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小説
その6
<12月20日 火曜日>

朝、何か香ばしい、美味しそうな香りで、目が覚める。お腹は正直で、ぐーと勢いよく鳴った。
「あれ?」
 うっすらと瞼を開けると、見たことの無い白い天井。
「さ、さぶっ…。」
着ている黒のパジャマが、少し大きめで肩が肌蹴ていたのを引き上げる。寝ていたシングルより少し大きめのベッドも、その周りも、部屋の中全てが見たことが無いもので、幸村は、目を大きく見開く。
黒が基調のシンプルな部屋。ベッドと机と本棚くらいしか無い。本棚も漫画とかは一切無くて、難しそうなハードカバーの本ばかり。しかも「医学のなんちゃら」が多い気がする。
「ここは、一体どこなのだ?」
とりあえず、寝癖だらけのぼさぼさな髪をそのままに、目をごしごし拳で擦りながら、生活音が鳴る方へ、白い廊下を滑るような足取りで行ってみる。
「やっと起きたのか?今日も学校だぞ。」
 ひょこっと開いていたドアから中を覗くと、キッチンで洗い物をしていた三成とバッチリ目が合う。エプロン姿の三成は幸村の顔を見て、さっさと座れ、と、テーブルにつくよう促す。
「あ…えええっと。」
どうしてこうなった?と、幸村は一生懸命、まだ寝起きで働かない脳をフル稼働させて、過去の出来事を思い出そうとする。
雨でずぶ濡れになって、そうか、お風呂で…。
そこまで思い出して、瞬間湯沸かし器のごとく、ボンッと幸村は真っ赤になる。卒倒しそうになって、壁にへばりついた。
「とりあえず何が好きなのか分からなかったから、洋食にしたぞ。パンと卵と、ヨーグルトと…、コーヒーは砂糖沢山の方が良いんだろ?」
 手慣れた様子で、コーヒーメーカーに、豆をセットしている。
「え…は、はい。」
 テーブルの上は、もうすでに食事の準備が出来ていた。黄緑のランチョンマットの上に、サラダ、トースト、ゆで卵、ウィンナーと、彩りよく几帳面に並べられている。
「あと、弁当な。」
ドンと、キッチンカウンターの上に、2つ弁当箱を並べる。すでにハンカチで包まれていて、あとは持っていくだけの状態になっていた。
「わあ、先輩って、料理上手でござるなあ。」
 幸村は、尊敬の眼差しで、三成を見る。
「…1人暮らしが長いと、必要に駆られるから。」
「1人暮らし?そういえば、ご家族の方は?」
「親が公務員で…転勤族なんだよ。今は、九州の方へいる。中学のときから1人でここに住んでる。いちいち転校するのが面倒くさいから。」
「そうで…。」
 余計なことを聞いてしまったと申し訳無さそうに目を伏せる幸村に、三成は言い聞かすように、強めに声を出す。
「別に、1人の方が気楽だからだ。自分で選んでこうしてるから、気にするな。」
「そうですか…。」
「さっさと朝飯食って、学校へ行くぞ。」
 三成はエプロンを脱ぐと、椅子を引いてテーブルについた。幸村もつられたように、目の前のテーブルに座る。
「あ、それ。」
「え?」
 皿に置いてあったトーストを、三成は自分のと、幸村のを交換する。
「甘いジャムとかチョコレートとかうちには無かったから、幸村のだけフレンチトーストにした。」
「え、あ、有難うございます。」
 確かに三成のと色目が違うそれを、はむっと口で挟むと、優しい甘さが口に広がる。自然に出た幸村のすごく嬉しそうな顔を見て、何だか、三成は朝から和やかな気持ちになった。
「…これで、受験が無ければな。」
 と、三成は、幸村の分まで卵の殻を剥きながら、思わず、本音がポロリ。
「そういえば先輩は、どこの大学を受けるのでござるか?」
「第一志望は、○×大学の医学部で、第二志望は…うちの大学部の、医学部だけど…。」
「医学部…凄い。それに、○×大学って言ったら、関西のトップクラスの大学でござるな。三成先輩は頭も良いので…。」
「関西…か。」
 三成は、ふいにボソリと口の中で呟く。
「どうしたので?」幸村は、首を傾げる。
「いや…別に。」
 三成はブラックのコーヒーを飲みながら、手元の白い皿を眺めるふりをして俯く。
 そうか、第一志望は京都の大学だった。受かったら京都に引っ越しで…、ここから離れることになるんだ。そうだ、今の今まで気にもしなかったこと。別に、ここに、未練なんて全く無かったから。
 ここだけじゃない、もしかしたら、今の人生にさえ、未練なんて無かったんだ…。
 けれど…。
(今日はこの冬一番の冷え込みです。氷点下まで冷え込む場所もあります。路面が凍結しますので、足元および運転には十分ご注意ください。)
 テレビの中のアナウンサーが、寒々しい場所で硬い表情で告げている。
「今日は、昨日より寒いみたいだな。」
 臨場感ありまくりの様子に、パンをかじっていた三成の眉間の皺が濃くなる。
「でも、雪が降ったら、楽しいでござるな。」
「え?楽しい?」
 そんな考えなんて、浮かびもしなかった。寒くて邪魔くさい、としか。
「だって、雪合戦したり、雪だるま作ったりっ…それに雪景色は、それはそれは綺麗でござるし。」
「そうか…。なら、降るといいな。」
 ぼそりと呟いた三成が、リビングの向こうの大きく切り取られたような窓から空を見ると、幸村の望みどおりになりそうだった。



☆☆☆☆
 重い戸をよいしょっと掛け声と同時に押し、これから玄関から出て行こうとしている学生服姿の幸村を、ちょっと待て、と、三成は呼び止める。
「これとこれとこれ、貸してやる。」
 学生服の上から、中学生の時に使っていたという紺のPコートを着せられ、ぐるぐると首にはマフラー、手に黒の毛糸で出来た手袋で、かなりの重装備になった。
「これ…。」
 白いマフラーに、大きく目立つパンダの顔がついている。
「小学生の時に、祖父に誕生日祝いに貰ったものだ。」
 大事にしていたものだと、三成は、耳を澄まさないと聞こえないくらいの小さな声で付け加えた。
「え?」
「似合ってる。」
 幸村の頭を撫でて、クスッと三成は柔和に微笑む。
「ぁ…ありがとうございます!」
 初めて見た三成の笑顔に、幸村も頬を染めて、にっこり嬉しそうに笑った。
 エレベーターを降りて、豪勢なエントランスを抜けると。
「うわ、地面が凍ってる!」
 アスファルトの地面が、見るからにつるつるのアイスバーン状態だった。道行く学生達も、真剣な表情で恐る恐る足を踏み出している。
「おい、こけるなよ。」
目の前で滑ってこけられたらこの時期に縁起悪いと、渋い顔で三成が言っているそばから、案の定、横で幸村が、うわあと大きな声でよろめく。三成は、幸村の宙をかく二の腕部分を持ち上げて、自分の隣にしっかりと立たせると、手袋越しに五本指を絡めて手をぎゅっと繋いだ。
「え?」
「こけて怪我されたら、困るからな。私に、つかまってろ。」
「は、はい…。」
 周りの視線が、特に女子の視線が針のように痛い。
 けれど、繋いだ手が温かくて、冬の日もやっぱり幸せだなと、幸村は思った。


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あきゅろす。
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