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小説
その9
<12月22日 am8:04>
1年生のクラスは、朝からガヤガヤと騒がしかった。3年生は受験前で皆暇さえあれば、怖いぐらい真剣な様子で勉強しているので、その静かさは雲泥の差だ。
その中に、見知った顔を見つけ、よお、と、手を上げる。
「あ、元親先輩。三成先輩はまだ来てないでござるよ。」
「きったないな!食べながらしゃべるなよ。」
 もぐもぐとおにぎりにかぶりつきながらしゃべる幸村に、横で宿題をしていた元就が、冷たく突っ込む。
「あれえ、お前んとこにいると思ったんだけどな…ってお前、なに早弁してんだよ。まだホームルームも始まってねえぞ。」
「今日、剣道部の朝練があって腹ペコで…、ん、その後ろの女性は…?」
 どこかで見覚えがあるショートカットの可愛い女性。ニコッと自分に笑いかけてきたから、おにぎりを持ったままペコッとお辞儀をする。
「あ、そうそう。大事なことだから、幸村には先に言っとかないといけねえよな。」
「え…。」
「ごめんな、幸村。この子………・・。」
 元親の話を聞きながら、幸村の手から、力無く箸がぽろりと零れ落ちる。
――――そんなのって…。
 だんだん、元親の声が小さくなってゆく。否、皆の声、音、全てが、聞こえなくなってゆく。
 もう、耳に、何も届かない。
 もう、何も、信じられない。
 激しい虚無感だけが、胸に押し寄せてきた。

 ―――俺…だけが、1人で、舞い上がってただけだったんだ。
 
 最初から、分かっていたはず。
 自分とは、住む世界が違うんだって…。



☆☆☆☆
―――クリスマスケーキなんて、何年ぶりだろ。
 我ながら、ガラじゃないと分かっているんだけれど…。
 誰も見ていないのに照れながら、頭をかく。
 お昼に幸村と食べようと、買ってしまった2人分の小さなケーキ。カサカサとコンビニ袋の中で存在を主張している。
 なんだろう、クリスマスなんて大嫌いだったはずなのに、こんなにふわふわと気持ちが落ち着かない。
 一応幸村に伝えていこうと、3年のフロアに上がる前に、1年生の教室へ寄ってみる。
「あれ、確か、石田先輩、ですか。」
 いつもはそっけない感じの元就が、あ、と、入り口に立っていた三成を見つける。
「ああ、…えっと、あの、真田は?」
 三成は教室の奥を見ながら、元就に聞いた。
「…それが来てたんですけど、あいつ、急に気分が悪くなったって早退しちゃって…。」
「え!…そうなのか。それは心配だな…。」
 聞いた三成は心配げに眉根をひそめて、そして、元就に声をかけて去ってゆく。
「朝忙しいのに、呼びとめて、すまなかったな。」
 そして、ふわっと微かに元就へ微笑んだ。
「え…いえ…別に…。」
 三成の背中を見送りながら、なんか、あの人ちょっと変わったな、と元就は内心思う。
 今まで超冷たそうな感じだったのに…なんか物腰が柔らかくなったな。何だろ、幸村の影響か?
 これでますます女子にモテるんだろうな、と、元就はフンと鼻を鳴らした。


☆☆☆☆

「あ、元親、お前、幸村の家の住所と電話番号知らないか?気分が悪くなったらしいんだ。」
マフラーを外しながらの、三成の自分の教室へ来ての開口一番がこれで、元親は少し面食らう。
「えー、俺、家の連絡先までは知らねえんだよ。でも、おかしいな、俺、朝、あいつと話したけど、朝っぱらから早弁していて、元気そうだったぜ。」
「早弁…、じゃあ腹でも壊したか…。」
 じゃあ、やっぱり生のショートケーキは難しいよな、これどうしよう、と三成は持っている袋を覗き込む。
「あ!そうそう、俺、お前をずっと待ってたんだよ!お前の探していた女子!やっと見つけたんだ。ギリギリでもクリスマスパーティに間に合って良かったぜ。三成なら、全然大丈夫だってよ、良かったじゃねえか。」
 バンバンと嬉しそうに、忙しなく携帯を見ている三成の背中を叩く。
「…私の探していた女子って?」
 三成は、そんなことよりも幸村の様子が、気が気じゃなくて、話半分で聞いている。
どうしようか、看病に行こうか。もうすでに、三成は、いっそ今から帰ろうかと模索し始めていた。
「あの、ショートカットの可愛い女の子だよ!俺が幸村と勘違いした子。」
「はあ?それで?」
 眉根をひそめて、胡散臭そうに三成は声を発する。
「おい、それでって…、お前、俺の努力を〜!あ、それをな、今日の朝、幸村に話したんだよ!!大事なことだからな。ちゃんとした相手が見つかって良かったですねって、あいつも言ってたぜ。」
「何を、幸村に、話したって…。」
 ガサガサと袋を漁っていた手が止まり、三成は顔を上げる。その声がワントーン下がった。
「だから、幸村と女子を俺が勘違いしていて、三成がクリスマスパーティに出たかったのは、幸村じゃなくて、違う女の子だったって…その本当の相手が見つかったから、幸村は出なくて良くなったぜって言ったんだよ。お前、幸村のこと、嫌ってただろ。やっぱせっかくの…。」
「まさかっ、それを幸村に、貴様言ったのかっ?」
 元親の言葉に、三成は、必然的に語尾が荒くなる。
「ええ?だって、本当のことだろうが…あれ?俺、なんかおかしいことしたか…。」
 瞬間、プツンと、脳のどこかが切れた気がした。
 血が一気に沸騰した。
頭の中が怒りで真っ白になった。
「…っっ!!!」
「三成!!」
 無意識に殴りかかろうとして、拳が元親の顔の寸前で止まる。
 キャアと女子の悲鳴が上がり、授業前の教室が騒然となった。
「みっ、三成…、どうしたんだよっっ!」
 元親はいきなりの三成の行動に、訳が分からなくて混乱しまくっている。
「いや、…いや、元親じゃなくて…、そうじゃなくて…幸村に、酷いことをしたのは…。」
 三成は、呆然と言葉を紡ぐと、その場でがっくりと肩を落とした。
 そうだ、酷いのは、私だ。
 これ以上も無く傷つけたのは、自分だ。
 自分なのだ。
 苦しそうに顔を歪めた三成は、震える片手で自分の額を覆う。
「こんなのって…こんなのって…っ!!くっ…。」
 自分の机に、ドンッと力任せに両手を置く。
 手が悲鳴を上げても、体が悲鳴を上げても、そんなのはどうでも良くて。
 息が詰まるほどに苦しくて苦しくて、下唇を血が滲むほど噛んだ。
「三成、お前…ま、まさかっ…、幸村のこと…。」
 隣に立つ元親は、目を極限まで開き、声を漏らす。
「私が…幸村を…。」
 目に映るのは、床に落ちてぐちゃぐちゃになってしまったケーキ。
 それと同じくらい、否、それ以上に、幸村は…傷ついて。
 取り返しがつかないくらい、あの純粋な彼を、傷つけてしまった。
 なんてことを、してしまったのだろう…。
 自分を、あんなに信じていてくれたのに、それを一番酷いやり方で裏切ってしまった…。

 本当は、この世に対して、どうでもよくなんてない。
 幸村がいるから、それだけで、自分は、この世に未練が出来たんだ。
 だって、幸村が、幸村のことが…。
 好き、だったのに…。


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