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小説
その10
「あ、ジュースとお菓子、良かったらどうぞー。」
 魔法少女姿に仮装している元就が、女優真っ青の名演技の笑顔でマニュアル通りにそう言って、篭から透明な袋に入ったクッキーやらチョコの詰め合わせと、小瓶のシャンメリーを、入り口から入ってきた人に手渡す。
「わっ、超可愛いー、お願い、写メらしてー。」元就達の姿を見て、元々高かったテンションをMaxに上げる。
「可愛い〜。2人とも似合ってるー。」
 ティンカーベルと白雪姫の恰好をした女の子2人組が、わらわらと近寄ってきた。
「え、あの…ちょっと…俺…。」
 幸村は女子パワーに圧倒されて、かなり及び腰になっている。
 約5分間、3年生女子2人組に写メられたり頭を撫でられたり、相手が存分に満足した後、ひきつった笑顔で見送った元就だっただが。
「なんで私が、こんな格好しなくちゃならないのだ!!」
 人が自分達以外周りにいなくなった途端、怒りのあまり女装しているのも忘れ、ガニ股で地団太を踏む。その様子と恰好の違和感が何となくシュールだ。正義の味方の魔法少女があんなことしていると、ちびっこのお友達も泣いてしまいそう。
「…元親先輩が、手伝えって。手伝わないと泣かすぞってすごむから。」
 幸村は篭の中のお菓子を数えながら、口を尖らせる。タテ社会の運動部では先輩の命令は絶対で、体育会系の宿命だ。
「おい、パーティの手伝いなら、制服じゃ駄目だったのか。」
「まあ、一応仮装パーティだから。」
 実際の2人は、お互いに魔法少女の格好だ。しかもド派手な蛍光色の衣装の上、超ミニスカート。幸村がピンクのフリフリ、スカート部分が存分に広がっているシルエットで、元就はセーラー服をほうふつとさせるイエロー…でも、勿論、胸の辺りがスカスカしている。色に合わせたウィッグをつけて、美容師志望の先輩がばっちり化粧までしてくれているので、はたから見ると、可愛いコスプレ女子2人組になっている。性別を偽っているので、先ほどから男子生徒から、勿論幸村が気付くことは無いが、ちらほら熱視線を送られている。
「今日手伝えって言われて、元親先輩が用意してきた衣装が、これだったので…。なんか知り合いの、アニメ好きな人に借りたらしいでござるよ。」
「確信犯か、あーのーやーろー!!!!」
 ますます元就の苛々が増してしまったようだ。
 幸村が言ったことは半分本当で、半分は嘘。実は、元親が、どうやって調べたのかわざわざ家にまで来て、絶対パーティに来いって、というか、一生のお願いだから来てくださいと土下座までして、念押ししてきた。人手が致命的に足りないから、と、必死に。
 自分は、本当は、来たくなかったのに。
 だって、絶対に見たくないものを、見なければならなくなる。
 きっとそれは、華やかで、どんな場所でも目立つだろう。そして、自分の眼を一瞬にして奪うのだろう。
 こんなクリスマスの日に、大好きな人が、自分とは違う人と、幸せそうにしている所を、平然としたふりをして見なければ、ならなくなる現実。
 神様は、こんなにも、自分に意地悪するのか。
 こんな傷口に塩を塗るような行為、してくれなくても、良いではないか。
 もう少し、時間をくれたら、もしかしたら、大好きな人の幸せを願えたかもしれないけれど。時間が足りなさ過ぎる。
まだ、だって、まだ自分は、こんなにも、好きなんだから…。
