。
 ―――先輩、俺…、このまま別れた方が…先輩のために、なるのかも。
 堪えきれない寂しさと悲しさのせいで、自暴自棄になってくる。このまま会わない方が、三成のために良いのではないか、なんて、思えてくる。悪い方に悪い方にと、考えが転がってゆく。
 打ちひしがれたかのごとく、ズビッと鼻を啜って、もう見ていられなくなった幸村はそこから離れようと、踵を返したとき。
「おーっと、お2人さん、はいはい、ちょいとごめんよお。」
 椅子を持参してきた誰かが、2人の間に、変なテンションで強引に割って入ってくる。
―――も、元親先輩!?
そこに突然乱入してきた先輩に、幸村は、涙の粒を飛ばしながら、目を瞬かせた。
「元親…、貴様。」
「長曾我部君?」
「俺も一緒に勉強させてもらうぜ、三成。」
 よっこいせと椅子へ男らしく豪快に座って、にっこりと微笑んだ元親に。
「元親、貴様、大学受かってるだろうがっ!」
 三成は眉間に皺を寄せて、がなり立てる。
「いやー、俺ももうちょっと頭良くなりてえんだよ。可愛い後輩たちに面目が立たないだろ。幸村とか、元就とか、俺に勉強教えてくれって甘えてきて、五月蠅くてな〜。けど、俺も後輩には弱いんだよ。ホント可愛いよな、あいつら。」
「甘える?」
 ピクッと三成は眉根を動かした。手の中にあるシャーペンを、真ん中でぽっきりと折れそうに力を込めている。
―――ええ?そんなこと、言ったこと無いでござるよ〜。
元親の意図が分からず、本棚を指の先の色が変わるほど強く掴んだ姿勢で、幸村も陰からハラハラしながら伺っている。
真剣な顔つきになった元親は、机に肘をつき、咎める様な目で、三成を眺める。
「お前な、あいつが誤解するだろ?こんな所見たら。」
「え?」
「あいつを、こんなことで泣かせていいのかよって言ってんだよ。」
 瞬間、三成は、両手をダンッと突っぱねて机を叩くようにして、勢い付けて立ち上がる。女生徒は唖然として見守っている。完全に当てが外れたらしい。
「元親、私は家に帰って勉強する。」
 手早く帰る支度を整えると。
「貴様が心配することは無い。私は、幸村以外は眼中に無いから。」
 ふっと密かに微笑んで、三成は颯爽とそこから去ってゆく。
 石田君が笑った、と、女生徒は、ビックリ仰天で、けれど、見惚れたようにホウと頬を染めて。
「勿論そうだろうと、分かってはいるんだけどな…。お前の幸村への執念は凄まじいし。」
 と、頭をかきながら1人ごちた元親は、本棚の影に潜むこちらへ向かってこっそりウィンクしてきた。
 ―――う、バレバレでござったか…。
 幸村は、ううう、と、顔を真っ赤にして俯いた。

☆☆☆☆
「名前、あった…。」
 真っ白の息を、冬らしい抜けるような空に吐き出しながら、斜め上を見上げつつ幸村は噛み締めるかのごとく呟く。
 沢山の受験生の中に紛れ、三成にもらったパンダのマフラーを巻いた幸村は、合格発表の掲示板の前にいた。感慨深げに、数字の羅列の中の一つを目に映している。
 たった1か月だったのに、すごく気が遠くなるほどに長く感じた。
 けれど、改めて、自分の気持ちに気付けて、良かったと思える。
「!?」突然、ガバッと後ろから二人羽織みたいに抱きつかれて、くっと息を飲む。
「せ、せ、先輩…っ。」
 相手が振り向かずにも分かってしまって、巻き付いている腕をコートに皺が寄るほどしっかりと握った。
「すごく、すごく会いたかった、幸村。」
「先輩…。俺も…会いたかったでござるよっ。」
「幸村も、少しは寂しく思ってくれたのか?」
「そんなのっ、ずっとずっと会いたかった…っっ。」
 半分泣き声で、そう叫ぶように言って。
幸村は、たまらず振り返って、つま先立ちになって、ぎゅうっとその首に両腕で抱きついた。三成は抱えあがるように、幸村の腰に腕を回す。
「良かった。もう、会いたくないって言われたら、どうしようかと思ってた。」
 ふるふると幸村は首を横に振る。
「…離れて、すっごく先輩のこと、大好きだって改めて気づいたので…。だって、離れていても、ずっとずっと先輩のことばっかり考えてたから…。」
「幸村…愛してる。」
 耳元で、愛情が爆発しそうな声で甘く囁かれて、幸村は嬉しすぎて、ますます泣きそうになる。
 流れで、三成は幸村の両頬に手を添えて、背を折って、半開きの唇を奪う。
「んんっ!」
 公衆の面前で、そのまま、舌を絡ませた深いディープキスに突入しそうになって、幸村は慌てて、顔を横に振って唇を離すと、三成の口を強引に掌で塞ぐ。
「せせせ、せんぱっ、ここは、駄目でござるっ!!!!」
 唇をどちらのものか分からない唾液で潤ませて、幸村は小声で訴える。
 突然キスを始めてしまった2人に、当然のごとく、合格発表を見に来ていた受験生及びその保護者からの、驚きの不躾な視線が集まっていた。
都会って凄いね、とか、田舎から上京してきた素朴な親子の会話も聞こえてきて、恥ずかしすぎて、幸村はそちらに目を向けられない。
「幸村、そういえば、私のお願いって覚えているか?」
「…受かったら、何でも1つお願いを聞くっていうあれで…。」
 そうそうと、三成は、眼鏡の奥で、目を楽しげに細める。
「後で、家に来る?」
 また腰に手をまわしてきた三成に、煽情的に、耳元へ吹き込むみたく直接囁かれて。
「え…。」そのお願いの内容が、何故か分かってしまって、顔を真っ赤にして俯くけれど、コクリと、肯定の印に、大きく頷いて見せた。
「ホント可愛いすぎるな、幸村は。」
 三成は、不意打ちで、赤くなっている頬を、軽い音を立ててチュッと啄んだ。
「もう、先輩っ!」
 熟れた林檎みたいに赤くなって、頬を子供みたいにプクッと膨らます幸村が愛おしくてしょうがなくて、もう離したくないと、ますます腰と背に回した腕に力を込めた。
「早く、夜にならないかな。」
 三成の楽しげな呟きに、幸村は、カーッとますます体温を上げてしまった。


[*前へ][次へ#]

15/16ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!