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小説
<7>
 一年生の真田幸村を巡って、桜ヶ丘の主将前田慶次と、部長の伊達政宗が今度の都大会で勝負する、という話は、一斉に、目にも止まらぬ速さで、校内に知れ渡っているだろう。

 当事者の一人である幸村は、また大きく一つ、心にわだかまるうっ積を吐き出すように、ため息をついた。
 ここは、幸村が通う学校から駅五つほど離れた場所にある喫茶店。逆に桜ヶ丘のすぐ近くだ。ここまで来てやっと、幸村は少しだけ肩の力を抜く事が出来た。
「はい、これ。好きなの選んで。」
 目の前に座る、いつもの覇気が無い幸村に、慶次はメニュー表を無理やり握らせる。
「ねえ、これこれ、パウンドケーキなんか美味しいよ。ここの生クリームは甘さ控えめで、でもホッペが落ちるほどとろけるって評判でね。いつか幸村を連れてこようって思ってたんだよ。」
「有難う。」
 慶次は、大好物の甘いものの話をしても乗り気じゃなく、見るからに元気が出ない幸村に、申し訳なさそうに切り出す。
「あのさ、あの勝負の事なんだけど、勝手に決めちゃってごめんね、幸村。なんだかさ、あの伊達君を見てると、ちょっとあんな意地悪を言いたくなっちゃったんだ。」
「いや。」
 薄く微笑んだ幸村は、力なく首を左右に振る。
「でもでも、あれは本心だから。幸村にうちに来て欲しいっていうの。」
 慶次は身を少し乗り出して、食いつき気味に問うてくる。
「ねえ、本当になんであそこに入学したの?幸村が大堀高を目指すって聞いたとき、本当に驚いたんだよ。幸村は、絶対俺と同じ桜ヶ丘に来るって思ってたから。」
 何故こんなにも慶次が桜ヶ丘にこだわるか、幸村は痛いほど分かっていた。
 桜ヶ丘は剣道の名門。
 剣道を志すものとしては、そこに入るのが目標だったりするのだ。
「幸村だって、中学のときから剣道強かったし、推薦絶対取れると確信していたし。あ、すみませーん。」
 右手を軽く上げ慶次は店員さんを呼ぶと、食欲が湧かない幸村の分までさっさとオーダーする。幼馴染ということで、好みも熟知しているのだ。
「それにさ、伊達君ってば、なんであんなにむきになって・・・・」
 氷水を口に含み喉を潤すと、何かを思い出した慶次は、少し小声で幸村に耳打ちした。
「ねえ、実はちょっと噂で聞いちゃったんだけど、伊達君と幸村、つきあってるっていう噂、本当?」
 幸村は思いがけなくふって沸いた質問に、はねるように顔を上げた。
「・・・うん。」
 一瞬躊躇したけれど、幸村は僅かに縦に首をふる。
「ええええっ。本当だったの?」
 慶次は、静かな店内だということを忘れ、大きな声を出し後ろに仰け反る。
 このオーバーリアクション、最近どっかで見た気がする。
 佐助とそっくりだ。
 幸村は、内心思った。
「入学式のときにつきあってくれって言われて、それで・・・。」
「それで、うんって言っちゃったの?」
「そう・・・なる、かな。」
 幸村は、切れ切れに呟く。
「ええええっ、それって押しに負けただけじゃないの?」
 慶次はテーブルに両手を置き、今度はテーブルに肘をつき、本当に身を乗り出して、真剣な面持ちで、至近距離で問う。
「ねえ、幸村は、本当に、伊達君のこと、好きなの?」
「俺は、政宗どののこと・・・。」
 改めて、「政宗」の名前を口にして、息苦しいほど切なくなって、胸の辺りがズキンと一つ鈍く、きしんだ。
 何かがこみ上げてきて、下唇を噛む。
 今まで、靄がかかったみたく分からなかった、好きという感情。
 いや、分からなかったんじゃない。
 本当は、とても、怖かったんだ。
 自分の気持ちに気づいて、自分が変わってしまう事が。
 誰よりも、何よりも、彼を一番に思ってしまう自分が。
 怖すぎて、怖すぎて、そして不様に逃げた。
「どうしちゃったの?」
 俯いて、黙り込んでしまった幸村に対し、心配そうな慶次の声。 
「幸村?」
―――好きなように、すればいい。
 政宗の、突き放した、冷たい言の葉。
 耳の奥で、何度も、自分を責めるように、耳鳴りみたいにリフレインしている。
 不意に鋭い痛みを感じ、幸村は学生服の胸元を、きつくグッと握り締めた。
 もう、俺の事なんて。
 きっと、きっと、もう俺の事なんて、嫌いになってしまった。
 こんな俺なんて、あの人に好きになってもらう資格なんて無い。
「ねえ、幸村、泣いてるの?」
 泣いてる?誰が?
 一粒の水滴が、スッと頬を伝った。
「どっか、痛いの?」
 さっきから痛いのは、胸の奥のずっと奥、心だ。
 やっとやっと気づいた。
 自分の、ほんとうの気持ち。
 佐助の言った恋というものを、身をもって理解する。
 憂いを吐き出すように、後から後から生まれてくる涙。はらはらと零れ落ちるその雫は、テーブルに一つ、二つと、痕を残してゆく。幸村はそれをしゃくりあげ、高い天井を見上げながら悟った。
 やっとやっと、一つの答えを導き足した。
〔はっきり言って理屈じゃないよ。そのときが来たら、分かる。絶対、分かるはず。だって、どの感情よりも、それは強いから。〕
 佐助の声が、胸にずしんと鉛のように心に響く。
「俺・・・、本当は・・・。」
 大事で、大切で、その人になら、なんでもしてあげたくなるんだよ。
「政宗どののこと・・・。」   
 それが、人を好きになるっていう事。
 それが、恋だという事。
「俺、政宗どのを、好きなんだ。」


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あきゅろす。
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