 気を抜いたら、鼻がツンとしてきて、また、ポロッと大きな目からそれと同じくらい大きな涙が溢れる。肩を小刻みに震わせ、声を堪えて静かに泣いている幸村を見つけた元就は、ハンカチを渡しながら、こっそり言ってくる。
「おい幸村、お前…目が…腫れて、もうちょっと、ファンデーション厚めにしてもらった方が良いのでは無いのか?もし、無理そうなら、私だけでなんとかするぞ。」
「いや、大丈夫でござるよ。有難う。」
 優しいな、元就どの、と、スンと鼻を鳴らした幸村に笑顔で言われて、元就はふうと苦笑いでため息をつく。
「馬鹿者、私が優しいのは、いつもだろ。」と、元就は、くしゃりと幸村の頭を撫でて、冗談で返す。
「幸村お前、その魔法少女姿、改めて見ると凄いな。似合いすぎて逆に薄ら怖いぞ。」
 日曜朝のアニメを忠実に再現しているみたいだ。髪の毛はピンク色のツインテールでぐるぐる巻きだ。このまま、デパートの屋上ショーに出て行けそうだ。
「え、俺なんかより、元就どのの方が、似合ってるでござるよ。」
「う、嬉しくない!そんなこと、そんな可愛い満面の笑顔で言われても!!!」
「元就どのは、人気投票、出ないのでござるか?」
「私が出るわけないだろう。どうせ、ああいうのは、一番なんて決まっている。どうせ、石田先輩とか…。」
 と、軽く口走ってしまって、しまったという顔を元就はする。
「…そうでござるな。三成先輩は、どんな仮装するのか、俺も楽しみ…でござるよ。」
 今日はとうとう12月24日、世間一般で言うクリスマスイブ。
 19時からの仮装パーティに向けて、会場の古めかしい木製の講堂にはぞくぞく人が集まってきている。皆思い思いの仮装で、カラフルで派手で、クリスマスらしく賑やかになっていた。圧巻なのは校庭で、そこにはモミの木がトンネルみたいに沢山植えられていて、それらの全ての枝にイルミネーション用の電球がつけられている。
 そんな中でも、幸村は想う。
―――先輩、先輩、先輩。
 今、どこにいるんだろう。今、何をしているんだろう。
 気を抜くと、すぐ心の中は、彼で、いっぱいになる。こんなに想っても、どうせ叶わない恋心なのに。
 あれから学校を休み続けて、携帯も電源を入れていないので、どんなことになっているかは分からない。
「でも、色んな仮装があって、結構見てるだけで面白いな。あ、お菓子どうぞ〜。」
「あ、あれ、慶次先輩だ。」
 講堂の中央辺りを、幸村が指差す。
「うわ、なんか凄い目立ってるな。周りは女子ばかりだ。それより、なんの格好だ、あれ。」
「え…と、あれは…、何だろ。」
「もしやあれは…海賊?」
 確かにハリウッド映画のアレにも見えて、元就がうーんと唸っている。
「あ、幸村っ!元就!!」
 こっちの視線に気づいた慶次が、ダッシュで駆け寄ってきて、その勢いのままタックルしてきた。
「うわ、2人とも超可愛い〜!!可愛すぎるよ〜!!!」
 ぎゅうううううと、抱きついてくる。はたから見れば両手に花の状態だ。
「く、くるしいでござる〜っ。」
「キモイっ!馬鹿!!!ひっつくな!!!!」
「元就、先輩に対して、何なの、その酷い言い方〜。」
 よよよと泣く真似をして、嫌がらせか何なのか、ますます元就への拘束を強める。
「2人とも、こんな日まで駆り出されて手伝いか、大変だな。」
 この声はと、振り返ると、真っ黒いマントを翻した孫市がいた。背中にちょっとした小さい羽根があって、まるでビジュアル系のボーカルみたいになっている。勿論、命が惜しかった元親が魔法少女をお願いするわけがなく。
「孫市先輩、凄くカッコいいでござるな!」
