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小説
その2
 終業のチャイムが鳴ったが、まだ担任教諭の雑談は続く。
「もうすぐクリスマスだな。お前ら全員相手は決まっただろうな。12月24日に行われるクリスマス仮装パーティは、うちの高校の伝統行事で、この近辺でも有名だ。全校生徒は勿論、ご家族の方も楽しみにしている行事だ。大学入試試験が本格的になっている今、それどころではないという意見があるのも重々分かるが…。」
 教室をゆっくり歩いていた担任は定位置の黒板前の教壇まで戻ってきて、言葉を締めくくる。
「せっかく人生一回きりなので、高校生活の素敵な思い出を、どうか作ってください。」
 皆は嬉しそうに、はーいと、返事している。
小学生か、と、肘をついて渋い顔の三成は、心の中で揶揄する。
「じゃ、今日はこの辺で。また明日。」
 きりーつ、れーい、と、クラス委員の号令があって、担任教師が出ていくとほぼ同時に、三成が鞄を持って教室から出て行こうとしていると、あのーと、おずおずと躊躇しまくりで入ってきたのは、名札を見れば青で1年生の男子だ。3年生のフロアに来るのも、ちょっと勇気が必要なのだが、身長が高い三成との擦れ違いざま、相手は、すみません!と、頭を下げ戸にへばりついて大げさに避ける。今朝見た、ししおどしと重なる所があって、その学ラン姿をよくまじまじと見てみると…。
「あ!今朝の不幸…。」
 思わず口から滑り出てしまった言葉に、反応して相手が顔を上げてしまい、三成は口を噤む。
「え?」
 朝、人が大勢な校庭でコケたあげく、鞄からものをばらまいていた張本人だ。
「あ、幸村、こっちこっち!おーい三成、相手が来たぞ。あ、お前、今、逃げ出そうとしてたな!」
 大きく手を振って元親が、今自分の傍にいる下級生と自分を呼んでいる。見つかったと、チッと三成は小さく舌打ちした。
「ん?待てよ。」腑に落ちない部分があった三成は、元親に詰め寄って行って凄む。
「…おい、元親、一体何が来たって?」
「あーと、幸村は、あ、とりあえず窓際の一番後ろの席の三成のとこに座っててくれ。なんだよ、三成、そんなすっげ怖い顔して。」
「貴様、ちょっとこっち来い。」
 三成は元親の腕を引いて黒板の前まで来ると、こそこそと幸村に聞こえないよう小声で耳打ちした。
「おい、相手ってなんだ。」
「…だから、今朝話していた、クリスマスの…。」
「私が言った相手と違うんだが。それに、アレはどう見ても学生服!男じゃないか。」
「えええ!そうだったのかー、やっぱおかしいと思ったんだ、俺も。髪型もショートとはちょっと違うし…。なんで幸村なんだろーって思ったんだよ。」
 どうしよー、俺、間違えて連れてきちまった、と、慌て出す元親に、やっぱりな、と三成は頭を抱える。
「それに…アレは、ちゃんと理解してここにいるのか?」
 振り返ると、アレと呼ばれた幸村はきょとんとした顔をしてこちらを見ているが、きちんと言われた通りに三成の席へちょこんと座っている。
「うん、クリスマス会は、お菓子とごちそうが沢山あるんだぞーって、教えたら、喜んで来るって言ってたぞ。」
「小学生か!ちゃんと理解してない!!!」
 今にも噛みつきそうな三成をどうどうと宥めながら、元親は苦笑して。
「まあまあ…。分かったよ、じゃあ、ちゃんと三成が最初に良いって言った相手連れてくるよ。最初の子でビンゴだったんだな。顔も結構、覚えてるし…。」
 また目線を幸村に戻すと、部活の先輩らしき相手と笑顔で会話していた。
「…もういい。」
 三成は、にこやかに笑っている幸村をぼんやり見たまま、ボソリと告げた。
女子も適当に選んだ相手だ。自分もどの子かなんて覚えてない。
「え?」
「私は、アレでいい。」
 三成は元親の前からするりと擦り抜け、スタスタと教室の真ん中を突っ切り。
「おい、三成…。」
 心配げな元親の声をよそに、三成は、ぼんやり外を眺めていた幸村の目の前に立つと。
