[携帯モード] [URL送信]

小説
その3
「…仮装パーティか…、どんな格好すればいいんだ。」
 独り言みたいに呟いた三成は、どんより黒い雲に覆われた空同様、暗く虚ろな表情をする。パーティなんて行ってみたことも無い、仮装なんてしたこと無い、ないないづくしで、途方に暮れる。
 そして、白い息を吐いてぽてぽて隣を歩く幸村を、そっと盗み見する。
元親の言うとおり、可愛い恰好でも似合いそうだ。こっそりピンクのヒラヒラな魔法少女姿を想像して…うん、悪くない、と、思ってしまった自分に対して、何考えてんだ!と、我に返ったもう1人の自分が非難する。頭の中で、罵り合いが始まってしまった。
「石田先輩?どうされたので?何か難しそうな顔して…。」
「え?」意識を現実に戻すと、幸村が心配げにすごく間近で顔を覗き込んでいるので、びっくりしてしまう。
「いや、別に…。」少し背を仰け反らせながら、コホンと、わざとらしく咳払い。まさか、頭の中、幸村で変なことを想像していたなんて、絶対に口が裂けても言えない。
「お腹でも痛いのかと…。」
「いや、大丈夫、だから。」と言ったその時、ポツリと鼻の頭に、冷たい感触がした。
 まさか、と思い顔を上げると、パラパラと水滴が顔を襲う。
「うわあっ、雨が降ってきたでござる!」
 ぽつぽつだった雨粒が、突然の土砂降りに変貌する。
「貴様、傘は?今日、降水確率100%だったが…。」
 三成は鞄から黒い折り畳みを出して、開けようとしながら、幸村に問う。
「あ!傘…、無いっ、無い…。」
 幸村は、焦って鞄の中をがさがさと漁るけれど…、真っ青な顔で三成を見上げる。
「学校に忘れてきてしまいました…ははは…。」
 空笑いも空しく、もう学校からは、かなり歩いてきてしまった。しかも、学校は丘の上、遙か彼方だ。
「しょうがない。」傘を開いた三成は、幸村の二の腕辺りをぐいっと引き寄せる。
「え?」驚いた幸村は、引かれたまま、トンと、無防備に三成の胸元辺りに頬を当てた。
「入れ。私のせいで風邪をひかれたら、夢見が悪い。」
「あ、ありがとうございますっ!」
 大きな声でお礼を言った幸村は、鞄を胸の前で抱いて、そのまま傘の中へ入り、三成の歩調に合わせて歩き始める。
「雨が凄いな…。」
 まるでバケツの水をひっくり返したような、とは、こういう時に使うんだろう。
 排水溝が満杯になってきているのか、足元が水浸しになってきていて、じんわりと皮靴の底から水が染みこんできているのが気持ち悪い。
「もっとこっちへ寄れ。肩、濡れてるぞ。」
「は、はい…。」
 真っ赤になって俯いた幸村は、三成の傍に心持、寄ってきた。
 2人の傍を、凄いスピードでタクシーが通り過ぎた。その瞬間、水溜りから波のごとく水が跳ね上がって来て。
 ばしゃあっと、車道側にいた幸村が、見事頭から泥水を被る。
「ぺぺっ、口にも泥水入ったでござる〜。にが〜。」
「…貴様、やっぱり不幸体質なのか?しかも、私まで巻き添えやがって…。」
 横目で睨んだ三成は、ハンカチで顔を拭きながら、ぶちぶち文句を垂れる。
「え、ええ?ふこう、たい?」
 フンと鼻で笑うと、三成は薄霧の向こうを見たまま、隣の幸村にからかうように告げた。
「今日の朝も、校庭で派手にこけてたな。」
「ええっ!あれを先輩、見ていたので?」
 恥ずかしいでござるよ〜!と、幸村は苦笑いで頭をかいている。
「…まあな。」
 そうだ、何故か目を離せなくて、結局、最後まで見てしまった。大事な受験勉強の時間だったのに、いつのまにか見入っていた。しかも最後は、ベルが鳴り始めて、彼は遅刻しかけていたのだ。
「で、ホームルーム、間に合ったのか?」
「はい!おかげさまで!!」
「…っっ!」
にっこり無邪気に笑った笑顔がすごく可愛いと思った。突然、胸がキュンと切なく締め付けられる思いがしたのだ。息苦しい、こんな感じは生まれて初めてで、どうしたんだと、気が動転する。
途端、ブンブンと頭の中で自分は頭を振る。男に対してすごく可愛いなんて、変だろう、と、何かの気の迷いということにしておく。
「っっ。…ほら、もっと、こっちに…。」
傘から肩がはみ出ているのに気付いて、無理やり肩を抱くように黒い学生服の上着部分を掴むと、指が冷たくなるほどに、ぐっしょりと濡れているのに気づく。紺の学生服だから色の変化に気付かなかったのだ。確かめるべく、三成の突然の行動に目を瞬かせる幸村の、その前髪を横に流すようにくしゃりと撫でると、ひんやりとしすぎて、触った自分の指まで凍りそうになっていた。
「おい、貴様、体がびっしょり濡れてるじゃないか!何故言わないのだ?」
 驚いた三成の語尾は、次第に荒くなってゆく。
「あの、俺…、先輩に、迷惑かけたくないと、思って。」
 幸村はそう尻すぼみに言うと、悲しげに俯いてしまった。
もっと性質が悪い、不幸をしょい込む体質か?と、酷く三成は苛ついた。
「さっきも言っただろ!私にとっては、貴様が風邪ひく方が迷惑なんだ!ほら、行くぞ。」
「あの!行くってどこへ?」
 幸村は、ヨロリと雨で足元をよろけながら、三成に必死についてゆく。
「家だ。」
 豪雨で互いの声も聞こえないのか、叫ぶように会話している。
「家?」
「マンション!ここから近い。」
 むりやり幸村の背中を抱く姿勢で、速足で雨の中を急ぐ。もう、こうなったら、濡れてしまっても同じだと、傘の存在理由を放棄し始めている。
「あああ、あのっ!」
 幸村はぎゅうぎゅう三成に密着してしまって、狼狽え気味に声を出す。
「貴様、そういえば、名前は?」
「え、名前で?…真田、幸村、です、けど…。」
 急に名前を聞かれて、幸村は面食らった。今、この状況で?と、思ったのだ。
「そうか、幸村。もう私に隠し事はするな。絶対だぞ。」
「は、はい…。」
 そう強く言われた幸村は、嬉しいのか泣きたいのか、複雑な表情で、頷いた。


[*前へ][次へ#]

3/16ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!