孫市の仮装は、クリスマスの雰囲気にピッタリだった。
「…それは、ヴァンパイア?ですか。」
 慶次に抱きつかれた状態で、元就はポカンと見上げて、見惚れてしまっていたみたいだ。
「うん。ちょっと照れくさいのだが。」
 先ほどから女子の視線を独り占めだ。もしかしたら、慶次よりも人気があるかもしれない。
「あれ、そういえば、幸村〜。お前のペアの石田先輩の姿が見えないけど、どうしたの…ってえっ。」
 何気ない口調で悪びれることなく言った慶次の頭を、ドカッと、手加減無しの孫市の鉄拳が直撃する。
「…ああ、俺、ちょっと分からないです。」
 幸村は無理に笑顔を作ろうとして失敗していた。痛々しすぎて、横にいた元就が息を飲む。
「…えっと…そうだ、幸村。このパーティの後、皆で集まろうかって言ってんの。一緒にクリスマスパーティしようよ!夜通しパーッと。孫市先輩も、元就も。元親先輩も誘おうと思うけど。」
「えー…。」元就が露骨に嫌そうな顔をするけれど、まあ、幸村が行くなら、と承諾する。
「私も別に良いけど。」珍しく孫市も乗り気だった。意外にお祭り好きなのだろう。
「ホントですか!じゃあ、幸村も、な、せっかくのクリスマスに、そんな暗い顔してちゃ駄目だよ、ね。」
「…、はい…。」
 皆が気を使ってくれているのをひしひしと感じて、幸村は、少し考えて、小さく頷いた。
「シャンメリー、1本、もらえますか?」
「あっ、どうぞーって、なーんだ、元親先輩か。」
 愛想笑いが、一瞬にして無表情に豹変する。そこには、執事服の姿の元親がいた。背が高いせいか、すごくカッコ良くて似合っている。ヴァンパイア孫市と並んでも、全然見劣りしない。
「何だ、って何だよ。2人とも、超似合ってんじゃん。苦労したかいがあったぜ。それ、今年一番人気の魔法少女だぜ!」
「先輩、この格好、どうにかなりませんかね。」
 語尾を荒げながら、歯ぎしりをしつつ元就は、噛みつきそうな凄い形相で、元親を見ている。
「ならねえよ。」あっさり却下して。「それより、ちょっと元就。お前は、こっち手伝ってくれ。人気投票の準備すっから。」
「…何故私がっ、幸村で良いでしょうが!」間髪入れず、拒否だ。
「お前じゃねえと駄目なんだよ。幸村は、ほい、これね。」
「これ?」元親は、幸村の掌に、小さなメモを渡した。
「そこに書いてある場所にいけば分かるから、次のお仕事ね。お前にしか出来ないから。せっかくのクリスマスだし、その人のこと、その魔法少女の力か何かで、お前が幸せにしてあげて。」
「職権乱用〜!」
 ウィンクする元親の、その言っている意味が分からず、メモを持ってぼんやりしている幸村の前から、元就を無理やり引きずって行った。
 

―――校庭の、一番大きいモミの木。
書き殴ったような文字だけを頼りに、人込みを掻き分けて、そこに行くけれど、イルミネーションを待ちわびる人が多すぎて、自分を待っているのが誰か分からない。それより。
「これ、何の仕事だろ?」
 電飾でも直す仕事?とか?
19時ちょうど、ボーンボーンと7回鐘が鳴りはじめる。パーティの開始時間だ。
一斉に校庭を照らしていた外灯が消され、周りが暗闇に包まれる。
 眼が明るさに慣れていたため、本当に周囲が何も見えなくなってしまった。
 少し後ずさってしまったら、トン、と誰かの背中にぶつかる。
「ごめんなさいっ。」
「こちらこそ…、って…。」
「ひあ!!」
 ぐいっと幸村は無防備な状態で手首を引かれる。ぎゅっと、きつく腕の中に抱かれて、幸村は慌てふためく。
 痴漢?変質者??