「準備があるから、これからクリスマスまでの1週間、昼休みと放課後、一緒に行動するぞ。」
 宣言するようにそう言った。一度決めたら、とことんやる。三成は、そういう性質だった。
「え?」
 弾かれたように顔を上げて大きな目を数回瞬かせる。よくよく見ると、幼い感じだけど、黒目勝ちで可愛い顔だ。あの遠目で見た女子よりも、きっと何倍も可愛い。
「行事の規定でそういうことになっている。貴様も一度OKしたんだ。私といるのが嫌などとは、言わせないぞ。」
 不安げに特徴的な黒目を揺らしながらも、コクンと大きく頷いた。

☆☆☆☆
「で、仮装パーティって、皆、どんな服着るんだ?」
 幸村の座っている三成の席の前に、ややこしいが三成が座って、幸村の横の席へ元親が座る。元親の奢りのコーヒーが机の上に3つ置かれていた。2本がブラックで、1本が超甘い虫歯になりそうなコーヒー。
「お!三成君もやっとやる気になってくれたか〜。うーん、そうだな〜。クリスマスらしくサンタや天使の格好とか、メイド服とか?男子なら、執事服とかな。今は結構、アニメやゲームのコスプレとかも多いぜ。三成もゲームのコスプレとかしたらどう?」
「こすぷれ?」
 幸村は変なイントネーションでその単語を言うと、缶の飲み口に尖らせた唇を付け、ズズーと、熱々で甘いコーヒーを啜る。
「ぷっ、遅れてんな〜お前、コスプレも知らねえの?ずーっと剣道ばっかやってっからだよ!あ、そうそう、幸村も可愛い恰好するんだぜ〜。お前、女装とか似合いそうだよな。そうだ、魔法少女とかやってくれよ。ひらひらのフリルついた、ピンク色のやつ。俺、そんな恰好の幸村が見てえなあ。」
「おい…貴様、魔法少女って、そういうロリコン趣味が…」
パンフレットをまじまじと見ていた三成が顔を上げて、うわあと、元親へ白い眼を送る。
「馬鹿!馬鹿!三成君の馬鹿!違うわよ!!」
 慌てて元親は、オネエ言葉で自分の身の潔白を訴える。
「そういう目で後輩を見るなよ。けがらわしい奴…。」
 ますます三成の不穏な目は鋭くなってゆく。
「コンビを組むって言ったって、幸村はお前のもんじゃねえぞ!俺の後輩だ!」
「ところで、元親先輩は、誰と組むので?」
 あまり物事を深く考えてない幸村は、ペロッと行儀悪く缶の口部分を舐めて、目の前の先輩に聞いてみる。おれ?と、元親は自分を指差して。
「俺はとりあえず、女子部の部長を誘ってるけど…。」
「あ!孫市先輩でござったか…、あー、なら、慶次先輩が悲しんでるかも。」
「慶次は、いーんだよ。どうせ、お相手は沢山いるんだし。俺、さやか以外に知り合いいねえからな。俺は三成さんと違って、そんなモテるわけでも無いしさあ…。」
「そうだ。ならば、その孫市さん?に魔法少女の恰好してもらえばいいじゃないか。」
 三成の提案に、2人は一瞬にして表情を硬くして口を閉ざしてしまう。
「どうしたんだ?おい。何で黙る!」
「……お前、世の中、言っていいことと悪いことがあるんだよ。」
「それ、孫市先輩に言ったら、きっと俺達、殺されるでござる…。」
 2人が怯えている意味が分からず、三成が首を傾げていると、17時を知らせるチャイムが鳴った。
「あ、やべえ、俺、教習所行かねえといけねえんだった!」
 慌ただしく鞄を取ると、そのまま、じゃあなーと嵐のごとく教室から出て行ってしまう。
「なんだ、あいつは…。」落ち着きのない奴めと、三成は後姿を見送りながら、眉間に皺を寄せる。
そして、後に残された2人の間で、しばしの微妙な沈黙が走った。
「じゃ、とりあえず、一緒に帰るぞ。」
三成は、自分の机から鞄をとると、席を立つ。
 ここにいても、良い案は浮かばない、なら、長居することは無い。
「は、はっ…。」
 幸村は、ついて行こうと慌てて立ち上った瞬間、ゴツッと鈍い音を立てて、膝を机の角にぶつけていた。
「っっ、…いったあ…。」
「…馬鹿。」
 あまりの痛さに床に蹲る幸村に、三成は肩を落として大きくため息をついた。


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