「だ、誰っ、一体誰でござるっ?」
「馬鹿っ!」
 パッと、灯りが灯った。校庭のモミの木のイルミネーションが一斉に点く。綺麗な光のトンネル。その温かい光に、皆が手を叩いて歓声を上げている。
 その灯で、自分に今抱きついている人を確認して、目を見開いて、大きく息を飲む。
「三成先輩…っ。」
 相手は、三成だった。
 制服と学校指定のコート、首にはマフラーが巻かれている。仮装パーティなのに、全然仮装じゃない。
一番会いたくて、でも、一番会いたくなかった相手に、偶然出会ってしまって、錯乱してしまった幸村は、三成の腕の中で逃げようと暴れ出す。
「幸村!…待ってくれっ。」
「は、離してくださいっ、離してっ!」
 幸村は、両手を突っぱねて逃げようとするけれど、三成は、より強い力で幸村の背中と腰に手をまわし、きつく抱き閉める。
「傷つけて、すまなかった…。でも、お願いだから、私の話を聞いてくれ。」
 必死に三成は、自分の本心を、声を紡ぐ。
「え…。」
 幸村は目を潤ませて、顔を上げた。
「確かに最初、誰でも良くて…適当にパーティの相手を選んでて、でも、今は、今というか、幸村と会った時から、私は幸村以外はいらない。幸村だけがいてくれたら良いんだ。きっと、校庭で幸村を見た時から、一目惚れだったんだと、思う…。」
「え?」
「あの、校庭でこけて、皆に謝っていた姿を見た時から、目が離せなくなった。目も心も、全て奪われてしまった。幸村が来ないなら、もう、このパーティ自体、出るつもりは無かったし…、あの女の子にも、謝ったんだ。けれど元親に、彼女に本当に申し訳ないと思うなら、絶対ここに、19時に来いって言われて…。」
 それで、制服姿なんだ、と合点した。走ってきたのか、少し、額が汗ばんでいる。
―――これは、夢なのか。クリスマスが見せた都合の良い夢。夢じゃなければ…こんなの…。
「だから…、何が言いたいのかって言うと、だから…、はっきり言うと…。」
 ふうと息を吸って、少し顔を赤くした三成が、緊張したように告げた。
「好きだ。幸村のことが…、大好きなんだよ。」
 眼鏡の奥の眼が、不安で揺れている。
「…え?」
 その言葉が、胸に、心にじんわり優しく沁み込んで。
 視界が滲む。滲んで霞んで、もう、前が見えない。
「傍にいてくれないと、困るくらいに好きだ。だから、卒業してもずっと一緒にいてくれたら、嬉しい。」
「せん…ぱいっせんぱいっっ。」
 堪えきれず、幸村も、三成に背中に手を回して、ぎゅうと抱きつく。
「俺…俺も、せんぱ、っの、ことがっ…っふえっ…。」
 声が震えて、途切れ途切れになる。泣き声になってきている。
「大好き…で…っ…大好きでござるよっ…!」
「幸村…私もだ。」
 もう一度、幸村を抱き閉める。
 三成は、幸村の涙でぐしゃぐしゃになってきた頬を掌で包んで、手に持ったハンカチで幸村の涙を優しく拭きとってゆく。
「よくよく見たら、凄い格好しているな。これ、魔法少女か??嫌なんじゃ無かったの?」
「…こ、これは…あの、なんか元親先輩がどっからか借りてきたらしくて。」
 う、と、幸村は顔を真っ赤にして、恥ずかしいのか俯く。
「すっごい、可愛い。似合ってる、幸村。」
「んっ…。」
 甘ったるい声で囁くように言うと、チュッと唇に軽くキスをした。
 キャアと女の子の黄色い声が上がる…、ということは。
「あの…、せ、先輩!こ、ここでは…ちょっと…皆が…。」
 顔中に啄むキスを落としている三成に、声を上ずらせて幸村は訴える。
 見てる、絶対に見てる。皆、イルミネーションそっちのけで、自分達を見てる。
「ここでは駄目ということは、ここじゃなければいいんだな。帰るぞ、今すぐ。」
「え?」
 ふわっと体が浮いたと思ったら、横抱きに抱き上げられた。
「行くぞ、幸村。」
「えええ?」
 またもや女の子達の悲鳴に近い歓声が上がる。
 落ちそうになってぎゅうと三成の首に巻きついて、幸村は慌てふためくけれど。
「どこへでも、連れてってくださいっ…。先輩と一緒なら、どこへでも。」
「ああ、幸村の望み通りに。」
 抱く腕に、もう一度力がこもった。
 魔法少女をパーティ会場からかっさらっていく姿を、皆、固唾を飲んで見守っていたけれど、もうどう思われても、関係無い。
 こんなに幸せすぎていいのかと、思うほど、幸せで、幸せすぎて。
 目に映るモミの木が、さっきまでとは全然違い、すごく輝いて見えた。


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